フォフォイのフォイ   作:Dacla

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足元の不思議・2

 一時間のフライトを経て、マルフォイ邸に到着。

 空のツーリングは爽快な体験だった。反省点を言えば、万全だと思っていた防寒対策がまだまだ甘かったことくらいだ。とくに剥き出しの耳が千切れそうに痛い。

 俺を門まで送ると、イースは「早く熱いシャワーを浴びたい」と、箒から下りることなくそのまま自宅に飛んでいった。

 

 遠乗りから帰ってきた息子を、マルフォイ夫妻は笑顔で迎えた。ホールのご先祖たちも、子孫の帰還にほっとした様子だった。

 夕食の場で土産話をさせられ、暖炉の暖かく燃える居間に移動した後もそれは続いた。

 家への土産として買ってきた紅茶とショートブレッドは、何の反感もなく受け入れられた。土産は無難なのが一番だ。

 

「あ、そうだ。父上、お小遣いありがとうございました」

「足りたか」

「はい。使った残りをお返ししたいので、後で書斎に伺ってもよろしいですか」

 父上は俺の買ってきた物をちらりと見てから「いいだろう」と頷いた。

 

          ◇

 

 代々の当主が使っている書斎で、父上は机の前に陣取った。俺と父上を隔てるクルミ材の机の上には、ペン皿にインク壷、羽根ペン、銀のペーパーナイフ。それらを照らすランプ。隅に新聞。背後の本棚には、本以外にも怪しげな骨董品が並んでいる。

 

 俺は余った小遣いを返した。茶封筒が無かったので紙に包んである。それを父上は無造作に机の引き出しに放り込んだ。

「小銭はそのまま取っておくかと思ったのだがな。マグルの金は触るのも嫌か」

「そういうつもりではありません。ぼくよりも父上のほうが使う機会があると思って、お返ししただけです」

 息子に社会勉強をさせるなら、小遣いとして渡すのはガリオン金貨でも良かった。そうすれば通貨の両替から経験できたはずだ。その手間を省いたのは、日頃から手許にポンドがあり、日常的に使っているからだろうと考えた。

 

「ひょっとして父上は、非魔法界にお詳しいのではありませんか」

 

 僅かな沈黙の後、机に置いてあった新聞がこちらに寄越された。

 父上が毎朝読んでいるのは、政治経済をメインに扱う、地味でお堅い魔法界の高級紙『モイライ』だ。原作に登場する『日刊予言者新聞』は、派手なタイトルと写真で煽る、タブロイド寄りの大衆紙。

 しかしここにある新聞は、そのどちらでもなかった。今日の日付のタイムズ紙だ。

 保守党の党首選でサッチャー首相が云々、と一面に出ている。え、サッチャーってこの時代もまだ政治家やってたの、と驚くべきはそこでなく。

「魔法界の新聞ではありませんよね。父上はマグル嫌いで通っているのに、よろしいんですか」

 

 原作のルシウス・マルフォイは反マグル派の代表格だった。マグル贔屓のダンブルドアとは、その件でも反目しあっていた。この夢の中でも、父上が非魔法使いを蔑む発言をするのを何度か聞いている。『マグル生まれのせいで魔法界が荒む』とか、『マグル生まれに譲歩しても連中はつけ上がるだけだ』とか。だから非魔法界の物もなるべく遠ざけているだろうと思っていた。今朝までは。

 

 父上は俺の思い込みを軽く冷笑した。

「混同するな、ドラコ。マグルとマグル生まれは別物だ。こちらに干渉しない者まで嫌っているわけではない。彼らが自分たちの社会で作り上げてきたものも、否定はしない。私が嫌いなのは、我々の先祖が作り上げてきた魔法の恩寵に与っているくせに、魔法界のルールや伝統は都合良く無視する、厚かましい新参者たちだ。連中が魔法界の人口を補っているのは確かだが、その増加し続ける割合も問題だ。数の多さを恃んで、マグル生まれに魔法界を好き勝手に変えられてはかなわん」

 

「マグル生まれの存在自体は、お認めになるんですね」

「忌々しいが仕方ないだろう。我々のような由緒ある家が魔法界を担っていくべきだが、純血だけでは人口を保てず、いずれ先細る」

 そういえば、家庭教師が言っていた。マルフォイ家は外国の血を入れることで、家が断絶するのを防いできたと。ドラコやルシウスの色素の薄い容姿は、北欧系の血を引いている証拠だそうだ。古い血脈を守るために新鮮な血統を受け入れる必要があると、父上が理解していて不思議はない。

 

「話を戻すと、私もマグルには関心がある。下品なウィーズリーとは動機が違うがな。傾倒しすぎなければ、おまえもマグルの社会に興味を持って構わんぞ。誰が権力の座にあって、何を欲しているのか。権力者でなくてもいい。一般のマグルは何に魅力を感じ、求めているのか。それを知っておくのもマルフォイ家の当主の務めだ」

「務め?」

 

 ぽかんと口を開けた俺に、父上は説明を始めた。

「マルフォイ家の富の基盤について、おまえもそろそろ知っておいてもいいだろうな。……千年前、フランスから渡ってきた初代当主のアルマンドは、征服王ウィリアム一世に協力した見返りに、この土地を手に入れた。それ以来、マルフォイ家はマグルの権力者に陰ながら『助言』と『助勢』を与え、土地や財宝、権利といった報酬を受け取ってきた」

「助言、ですか」

「マグルには不可能な、魔法的な支援だ。機密保持法ができて、魔法界がマグル社会から遠ざかってからのほうが、むしろ我が家の価値は上がったと言える」

 

 国際機密保持法は、映画『メンインブラック』で宇宙人の存在を一般人から隠匿している設定の、いわばハリポタ魔法バージョンだ。もし魔法を使うところを非魔法界の一般人に目撃されたら、目撃者の記憶を改竄してでも魔法の存在を隠さなければならない。

 しかし、機密保持法によって非魔法界との接触を禁じられれば、マルフォイ家はむしろ痛手を被るのではないか。

 

「何事にも抜け道はある。マグルに直接魔法の存在を伝えるようなことは止めたが、接触は断っていない。要は、先方がこちらを魔法使いだと気付かなければいいのだ。水面下での取引は今も続いている。興味があればホールのご先祖たちにも聞いてみるといい」

 俺の表情を見て、父上は僅かに口角を上げた。

「納得がいっていないようだな。マグル無くして我が家の繁栄はありえない。蜜蜂がいなければ蜜を集めることはできないし、蜜蜂を嫌う養蜂家はいない」

 宿主を見下す寄生虫の言い分だな、とは心の中だけで呟いた。

 

「ですが、父上は魔法界がマグルに接近することを快く思われていませんよね。時々『モイライ』を読みながらダンブルドア派の主張に文句を言われていますし、ご先祖の中には反マグルの論陣を張った人もいます。それはなぜですか」

 父上は俺の返した新聞の上で手を組んだ。

「かつて我が家がマグルの権力者と蜜月の関係であったことを覚えている者や、今も繋がりがあると疑っている者がいる。そうした者の目を逸らす必要がある。さすがに機密保持法を覆すことはできないからな。加えて言うならば、マグルに無知な者が多くなってくれたほうがいい。マグルに詳しい魔法使いが少なければ少ないほど、我が家の競争相手は減る」

「市場の独占ですか」

「社会科の勉強はしっかりやっているようだな」

 

 ここまで話してくれる機会は滅多にないだろう。俺はついでとばかりに無邪気に言った。

 

「しかしそれが我が家の方針だとすると、父上が『例の人』派だったという噂はどこから出たんでしょうね。『例の人』とその支持者は、純粋な魔法族だけで完結したコミュニティを作り上げることが目的だったと、授業で教わりました。父上は、何と言いましたか、特に熱心な支持者だと疑われたこともあったとか。失礼な話ですね。マルフォイ家とは全く違う考えかたに間違われるなんて」

 

 憤慨してみせると、父上は苦笑した。

「誤解ではない」

「え?」

「おまえにはまだ話していなかったか。私はかつて『あの方』の許でデスイーターとして活動していた。つまり中心的な信奉者のグループにいた」

「そうだったんですか」

 

 知ってるけどね。

 この夢の中でもルシウス・マルフォイがヴォルデモートの部下だった事実があるのかを確認したかった。血生臭いことに巻き込まれたくないので、接点のないことを願っていた。しかし残念なことに、彼らの関係は原作通りのままだったようだ。

 

「なぜですか? 我が家の方針とはどのように折り合いを付けられたのですか」

 父上の苦笑が歪む。組まれた手に僅かに力が籠もった。

「一言で言えば、私も若かった。あの方と出会い、その主張するところに心惹かれたのは、まだ学生の頃だった。しかし家を継いで物の見方が変わると、あの方の極端な主張とやり方について行けなくなった。ナルシッサと結婚しておまえが生まれたのも大きい。あの方の目指すところに、私の未来はないと思ったのだ。

 それでデスイーターから離脱しようと、魔法省に駆け込んだ。今思うとタイミングが良かったな。直前にポッター家の惨劇であの方が亡くなり、指導者を失った者たちは混乱に陥って、私を追うどころではなかった。その後、多くの仲間がデスイーターとして有罪判決を受けた。その一方で私は不起訴になった。しかし私を潔白だと思っている者はいないだろう。保身のために転向したのだから、それも当然だ」

 

「それは、何というか……」

 若気の至りでカルトやアカに入信して幹部になったものの、足抜けするために公安と取引した人の話を聞いた気分だ。

 

「昔の仲間に裏切り者だと恨まれたりしませんか」

「今も日の下を歩いている元仲間は、私と似たり寄ったりの転向者だ。心配ない。怖いのは、今現在デスイーターとして服役している者たちだな。特赦か何かで出所したら、恨みを晴らしにやって来るかもしれん。だが心配しなくていい。おまえと母上の身くらい守ってやる」

「お願いしますよ、父上」原作でヴォルデモートが復活したら、すぐに全面服従したくせに。

 

 俺の返事のおざなりさが伝わってしまったのか、父上は困り顔になった。

「そこの扉付きの棚を開けてみろ」

 指し示されたチェストを開けると、中にはファイルがぎっしりと並んでいた。

 

「私が不起訴になった時の記録と一緒に、デスイーターとそう疑われた者たちの裁判記録をまとめてある。私の昔の知り合いを警戒するつもりなら、見ておいて損はあるまい。ただし誰が本物だったのかは聞くな。有罪となった者の名前だけ分かればいいだろう。もちろん、その中に記してあることについては一切他言するな。書類もこの部屋から持ち出すな。それさえ守れば中を見てもいい」

 

 俺は父上を振り返った。

「ぼくのような子供がよろしいのですか」

 いくら何でも小学生に見せるべき物ではないだろう。そんな心配も込めての確認だった。しかし父上は面倒そうに手を振った。

「構わん。他人から適当なことを吹き込まれる前に、自分で客観的な資料に当たってみろ。母上の前で余計な疑問を口にしなかった分別があれば大丈夫だろう。おまえはきっと、おまえ自身が思っているよりも成長している。魔法を使えない間に十分に苦悩したお陰だな」

「そこまで買って頂けるなら、心して拝見します」

 父上のいる時間なら翌日以降も書斎に入ることを許されたので、その日は引き上げた。

 

          ◇

 

 そうして日を改めて資料を引っ張り出していたら、見つけてしまった。

 黒い表紙の日記帳。

 中は真っさらで新品同様だったが、名前が記されていた。

 

 ――間違いない。

 

 父上が席を外した隙に、急いでそれを廊下の隅に隠した。そして父上が戻ってきてから、何食わぬ顔で堂々と退室。廊下で日記帳を回収して自室に持ち帰った。日記帳は裁判記録ではないから、持ち出しても父上の言いつけを破ったことにはならないだろう。しかし原作通りの代物なら、即座に取り上げられかねない危険物だ。

 

 警戒しながらペンを手に取る。

 まずは、何も知らないふりで、各ページの隅に番号を振っていく。最終ページまで辿り着いた時、俺の書いていない文が中央に浮かび上がった。

『ナンバリングは完了ですね』

 

 ページを遡って確かめてみれば、痕跡も残さず全ての番号が消えている。そこで適当な見開きに、今度は下手な落書きを描いてみた。蝋燭の立ったバースデーケーキの絵だ。蝋燭の数は十二本にした。

 

 すると落書きが消え、隣のページに別の文が浮かび上がった。

『今日はあなたの誕生日ですか? おめでとう』

『これは何だ』

 俺が書き込むと、その問いを待ちかねたように新たな文が現れた。

『ぼくはトム・リドルの記憶です』

 

 知っとるわ。映画で観たわ。




Dark Tranquillity "The Wonders At Your Feet"

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