フォフォイのフォイ 作:Dacla
ホグワーツ特急は、午後の田園風景の中を抜けていく。
コンパートメントの扉を開けると、今度こそ知った顔の少女が三人座っていた。
パンジーがぱっと笑顔を見せた。「ドラコ! 来てくれたんだ」
「あ、親分だあ。元気?」朗らかに手を振ったのは、大柄のミリセント・ブルストロード。
「やだ、野蛮人」と顔を顰めたのは、見た目だけは大人しそうなダフネ・グリーングラス。
「親分どうしたの、その髪型」
かっちり固めたオールバックを撫でつけ、「紳士らしく決めてみた」と言ってみた。「似合うかな」
パンジーがすかさず「すごく格好良いよ!」と絶賛してくれた。
「気合いが入っているのは分かる」
「古臭い」
後の二人は正直な反応だった。
俺は半身だけ中に入った。
「挨拶が後回しになったけど久しぶり。皆元気そうだね」
「そんな廊下から覗き込んでないで、入りなよ」
「いや、ここの席の子が戻ってくるだろうから、ぼくはこのままでいいよ」
俺が言うと、微妙に白けた空気になった。
「確かに最初はいたけどね」
ね、と彼女たちは顔を見合わせた。
「その子たち、話してみたらマグル生まれだったの。だから席を移ってもらって、今はいないの」と、ダフネが髪をいじりながら気怠げに教えてくれた。
「ほら、私たち三人とも家が聖二十八氏でしょ。新しく魔法界に来た人とは話が合わないから」と、パンジーが俺の反応を窺いつつ言葉を継ぐ。
「というより、新参者と仲良くなっても私たちには何の得もないからね。向こうは魔法界に溶け込みやすくなって得するだろうけど、それって私たちが利用されるだけだからさ」と、ミリセントは堂々と言い切った。
なるほど。これが彼女たちの純血主義か。それならウノに誘われた時に断らずに参加して、そのことを彼女たちに話してやれば面白かったな。
「残念だね。喋ってみたらいい友達になれたかも知れないのに」
俺が何気なく言った言葉に、ダフネが噛みついた。
「あなたがそれを言うわけ? あなたの『お喋り』ってどうせ殴り合いでしょう」
「ちょっとダフネ。ドラコはそんな乱暴者じゃないってば」
「それなら札束で頬を叩くような上品なお喋り? 凄いわあ、グリーングラス家にはそういう真似はできないわあ」
「何でダフネはそんなにマルフォイくんへの当たりが厳しいの」
と、ミリセントが苦笑しながら尋ねると、ダフネはつんと顎を上げた。
「妹を泣かした人間は、絶対に許さない」
それなら仕方ない。退散する時に、パンジーに「なんかごめんね」と謝られてしまった。
◇
自分の所に戻ると、ちょうど軽食の車内販売に間に合った。午前中にロンドンを出発した列車は、日没後に目的地に到着する予定だ。どうしたって腹は減る。
余談だが、列車でホグワーツの全校生徒が移動するのには、理由がある。かつて各家庭の責任で登校させていた時代に、新学期に間に合わない生徒が大量発生して問題になったから――というのは表向き。
世界には、もっと苛酷な通学路を使う学生がいる。たとえば数百キロ離れた寄宿学校に徒歩で登校するため、新学期の始まる一週間前に一人で自宅を出発する中国自治区の子供。深い峡谷に渡された今にも切れそうなロープを橋代わりに伝って、山の上の小学校に毎日通うインドネシアの子供。
それに比べたら、長距離移動の手段をいくつも持つ魔法使いが、なにを甘えたことを言っているのか。ホグワーツの敷地が魔法での侵入を防ぐ障壁で囲われているから、というのも理由にならない。学校からほど近いホグズミード村には、魔術的な移動方法の規制は掛かっていない。ホグワーツ特急の発着駅もその村の手前だ。だから自宅からホグズミードに飛んで、そこから徒歩で学校に向かったほうが早いし、混雑も避けられる。列車というインフラを整備し続ける負担もなくなる。
俺は、列車を使う理由は「現実の世界からファンタジーの世界に読者を引き込む演出」という、メタフィクション的なものしかないと考えていた。ところがこの夢の中のスネイプによれば、列車移動は「家庭から離れたことを学生に自覚させるための舞台装置」なのだという。
全寮制の寄宿学校であるホグワーツにとって、生徒のホームシックと脱走を防ぐ手立ては重要な課題だ。だから「簡単には帰れない」という意識を学生に植え付けるために、敢えて面倒な手段と時間を掛けて登校させているのだという。
本当かどうかは知らない。しかしホグワーツに勤めている教授がそう言うのだから、まるきり嘘でもないだろう。
「なるほど。学校前に直接連れて行ってもらったほうが楽なのに、とは今日も思った」
と、ノットが言った。
「楽だろうけど、一人だけ待つのはきっと目立つぞ。さっき監督生が名前を確認していったから、そこから漏れたら駅で名前をアナウンスされるかもな」
俺は口を付けただけの「かぼちゃジュース」を揺らしながら言った。原作でお馴染みのアイテムなので買ってみたが、南瓜は煮付けが一番だと思う味だった。USJで俺の彼女が飲んでいたものと比べると……ノーコメントで。
ノットは顔を顰めた。「名前を呼ばれまくるのは嫌だな」
「父さんが言ってたんだけど」と、クラッブが唐突に喋った。
「ヴィンセント、飲み込んでから喋れ」
「うん。父さんが言ってたんだけど、学校ではファーストネームじゃなくてラストネームで呼び合うのが格好良いんだって」
「うちもそんなこと言ってた」とゴイルも同調する。
ノットが「そんなの昔の話だろう」と首を傾げたが、俺は二人の希望を受け入れることにした。正直、彼らのことをヴィンセントやグレゴリーと呼ぶのは違和感が抜けない。
「クラッブ。ゴイル。うん、馴染むな。テオはどうする? ノットと呼ぼうか」
一応尋ねてみたが、「どうでもいい」と反応は薄かった。
列車はなおも北上し、次第に午後の日差しが傾いてきた。
まだ手許の明るい内に制服に着替えることにする。
ごそごそと荷物を開けたり服を脱いだりしていると、いきなりコンパートメントの扉が開いた。
「ぼくのヒキガエル見なかった?」
通路側の席で荷物を漁るクラッブとゴイルに遮られ、声の主の姿は見えない。俺が「いや、見ていない」と答えると扉は閉まった。今のはいったい誰だったのかなあ。
それからの四人同時の着替えは難航した。
時折揺れる足元に、腕を伸ばせば壁か他人に当たる狭い個室。学生時代の、更衣室が無かったバイト先のことを思い出しながら、俺だけさっさと着替え終わる。
列車が大きくカーブを描き、バランスを崩しかけたゴイルが隣のクラッブにぶつかった。服を脱ぎかけていたクラッブは、扉によりかかることで姿勢を保とうとした。
その時、前触れもなく扉が開いた。
よりかかる先を失ったクラッブは、尻から通路に飛び出していった。パンツ一丁で。
「ちょっとあなたたきゃあああ」
突然の訪問者は何か言いかけてそのまま押し潰された。
「いやだちょっと! お尻! どいてよ! 重い! お尻じゃまあああ」
クラッブの尻の下で騒いでいるが、自業自得だ。
彼らを助け起こすのは一仕事だった。
ようやく下敷きから解放された訪問者は、ぼわっと広がった茶髪がモップのような少女だった。
「大丈夫かい」と手を貸して立たせると、彼女は非難がましい声を上げた。
「なんだって裸で飛び出してくるの。信じられない」
「制服に着替えていたんだ。服を脱ぐのは当たり前だろう。むしろ、ノックもせずにドアを開けたきみのほうが信じがたい。ぼくたちの着替えが見たかったのか? きゃー痴漢よー」
少女はぐっと黙り込んだ後、「それは失礼したわ」と取り澄まして謝った。
「ネビルのヒキガエルを探しているの。あなたたち、この辺りで蛙を見なかった?」
「さっき別の子も探していた。同じ蛙か」
「ええ。逃げ出した蛙が二匹以上でなければね」
「手分けの仕方が下手だな」
「余計なお世話です。見かけたら教えてちょうだい」
居丈高に言うと彼女は立ち去り、隣の扉の前に立った。どうするのかと見ていたら、今度はきちんとノックして、中の返事があってから開けていた。
「やればできるじゃないか」
こちらのコンパートメントでは、裸のままのクラッブが、異性に体を見られただけでなく尻を殴られたとショックを受け、これまた半裸のゴイルが、げらげら笑い転げて場所を塞いでいた。ノットは座席の上で私服を畳むために、俺のトランクに勝手に腰掛けている。
四人とも着替えを終えて荷物をしまい直すまで、かなりの時間が掛かった。
「さっきの二人、蛙は見つかったかな」
俺が呟くと、ノットは「放っておけよ」と車窓を眺めながら応えた。クラッブとゴイルも聞こえないふりでおやつを食べている。
「もう駅に着くまでやることもないし、暇潰しに見てくるよ」
すると二両先の客車で、やや背の低い少年が右往左往しているのを見つけた。彼は俺を見つけて、小走りにやってきた。
「ねえ、ヒキガエルを見なかった?」
声で先ほどコンパートメントを訪れた本人だと分かった。やや小太りで、いかにも気弱そうだった。これがもう一人の運命の少年か。
「まだ探しているのかい」
「あれ、もしかしてぼくもう聞いてた? ごめんね、あっちこっち聞いて回ったから、誰に聞いたかもう分からなくなっちゃって……」
「車内にいることは間違いないんだな。だったら前の車両に監督生がいるから、その人たちに伝えに行こう。上級生なら魔法で蛙を見つけてくれるかも知れない」
少年は「そっか!」と声を上げた。
「きみ、親切だね。トレバー探しを手伝ってくれるの、きみが二人目だよ。みんな冷たいんだ」
「それは、挨拶も無しにコンパートメントに乗り込んできて、いきなり質問していきなり去っていくほうが悪いと思うね」
少年は、あっと小さく声を上げた。
最初に尋ね当てた女子監督生に事情を話すと、頼もしく請け負ってくれた。
「失せ物探しは魔法使いの基本だからね。すぐに見つけてあげる」
呪文に合わせて杖が振られ、やがてヒキガエルが宙を飛んできた。どこの壁にもぶつからずに来たようで、内臓ははみ出していなかった。
「トレバー!」飼い主は感極まって蛙を抱き締め、その背中に頬ずりした。
監督生に礼を述べて別れた後、蛙を抱えた少年は俺のほうを向いた。
「きみも本当にありがとう。お礼に何か困った時は力になりたいな。ぼく、頭も悪いし運動も苦手だし、得意なことも何もないけど、恩は忘れないよ」
「それなら、蛙を探していた女の子――きみの友達だと思うが、彼女に会ったら、ぼくらに悪気は無かったと伝えてくれると嬉しい」
「ぼくら? 誰か何かしたの?」
「コンパートメントに乗り込まれた時、ちょうど着替え中だった友人のヒップアタックが彼女を押し潰した」
少年はぷっと吹き出した。
「そんなことでいいなら。ぼく、ネビル・ロングボトム。きみは?」
「ドラコ・マルフォイ」
そう名乗った時は、緊張した。
ネビルの両親はデスイーター残党の暴行を受けて廃人同然にされ、長い入院生活を余儀なくされている。一方ドラコは、元デスイーターの父が収監されることもなく、両親から愛情を注がれて何不自由なく育った。俺のせいではないが、ネビルに申し訳ないと思う。
何しろネビルの両親を痛めつけたデスイーターの一人、ベラトリクス・レストレンジは、ドラコの母方の伯母だ。つまりネビルは被害者の家族で、ドラコは加害者の身内という関係になる。
ところが予想に反し、ネビルはマルフォイという家名に反応らしきものを見せなかった。
「そう、よろしくね。あ、ハーマイオニーが来た」
後ろの客車からバタバタと駆け込んできたのは、髪の毛が爆発した、見覚えのある少女だった。
「こんな前にいたの、ネビル。大変。トレバーを見つけたんだけど、捕まえる前にどこかに飛んでっちゃった! 私追いかけてきて……あら、それってもしかして」
と、彼女は少年の腕の中にいる蛙に目を留めた。
「うん。トレバーだよ。監督生に事情を話したら、求めの魔法で見つけてくれたんだ」
「なるほどね。監督生は盲点だったわ。P(プリフェクト)のバッジを付けている人は見掛けたのに、どうして思いつかなかったんだろう、私」
癖の強い髪を金田一耕助並にがしがし掻いて、彼女は悔しがった。
「ぼくもだよ。思いついたのは、こっちのドラコ。監督生に頼めばいいって教えてくれて、そこの専用個室まで付き合ってくれたんだ」
ネビルの紹介に、少女は感心したような目を俺に向けた。かと思うと、少し前に会ったことを思い出したのか、すぐに微妙に頬を歪めた。
「……もしかしてあなた」
「また会ったな。男の着替えを覗くのは止めてくれたかい」
「私だってそんなつもりじゃなかったし! ネビル、何笑ってんのよ!」
「だって、ヒップアタックで下敷きって……」ネビルは横を向いて肩を小刻みに振るわせている。
「悪夢だった。あれは悪夢だったわ」
吐き捨てる少女に、俺は柔らかく言い返した。
「きみにとってはそうかも知れないが、下着姿を異性に見られた揚げ句、邪魔だの何だのと尻を叩かれたぼくの友人もひどく心を痛めている。もうお互い様ということで手を打ってくれないか」
クラッブ本人はもう気にしていなかったが、ちょっとしたアクシデントにいつまでも拘られるのは鬱陶しい。
「ハーマイオニー。ぼくからもお願い」
と、ネビルが口添えしてくれた。
少女はわざとらしく溜息を吐いて、「分かった。もう忘れる。ネビルを手伝ってくれたあなたに免じて」と、右手を差し出した。
「ありがとう。ぼくはドラコ・マルフォイだ。ミス……」
「グレンジャー。ハーマイオニー・ジーン・グレンジャー」
「義憤の女神の孫娘か。お手柔らかに、ミス・グレンジャー」
「ヘレネの娘と言わないでくれる人は珍しいわ」
俺たちの握手を横でニコニコしながら見ていたネビルとも、何となく流れで握手した。
それから二人とは、コンパートメントに戻りがてら少しだけ話をした。スリザリン寮に入りたいと俺が言うと、「やっぱりね」という反応だった。二人ともマルフォイ家に関する一般的な知識を持っていた。
やがて列車は緩やかに速度を落としていった。ホグワーツ特急の終着駅が近い。
Darkthrone "Slottet i det fjerne"