フォフォイのフォイ   作:Dacla

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幕開け・2

 いつの間にか戻ってきていたノットが、後ろから覗き込んできた。「本か」

「きみもマルフォイ組の人?」

 ミリセントの問いに、ノットは不思議そうに首を傾げた。簡単な説明を聞くと、彼は顎を撫でた。

「だったら俺は、先代のボスの親友で、今のボスにも苦言できるオジキのポジションがいい」

 渋い。

 

「そっちばっかり人が増えてずるいなあ。あ、ハンナちゃーん。ブルストロード組に入らない?」

「いいよー。何のチーム分け?」

 ミリセントの勧誘で女子が増えたのを見て、パンジーが「私もそっちがいいな」と俺の腕を放した。

「パンジーも寝返っちゃいなよ」

「そうしようっと。ごめんね、ドラコ」

 場所を移したパンジーと手を繋ぐと、ミリセント組長はにやりと余裕の笑みを見せつけた。

 

「引き抜きってやつだ」とクラッブが囁いた。

「やるか、ボス」とゴイルが腕まくりしてみせた。

 俺は「去る者は追わない」と言って、正面の少女たちから目を移す。「アーネストくん、マイケルくん。うちに来ないか。悪いようにはしない」

 マクミランとコーナーのほうに手を差し出すと、

「うわあ、悪役っぽい」

「ぼくはフリーの殺し屋がいいなあ」

と、二人ともにこにこしながらやってきた。

 

 するとブルストロード組も負けじと、デンテイトとサッカラムという少年たちを、到着直後で事情の分かっていないうちに引き込んだ。

 

 そして勧誘と引き抜きと心変わりの応酬を経て、誕生日会に来た子供たちは二組に分かれた。せっかくなのでそのまま庭に出て、組の抗争を気取りながら地上クィディッチを楽しんだ。箒もなければ使うボールも一つだけ、実質的にはドッジボールだ。

 

 数十分後、組長同士の一騎打ちの果てに、マルフォイ組はブルストロード組に敗れた。

「何やってんだよマルフォイ。負けんなよ」

「速攻でリタイアしたきみに言われたくないね」

「まあまあ男子諸君。見苦しいから喧嘩は止めなさい」

「ドラコ。喉渇いた」

「飲み物は室内だよ。皆、少し休憩しよう」

 

 その後は『ザスーラ』や『ジュマンジ』に登場するボードゲームのような、VR双六とでも呼ぶべき大人数用の魔法のゲームで遊んだ。茶会の時にも用意したゲームだが、今回は景品もあるため、場の雰囲気は格段に良い。クラッブとゴイルも、軽食を食べるのも忘れて興奮している。人見知りだったはずのノットも、笑いながら隣の子供と肩を叩き合っている。

 

 入学前、彼らが無邪気に曖昧でいられる時代はもうすぐ終わろうとしていた。

 

          ◇

 

 昼食の席順は、ゲストに一枚ずつトランプを引いてもらってその場で決めた。一応ホスト役を務める俺だけは、皆を見渡せるように、予め決まっていた端の席に着く。

 

 全員のグラスがルビー色の液体に満たされるのを見計らい、自分のグラスを軽く掲げた。ゲストたちもグラスを手にした。

「今日はお集まりの皆さんが楽しんでくれたら嬉しい。乾杯」

「乾杯」

「ドラコくんの素敵な誕生日に」

「ありがとう」

 

 グラスを一気に呷ったデンテイトが「ワインじゃなかった!」と声を上げた。

「美味しい葡萄ジュースだろう。ワイナリーで作られたものだ。白もあるぞ」

「それもジュース?」

「当たり前じゃないか」未成年に酒を出せるか。親が同意していて家庭内であれば、五歳児でも飲酒が合法とされているイギリスは、頭がおかしいと思う。

 

 食事が始まった。

「ここにいる子たちは、みんな今年ホグワーツに入学するの?」

「そうだよ。招待状に書いてあったじゃない」

 無論、純血の家の子供を全員呼べたわけではない。たとえばネビル。レストレンジ家の身内がロングボトム家を招待するような図々しい真似はできない。ダフネには招待状を出したものの用事があると断られた。他にも、「死んでもマルフォイ家の敷居は跨がない」と思っているような家に招待状は出せなかった。ロンとか。

 

「そう言えば、あのハリー・ポッターも同じ学年らしいよ」

「知ってる! うちの親も言ってた」

「誰でも知ってる魔法界の英雄なんて、凄いよね。どんな子なのかな」

「やっぱり例の人を斃したっていうくらいだから、物凄く強いんじゃない」

「額に傷があるっていうけど、きっと他にも傷跡があるよ。傷だらけで筋肉もりもりで、大人みたいにごついんだと思うよ」

 その言葉に、白いスーツにマッチョな疵面、花山薫のようなハリーを想像してしまった。

 

「今もイングランドにいるんだよね? 全然今まで目撃談とか聞いたことないけど、海外に行ったわけじゃないよね」

「マグルの親戚に引き取られたって聞いたよ」

 まだやるかい。名前だけが一人歩きしている有名人の話題で場が盛り上がる中、親族に元デスイーターを抱えた子供たちは、さりげなく黙っている。クラッブとゴイルも喋らないが、二人は食べるのに忙しいだけだ。

 

 俺が、

「まあ、もうすぐ会えるよ。あと二ヶ月もすれば新学期なんだから。逆にもう二ヶ月しか自由時間がないけど、みんなは何か予定はあるのかい」

と話題を変えると、パンジーがすかさず乗ってきた。

「ホリデーは、うちはエーゲ海。サントリーニ島に行くの」

「ギリシャならぼくも行ったことある。楽しかった」

と、コーナーが無邪気に相槌を打った。

 

「いいなあ海外。うちは去年と同じ、デヴォンだよ。ドラコくんは当然どこか海外でしょう?」

「いや、夏に海外は無いかな。うちは四月のうちに行ってきたから」

「どこ?」

「日本だよ」

 

 子供たちはぽかんとしていた。日本産のアニメや漫画に接する機会のない魔法界の子供にとって、日本は縁のない極東の国だ。

 半年ほど前に、次の旅行先の希望を聞かれて俺が日本と答えた時も、両親は驚いていた。それがそのまま通るとは、まさか俺も思わなかった。マルフォイ夫妻は息子に甘い。

 

「えーっと、何をしに行ったの」

「異文化体験さ。イギリスやヨーロッパとは全く違う文化と歴史を持つ島国だからね。ホグワーツで自分と違う価値観に出会う前のウォーミングアップとしては、もってこいの土地だった」

 

 もちろん、俺が出しゃばって日本を案内したりはしない。英語が通じない国で不便のないよう、マルフォイ家の伝手で現地の魔法使いがアテンドとして雇われた。その人が夫婦ぐるみで細やかな対応をしてくれたため、父上も母上もストレスなく、桜の季節を楽しんでくれた。当初は五日間だった滞在予定を、二十日間に引き延ばしたほどだ。

 

 旅行中は色々あったが、大きな収穫は、母上の非魔法使いを含む異文化への偏見が薄れたことだろう。魔法が無くても清潔、安全、秩序を持って生活をしている人々を目の当たりにして、カルチャーショックを受けていた。

 

 少しそれとは異なるが、味覚面で受けた衝撃も大きかったようだ。買い込んできた料理本をハウスエルフに押しつけて、家でも和食を食べることを目論んでいる。手伝って怪しまれたくない俺にできるのは、陰からコビーの奮闘を応援することくらいだ。出汁の概念を、生粋のイギリス生まれイギリス育ちのハウスエルフが理解する日は、果たして来るのだろうか。板前修業に出してやるべきではないか。

 

 ちなみに父上のほうは、旅行の前後でも大きな変化はない。元々、異文化のものは異文化として尊重する(そして異文化のままであってほしい)というスタンスだ。強いて言えば、日本の刃物と文房具の質の良さに感心して、色々買い込んでいた。俺も便乗して、学校用にノートや諸々の文房具を買い溜めした。

 

「美味しいお菓子も多くてね。今日みんなに出しているのも、日本で買ってきた物が殆どだよ」

「そうなんだ。確かに美味しいのが多いね。上品な感じ」

「ね。うちに縁のない高級品か、マルフォイ家で作ったのかと思った」

「日本で買ってきた高級品でしょう」

「現地では普通のおやつだよ」と俺は笑って答えた。生地が脆かったり、甘さがくどすぎたり、出来が不均質な欧米の菓子に比べると、日本の菓子は遙かな高みにある。伊達に訪日旅行客が爆買いしていく人気アイテムではないことを、イギリス人になって理解した。

 

 遠くの席でパンジーがしょんぼりしたのが見えたので、慌てて声を掛けた。

「パンジーがくれた焼き菓子は、きっともっと美味しいと思うよ。きみの気持ちが入っていると思うから」

「ドラコ……。ありがとう」

 パンジーはにこりと笑った。マクミランが口笛を吹こうとして息だけが漏れ、向かいのハンナに「行儀が悪い」と睨まれた。

 

 ランチの後は、家に呼んだプロのエンターテイナーによる幻術を楽しんだり、別のゲームをして過ごした。

 

 誕生日会らしくケーキも饗されたが、子供たちが手を付けることはなかった。後に知ったことだが、イギリスでは、誕生日会のケーキはその場で食べずに持ち帰ることが多いという。法事や茶席で出された菓子を持ち帰るのと同じだと思えばいい。

 

 しかもケーキと名は付いていても、日本人の想像するものとは少し違う。表面を固める砂糖のコーティングは食欲を吹き飛ばす色彩のイラストで、中はパサパサのスポンジと甘いだけのクリーム。正直、美味しくないので、食べないのは仕方ない。

 

 そのケーキと一緒にちょっとした土産を添えてゲストに渡すのが、持ち帰り用のパーティバッグ。これもイギリスの習慣だそうだ。土産の中身は、おまけのカードが魔法界の子供に大人気の蛙チョコレートと、パーティ中も好評だった日本の菓子の個包装、同じく日本で買ってきたメモ帳。更に男子には組み立てて飾れる恐竜型の立体パズル、女子には母上のチョイスで可愛い形の石鹸を入れた。

 

 帰る時の子供たちは、概ね満足の表情を浮かべていた。

 

 ゲストが全員帰った後、茶会用の服から着替えてきた母上は居間のソファに身を預けた。

「今日はどうでした、ドラコ」

「皆に楽しんでもらえたようです。ありがとうございました、母上」

「皆さんと仲良くできた?」

「と、思います」

 

 母上は柔らかく微笑んだ。

 

「誰が何のプレゼントをくれたか、控えているでしょうね。後でカードを送る時に、そのことについても触れておあげなさいね」

「はい」

 パーティの後にホストから各ゲストに「来てくれてありがとう」というサンキューカードを送る。これもイギリスの習慣だ。原作中で誕生日会を開いた子供というと、ハリーの従兄のダドリー・ダーズリーがいる。仲の良い友人と娯楽施設(ダドリーの場合は動物園)に出掛けるというアクティビティは、小学校高学年では、ごく普通の誕生日会のあり方だそうだ。彼も動物園で散々な目に遭った後、友人たちにサンキューカードを書いたのだろう。

 

          ◇

 

 ロンドンから帰ってきた父上が、夕食の場で切り出した。

「明日はダイアゴン横丁に行くぞ。誕生日も迎えたことだし、ドラコの杖を選んでやろう」

 いま俺が使っているのは、一年前にドラコが貰った母上のお下がりだ。十一歳の誕生日にドラコに新品を贈るという話は、すっかり忘れていた。

 

「オリバンダーの店に行くなら、ついでにホグワーツの学用品も買いましょうか」

「え? いつ来たんですか母上。ホグワーツの入学許可証なんて。ぼくはまだ見ていませんが」

 母上は俺の慌てぶりに微笑んだ。

「もちろん入学許可証はまだですよ。それは七月に入ってから。でも教科書以外に必要な物なら、ある程度は分かっていますからね。横丁が混み始める前に、ローブの注文くらい済ませてしまいましょう」

 

 ローブ! 俺は口の裏の肉を噛んだ。

 

「母上。あの、ローブというのはホグワーツの制服の話ですよね。でしたらそれは、ホグワーツの入学を決定させてからでもよろしいのではありませんか」

「あなたは魔法が使えるのだから、もう決定しているに決まっているでしょう」

「ドラコ、もしやダームストラングに行きたいのか? 今ならまだ間に合うぞ」

「ルシウスもいい加減お認めになって。ホグワーツに行きたいと、ドラコ自身が何度も言っているでしょう」

「それなら何が不満なのだ、ドラコ」

 

 時期が違う。

 

 原作に初めてドラコ・マルフォイが登場するのは、ハリーがホグワーツの制服を採寸するため仕立屋を訪れるシーンだ。その時期は、ハリーの誕生日の、七月の終わりか八月の頭。まだ六月の今ではない。

 六月中にローブを仕立ててしまっては、ハリーの顔を拝む機会が当分無くなる。ここまで一年間を脇役として過ごさせておいて、肝心な主人公に会わせないとは、何という肩透かし。

 

 と、苛立ちかけて思い直した。

 

 ハリーが最初に出会う同年代の魔法使い、という役回りが消えれば、ドラコはハリーと縁の薄いその他大勢として、気楽にやっていけるかも知れない。少なくともダンブルドアの関心は引かずに済む。

 

「不満はありませんよ。ホグワーツ関係の用事は全部済ませてしまいましょう」

 急に気の変わった息子に、父上と母上は不思議そうな顔をしていた。




Emperor "Alsvartr"
マルフォイ一家の日本旅行(一回目)は、書き始めると長くなることが分かっていたので、本編には組み込めませんでした

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