フォフォイのフォイ 作:Dacla
セオドア・ノットは物静かな少年だった。
彼の父親は旧家の当主であり、起訴を免れた元デスイーター。言うなればルシウス・マルフォイの同類である。そのため同じ年に生まれた息子たちも、幼い頃から顔見知りだった。
母親を早くに亡くしたノットは、老父と二人暮らしをしている。そのせいか、甘やかされて育ったドラコよりかなり大人びていた。歯応えのない取り巻き候補とは違う、マイペースな少年を、ドラコも気に入っていたようだ。対等な友人と呼べる唯一の存在であったのかも知れない。
だからこの夢が始まってからしばらくは、俺はノットと会うことを避けていた。ドラコの人格が変化したことについて、大人は理屈で納得させられる。しかし子供の感覚を欺く自信はなかった。ちなみにクラッブとゴイルを遠ざけたのは、単に不毛な時間を減らしたかったからで、警戒したからではない。
ところが秋口に、ノットから「自分が悪いことをしたなら謝るから、また一緒に遊んでほしい」と手紙が来て後悔した。突然友人を取り上げられた少年の気持ちを、全く慮っていなかった。それで「きみは何も悪くない。色々あって性格が変わったと言われるが、それでも良ければまた遊ぼう」と返事を出して家に呼んだ。
相手にとっては数ヶ月ぶりの再会、俺にとっては初めての対面の時。ノットはしばらく俺を観察してから、手を差し出してきた。俺が手を握り返すと、彼はやや目を伏せて言った。
「性格や価値観が変わることも、たまにはあるよ」
以来、ドラコの変化を疑う言葉を彼の口から聞いたことがない。ノットの父親経由によると、母親が生きていた頃のセオドア少年は、泣き虫のきかん坊だったという。
余談だが、原作で彼の名前は「テオドール」だか「セオドール」と表記されていた気がするが、それを思い出した時には、既に「セオドア」として把握していたので、今後も彼のことはセオドアと呼ぶつもりだ。実際にドラコの口を借りて呼びかける時も、「シアドー」か「テオ」である。
それはさておき、茶会の席での喧嘩沙汰の件を知っても、彼は「やるな」の一言で終わらせた。
「俺も見たかった」
例の茶会は、母上が付き合いのある夫人連中に声を掛けたものだったから、ノットは招かれていなかった。
「ごめん、次はテオも必ず呼ぶから」
「またお茶会か」
「いや、今度の名目はぼくの誕生日会」
するとノットは顔を顰めた。パーティや人の多い場所は苦手だという。
「そう言わずに来てくれよ。ぼくが暴れるのを警戒して誰も来ないかも知れない。その時は慰めてくれないか」
「面倒臭い」
そう言い捨ててからものの数秒で、彼は気を変えた。
「今ちょっと考えたけど、ドラコが殴り倒した二人も、そのパーティに来るのか」
「招待状は出す」
「家の付き合いを考えたら、来る可能性はあるな」
ノットは思案深そうに顎を撫でた。
「そいつらが出席なら、俺も出る。向こうがおまえに仕返しするつもりでも、二対二なら牽制になるだろう」
「ありがとう、テオ」俺は屋敷の入口を一瞥した。「実は今日、二人が来るんだ。というかそこに来た」
親に連れられ現れた二人に手を振る。
隣でノットが「はあ?」と声を上げた。「今日は俺と遊ぶんじゃなかったのか」
「もちろんきみと遊ぶのが一番の目的だ。だけどまたあの二人と揉めたら困るなと思って、今日呼んだ。一応仲直りしたことにはなっているけど、本心はどうか分からないからな。どうせやるなら人目のない時に徹底的に――待って。先に言わなかったのは悪かった。ごめん。ごめんて。帰るなよテオ」
「服を引っ張るな馬鹿」
ドラコ一人を相手にするより第三者もいたほうがクラッブとゴイルも気が楽だろうと、ノットを引き合わせることにしたのだ。同年代との人付き合いが少ないノットにも、同い年の幼さを知るいい機会となるだろう。
俺たちが揉めている間に、クラッブとゴイルは近くまでやって来た。ノットは一歩引いて腕を組んだ。
「やあ」と、俺は二人に明るく声を掛けた。「きみたちはノットと会ったことはあるかな。ない? それじゃ一緒に遊ぶなら、彼にも挨拶してくれるか。ぼくの友人なんだ」
二人は互いに目配せをしてから、自己紹介した。
「初めまして。ヴィンセント・クラッブです」
「グレゴリー・ゴイルです。よろしく」
「セオドア・ノット」名乗っただけで、彼は腕組みを解かない。「二人はドラコの友達なのか。それとも敵か」
冷ややかに相手を見定めるようなその視線。ドラコの周囲には、威圧的な目力の持ち主が多くないか。
クラッブは差し出しかけた手をさまよわせ、ゴイルは狼狽えて俺を振り返った。
「簡単な質問だろう?」俺は二人の間に後ろから割り込んで、肉厚の肩をがっしり抱いた。「きみたちは思ったまま、答えればいい」
二人は俺の顔を見た後、こくりと頷いた。
「ドラコは友達だ」
「よし。それでいい」ぽんぽんと肩を叩くと、二人はほっと息を吐いた。
それからは四人で箒に乗って遊んだ。
箒の本数は十分に足りた。クラッブとゴイルには家にあるなら持参するよう予め連絡してあったし、マルフォイ家には二本ある。
少年たちは三人とも、ドラコがクリスマスに貰った新型箒に乗りたがった。順番に譲り合って使ううちに、三人の緊張や人見知りも解けて、打ち解けることができた。
頃合いを見て、クラッブとゴイルに尋ねた。
「来月ぼくの誕生日会を開くつもりなんだが、きみたちも来てくれるかい」
「もちろん」
「ご馳走が楽しみ」
二人の即答を得て、今度はノットを振り返る。
「というわけで、きみも来てくれるな」
仕方ない、とノットも頷いた。
◇
六月に子供向けのパーティを開くことを決めたのは母上だ。ドラコの誕生日会であると同時に、「今年ホグワーツに入学する子供たちの親睦会」という目的も添えられている。そうすれば面識のない相手でも招待できる、というのが母上の作戦だった。
無理に友人作りに励まなくてもと思うが、言い返すのは止めておいた。名家出身でプライドの高い彼女には、春の茶会にけちがついたのが許せないのだ。そうでなければ、これまで一度もやらなかった外向きの誕生日会を、いきなり開くはずがない。
ドラコの去年の誕生日は、両親に祝われて、贈られた魔法使いの杖を握って倒れたことで終わった。そこから始まった俺のこの夢も、体感時間で丸一年が経とうとしている。
ドラコの誕生日とは、ドラコ本人から俺に、この体の操縦席が明け渡された日。そう捉えている。
玄関のノッカーが鳴った。
最初に来た客は、父親に付き添われたノットだった。俺たちが挨拶をしている間に、外出支度をした父上がホールに出てきた。
「ではな、ドラコ。私はノットの父上と外出してくるから、今日は大人しくやれ」
「行ってらっしゃいませ」
父親たちは連れ立ってロンドンへ逃げていった。誕生日会と並行して母親連中の茶会があるため、この日父上の寛げる場所は屋敷にない。
ノット息子は素っ気ない紙袋を押しつけてきた。プレゼントだという紙袋の中身はノートだった。勉強で使う文房具は普通にありがたい。
「白孔雀は?」と、彼は辺りを見回した。
「孔雀一号と二号は庭にいるよ」
「前から言っているけど、その名前は変えろ。センスが悪い」
孔雀と遊んでくる、とノットは庭へ出ていった。これから大勢来るというのに、むしろ来ると分かっているからか、静かな場所に行く口実が欲しかったようだ。
やがてクラッブとゴイルもやって来た。
「お誕生日おめでとう、ドラコくん。ヴィンセントもご挨拶して」とクラッブ夫人が息子の背を押す。
「おめでとう」
「うちの子も呼んでくれてありがとうね。ほらグレゴリー、プレゼントを」ゴイル夫人も息子を促す。
「これ、食べて」
クラッブの瓶詰めのクッキーと、ゴイルの瓶詰めのキャンディ。同じ瓶と包装からして、同じ店で示し合わせて買ったとみえる。
「二人とも今日はありがとう。クラッブ夫人、ゴイル夫人もありがとうございます。先日のようなことは起こさないとお約束いたします」
夫人たちは、みんな仲良くね、と笑顔を浮かべた。俺は、ぼうっと立っている少年たちに部屋のほうを示した。
「向こうに軽食があるから、食べていていいぞ」
しかし前回の茶会と違い、二人は食べ物へ突進して行かなかった。
「どうかしたかい」
彼らはやおら俺の左右に位置取った。
「……ああ、仲直りしたところを他の子たちにも見せるんだね」
俺が言うと、二人はにやりと笑った。
その後に来た客たちが肯定的な反応を示したから、クラッブとゴイルの目論見は成功したと言えるだろう。「舎弟にしたのか」というマクミラン少年の直球の質問には困ってしまったが。答えずにいると、彼は軽く頭を掻いた。
「まあ何でもいいけど、喧嘩は今日は止めろよ。もう取りなしてやらないぞ」
茶会の席で、ドラコだけが悪いのではないと大人に訴えた子たちがいたと、父上は言っていた。
「もしかしてきみが親たちに取りなしてくれたのか。ありがとう。お陰で叱られすぎずに済んだ」
アーニー・マクミランは軽く笑い、クラッブに「痛かったか?」と尋ねた。クラッブが何度も頷くので、俺は横から手の甲で叩いて止めた。
パンジー・パーキンソンが来た。ドラコの存在を見つけるなり、一直線に飛んできた。
「ドラコ! お招きありがとう。怪我はもう大丈夫なの?」
「ああ。もうとっくに治ったよ」
「良かった。だって、ドラコは私のために二人に怒ってくれたんでしょう。そのお礼も言えてなかったから、ずっと気になっていたの。お見舞いに行きたいと手紙を出しても、要らないと言われてしまうし」
「本当にそんな大した怪我じゃなかったからね。ところで、やっぱりあの時ぼくたちのやり取りを聞いていたのかい」
俺の左右で二人が居心地悪そうに身じろいだ。
「ううん。直接は聞いていないけど、後で他の子が教えてくれたの。ありがとう、ドラコ」パンジーはそっとドラコの手を取って両手で包みこんだ。おや。「私、とっても嬉しかった」
うっとりこちらを見つめる顔は、ヒロインの役回りに酔っている。
「そんな重く受け取らないでほしい。ぼくが勝手に動いただけだから」
「ドラコがそう言うなら。というか、私も気にしていないけどね」パンジーはあっけらかんと言い切った。そして母親に持たせていた包みを差し出した。「それよりお誕生日おめでとう。これどうぞ。何が好きか分からなかったから、私の好きな店の焼き菓子にしてみたの」
礼を言うと、パンジーは「後で一人で食べてね」とゴイルを押しのけて俺の横に陣取った。
間もなくやって来たミリセント・ブルストロードが、俺たちを見て大笑いした。俺の左腕にぶら下がるパンジーが、「何よ」と友人を睨む。
「いや、だってさ。あんたたち、あれよ。どこぞのお芝居の悪役みたい。羽振りが良くて悪知恵の働くボスに、やっぱり悪知恵の働くその愛人。ボディガード二人」
近くにいた他の少年たちが、それを聞いて爆笑した。
俺たちは顔を見合わせ、互いの微妙な表情を確認した。四人とも父親がデスイーターないしヴォルデモート派の協力者だったから、悪役というのはしっくり来る。
「面白いじゃない」と、パンジーが明るく切り返した。
「ちなみにブルストロードさんはどんな役がいい?」と俺は尋ねた。
「私はマルフォイくんと敵対する組織の女ボスがいいな。そしてこれは挨拶代わりのプレゼント」
彼女の寄越した包みに、マルフォイ組(仮)は色めき立った。
「ボス、敵からの贈り物なんて信用しちゃ駄目だ」
「開けた途端爆発するかも」
「食べ物だったら俺が毒味する」
警戒するふりをしながら開けると、中は立派な装丁の本だった。
招待した子たちには、母親を通じてプレゼントの用意は不要と伝えてあった。だから他の子は他愛ない菓子や文房具をくれた。ハードカバーの分厚い書籍となると、それらより遙かに高額なはずだ。
「ブルストロードさん。申し訳ないけど、さすがにこれは貰えないよ」
「ああ、気兼ねしないで。その本はあと三冊持っているから」
「どうしてそんなに?」と、パンジーが横から尋ねた。
「私、その作家のファンでね。発売日に一冊目を買ったの。その後に本屋でサイン会をやるって知って、列に並ぶために買ったのが一冊。会場で、本さえ買えば何回でも列に並べるって聞いて思わず買っちゃったのが二冊。さすがに何冊も同じのがあっても仕方ないから、機会があれば他の人にも読んでもらおうと思って」
「そういうことなら頂くよ。ありがとう。何という作家かな」
「ギルデロイ・ロックハート。面白いよ」
開きかけた本は、そっと包み直した。