はやてにご飯作ってもらいたい。
突然だが俺には先輩がいる。
名前は『八神はやて』。
まだ24歳という若さながらも管理局の三佐をやっている凄いお方だ。ついでに文官としてだけでなく武官、つまり魔導師としての実力も一級品という、正にスーパーエリート。
そんな八神先輩の部下、というか一応副官をやってるのが俺。魔力もなく、仕事だって人並み程度にしかできないが、それでも周囲の助けのおかげでなんとかやっていけてる。
これは、そんな俺が先輩と過ごす何でもない時間の話だ。
まあ俺にとっては、得難い時間ではあったのだけれど。
「美味い肉が食いたいです」
その言葉がどういった話の流れから出てきたのか俺は詳しくは覚えてない。けれど、確かその日は確か長引いていた仕事がひと段落して、心身ともに疲れ切った時だったはずだ。
来る日も来る日もレーションやコンビニ飯ですっかり参ってしまって思わず呟いてしまったのだ。
「なら私が作ったろか?」
ぐでーっと情けない様子で机に突っ伏す俺に対し何で先輩がそう言ってくれたのかもまた、よく覚えていない。
けれどいかなる理由か、心優しい八神先輩は飢えた哀れな男に肉を食わせてやる気分になったらしい。
その後、噛み付くように「是非!」と答える俺の姿に、けらけらと楽しそうに笑った先輩は「じゃあ今週末ウチにおいでやー」と言ってくれた。
その時は美味い飯が食える! という事でルンルンだった俺だが週末が近づいてくるにつれてふと、一つの不安が首をもたげて来た。
「俺が先輩の家に? それって、守護騎士の皆さんと一緒に飯を食うのか……?」
それは何とも気が休まらない話だ。俺のような小市民的な根性しかない男には少々荷が重い。
それに俺が今日食事に呼ばれたのは
才色兼備。眉目秀麗。文武両道。身長は小柄ながらも身体のメリハリははっきりしており、むしろその小柄さが庇護欲をそそる。
セミロングの茶髪はいつも艶々としており、いつも浮かべられた和かな笑みは見るものを癒し、垂れ目がちな瞳は深い海の色。
管理局の内外問わず人気が高い。それが八神はやて。
本当に何で俺はあの人と飯食うことになってるんだろう。
「…………いや、俺が呟いたからなんだけどさ」
ぶつぶつ言いながら暫く歩いて、やがて目当ての場所にたどり着いた。ミッドの郊外に佇む一軒家。大家族で住んでるだけあって、人数に見合うだけの大きさのあるちょっとした豪邸だ。
「……よし」
『八神』と書いてある表札の前でごくりと唾を飲んだ。えいや、と勢いをつけるようにインターホンを押し込むと軽快な音が響いて扉越しに「はーい」という女性の声が帰って来た。
いつも通りの聞きなれたその声なのに、俺の心臓の鼓動が軽く加速して、背中に汗がじとりとにじむ。
「いらっしゃい、よう来たなぁ」
扉から姿を見せた先輩の姿に胸が跳ねた。
ブラウンのエプロンに隠された白色のタートルネックのセーターに膝下までを覆う鉄壁のロングスカート。いつもは肩口あたりに流してある茶髪を今は一つに結んでいる姿はいつもに増してぐん、と大人っぽくて色っぽい。
「こ、こここ、今日はお日柄もよく八神先輩に致しましては、御壮健そうで何より!」
「…………何いうてるんや? ガチガチになってるで」
「そ、その、なんか緊張してしまって」
「ご飯食べに来ただけやのに、なんやおもろいなぁ」
思わず意味のわからん事を口走って敬礼してしまった。でも先輩が楽しそうだし、まあ良いのだろうか?
「しっかし、そんな風にあからさまに緊張しとる君は初めてやで」
「そう、でしょうか?」
「うん。いっつもやたらと難しい顔しとるもん。密かに私のこと嫌いなんやないかと疑っとったとこや」
「ま、まさか! 俺が先輩の事を嫌いなんてことは……!」
「おおう、情熱的な告白。君はこんな往来で何を口走るつもりなんかなぁ」
あ、こいつ俺をからかってやがる。
身を抱いて目配せする先輩の姿に肩を落とす。顔に張り付いた笑顔は上官と服芸をやるときのもの。
随分と人をからかうのを楽しんでいらっしゃるようである。
「先輩」
「ん、堪忍な。君の反応がおもろくてなぁ」
「……めちゃくちゃ嬉しくねえ」
「まあまあ。いつまでも玄関前におってもしゃあないし、中入らへん?」
「八割方先輩のせいですけどね」
ころころと口を手で押さえて笑う先輩を見てようやく俺の体から力が抜けた。最初こそいつもと違う先輩の雰囲気に飲まれかけたが、いざ話してみればなんてことは無い、いつもと変わらない八神はやてだ。
変にかしこまる必要はないか。
半身を乗り出した先輩が生っ白い腕で開いている扉に軽い会釈をしてから身体を滑り込ませる。すると、ふわりと漂う先輩からの爽やかな香りに頭がくらくらしそうになった。
ああ、なんで女の人とはこんなにもやたらといい匂いがするのだろうか。
緩みそうになる表情を引き締めると、靴を脱いでリビングへ向かう先輩の後を追う。
ぱたぱたとスリッパを鳴らす先輩に続いて廊下を歩き、リビングに入ると家族である守護騎士の皆さんが……あれいない?
俺が不思議そうにきょろきょろと周囲を見渡していると先輩がああ、と声も漏らした。
「みんななら居らへんよ。出張とか道場の合宿とか被ってもうてなぁ」
「リインさんもですか? それは凄い偶然ですね」
「ん、いやあの子とシャマルは気を利かせて……まあその話はええやろ。ほら、いつまでも立っとらんでそこらに好きに座り」
「はあ」
促されるままに食卓の先輩の引いた椅子に座る。
「なんか飲む? 緑茶、紅茶、コーヒー、青汁、ジュース、お酒と飲むものは一通りあるけど」
「ならコーヒーをお願いしていいですか?」
「お酒やなくていいん? 君好きやったやろ?」
「まあ確かに好きですが、流石に上官の家で酔っ払ったりしたら事ですし」
「なるほど、自分が狼さんになってしまうのが怖い、と」
「そんなこと言ってませんよ! というか なりませんし!」
「なんや、私には襲う価値も無いっちゅうんか?」
「先輩」
「あはは、ごめんごめん。コーヒーな。砂糖は一つで良かったよな」
「…………はあ、はい。それでお願いします」
しなを作った先輩をじとっと睨むが、当の本人はそんなもの何処吹く風で、軽く笑って流してしまう。
くそう、この人と話すと、どうしても一枚上手に行かれる、というか、どうしてもからかわれる側に回ってしまう。
腹の黒さとか経験とか、後はオツムの出来とか色々かなわないのだ、俺と先輩では。
そんなことを考えていると、俺の目の前にソーサーに乗せられたカップが置かれた。
仄かな湯気が立ち上る器の中には地獄の底から直接組み上げてきたかのような黒々とした液体が満たされている。
「ほい」
「ありがとうございます。えっと、砂糖は……」
「もう入れてあるでー」
「それはお手数かけました」
「こんくらい手間のうちにも入らへんって」
先輩は問題なし、とでも言うように手を振ると、「じゃあそれでも飲んでゆっくり待っといてな」と言って台所へと向かった。
向けられた背中で、ひらりひらりと、エプロンの結び目が蝶々のように踊る。足がパタパタと忙しなく動くと、意地でも素足は見せん、とでも言うかのような長いスカートがはためいて、ほんの一瞬だけ先輩の脚のラインを浮かび上がらせる。
とくん、と小さく胸が跳ねた。
普段の先輩は管理局の制服であるタイトなスカートが多い。だから正直言って先輩の脚のラインなんぞ珍しいものでは無い。
けれど、ああやって隠されてしまうと、一瞬輪郭が見えるだけでも、普段見れないものを覗き見ているような、そんな感じのなんだかいけないことをしているようで、少し落ち着かない。
思わずそのまま先輩を注視しそうになるがなんとか視線を手元のコーヒーカップに落とす。
そこには今までの人生の間付き合ってきた非常に親しみのある顔の男が、そこはかとなく浮ついた表情を浮かべているのが、黒々とした鏡面に映し出されていた。
いかん。俺は飯を食いにきたのだ。決して八神先輩の御御足を見にきたわけでは無い。
カップを両手で持ち上げると器の表面の鏡がたわんで、ぐんにゃりと浮ついた男の顔を歪めてくれた。
「ふー」
けれどそれでもまだ満足できなかったので、湯気越しのそいつの顔に息を吹きかけてやる。
肺から吐き出された呼気が辺りを漂っていた薄白い熱気を吹き飛ばして、瞬きほどの間水面に小さな穴を穿ち、波紋を拡がらせた。
波紋は穴から同心円状に広がっていきコーヒーカップの縁にぶつかると軽く壁をせり上がって、そして勢いを殺せないまま鏡面へと潜り込んで行く。
とぷん、と響く微かな音。
そこまでやって漸く俺はカップに口をつけたが、元来猫舌の俺はそれでも舌が痺れる様に熱く感じた。けれど、そんな事はおくびにも出さず先輩の淹れた熱いコーヒーを流し込んだ。
途端、舌先からすうっと鼻腔へと香ばしい芳香が通り抜けて、その後に広がる苦さは砂糖一個分マイルドで。
「ふう」
小さく息を吐いて、今座っている食卓を見渡してみる。
軽く十人くらいは座れそうな大きな木のテーブル。いつもはここで先輩と、守護騎士の皆さんと、融合機のお二人と、大所帯の食事をしているのだろう。
けれど、今日ここで食事をするのは俺と先輩の二人らしい。
なんだか、変な気分だ。
座りが悪くて思わずトイレにでも行こうかと思ったのと、ふわりと俺の鼻腔をトマトの酸味のある香りがくすぐったのはほとんど同時だった。
「ん、できたな」
聞こえた小さな呟きに、動きが止まる。俺の余計な考えなど知らんとばかりに、その香りは一瞬で俺の思考に滑り込んで、まだ静かにしていた『食欲』という欲望を強かに殴りつけた。
「できたでー。待たせて悪かったなぁ。お腹へった?」
「いえ、別にそこまで──」
減ってません、と続けようとした俺の言葉をぐう、という腹に住んでいる虫が邪魔をした。
「ふふ、随分と正直な子飼っとるんやな、君は」
「ぐっ」
先輩にくすくすと笑われて、頰が熱くなる。
ああもう、なんで俺の体はほんの少しの強がりも気遣いもさせてくれないほど正直なのか。
今は自分のことが恨めしくて仕方ない。
「ほな君も待ちきれへんようやし、そろそろ食べようかー。そこにあるコースター置いてくれへん?」
「コースター、というと鍋とかを乗せるアレですか」
「そそ。そこのキッチンの端のところ、なんか置いてあるやろ、それや」
「あ、これですか。えっと、ここら辺でいいですかね?」
「んー、いやもうちょい右……うん、そこら辺」
先輩に言われたあたりにコースターを置くと、キッチンからえっちらおっちら運ばれてきた大きな鍋がどしん、と置かれた。
そして、ぶわりとトマトと強い肉の香りが辺りへと漂った。
目の前に鎮座した鍋に視線が釘付けになる。
もうもうと湯気をたてる鍋には赤茶色のスープ、そしてごろごろと一口大にカットされた肉が所狭しと入っている。
自らを強く主張するように立ち上る香りはそれだけで俺の空腹感を加速させ、いっそ魔法でも使ってると言われた方が納得しそうなほどの食欲を俺から生み出していく。
「こ、これは」
「ん? んー、普段は料理に名前なんてつけへんけど、そやなぁ……」
目を丸くして鍋を見つめる俺の言葉に律儀に答えようとする先輩。その手の中にはこんがりと焼き目をつけた、薄切りのたバゲットの乗った皿があった。
「『牛スネ肉のトマト煮込み』とか、そんなとこやろうか」
先輩はあらかじめ持ってきていた深めの小皿に鍋の中身のトマト煮の肉をたっぷりとつぐと、数枚のバゲットが乗った皿と一緒に俺に渡してくれる。
「あ、『〜シェフの愛情を添えて〜』とかつけようか?」
「謹んでお断りさせていただきます」
「なんやつまらへんなぁ」
ぶー、と先輩は唇を尖らせると鍋を挟んで対面にすわった。
「じゃあ、食べようか」
「はい」
食卓の向こう側に座る先輩に軽く頷いて見せると自然と手を合わせる。
「いただきます」
「めしあがれ」
目を閉じて作ってくれた先輩と、料理になってくれた食材たちに感謝の念を込めて祈る。
『いただきます』というこの文化は先輩の出身世界である『地球』の『日本』というところのものなのだと、八神はやてと知り合ったばかりの頃に教えてもらった。
俺たち人間は何かを食べずには生きていられない。それは則ち、人間以外の命を奪って自らに取り込むということだ。
故に『貴方の命をいただきます』、と感謝の念を込めて祈るらしい。
それはミッドチルダにはない文化で、俺はこの『いただきます』という言葉が結構気に入っていた。
食べ物を食べる、という当たり前に感謝ができるというのは、なんだかとてもいいことだと思う。
それに、今気づいたが、先輩の『めしあがれ』というのもいい。俺のために作ってくれたんだという気持ちをひしひしと感じる。
先輩の緩い笑みに見つめられながら手を解いてスプーンを手に取った。
「じゃあ、先ずはトマト煮だけで」
木のスプーンで小皿からゴロゴロと入っていた一口大の肉塊をスープと一緒にすくった。
「おお、凄え」
たったそれだけでたっぷりと煮込まれたスネ肉はふるふると震えて、降り注ぐ電灯の光を反射してキラキラと光る。
トマトの甘酸っぱい匂いに混じって、香ばしく焼かれた肉の香りが、口の中の唾液を溢れさせる。
無意識にごくりと唾を飲んで、本能の赴くままにかぶりついた。
「────!」
それは、価値観を根底からひっくり返されるような衝撃だった。
最初に感じたのはスープの味だった。トマトの酸味、けれどトマトだけが主張している訳ではなく、野菜スープと言われても納得するような濃厚さ。もしかすれば他の野菜もいくつか入っているのかもしれない。
そして、スープを味合うのから、間髪置かずに、口の中で肉がほろりと崩れた。
こういう煮込まれた肉というのはどろどろに煮崩れしていたり、硬かったりする場合がある。
けれど、これは違う。
しっかりと形を保ちながらも、歯で軽く噛めばほろりと崩れて中から肉汁を溢れさせる。『肉を食いたい』という俺の望みに答えるように肉を噛むという工程をさせながらも、同時に肉の柔らかさを堪能させる。
肉が噛めるほどしっかりと形を保っているのに、押せば崩れるほど柔らかい、という矛盾を実現していた。
じゅわりと溢れる肉汁。舌触りも優しく、尚且つトマトと味を潰し合うことなく引き立て合っている。
「──めちゃくちゃ美味い」
それ以上の言葉は野暮。そう感じた。
はぐはぐと一心不乱に手を動かし頬張って咀嚼、口いっぱいに幸せを取り込んで、あっという間に皿の中身を空にした。
「おー、いい食べっぷりやな」
肘をついて組んだ上に顎を乗せて先輩が俺の方を見て満足そうに頰を緩めた。
俺は一気呵成に目の前の料理を食べ終えると、今胸に満ちている思いをすぐさま彼女へと伝えなければ、という使命感を感じた。
「先輩! めちゃくちゃ美味いです!」
「そう言ってくれると冥利に尽きるわ。おかわりいる?」
「いります!」
食いつくように答えると「なんや犬みたいやな」と先輩が笑って深皿にまた肉とスープをついでに渡してくれる。
何やら失礼な事を言われたような気もするがそんな事気にもならない。それ程に、いま俺は食欲を満たす事に囚われていた。
悪魔的……! 悪魔的な美味さ……! こんな料理を作れる先輩は地獄に住むという悪魔かなんかなのではと疑ってしまう程だ。
「めちゃくちゃ美味いです」
「さっきから君それしか言わへんな」
「だってめちゃくちゃ美味いですもん」
「まあそういうシンプルなやつが一番嬉しいんやけどな?」
「これ店とかで出てたらリピーターになるレベルです。凄い美味しい」
「ふふ、せやろか。あ、さっきバゲット渡したやろ。アレに肉載せてみるとええと思うよ」
「……! そんな罪深いことしていいんですか」
「ええんよ。それをやるために用意したんやし」
先輩に言われて恐る恐る皿に乗せてある薄切りされたバゲットの一つを手に取った。
うっすらと焼き目をつけられた表面は黄金色に光っていて、漂う香りからバターが薄く塗ってあったのだということがわかる。
少しのスープと肉をスプーンで掬って慎重に乗せると、少し赤みを帯びた茶色のスープが黄金のバゲットに染み込んだ。
目の前の宝石のような肉と、秋の小麦畑を思わせるバゲットとは、まるで芸術品のようで、見ているだけで何かが満たされていくようでもある。
「はーぐっ──」
だがこれは食べ物なのだ。いつまでも見つめているという選択肢は俺には無かった。肉の乗ったバゲットに思いっきりかぶりついて、ざくっという小気味いい音が聞こえた。
「こ、これは…………!」
「ん?」
「先輩!」
「なに?」
「めちゃくちゃ美味いです!」
バゲットはあらかじめバターが薄く塗ってあるおかげでそれだけでも香ばしい。けれど、それに肉と野菜の旨味が濃縮されたスープが染みているせいで、旨味の暴力とも言えるものへと進化している。
また咀嚼するのにほとんど力を使っていなかったトマト煮に対し、バゲットはあらかじめ焼いているため、ざくざくとした食感は食べていても、その音を聞いていても心地いい。
「はぐ。先輩これどうやって作ったんですか? めちゃくちゃ美味い」
「んー、そんな難しくあらへんで? まず野菜を小さく切る。今回使ったのは人参と玉ねぎと、ああ、セロリも安かったから入れたなぁ。それで同じく一口大に切ったスネ肉を入れて、赤ワインでコトコト煮込むんよ。二時間か、三時間くらい? 所謂マリネって奴か?」
「ふむふむ、はぐはぐ」
「あ、忘れ取ったけど肉はあらかじめ焼いておく。バラ肉とかに比べてスネ肉は筋が多いから煮崩れしにくいけど、あらかじめ塩コショウとかで焼いとくとぐっと形がしっかりするんよ」
「はむっ、ふむ、はむ」
「んで、他にはトマト缶入れたり、肉柔らかくするために蜂蜜つこうたりしてなー。
でも今回はちょっとトマトの味が強かったからデミグラスソース入れてみてんやけど、結構美味しくできたと思うな」
「はむはむ、はぐはぐ」
「…………君さっきから凄い勢いで食べとるけど、私の言ったことわかったんか?」
「すいません! 目の前の肉が美味すぎてなにも頭に入ってきませんでした! 俺が聞いたのにすみません! 美味い!」
「…………まあええわ。美味しく食べてくれるならそれが何よりの報酬やし」
ほう、と呆れたように息をつく先輩を傍目に俺はガツガツとひたすらに口を動かす。
あ、セロリだ。なるほど、やっぱり野菜他にも入ってたな。
「君は本当に美味しそうに食べてくれるなぁ」
「へ?」
突然先輩がそんなことを言ってきたもんだから、俺は思わず首を傾げてしまう。
「突然どうしたんです?」
「別に突然やあらへんよ。前からそう思っとった」
「はあ」
先輩がふ、と一瞬目を伏せて縛っていた髪をゆるりと解いた。きめ細やかな茶髪が揺れて肩口あたりにかかる。さっきまで結んでいたせいか、ふんわりとウェーブがかかっているようにも見える。
「前から私のご飯食べさせてあげたいなーって思うとったんよ」
「──え」
「実際に言うと、なんや恥ずかしいな」
「そ、そうなんですかあ」
八神はやてが顔を上げて舌を出した。けれどその頬はほんのりと薄紅の色へと変わっている。
何を言えばいいかわからない。
八神はやてにこんなこと突然言われて、俺はどうすればいいのだろう。
はっ、そう言えば昔親父が困ったら女は褒めとけって言ってたな。よし、ここはひとまず当たり障りのないことを褒めとけ!
「え、ええと、その、料理! 先輩料理美味いですね! きっといいお嫁さんになれますね!」
「それロッサ達にも言われたわ。やっぱお料理上手だとお嫁さんにしたくなるもんやろか」
「そりゃそうですよ! 可愛いお嫁さんの手料理ってのは男の憧れですよー」
「ふーん、それは君も?」
「ま、そうですね。俺も憧れます」
あっはっは、と冗談めかして言うと、先輩が対面に座る俺へとぐいっと身を寄せてきた。
「じゃ、じゃあ、も、もし、仮定の話やよ」
ほう、と先輩の熱っぽい、どこか緊張したような息が俺の頬を撫でた。
「私が、君のお嫁さんになる、とかなったら、う、嬉しい?」
「へ、へ?」
頭が真っ白になる。
お嫁さん? 誰が? 誰の?
「えっと……」
八神はやてが薄紅の頬のままじっと俺を見つめる。
息が触れ合うほどの近くにある彼女の顔。深い海の色の瞳は、波打つようにゆらゆらと揺れているが、俺からは逸らされない。
何も言えないし、彼女も何も言わない。俺たちの間に横たわる静謐は、ただ、誰かが声を発さなければ失われないし、この会話が進展することはない。
そして、今ここには俺か八神はやてしかいない。
「どう、思う?」
「俺、は…………」
息が、近い。
瞳が揺れている。
俺は、どうしたいんだろう。
無意識にうちに手が八神はやての方へと伸びる。
そして、柔らかな茶髪の髪を掻き分けて薄紅色の頬に触れようとして────
「ただいまー、はやて。いや、合宿が雨で中止に────あ」
「あ」
「あ」
だが、それよりも早く家に入ってきた赤毛の少女(のように見える女性)、ヴィータさんと目があった。
「ーーー」
「………………」
「────」
「ふう」
にっこりとヴィータさんが笑う。
「取り敢えずあたしたちの留守中にはやてにコナかけようとしたって認識でいいよな?」
「待ったァーーー! 俺飯食いに来ただけです! ほんとそれだけです!」
「そ、そうやよヴィータ! ふっと気の迷いが出てきただけやから! その、やから、落ち着こヴィータ?」
「いやあのムードで勘違いはねえだろ! 安心してくれはやて! はやてに相応しいかとことん話し合ってやるから。最悪アイゼンの出番だ」
「だから違うんですぅ!」
俺の情けない声が八神邸の広いリビングに虚しく響いた。
はやてかわいい小説というよりオリ主が食レポしてるだけでは?作者は訝しんだ。