フォフォイのフォイ   作:Dacla

30 / 31
初めての空抜けて・2

 女子のローブの下を覗き見る野望を打ち砕かれても、男子スリザリン生はそう長くは落ち込まなかった。箒に乗ること自体が楽しい年頃だ。飛行の初授業の日は、より良い箒を確保するため、予定通り一斉に教室を飛び出した。

 

 倉庫にあった箒は本数だけは充実していたが、どれも骨董品もいいところだった。高校の体育でテニスをやった時に、備品のラケットが木製で、自前のラケットを使っているテニス部との格差に皆が不満たらたらだったのを思い出す。

 

 なるべく軸の真っ直ぐな物、浮き方に癖のない箒を選んで、横で待っている同級生に渡していく。女子の分だけでなく男子の分も選び終えると、取り分けておいた一番癖の強そうな箒を手に倉庫を出た。

 試しにそれに跨って浮かび上がってみる。反応の鈍い動き出しからの急発進もさることながら、浮く時に右斜め前に飛び出す癖がある。柄を押さえつければどうにかなるかな。

 こんなオンボロでも、やっぱり楽しいわ。

 

「なんだってそんな駄目箒を使うんだ、マルフォイ」と、マローンに聞かれた。「もう少しましなのがまだ残ってるだろ」

「今更飛行を習う必要はないから、これでいいさ」万が一飛行経験のない子に、このぼろ箒が渡ってしまったら可哀相だ。

 

 グラウンドでは、クラッブとゴイルがスリザリン生全員分の箒、二十本を綺麗に並べていた。

 女子たちや荷物を寮に置いてきてくれたノットたちも、続々とグラウンドに集まってきた。

 

「私のために選んでくれたの? ありがとうドラコ!」

と、パンジーが嬉しそうに声を弾ませた。

「ぼくだけじゃなくて男子みんなで準備したんだ。女子たちにも飛行を楽しんでもらおうと思ってね」

「そうなんだ。ありがとうねー」

 ミリセントが周りに礼を言い、クラッブが親指を立てた。向こうでは並べられた箒を触ろうとしたグリフィンドール生が、「自分で取ってこい」とゴイルに威嚇されていた。

 

 生徒が集まっているところへ、やがて飛行クラスの担当、マダム・フーチがせかせかやって来た。髪を短く刈り込んだ中年女性で、ジャージ姿でなくても体育教師らしさが滲み出ている。

「もたもたしない! 箒の横に立ちなさい!」

 フーチ教官の指示に従い、一年生は慌てて箒の横に立った。

 

 それからどうにか全員が箒を手許に浮かび上がらせることができるようになると、次は箒に跨るステップへと進んだ。飛行時の基本姿勢を取らされる。

 

 足を地に付けたままの生徒たちの間を巡り、フーチは一人ずつ姿勢をチェックしていった。俺の時には「持ち方が全然違う」と、癖のある箒を抑えるために妙な持ち方をしているのを直された。ハリーとロンが俺を指差して笑っているのが視界に入る。この前の魔法薬学の授業では俺が笑ってしまったから、おあいこだ。

 

 全員の姿勢を確認したフーチは、改めて生徒の横に立った。

「さあ、それでは私が笛を吹いたら地面を強く蹴る。箒をしっかりと……何ですか、あなた」

 手を挙げていた俺は、許しを得て発言した。

「初心者が補助無しに一人でいきなり浮くのは、危険だと思います。安全のために緩衝魔法か減衰魔法を掛けて頂くか、生徒同士で補助したほうがいいと思います」

 ドラコの杖が手許にあれば勝手にそうしているところだ。しかし飛行実習中に落下して杖を折ったり杖のせいで怪我をしたら面倒だから置いてこい、という学校側の指示も正しい。その指示に従って杖を置いてきたので、今はフーチに頼むしかなかった。

 

「はっ! スリザリンは卑怯な上に臆病なんだな」

 グリフィンドールのほうから野次と嘲笑が聞こえた。俺の周囲が殺気立つ。ゴイルがぼきりと指の関節を鳴らした。

 

 フーチは鋭い目つきで俺を見据えた。

「ミスター・マルフォイ。この授業を教えているのはあなたですか」

「いいえ」

「では余計なことを言って周囲を不安がらせない。心配しなくてもそれほど飛ばない箒です。大人しく指示に従いなさい」

「イエス、マム」俺は警告したからな。

 

 フーチは胸に提げていたホイッスルを構えた。「それではいきますよ」

「わああ!」

 笛が鳴るよりも早く、グリフィンドールの集団から叫び声が上がって一人が宙に飛び出した。

「これが本当のフライングスタート」

「何言ってんだ、おまえ」

 俺の呟きを拾って、隣のノットが呆れた。

 

 飛び出していったネビル・ロングボトムは、電柱くらいの高さまで昇った。地上からフーチが下りてきなさいと怒鳴っているが、本人だって上がりたくて上がったわけではない。すぐに箒と別れて地球の引力を選んだ。

 

「あ、落ちた」

 

 フーチはネビルに駆け寄り、手首を押さえて泣いている彼を無理矢理立たせた。

「これからこの子を医務室に連れて行きます。その間も動かないこと。箒もそのまま置いておくように。さもないと、クィディッチのクの字も言えないうちにホグワーツから出ていってもらいます」

 偉そうに言っているが、可哀相な初心者が飛び出してから落ちるまでの間、彼女は地上で右往左往していただけだ。地面に衝撃緩和の魔法を展開する余裕くらいはあったはずなのに。魔法が苦手なら、教師の手の届く所で一人ずつスタートさせる方法もあったのに。

 

 フーチと気の毒なネビルが去った後、生徒たちはぶらぶらとその場で時間を潰し始めた。

 

 ふと、先ほどまでは気が付かなかった、何か光る物を草の間に見つけた。それは内側が白く曇った大きめのビー玉で、拾い上げると薄ぼんやりと赤くなった。

「これ、誰かの落とし物か」

 玉を掲げてみせると、「ネビルの思い出し玉だ」という声が聞こえた。

 

 ああ、原作で出てきたやつか。中途半端なリマインド機能で、忘れていることがあると玉が赤くなるという。要するに、全ての記憶を表層意識に乗せていられる特異体質以外の普通の人間が持てば、だいたい赤くなる。俺も普段は忘れていることが山ほどある。現に、ドラコがネビルからこの玉を取り上げようとする原作エピソードのことも、今やっと思い出した。

 

「そんなガラクタ、捨てとけよマルフォイ」

「うーん」

 これを返すのを口実にして、授業が終わったらネビルと話でもしよう。そう思って玉をローブのポケットに突っ込もうとした時、「返せよ」と後ろから肩を掴まれた。振り返ると、ハリーとロンが硬い顔で立っていた。

「それはネビルの持ち物だ。返せ、マルフォイ」

と、ハリーは手を差し出した。

「壊してやれ」とスリザリンから野次が飛ぶ。蛇寮と獅子寮の間に緊張が走る。

 

 俺はハリーに「なぜきみに渡す必要がある?」と尋ねた。

 更に手が突き出された。「ネビルはぼくと同室なんだ。ぼくから返す」

「この授業が終わったら本人に返すさ」

「だったらぼくも一緒に行く」

 困惑。ハリーがいたら、ネビルの前で素の態度も出せない。ダンブルドアの注意も引きかねない。そんな一瞬の逡巡を悪いほうに捉えられた。

「ほら見ろ。ちゃんと返す気なんかないんだ」

と、ロンが掴みかかってきた。

 

 咄嗟に玉を抱え込み身を捻る。クラッブとゴイルが突っ込んできて、ロンと俺の間に割って入る。反対側からハリーが手を伸ばし、俺の手とぶつかって玉が放り出された。すかさずキャッチしたクラッブが、何を思ったのか思いきりそれを遠くへ投げた。

「あ」

 玉が放物線を描く。

「あー」

 思い出し玉はグラウンド脇の、高い杉の梢に引っ掛かった。スリザリン生から意地の悪い歓声が上がる。

「あーあ」

 ロンが非難がましい声を上げた。はいはい、取りに行けばいいんだろう。

 

 木登りで行ける高さではないので、箒でそこまで飛んでいった。葉の間に腕を伸ばし、細い枝に挟まっていたガラス玉を掴み取る。さて地上に戻ろうとすると、少し離れた宙にハリーも来ていた。

 

「返せよマルフォイ」

 ハリーはなぜか泣きそうに表情を歪めていた。俺が虐めているような錯覚に陥るが、冷静に考えると彼には何もしていない。

「どうしてそう突っかかってくるんだ」

「だってきみ、最初は親切だったのに……分かんないよ。なんでダドリーみたいな意地悪するんだよ!」

 叫ぶなりハリーはこちらに突進してきた。

「落ち着け。おいこっち来るな!」

 スピードも緩めず突っ込んでくる眼鏡。危険な距離に入られる前に、思わず上空へ逃げる。それでもハリーは追いかけてくる。ガラス玉を投げつける。ハリーは燕のように急転回してそちらを追った。

 

 意地悪しているように見えるなら、それはきみに近づかれたくないからだよ、坊や。混乱させてごめんな。

 

 俺が地上に戻ってくると、ノットに後ろを指差された。片手に玉を掴んだハリーが、グリフィンドール生から歓声で迎えられるところだった。とくにロンが「凄いぞ、ハリー!」と大喜びしている。級友にもみくちゃにされたハリーは、すっかり晴れ晴れした顔になっていた。

 ノットがぼそりと言う。「おまえは英雄の活躍に貢献したわけだ」

 俺も箒を置いて応えた。「否定はしない」

 

 間もなくマクゴナガル教授が現れて、箒に跨っていたハリーを現行犯で連れて行った。生徒たちは、フーチの警告を思い出した。

「ポッターのやつ、先生に怒られるのかな」

「だから言ったじゃない。先生の言うことを聞かないと退学になるって」

 説教がましいハーマイオニーの言葉に、場の空気は一気に白けた。ハリーの好プレーに喜んだ者は、恨みがましく俺を盗み見た。ハリーより先に飛んだ一人目も叱られるべきだと思ったのだろう。原作では、マクゴナガルがハリーを連れて行ったのは、クィディッチの才能を見出したからだ。説教を受けさせるためではない。

 

 その後の生徒たちは、大人しくお喋りをしながらフーチの戻りを待った。

 

          ◇

 

 授業後、俺は医務室に直行した。

 背もたれのない低いスツールに、ネビルが座っているのが目に入った。

 

「良かった、行き違いにならなくて」

 言いながら近づく。手首を固定された少年は、警戒しながら俺を見上げた。

「え、あの……何?」

「怪我はどうだい」

「あ、えっと、手首の骨が折れてた」

 空いていた別のスツールに腰掛け、ネビルと向かい合う。

「痛むか」

「そりゃあね」と彼は顔を顰めた。「魔法薬で明日には治るっていうけど。きみもどこか怪我したの?」

「いや、べつに」

「用がないならさっさと帰りなさい」と、校医のおばちゃん。

「すぐ終わります。ロングボトム、思い出し玉を落とさなかったか」

 

 ローブを探ったネビルはあっと声を上げた。「どうしよう! あれ、お祖母ちゃんが送ってくれたやつなのに」と、慌てふためき腰を浮かせたので、俺が肩を押さえつける。

「落ち着け。グラウンドで拾った。その後ポッターが自分が返すと言い張って持っていったから、寮に戻ったら彼から返してもらうといい」

「……うん。そうする」

 俺がいては居心地が悪そうだったので、もう切り上げることにする。

「それではお大事に」

 

 腰を上げると、ネビルもつられたように顔を上げた。

「待って。待ってマルフォイ。もしかしてそれを言うために来たの?」

「ああ。ポッターはおそらく個人的な大ニュースで頭がいっぱいになって、落とし物のことは忘れているだろうから。ぼくがもう少し強くマダム・フーチに緩衝魔法を頼んでいれば、きみも怪我をせずに済んだかも知れない。それが悔やまれてね」

 デスクのほうで、「あの人は生徒の安全に無頓着なのよねえ」と保険医がぼやいた。

 

「きみのせいじゃないよ」

と、ネビルは苦笑した。

「だってマルフォイのお願いを却下したのはマダム・フーチで、臆病だって笑ったのはグリフィンドールなんだから」

「それ、寮内では言わないほうがいいぞ」

 俺はもう一度「お大事に」と言って、医務室を出た。

 

          ◇

 

「あ」

 ゴイルの飲もうとしていたコーンポタージュに、フクロウの羽毛がふんわりと落ちた。けれどゴイルは動じることなく、そのままスープと一緒に掬って飲んだ。

 

「くそったれ!」

「どうした、ドラコ」

 突然罵り声を上げ、テーブルを殴りつけた俺に、クラッブとゴイルが怯えた。

 鳥は嫌いではない。けれど、朝食の時間に料理の上を飛び回る梟便は大嫌いだった。ホグワーツでは、在学生宛の荷物や手紙は、梟便で直接宛先の生徒に届けられる。それはいいとしても、なぜ配達を朝の大広間でしなければならないのか。羽毛と糞から皿を守りながら食べる朝食が、清々しいものだと学校側は本気で考えているのか。

 ましてドラコ宛の梟便は三日と日を空けずに届く。その分だけ俺の周囲で羽毛が飛び散り、風切り音が耳に付く機会が増えるのだった。

 

「何でもない」

 メール室か宅配ボックスのようなものを作ってもらえないか、父上に理事会に提案してもらおう。そうしよう。鳥インフルエンザが流行する前に、鳥が乱舞する食卓からは何としてもおさらばだ。

 

「ドラコが苛立っているのは、あれでしょう?」

と近くの席にいたパンジーは遠くを指差した。

 フクロウ四羽がかりの細長い大荷物。それがハリーの元へ届けられる様子は、グリフィンドールに遠いテーブルからでも目立って見えた。

 

「そもそもどうしてポッターが普通に朝ご飯を食べてるわけ。処分はどうしたの?」と、パンジーは不愉快そうに呟き、

「ダンブルドアはグリフィンドール贔屓だって聞くし、英雄を退学に出来なかったんでしょうよ」とダフネが鼻で笑った。

「あんな三流教師の言いつけを破ったくらいで、退学になるわけないよね」と、ミリセントも平然と言う。

 

 ハリーとロンは、包みに付いていた手紙を読んで喜んでいる。俺の隣のゴイルと向かいのクラッブは、口を動かしながらもそれをじっと見ていた。二人はロンに対して良い感情を抱いていない。列車での初対面も良くなかったし、昨日も掴み合いになりかけた。仕方ない。

 

「あの荷物、何だろう」

「あいつら出ていく」

 クラッブが報告した通り、荷物を抱えてハリーとロンが広間を出て行った。

 

 俺は紅茶を飲み干し、「行くぞ」と席を立った。昨日ハリーがマクゴナガル教授に連れて行かれた件を、ちょっくら確かめてこよう。原作のドラコをなぞって行動する分には、ハリーへの接触も問題ないだろう。

 

 階段を登ろうとしていた二人の前を、クラッブが塞いだ。戸惑い、立ち止まったところを後ろからゴイルが強引に包みを奪う。流れるような連係プレーだ。ゴイルが包みを破ろうとしたところで俺は止めた。

「こら、人の物を勝手に開けない。こちらに渡せ」

 包み紙の上から触ると、送られた荷物はやはり競技用の箒だった。どうやら原作通り、主人公ハリーは特別扱いされたらしい。

 

「一年生は箒の持ち込みは禁止だぞ」

 言いながら返すと、ハリーは俺をじっと見据えながら包みを抱え込んだ。ロンが勝ち誇った笑いを浮かべた。

「ただの箒じゃないぞ。なんたってニンバス二〇〇〇だ」

「へえ。ウィーズリーが買ってやったのか。友人に最新型箒を買い与えられるなんて、さすがウィーズリーは大富豪だな」

 一瞬絶句したロンは、それでも気を取り直して口を開き掛けた。

 

 そこへ、横からフリットウィック教授がぬっと顔を出した。「きみたち、揉め事ではないだろうね」

「先生、ポッターが箒を持ち込みました」

と、俺は一生徒の告げ口らしくフリットウィックに訴えた。

「ああなるほど。そうらしいね。マクゴナガル先生が特別措置について話してくれたよ。ところでその箒は何型かね」

 教授が味方だと知ったハリーが、表情を緩めて答えた。「ニンバス二〇〇〇です」

「マルフォイのお陰で貰えたんです」とロンも言い添えた。

 ハリーは少しだけ迷ってから、友人の言葉に口角を上げた。

 

 どうせドラコはハリーの踏み台ですよ。やや投げやりに思いながら、フリットウィックに尋ねる。

「教授もこの件についてご存知のようですが、その特別措置というのに関して一番お詳しいのは、マクゴナガル教授でしょうか」

「ああ、そう聞いているよ」と、フリットウィックは全て分かっていると言わんばかりのウインクをハリーに送った。小さいおっさんのウインクなんぞ、貰っても困るだろうに。

「分かりました。では失礼します」

 俺はクラッブとゴイルの腕を掴んで、その場を立ち去った。

 

「ドラコ、あれで終わりか」

「まさか」

 学校ぐるみで英雄を優遇するというのは、他の生徒にとってもハリーにとっても教育上よろしくない。せこい手を使わせてもらおう。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。