ニンジャストーリーズ・ハイデン・イン・ハーメルン 作:ローグ5
……大正エラ! それは明治時代の文明開化を経て西洋と日本の文化がまじりあい、独自の文化が花開いた時代である!
華やかなりし帝都東京には煉瓦造りの建物が建ち並び、煉瓦造りのビルヂングにはフルーツパーラーや活動写真(後の映画である)が軒を連ね人々を引き付け、街を行く人々も洋装で身を包みその間を溌剌とした、着飾ったモボ、モガ(モダンボーイ、モダンガールの略称。大変奥ゆかしい)満開の花めいた美しき街並みを創り出していた。
そんな帝都の街並みを何人かの女学生が歩いていく。奥ゆかしい黒を基調とした制服に身を包んだ彼女達は放課後の下校途中であるようだ。思い思いに仲の良い者同士で纏まり、睦まじく談笑しながら帰路へついていく。そのうちの一組、ブロンドの髪の外国人らしき少女と長い黒髪を切りそろえた清楚な少女の二人は対照的な髪色もあって実際印象的であった。
「カレン=サン。来週の、日曜日……って開いていられますか」「はいリンド=サン。お父様も今週は東北の方に行かれますので」少女たちの言葉使いは奥ゆかしく淑やかだ。彼女達の育ちの良さを感じさせる。「……良かった。実は僕、日曜日に家族で活動写真を見に行くのですが、お兄様に用事が出来てしまいまして一人分開いてしまったのです」
僕、である! 今リンドと呼ばれた黒髪の少女は自身を『僕』と呼んだか!? 現代を生きる読者の皆様にとっては奇異な事に思われるかもしれないが当時の帝都の女学生には僕という一人称は極めて普遍的な物であったという。なんたる奥ゆかしき大正エラの文化的風潮であろうか!
「だからもしご都合が良いようでしたら……カレン=サンも行きませんか?」「アリガトゴザイマス! 是非行きたいです! 私日本の活動写真を前から見て見たかったんです!」「良かったぁ……僕断られてしまったらどうしようかと……」リンドは安堵したかのような表情を見せる。「まさか! 私がリンド=サンのお誘いを断るわけないじゃないですか」「えへへ。そう言われると僕……嬉しいです」
リンドは嬉しかった。半年前貿易商を営む父親の都合で帝都に越してきたカレンとは席が近かった事もあり良く話すようになったが、慣れない異国での生活もありカレンは寂し気にしている事もこれまで幾度かあった。そんなカレンと共通の話題を作ると共に、距離を縮められればよいと考え提案したが、彼女は予想以上に喜んでくれた。
「来週が楽しみですね!」「もう、気が早すぎますよ!」喜びに頬を上気させた二人は友情を確かめ合い帰路へと着いていく。その姿を背後からじっと……見ている男に気づくことなく。
煤けたコートに幅広帽をした男は、まだ日の高い帝都の表が移動においては不審極まりない存在であったが、誰にも訝しまれる事なく少女たちを見ていた。幅広帽の下にある目は細まり、口元に装着された面頬の下で舌なめずりする。「ヒヒッ……」男はしゃくりあげるようにして不気味に笑った。
【192X:キャッチ・ザ・ゲイム】
「う、ううん……」リンドは瞼を震わせ目を開けると其処は薄暗い空間であり、床に散らばるブッダ像の頭や仏具の幾つかからどうやら廃寺か何かのようだ。明らかにリンドのようなうら若き乙女が近づきはしない、胡乱で荒れた場所である事に彼女は動揺する。「……エッ……ナンデ?」
さらに彼女は自分の記憶が途中までしかない事に気づいた。(((確か僕はカレン=サンの家で分かれて、それから近所の雑木林の横を通っていて……それから……)))それからの記憶がない。いや正確には何かを覚えている気がするが、それは事故の前後の様などこか朧げで実体がない物だ。「アイエエエ……」
そして、震えるリンドは自分の身体が動かないことに今更ながら気づく。彼女の身体は何か巨大な蜘蛛の巣めいて複雑に広がる白糸に、磔のように両腕を広げた状態で何かに拘束されており、何の身動きもできない。リンドの身を包む黒い制服が所々避けているにもかかわらず両腕で隠す事すらできないのだ。
「ヒヒヒ……気づいたかァ」「アイエッ!? だ、誰です!?」拘束されたリンドの正面ににじむようにして出現したのは見ずぼらしいコートの男。特徴のない顔には古の侍か……はたまたニンジャのように面頬が装着されている。
「ドーモリンド=サン、トゥースドスパイダーです」トゥースドスパイダーと名乗った男はアイサツを繰り出し頭を上げるとニヤニヤとリンドを眺める。卑しい目つきで舐るようにリンドの身体を見回す。「ご気分はヒヒッ……どうかね?」「アイエエエエエ……」リンドは震えるだけで満足な答えを言う事が出来ない。自身が常軌を逸した男に囚われた事を認識して激しい恐怖を感じていたのだ。
「……ま、モータルの女子ならこんなものか」「あ……うう……あ、あの」「うん? なんだね?」「ぼ、僕にナンデ、こんな事を?」「僕? 今君は僕と言ったかね!?」「アイエエエエッ!?」「ハァーッハァーッ何たる清廉かつお、奥ゆかしき一人称……! 素晴らしきかな大正エラッ!」
トゥースドスパイダーは訳の分からない事をぶつぶつと呟き続ける。「控えめな言葉遣いと……長くつややかな射干玉の髪……! これぞ大正の大和撫子なァーッ!!」興奮のあまり彼はほとんど達しており、その異常な様を見てリンドは涙をこぼし震える。彼女を苛む絶大な恐怖の理由は二つだ。
一つ目はこのトゥーススパイダーなる男が実際意味不明の狂人である事。人間という物は自信に理解できない物を恐れる生き物であり、当然ながらリンドもそうである。何から何まで訳の分からない異常者は箱入り娘として生きてきたリンドにとって恐怖の対象でしかなかった。二つ目は、自身のたどる末路に対する想像である。この様な異常極まりない男が、うら若き乙女を拉致し、捕らえた上で行おうとする事は一つしかない……! 「ハァーッハァーッフゥーッ……」
病んだ欲望を湛えた、人を人と思わぬニンジャの目がリンドを見据える。「では、やるか」「ヒッ……」引き攣った悲鳴を上げるリンド。その声すらも可愛らしいのがいっそ悲劇だった。「いっ嫌です……僕はそんなの嫌、嫌ぁ……」「へへッ駄目だぞぉリンド君。そんな反応をしていては余計興奮してしまうではないか! 第一俺はニンジャで、君はモータルだ。俺におとなしくむ、貪られるのが筋ってものではないかねェ」
然り、トゥースドスパイダーはニンジャである。ニンジャとして鍛え上げたカラテを下劣な欲望を満たす為に使う彼は帝都の街並みを物色中リンドに目を付けカラテ拉致し、貪ろうとしたのだ。何と悍ましく下劣な欲望の持ち主だろうか。
リンドは何とかして拘束を解こうとするが全く持って果たせない。僅かに体が揺れるのみでそれ以外は何の進展もなかった。予想以上に拘束が頑丈なのだ。そんなリンドのいじましい様子を見てトゥースドスパイダーは面頬の下の口を醜く歪ませた。
彼のニンジャとしてのカラテや威圧感を駆使すればこんな拘束がなくともリンドを制圧し事に及ぶのは容易い。しかしトゥースドスパイダーは獲物が四肢を拘束され逃げようにも逃げられない、こういうシチュエーションが良いと感じていた。
「やだ……やだぁーっ! 助けてお父様、お母様お兄様────っ!!」「だから興奮すると、いっているだろうが。ああもう、帝都という都市は最高だ! ヴィバ、大正デモクラシーッ!!」火に油を注がれたかのように嗜虐心を燃え上がらせたトゥースドスパイダーはリンドに覆いかぶさる! 美しい黒髪がトゥースドスパイダーの重量に押され誘う様に揺れた!
「フィヒーッ!」「アイエエエエエ! アイエーエエエエエ!!」醜悪極まりないニンジャの暴威に対して床に転がったブッダ像の首はあらぬ方を見ている。まるで目を背けるかのようなブッダ像の有様は、この世の不条理のカリカチュアだ!ブッダよ、寝ているのですか!
「アイエエエッ!? ヤメテ―ッ!」トゥースドスパイダーの鋭い爪がリンドの制服を引き裂き白く滑らかな肌を露出させた! 乙女の尊厳の危機だ! だが!
……まさに、その時であった! 廃寺の扉が、廊下側から勢いよく蹴り開けられたのは!「Wasshoi!」禍々しくも、そして決断的なカラテシャウトが室内に響いた! ほぼ同時に、一枚のスリケンが空気を切り裂いて飛び、ニンジャの背中に突き刺さった! 「グワーッ!」
「ARRRRRGH! 誰だ!? 誰が俺の邪魔をする―っ!?」トゥースドスパイダーは狼狽しゴロゴロと転がって立ち上がり体勢を立て直すとカラテを構え、廃寺の入り口に向き直った! 半ば砕けた廃寺の扉を踏み越え重々しい足取りで入ってきたのは赤黒装束の殺伐たるキリングオーラを発する恐るべきニンジャだ!
「ドーモ、ニンジャスレイヤーです」ニンジャスレイヤーはジゴクめいた声でアイサツした。いやジゴクめいたどころではない。彼のニンジャの声に込められたすさまじい殺意はそれその物が音という形をとったジゴクにすらトゥースドスパイダーには思えた。「アッ……」ニンジャスレイヤーのエントリーと共に
「ド、ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン、トゥースドスパイダーです。貴様、何故我が趣味の邪魔を……? 奥ゆかしき大正エラの申し子を嬲るという崇高な「黙れ」」ニンジャスレイヤーは答えた。ニンジャスレイヤーの片目の瞳はセンコめいて収縮し、メンポからは凄まじい蒸気が吐き出されている。「貴様が何だろうと知った事か。下劣な性根にふさわしい惨たらしい死にざまを見せてくれる」「ほ、ほざけーっ! イヤーッ!」
トゥースドスパイダーはカラテを構えニンジャスレイヤーに躍りかかる! 対するニンジャスレイヤーも迎撃のカラテを繰り出した!
「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」今はもう昔、明治時代のブッダ廃棄運動の頃に取り潰された廃寺の中で決断的なミニマルカラテ応酬が繰り広げられる!
「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーの曲線的な右拳がトゥースドスパイダーのこめかみを捉える! 「イヤーッ!」「グワーッ!」続いて左のヤリめいたサイドキックがトゥースドスパイダーの腹を捉えた! カラテにおいてはニンジャスレイヤーが圧倒的に上だ!」
「カカッタリ! イヤーッ!」「ヌゥーッ」だがトゥースドスパイダーはニンジャスレイヤーの蹴り脚を抱え込むと共に面頬を開き蜘蛛めいた二つの牙を露出させた! この牙で噛みつこうというのか! 「出血多量死しろやァーッ!!」
「イヤーッ!」「グワーッ!?」しかしニンジャスレイヤーがさらに上を行く! ニンジャスレイヤーは身をよじり拘束されていない右の足でトゥースドスパイダーの顔面を蹴り怯ませると、左足にカラテを込めて逆回転する!
「グワーッ!?」「イヤーッ!」怯んだトゥースドスパイダーは逆回転独楽の如き動きを御しきれない、ニンジャスレイヤーの左足が拘束から……離れた!
両足をしっかりと地につけたニンジャスレイヤーは低い姿勢から次々と拳を繰り出す! 「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」「グワーッグワーッグワーッ!」ニンジャスレイヤーが徐々に姿勢を上げていくと同時に脚、腹、顔面とトゥースドスパイダーの拳に打たれる個所も上がっていく! 「イイヤーッ!」「グワーッ!」
溜を作った渾身の右ストレートが廃寺の奥へとトゥースドスパイダーを吹き飛ばし、壁に叩きつける! CRAAAAAASH! 「アバーッ!」牙を砕かれ、壁にめり込んだ邪悪ニンジャは白目を剥き痙攣! だがザンシンを早くも終えたニンジャスレイヤーは攻撃の手を緩めぬ!
「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」「グワワワワーッ!!」右腕、左腕、右足、左足とニンジャスレイヤーはリズミカルにスリケンを投擲し敵を壁に縫い付ける。そして5枚目の最後の苛烈なドライブをかけて投擲されたスリケンはトゥースドスパイダーの股間を破壊した! インガオホー! 「アバーッ!?」
「アバーッ! アババババ────ッ!!」叫び声をあげるトゥースドスパイダーをよそにニンジャスレイヤーはすでに磔にされたトゥースドスパイダーの眼前に立っている。決断的なボトルネックチョップを構えながら。「アババーッ! ま、ま、まさかニンジャスレイヤー=サン、貴様は動けない俺を殺そうと!? こ、こんな事が、こんな事が許されるのかぁっ!!? ヤメローッ!!」
「イヤーッ!」「アバーッ!」死神の断頭チョップは無慈悲に異常性癖邪悪ニンジャの首を切断しシャンパンの栓めいて飛ばす! 「サヨナラ!」
「フゥーッ……」しばしザンシンしたニンジャスレイヤーは拘束されたまま気絶しているリンドに歩み寄ると赤熱させた腕で慎重に蜘蛛糸めいた拘束を焼き切った。
そして邪悪ニンジャの手によりあられもない格好になっているリンドを如何にするべきか考え、眉根を寄せた。
【192X:キャッチ・ザ・ゲイム 終わり】
少し間は空きますが、現在も新作を構想中です