フォフォイのフォイ   作:Dacla

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ご馳走いっぱい大広間

 ホグズミード駅に列車が到着した頃には、すっかり日は沈んでいた。

「一年生はこっちだ!」

 胴間声で呼びかける大男が、ホームの隅でランタンを掲げている。「イッチネンセイ」とは言っていないが、発音に特徴があった。

 

「クラッブ、ゴイル。ちゃんといるな? はぐれてもいいけど、あのランタンは見失うなよ」と二人に注意していると、

「心配ならもうドラコが両手で繋いで連れて行けよ」とノットに言われた。

「それは逆に転んだら危ないから駄目だ」

「ああ、そう」

 

 やがて、ランタンに先導されて新入生の集団が動き始めた。未舗装の細い下り道は中央が凹んで足を取られやすく、所々に木の根や瘤が飛び出している。先導の光が届く前方はまだいいが、列の後方は真っ暗な中を歩くに等しい。

 

 灯りに近い位置に付けて良かったな、と思った時、少し前を歩いていた子が躓いて転んだ。将棋倒しになる前に助け起こす。

「大丈夫かい」

「ごめん」

「いいから。止まらないで先に進むんだ」

 土で掌とローブを汚したその子が可哀相だったが、そのまま行かせた。もし時間的に余裕があれば、入学式の前に手を洗う時間もあるだろう。

「三人も先に行ってくれ」と俺は言った。

「ドラ、マルフォイは?」

「ぼくはしばらくここにいる」

 

 俺は杖先に光を灯して、子供が躓いた地面の窪みを照らした。せいぜい節電中のスマホ画面の明るさだが、無いよりはましだ。窪みはかなり深かった。

 次々とやってくる後続の子供たちは、足元の灯りで窪みを回避してくれた。そして俺の前を通り過ぎた列の中からも、ぽつぽつと自発的に蛍の光が生まれた。

 

 列の最後尾に付いていくと、やがて夜空を映す青い水辺に辿り着いた。先着していた新入生たちはボートに乗り込んで待っている。巨体二人がぶんぶんと手を振って合図したので、俺も友人たちと再会することができた。

 

 それから全てのボートが、漕ぎ手もないまま湖面を走り出した。夜風が心地良かったが、俺は腕を組んで前方を眺めていた。

「ド、マルフォイ、怒ってるのか」とクラッブに聞かれた。

「まあね。きみたちにじゃないぞ。夜、明かりも無しに足元の悪い道を行列で歩かせて、よく今まで事故が起きなかったものだと思ってね。父上に手紙を書くよ。あの道を未整備のまま放置していたら、いつか子供が怪我をする」

 学校の設備運営も理事の仕事だというから、父上に報告したら何か手を打ってくれるだろう。

 

 クラッブは首を傾げた。「歩くのはいいんだ」

「儀式みたいなものだからな。ほら、列車で話した、ホグワーツへの道のりを敢えて困難にしている説」

 ノットだけが「ああ、なるほど」と理解してくれた。

 

 原作でも、二年生以上は駅から馬車を使い、一年生より先に学校に着く。敢えて一年生にだけ徒歩とボートという遠回りの経路を使わせるのは、入学式の準備が整うまでの時間稼ぎ、そして校舎までの道のりを錯覚させるためだろう。まして駅に到着したのは日没後だ。脱走防止のために、学校周辺の様子をあまり見せたくないからだと穿った見方をしてしまう。

 

「船着き場」

 ゴイルが前方を指差した。

 煌めきを纏った古城が、湖面に浮かび上がっている。その足元にボートは吸い寄せられていった。

 

          ◇

 

 狭く暗い控室でのすし詰めを経て通された広間は、輝いていた。

 

 在校生が座る四列のテーブルは手前から奥へと続き、その突き当たり、広間の奥に教員席が並ぶ。各テーブルの上には夥しい数の明かりが吊され、磨き抜かれた食器に火の色が照り返す。

 

 入口近くの頭上に、四旒の寮旗が掲げられていた。左から順に、深紅の炎に黄金の獅子が踊るグリフィンドール。濃い黄色の大地を黒い穴熊が踏みしめるハッフルパフ。青い大空にブロンズ色の大鷲が舞うレイブンクロー。そして、深い緑の波間に銀の蛇を抱くスリザリン。

 室内の熱気も届かない上空に天井は見えず、代わりに紺青の夜空に張り付いた星々が歌っている。

 

「腹減った」とクラッブ。

「減りすぎて死ぬ」とゴイル。

 二人は絢爛たる広間の飾り付けにも、まるで感銘を受けた様子は無かった。それまで他の子供たちと同じようにぽかんと上を見上げていた俺は、苦笑して視線を前に戻した。

 

 まもなく新入生の組み分けの儀式が始まった。

 家名のアルファベット順に一人ずつ名前を呼ばれ、前方に置かれた椅子で在校生とご対面。その場で被らされる古ぼけた帽子が素質を判断して、所属寮が決定する。その後の人生をも左右する瞬間が、得体の知れない魔法の帽子に委ねられていた。

 

 やがて「マルフォイ、ドラコ!」と呼ばれた。

 通路の行く手に置かれた椅子のすぐ近くに、校長のダンブルドアが座っている。白い長い髭。老眼鏡と思しき眼鏡。休日のサンタクロースのような、一見すると優しげな老人だった。

 

 俺は彼と目を合わせないよう、卓上で組まれた皺だらけの手を見つめて歩いた。閉心術をこの場で使うつもりはない。リスクは大きいが仕方ない。帽子は性格診断のために頭の中を覗き込んでくるはずだから、その判断にエラーが出かねない小細工はできない。もし衆目の前で「閉心術を解いてくれ」などと言われては一巻の終わりだ。まさかダンブルドアも、入学初日の子供にいきなり開心術を掛けてはこないだろう。帽子の開心術をやり過ごせれば、とりあえずはそれでいい。帽子から校長に俺のことが伝えられても、ダンブルドアと相対した時に何を思えばいいかは決まっている。

「妹さんのことは知っている。あんたとグリンデルバルドの青春時代も知っている」

 これだ。

 俺がダンブルドアの過去(設定)を握っている限り、そうそう先方も乱暴なことはしてこないだろう。

 

 大丈夫、大丈夫だ。『これで安心! 浮気がバレない閉心術』にも、「下手な小細工なら何もやらないで自然体でいるほうが無難です」と書いてあった。そして何か一つの考えで頭をいっぱいにしてしまうのも手だと。だから俺はひたすら「スリザリンスリザリンお願いだからスリザリン親はスリザリン自分もスリザリンでないと死ぬ破滅したくないスリザリン」と念じ続けた。

 

 椅子に座ると、帽子が髪に触れるより早く、「スリザリン!」と叫ばれた。被せられる前に手で受け止めて、急いでマクゴナガルに返した。しっかり吟味される前に寮が決まる家系で良かった。

 

 同寮になった先輩たちが温かく迎えてくれた。その中には、クィディッチチームとして屋敷に合宿をしに来たことのある顔もいる。原作通りにドラコとしてスリザリンに入ることが出来て、まずは一安心。父上と母上も喜ぶだろう。

 

 他の新入生も、おおよそ原作と同じ寮に組み分けられたようだった。断定できないのは、俺が細かいところをよく覚えていないからだ。

 

 そして有名な名前が呼ばれた。

 

「ポッター、ハリー!」

 

 広間がさざめいた。

「本当にいたんだ」

「ちょっとそこ頭どけろよ。見えないんだけど」

 魔法界を救った有名人を見たいという単純な興奮の他に、少し違う反応もあった。

「ちょっと痩せすぎてない?」

「マグルの親戚に育てられたって新聞で見たよ」

「じゃあそのマグルに迫害されたんだ。魔法使いだから。可哀相に」

 声を潜めて同情する者もいた。

 

 ハリーは、身を縮めていれば周囲の注目は逸れると思っているようだった。ぎこちない様子で椅子に掛ける。その時にちらっとこちらに顔が向いたが、すぐに正面を向き直った。少年の頭に帽子が被せられる。

 

 スリザリンは駄目。スリザリンは駄目。

 俺はそう念じた。

 

 張り詰めた沈黙。その緊張が途切れかけた数分後、やっと「グリフィンドール!」と所属寮が確定した。広間の向こう側から大歓声が生まれた。よし。

 選ばれなかった三寮は軽い落胆を示して、すぐに次の新入生に関心を移した。グリフィンドールだけは、英雄を獲得した喜びに長く沸いていた。

 

 全ての新入生の組み分けが終わると、やっと食事が始まった。テーブルに並んだ大皿から、各自が好きに取り分けるスタイル。栄養管理も自己管理のうちというわけだ。

 

 ローストビーフやラムチョップやローストチキンやポークソテー。肉が多い。山盛りのマッシュポテトにフライドポテトにベイクドポテトにシェパーズパイ。芋も多い。

 どれも量は十分にあったが、味はそうでもなかった。不味くはないのだろうが、あくまでもイギリスの一般レベルだった。マルフォイ家の料理も大差ないが、ドラコにとっては家庭の味。毎日食べても平気な味として、舌が受け入れている。しかし日本旅行を経て味覚が日本人に戻ってしまうと、ホグワーツの料理は大して魅力のないものになってしまった。

 

 形容しがたいソーセージのような物(別名イングリッシュソーセージ)を食べて悲しくなった時、向かいの上級生が声を上げた。スリザリンでは上級生と新入生がバランスよく混ざるように、席順が工夫されていた。

「上を見てごらん。ゴーストたちが挨拶に来たよ」

 透き通った人影が壁をすり抜けて広間に現れた。しかし新入生たちは無感動だった。広間に入る前に、半透明の亡霊集団とすでに遭遇していたからだ。

 

 一人の亡霊が強引にベンチの隣に割り込んできた。途端にそちら側の半身だけ『シックス・センス』ばりの冷気を感じて鳥肌が立つ。

「スリザリンへようこそ」と、その半透明の男性は血だらけの顔で言った。

「寮付きのゴースト、血みどろ男爵だよ」と、上級生は朗らかに紹介してくれた。

 

 俺はその銀色がかった亡霊に会釈した。

「初めまして。座ったままで失礼いたしますが、卿のお名前は父から聞いております。ルシウス・マルフォイの息子のドラコと申します。お会いできて光栄です」

「マルフォイか。代々スリザリンに縁のある者を迎えられると私も安心する。何しろ今のホグワーツは、どこの馬の骨とも知れぬ連中が闊歩する所になってしまった」

 血みどろ男爵は嘆いた。

 

 亡霊たちが壁の向こうに去った後、斜め向かいのパンジーが「よく普通に話せるね」と囁いてきた。俺は頷いた。「少し寒かったけどね」

 パンジーは視線を俺からずっと遠方へずらした。

「向こうでね、ハリー・ポッターの横の赤毛の男子が、ドラコが寒がるのを見て笑ってた。ハリー・ポッターもちらちら見てる。何かあったの?」

「少し列車で知り合ってね」

 視線と言えば、スリザリンの上級生からもたまに値踏みされているのを感じる。マルフォイの名はあまり良くない意味で有名なので、仕方のないことだ。パンジーはそちらへもガンを飛ばしていた。

 

 あらかたの食事が済むと、校長から注意事項が伝えられた。例の「痛い死に方をしたくなければ四階右側の廊下に近づかないこと」、「禁じられた森に立ち入らないこと」などだ。

 

 それから全校生徒で校歌を歌うことになったが、酷い歌詞だった。おまけに校長が言うような、「各自好きなメロディ、リズムで」の合唱など、結果は見えている。スリザリンとレイブンクローは白けた沈黙を保ち、ハッフルパフは申し訳程度に小声で済ませ、グリフィンドールは元気いっぱい、賑やかだった。ホグワーツの現状が垣間見える、意義のある合唱だった。

 

 晩餐会はそれでお開きとなり、新入生は各自の所属寮へ案内された。

 

「使用人じゃあるまいし、何で俺たちが地下なんだ」

 階段を下りながら、黒人の少年が不平を鳴らした。

「城の中心に近いのはいいことだよ」と俺は慰めた。「塔の上の二寮より、地下のスリザリンとハッフルパフのほうが広間までのフロア移動が少ない。僅かな移動時間の差でも、七年もあればだいぶ違うだろう」

 とくにこの学校にはエレベーターもエスカレーターもないはずなので、階数の差は確実に利いてくる。

 

「きみ、前向きでいいね」と、先頭の監督生が振り返った。黒髪を後ろで一つに束ねた、知的な雰囲気の少女だ。「地下と聞いて、良くないイメージを持った子もいるよね。でも寮に入れば印象は一変すると思う。皆、こちらに集まって」

 監督生は石の扉の前に一年生を導いた。

 全員がしっかり聞き取れるように、合言葉が唱えられた(今日から二週間は「マーリンに続け」だそうだ)。すると扉が自動で開いた。

 

 石扉をくぐると、そこにはラウンジのような空間が奥に長く伸びていた。

 一足先に寮に着いていた上級生たちが奥に陣取り、新入生を待ち構えている。監督生の男女もその前に移動し、俺たちと向き合った。

 

「ようこそ、スリザリンへ」

 

 女子監督生のファーレイが寮の説明をしてくれた。デスイーターを多く輩出したことで知られるスリザリンの黒い噂や、忌避されがちな立ち位置。彼女はそれらを、新入生が負い目に感じないように一所懸命フォローした。更には、魔法界史上最も偉大な魔法使いの一人として知られるマーリンが、スリザリン出身だったことを引き合いにして、誇りを持てと励ました。

 男子監督生は、その間に「蛇寮の心得」というガイダンス資料や部屋割り表を配った。

 

「さて、今日は緊張して疲れたでしょうから、一年生は解散。荷物は部屋に運んであるから、ゆっくり休んでね。二年生以上は全員残って下さい」

 俺たちは在校生の間を抜けて、個室に続く階段を上がった。翌日からは、スリザリン生としての生活だ。

 




Darkthrone "I en hall med flesk og mjød"
本来は次回・次々回との三本セットだけど、ダークスローンのタイトルを使いたかったから分けた(理由はそれだけ)。

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