ニンジャストーリーズ・ハイデン・イン・ハーメルン 作:ローグ5
今回は6千字ほどの1話完結の短編です。
大正エラを迎えた日本の中心地帝都東京。
華やかな街並みのみならず日本を代表する各種大企業が結集したこの街にはまだ真新しいビルヂングが建ち並び、地方のまだ古式ゆかしい日本的な街並みと比べると別世界のように思えた。
そうした一等地から少し離れた区画も一等地ほどの華やかさはないにしろ中堅クラスの企業の本社ビルが建ち並ぶ清潔感にあふれた場所だ。
洋和入り混じった洗練に憧れの有る若者ならば是非一度はここで働いてみたいと思うだろう。
この様な場所で働く進歩的な人間になりたいと。
「……ウウン」だが中の人間はそこまで変わらないようだ。「帝北新聞社」との看板が立つ4階建てのビルヂングの4階、事件部のオフィスにある机の前で唸る男の髪はボサボサで、無精ひげを生やしている。およそ胡乱な風貌の男はペンを鼻の上にのせて唸っていた。
「スナヤマさん、お先に帰りますよ」「オウ」スナヤマという男に後輩は声をかけるが帰ってくるのは生返事だ。「オタッシャデー」まだ考え込むスナヤマをよそに帰っていく後輩。これでこの夜の帝北新聞社のオフィスに残るのはスナヤマだけだ。
帝北新聞社は中堅クラスの新聞社であり、東日本に強い影響力を持ち日夜多くの事件を所属する記者たちは追いかけているが、今日は特に事件もなくそのほとんどが帰宅している。そう、今日は珍しいくらいの平穏な日だった。「平穏、ねえ……ウチの部長も焼きが回ったかもしれん」
スナヤマの脳裏に浮かぶのは「たまにはこんな日もよかろう」と言って能天気な面をして帰っていった事件部の部長。成程確かにこのような雲の切れ目の様な日もあるだろう。が、平穏というにはここ最近の帝都は物騒に過ぎる。「どうにも空気がおかしいぜ」スナヤマの傍らには幾つもの事件、昨年の秋から帝都を騒がせていた幾つかの事件のスクラップ記事が置いてある。
華族の館が大火事に見舞われ当主が使用人と共に死亡したというサミダレ家炎上事件のみならず、下は新米少尉から上は基地の司令官クラスまで相次ぐ軍人の不審死、複数のヤクザクランの壊滅事件。さらには怪人赤マントと呼ばれる不穏な存在の暗躍までもが都市伝説になっている。
怪人赤マント。秋ごろから帝都各地で目撃証言が相次いだ謎の怪人。車を上回る速度で駆けまわり宙を舞うその影は目撃者に恐怖を感じさせるという。一部では死神の化身とすら時代錯誤な噂までもがなされるこの存在の話は、ひそかに帝都に広まりつつあった。
尤もスナヤマの関心は赤マントだけでなく、今この瞬間も帝都で起きつつある「何か」であるのだが。「畜生め、何を調べても出てやこねえ。この帝都で何が起きてやがるんだ?」スナヤマは取材ノートを閉じる。先程述べた怪事件と同様に彼が取材している幾つかの怪事件はどうにも、情報が少なすぎる。それこそ何者か、恐らく軍部か政府の機密レベルで隠蔽されていると思しき有様だ。
スナヤマは一抹の不安を感じながらも資料の調査を続ける。自身はジャーナリストでありたとえハイエナめいた卑しき者と扱われても真実を追い求めねばならぬ。少なくとも彼はそう信じていた。
CLINK! 「アイエッ!?」そうして仕事を続けていた彼の背後で窓ガラスにひびが入った。「何だ?」スナヤマが訝しみ振り向くと同時に窓ガラスが砕け散った! 「グワーッ!?」
【192X:シャドウ・オブ・レッドマント】
スナヤマは数年前まで決して模範的な新聞記者などではなく、むしろ利己的な人間であった。
そもそも大学卒業後に新聞社に入ったのは正義感や信念があったからではなく単に給料が高かったからである。
実際欧米文化を取り入れた明治以降の日本では二度の戦勝もあり新聞の発行部数は鰻登りであり、記者の給料や社会的地位は実際高い。
真実を追い求める意思は大してなく、与えられた適当な情報を基に記事を書き、上司におべっかを使い金のために働いてきた。
そんな彼とは対照的に弟のシゲゴは彼以上に勉強が出来た癖に妙に正義感の強い男で、環境保護活動に取り組むような奴だった。
「なあシゲゴよ、お前もアホみたいなことしていないで女の子とでも付き合えよ。大学生のうちに遊んでおかないと損だぞ」実家で偶然弟と会った際、スナヤマは嘲笑を込めて言った。彼は弟の行動を無駄な事だと思っていたし、あほくさいとも感じていた。「汚れた川の臭いが染みついちまったらもう最後だぞ。お前は実際一生独身だ」
「……兄さん、あなたが間違っているとまでは言わないけど僕の活動を揶揄するのはやめてくれ」苦々しい表情を浮かべたシゲゴが携わっていたのは関東の某所で起きた鉱毒事件への抗議活動だ。
大学の研究で出かけた際に世話に杏った村の人々が汚染された生活用水により苦しんでいる事を知ったシゲゴは、調査の結果鉱山を経営する企業の杜撰な環境調査と操業が原因だと結論付けた。無論、企業に対して業務の改善を彼の教授を通して嘆願した物の利益を求める企業の行う事である、当然握りつぶされたそうだ。
そんな理由から企業に対して義憤をを感じ抗議活動に加わっているのだという。「ハハハそうムキになるなよ」スナヤマはなおも嘲笑が混じった笑いを浮かべ手をひらひらと振る。
「あなたは麓の村がどれほど酷い事になっているか知らないからそう言えるんだ。確かに日本が列強で主導権を握る為資源開発は大事だ。でもあれはひどすぎる……!」「やだね若者の情熱は。国に逆らえばよい事だとと思ってる」
「全く俺には分からんよ。何でそんなどうでもいい奴らとつるんでるんだか」「何だと?」スナヤマは軽く息を吐いて続けた。「だってそうだろ、俺たちは東京住まいでモダンな生活をしている進歩民だが、そいつらは江戸時代同然の生活をしている雛臭い田舎者だろ? 全く関係ないアホのために働くとか馬鹿のやる事よ」そう言ってスナヤマはシゲゴを愚弄した。
当時の利己的な彼としてもそこまで弟を嘲るつもりはなかったが口が滑り予想以上に言い過ぎた。それには弟の正義感に対しての苛つきもあったはずだ。弟の目は兄の怠惰を咎める色があり、そこに疚しさを感じていたのも確かなのだから。
「それとも何だ、その村に好きな娘でもいんのか? 男かもしれんがな!ハッハッハッ」「……バカハドッチダー!」「グワーッ!?」シゲゴはスナヤマを殴り倒した! 度を越した愚弄についに堪忍袋の緒が切れたのだ!
「ハァーッハァーッ……失望したよ」息を整えたシゲゴは殴り倒されたスナヤマに背を向けるとどこか寂し気に去っていった。
それがスナヤマが生きたシゲゴを見た最期だった。
一週間後、シゲゴは抗議活動中にヤクザにボーで叩かれこの世を去った。雨の中鉱山を所有する企業へ抗議に行った彼らは、待ち構えていたヤクザにリンチの憂き目に遭い、凄惨な暴力の前に何人もがこの世を去ったのだ。オオ、南無阿弥陀仏! 如何に資本がものをいう近代日本社会といえど、これ程の横暴が許されるというのか!?
だが、天網恢恢疎にして漏らさずという様に、この死亡事件は予想以上の関心を人々から集め、それをきっかけに取材に参加した敏腕ジャーナリストたちの手によって実際非道な企業の手口が暴かれた。結果として鉱山所長を含む企業の幹部の多くがセプクし、リンチに加わったヤクザも逮捕された。実に因果応報というべき末路を迎えたのだ。
しかし鉱毒の影響は今なお残り、多くの村人を苦しめ続けている。そしてなにより死んだ人々は戻らない。
そうして弟の末路にスナヤマが何を思ったかは誰も知らない。しかし彼は、まるでそれ以降別人のように新聞記者として隠された真実を白日の元へ晴らす為に精力的に働き続けてきた。そうして救われた人々も少なく環ない程に。
(……俺は実際クズだけどせめてそれくらいは、してやらないとな)走馬灯・リコールめいて自身の再出発点を確認するスナヤマ。だが同時に彼は自身の状況訝しむ。(待てよ? 俺はさっきまで仕事してたはずだぞ。なのにナンデ? 俺はいつの間に……?)状況への彼の疑問はもっともである。(確か窓が割れてそれで────)「「イヤーッ!」」「アイエエエエ!?」疑問を切り裂くようにカラテシャウトが響き、スナヤマは急速に意識を通り戻した!
いつの間にか彼の身体は横転した机の下敷きになっていた!「ハァーッ! ハァーッ! ハァーッ!」あおむけにひっくり返っていいたスナヤマは上に乗っかっていた書類を押しのけ、交通事故の被害者めいて這い出し、かぶりを振って膝を立てる。「どうなってやがる……!?」
「アッ……!」膝立ちになったスナヤマは絶句した。それまでは乱雑に書類が積まれながらも一定の秩序が積まれていた机の数々はまるで熊が暴れたかのようになぎ倒されている。無数の紙が舞う中、揺るぐことなく立っているのは「アッ、アイエエ……ニンジャ、ナンデ」二人の対照的なニンジャ。そう、呻くスナヤマの目の前で対峙するのは紛れもなくニンジャだ。
スナヤマの目前でジュ―・ジツを構えるのは赤黒装束のニンジャだ。「忍」「殺」と刻まれた恐るべき鋼鉄面頬が一部の隙も無いキリングオーラを際立たせ、その線香めいた眼光は対する暗灰色の装束のニンジャを射抜く。
「ニンジャスレイヤーッ!おのれ凶人めが……! どこまで我々の邪魔をすれば気が済むっ!」暗灰色の装束に身を包んだニンジャが批難するかのようにサイを突きつけるがニンジャスレイヤーは動じない。「揃いも揃うてゼンマイ人形めいた同じ文句、聞き飽きたわ」
「だが安心するがいいハイドホーン=サン。これまで殺したサンシタ同様、貴様も地獄へ送り、そっ首を仲良く蛆虫の餌にしてやる故」「ほざけー! イヤーッ!」「イヤーッ!」
色付きの風と化した二者は同時に超高速でぶつかり合う! 「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」常人の目にもとまらぬ速さでぶつかりあうのはまさにニンジャのカラテ! かつて平安時代の闇から人々を支配した半神たちの振るいし力の衝突であった!
「アッアアア……」突然のカラテによる
「イヤーッ!」「グワーッ!?」ニンジャスレイヤーの回し蹴りにより吹き飛ばされたハイドホーンは床を転がるが、ブレイクダンスめいた動きですぐさま体勢復帰する。しっかりと両腕のサイを構えるその目には覚悟。
「悍ましい凶賊がァ……!」短い演武と共に両腕のサイを前に構える。カラテは明らかにあちらが上手。ならば必殺技により状況を打開するほかなし!
「トッシン・ジツ、イヤーッ!」カラテ斥力で一気に加速したハイドホーンはすさまじい速さでニンジャスレイヤーに突進する! 時速666キロメートルの如き凄まじい突進は例え自動車あろうとも木っ端みじんに砕くであろう!危うしニンジャスレイヤー!
凄まじい迫力と速度で迫りくるハイドホーンに対してニンジャスレイヤーは……地を這うように伏せ異形のクラウチングスタート体勢をとり、交錯する瞬間に薙ぎ払うような蹴りを繰り出した! 「イイヤアアーッ!」
「グワーッ!」「アイエエエ!?」ニンジャスレイヤーの蹴りによりバランスを崩したハイドホーンは勢いのまま壁を突き破り中空へと飛んでいく! そう、ニンジャスレイヤーはトッシン・ジツの回避と同時に極めて緻密な狙いの蹴りで力のベクトルを僅かにそらし、あらぬ方向へハイドホーンを弾き飛ばしたのだ! なんたるアイキ・ニンジャクラン顔負けのニンジャ物理力学を応用した精緻なカラテか!
そして蹴りの勢いのままに低姿勢で体を限界まで捩じったニンジャスレイヤーは、全身のバネを利用してスリケンを投げた! 奥義ツヨイ・スリケン! 螺旋軌道を描くスリケンは過たずにハイドホーンの顔面を貫いた!「アバーッ!」
「サヨナラ!」ハイドホーンは空中で爆発四散! 夜空に小さな赤い花火を咲かせた!
「ハァーッ!ハァーッな、何だったんだ一体……?」爆音の後に残るのはただスナヤマの荒い息遣いのみ。しばし残身したニンジャスレイヤーは散乱した床からハイドホーンの持っていた巻物を掴み取ると 背を向け歩き出す。「……邪魔をした」
「ま、待てよあんた赤マントだろ?噂には聞いていたが、まさか本当にいたなんてな」「赤マント?」「帝都で噂になっている都市伝説だよ。正体は死神ともいわれているが……なあ、今のその、ニンジャとアンタは戦っているのか?」
スナヤマの問いにニンジャスレイヤーは静かに答える。「……深入りはするな。全てを失うぞ」言葉少ないながらもニンジャスレイヤーの言葉には実感がこもっている。重い言葉だ。
「分かってる。だけどな、何事も終わってからああすればよかったなんて後悔しても遅いって、俺はようやく知ったんだ。だから、これを持っていけよ」後悔先に立たず。その言葉の意味は他ならぬスナヤマもよく知っている。
スナヤマは横転した机の引き出しからノートを一冊取り出し、ニンジャスレイヤーへ投げてよこす。「これは?」「其処には最近起きた帝都の怪事件についての調査内容を書いてある。その裏にさっき見たいなニンジャがいるなら、きっと役立つはずだ」
ニンジャスレイヤーはノートをパラパラとめくり確かめると懐にしまい込みガラスの砕けた縁に脚をかける。「感謝する。イヤーッ!」それだけ言うとニンジャスレイヤーは跳躍し帝都の闇の中へ消えていった。
悪意に満ちたニンジャ蔓延る、帝都の闇へと。
小雨が降り注ぐ帝都の街並みはいつもより陰鬱な雰囲気が流れている。安価な飲食店が立ち並ぶ繁華街もまたほの暗さがあるものの、導入され始めた色とりどりの提灯電灯の明かりに照らされている街並みは、見ようによっては幽玄な印象を抱く者もいるかもしれない。
その内の「毘おでん」と暖簾された店の中は何人かの客、コートを着た若者やいかつい肉体労働者、ワイシャツ姿のサラリマンが食事をとっている。たっぷりと汁を吸いながらも形を崩さないきつね色のがんもどきは実にうまそうだ。
コートの青年はがんもどきを咀嚼し、牛筋と昆布を更によそい食べ始める。滋味あふれるおでんと対照的にその様は何処か淡々としていた。
「イラッシャイマセ」そんな昼下がりの湯気の立ちこめる店内に入ってきたのは新聞記者のスナヤマとニュービー記者のエトウだ。
「よし、しっかり食っておけよ新入り。午後からはハードな取材になるからな」「アイエエ……勘弁してくださいよスナヤマ=サン。俺、ヤクザにボーで叩かれて殺されたくはないです」弱音を吐くエトウに対してスナヤマは厳かに告げる。「安心しろ。流石にそんな事態にならないように引くべき時は引く。少なくとも死なない程度にはな」
「それじゃあ怪我する可能性はあるってことじゃないですかアイエエ……」「考えすぎるな。心配ばかりしていると禿げるぞ」エトウをなだめすかスナヤマの背後でコート姿の青年が席を立つ。「ゴチソウサマデシタ」「オカイケイですね」代金を払う青年の姿をふと言葉を止めたスナヤマは訝しむように見た。
「スナヤマ=サン?」「ん?ああ何でもない」だがスナヤマも青年から目線を切り、青年も感情を済ませると店の引き戸を開け出ていった。後に残るのはおでんからの食欲をそそる匂いと湯気、そして客の話し合う言葉のみだった。