はやてと一緒にピクニック行きたくね?????
芝生の上に引いたビニールシートの上で八神先輩と並んで座って、遠くで遊んでいる子ども達を見守る。
「ええ天気やなぁ」
「ですねぇ」
ある休日の昼下がり、俺は八神先輩の誘いを受けて少し遠出をしてピクニックへと訪れていた。
吸い込む空気はどこまで透き通るようで、先輩の瞳とよく似た色合い空は普段の悩みなどどうでもよくなるほどに爽やかだ。
「にしても、今日俺がきても良かったんです? 八神道場の子達の労いも兼ねたモンだったでしょう」
「んー、まあ他の親御さんもぽつぽつおるゆるいやつやし、みんなも君にはなついとるしええんちゃう?」
「ゆるゆるっすねー」
「まあ
「道楽っすか」
「みんなが楽しく魔法と関わりながら、身体と心を鍛えられたら素敵やなぁと思うわけです、私は」
ま、道楽だからと言って手を抜いとる訳やあらへんけど、と先輩が続ける。
流石若干24歳でそんな事まで言えるのだからまったく大したもんだよ、先輩は。
管理局の仕事だけでヒィヒィ言ってる自分が情けなくなるね。
ちらり、と先輩の横顔を盗み見る。
ふんわりとした白い清潔感のあるブラウスに、すらりとした御御足を際立たせるぴっちりとしたデニム。今日はピクニックで体を動かすせいだろうか。
日差しを遮るつば広の帽子──俺のなけなしの知識に間違いがなければストローハットというやつ──が落とし影の下にある瞳は、軽い変装のつもりか黒縁のメガネで彩られている。
天下の『八神はやて』だ。軽い変装くらいはするのが普通だろう。
うーむ、まったく本当に綺麗というか、なんというか、眼福。
「ん、なんや私の顔じいっと見つめて」
「いや、こう、デニムは新鮮だな、と」
「ん、そうか?」
「はい、制服はスカートですし、この前お邪魔した時もスカートでしたから」
まあ正確にはこの前はロングスカートだったんだけど、こうして脚のラインが見える服は珍しいと思う。
「君はスカートの私の方がいい?」
「あ、いえ別にそういう訳では。俺はパンツルックの先輩もめちゃくちゃ素敵だと思いますよ」
「ふふ、ストレートな褒め言葉、私も照れるわ」
「といいつつ、八神はやては幼気な後輩をからかうのであったまる」
「バレた?」
「もう二年の付き合いです。慣れもします」
「そりゃちょっと残念」
シートに横座りした先輩が口元を抑えてくすくす笑う。
心から楽しそうで、なんだかこちらまで嬉しくなる。
先輩はしばらく小さく笑っていたが、ふと、表情を柔らかいものへと変えて、ずりと距離を少しだけ詰めてくる。
「これでも私、結構嬉しかってんで? 胸もドキドキしたし」
「ま、またまたご冗談を」
ほう、と先輩の息が耳にかかる。
「なら触って確かめてみる?」
ぽよん、とブラウスに覆われた胸を先輩が腕を組んで強調する。
え? 触る? 誰が? 俺が? 誰のを? 先輩のを?
たっぷり十秒使って言葉の意味を理解する。
「まじすか?!」
「じょーだん」
添えられたのはとびきりの笑顔。
デスヨネー。
こいつ恋人のいない俺の純情を……。
「男の人ってほんとそーいうの好きやなぁ」
「女性の胸が嫌いな男なんていませんよ」
がっくしと項垂れる俺の肩をぽんぽんと先輩が叩く。
「嬉しかったのはほんとや。このまま好感度を上げていけば……」
「ワンチャン?」
「まあそれは君の勇気次第やな」
「俺の
「変な使い方したらなのはちゃんに怒られるで」
まあそんな下らない話(先輩にからかわれていたともいう)をしていると、遠くの方でザフィーラさんの号令で子ども達が解散して各々の親の元へと向かっていく。
「ん、そろそろお昼やな」
「えーと、今日親御さんが来れてないのは、ミウラちゃんでしたっけ」
「せやな。だからお昼は私たちとやな」
なら昼ご飯はミウラちゃんとザフィーラさん、俺と先輩の四人か。ヴィータさんは今日はいない。何でも仕事が忙しかったのだとか。俺としては俺の方がトマト煮されそうになった件があるので助かったとも言える。
「はやてさーん!」
「主、ただいま戻りました」
そうこうしてるとミウラちゃんが弾けんばかりの笑顔でこちらに走ってきた。隣には人型から狼のモードへと変わったザフィーラさん。
「ザフィーラお疲れ様。ミウラ楽しかったか?」
「はいとても!」
「そりゃ良かったなぁ。ん、顔が汚れとる、なあ、ミウラの顔拭いたげたって」
「あ、俺っすか?」
「うん君」
八神先輩がよいしょ、と脇に置いてあったバスケットをピクニックシートに置く傍ら、俺はバックを漁る。
「えーと、ウェットシート、ウェットシート……」
「あ、ちゃうちゃう、そこやなくて外のポケットの方」
「あった、これか。えーと、あれ?」
「あーもう不器用やなぁ……」
「す、すみません」
仕方ないなぁと八神先輩が俺からウェットシートを受け取るとミウラちゃんの汚れた顔をこしこしと拭いてあげる。
そして、しばらくなされるがままだったミウラちゃんが、じっと先輩と俺とを見て、太陽のように朗らかに口を開いた。
「はやてさんとお兄さんってなんだかウチのお父さんとお母さんみたいですね!」
「おとっ」
「ミ、ミウラ?」
「ボクのお父さんたちもこんな風に仲よさそうに話してるんです!」
「そ、そそそ、そっかぁ」
ちらり、と八神先輩が俺に視線を向ける。
ミウラちゃんの不意打ち気味の言葉のせいか、頬が桜色に染まっている。
「お、お父さんたちやって」
「な、なんというか仲よさそうに見えたなら、こ、光栄ですね」
「せ、せやな! と、取り敢えず、ごはん! ごはん食べよか!」
「ですね! ミウラちゃんもお腹減ってるでしょうし!」
「あ、はい! ごはん、食べたいです!」
「よーしごはんや! ごはん!」
半ば勢いで押し切るように昼ご飯へ。因みにザフィーラさんはそんな俺たちを呆れたように見ていた。
八神先輩がシートの中央に置いたバスケットをぱかり、と開くと、俺とミウラちゃんが揃って首を傾げた。
「新聞紙?」
「いえ、これはアルミホイルだと。お母さんがお店で使ってるの見たことあります」
「そういやミウラの家はレストランやもんな」
なるほど、確かによく見れば質感はアルミホイルだ。外側に文字が書いてあるやつらしい。随分とオシャレなものもあったものだ。
「それで先輩今日はこれをどのように?」
まさか匠の腕にかかればアルミホイルが食べられるようになるわけでもあるまい。
首を傾げる俺たちに先輩はくいっと眼鏡を押し上げて不敵に笑んだ。
「ま、みてるとええよ」
先輩がバスケットの中にあったプラスチック製のまな板と包丁を取り出すと、バスケットの中の四角形のアルミホイルにザクザクと包丁を入れていく。
すると、白と色鮮やかな断面がアルミホイルに包まれた中から見えた。
これは……、アレか。
「サンドイッチ?」
「せーかい」
ミウラの言葉に先輩がにっこりと笑って頷いた。
「ま、やっぱピクニックにはサンドイッチって相場が決まっとるからな」
先輩がひとしきり包丁を入れ終わるとそう言ったが、よく頭に入ってこなかった。
真っ白なパンにトマトの赤とキャベツの緑、チーズの黄、ハムの桃色に彩られた、ザ王道のサンドイッチ。
ありふれたもののはずなのにどうしても目が離せない。
ごくり、と生唾を飲み込む。
「と、そこのおにーさんが辛抱たまらんみたいやし、さくっと食べよか」
「む、申し訳ない」
ぱん、と三人で手を合わせる。
「「いただきます」」
「はあ、めしあがれ」
ミウラちゃんも俺も言う文化はないが、この「いただきます」って文化は嫌いじゃない。
「じゃあ取り敢えず俺はこいつを」
合わせていた手をとくとハムと野菜のサンドイッチを手に取ると、アルミホイルをむいた。
「おお、すげ……」
パンはしっとりとして柔らかく、それでいてトマトなどの汁でベタついてもいない。
見た目も鮮やかでみていて楽しく、ここからでも僅かに香るのはマヨネーズとマスタードか。
「はむっ」
それ以上我慢できずにサンドイッチに齧り付くと、しゃっきりと音が鳴った。
「ん──」
目を見開く。野菜が一口で容易く噛み切れるほどみずみずしい。ハムとチーズも後味がしつこくないし、野菜のしゃきしゃきとした歯ごたえが食べていて楽しい。
味付けも素材を味を引き立てるマヨネーズとマスタードがよく映えている。
「美味い! 先輩めちゃくちゃ美味いですよ!」
「はやてさん、とっても美味しいです!」
「ん、そか。なら良かったわ」
「いや、ホント美味いですよ! ね、ミウラちゃん!」
「はい! これウチのお店で出してもおかしくないレベルですよ!」
もむもむと頬っぺたをリスのように膨らませてミウラちゃんがサンドイッチを頬張る。
「ザフィーラさんも、そこで寡黙にドックフード食ってる場合じゃありませんって!」
「いや、俺は……」
「みんなで食べた方が美味いですって!」
これは犬っころになってる場合じゃねえぜ!
ザフィーラさんが人間形態になると俺に言われるまま一口サンドイッチを頬張ると、ふ、と鉄のような表情筋が、柔らかくなる。
「やはり主の料理は美味だ」
「おーきに、ザフィーラ」
よし、みんなで食事をする任務コンプリート! 俺は次のサンドイッチを食べさせてもらうぞ。
今度は実はさっきから気になってた薄いパンの間にぎっしりとはさんであるカツサンドを手に取った。
「これは、凄いっすね……」
「あ、それ? 君とかザフィーラとかは食いでがあった方が良いかなーって」
「神……」
「泣いてる?!」
先ほどのハムサンドは具材とパンは良いバランスを保っていたが、このカツサンドは違う。
肉を食え! と言わんばかりにドデンとカツが鎮座している見ているだけでも腹を満たしてくれそうだ。
「はーぐっ」
ザクっと軽い音とともに衣、そして肉を噛み切ると、じゅわりと中から肉の旨みが溢れる。
「美味い! これ、アレですかね、とんかつソースと……」
「マスタードやな。けっこうええ味出してるやろ」
「最高です! いや、ホント美味え!」
先輩に感謝の気持ちも兼ねてどこが美味いかを正確に伝えたい気持ちもあるが、言葉を重ねれば重ねるだけ陳腐になってしまう気がして、結局「美味い」の一言に落ち着いてしまう。
でも、先輩が嬉しそうに笑ってくれるし、多分これでいいのだろう。
四人で食べるとバスケットいっぱいのサンドイッチもあっという間になくなってしまう。
「ごちそうさまでした」
四人で声を揃えて食事を終える。
「ぷはー、食った食ったー」
「美味しかったです〜」
「大変美味でした、主」
「あはは、喜んでもらえてこっちも冥利につきるわ」
ごろん、と芝生の上に寝転がると頬を緑の匂いの風が撫でた。
「美味しかった?」
「めちゃくちゃ。是非また作って欲しいくらい」
「君が頼むんなら、いくらでも」
先輩が寝転んでいる俺を覗き込んで、ふうわりと優しく俺の頭を撫でた。眼鏡の向こうの先輩の目は海の青、空の青を思わせるようにひどく綺麗で、つい見惚れてしまう。
「どないしたん?」
「……あ、いえ、その、ちょっと綺麗だなー、とか思って」
八神先輩は一瞬あっけに取られたように瞠目して、すぐに花咲くように顔を綻ばせた。
「ありがとっ」
……訂正、先輩の目は空と同じくらい綺麗だけど、笑顔はその何倍も素敵だわ。
ザフィーラも一緒に食卓囲ませてあげてェ!(アニメ見ながら)