ニンジャストーリーズ・ハイデン・イン・ハーメルン   作:ローグ5

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割と忍殺らしからぬ話ですがちょっとキアイを入れて長めに書きました。


【199X : サンクス・フォー・ギフト】

さくり、さくりと雪を踏みながら旅人は歩き続ける。襟を立てた防寒コートにつば広帽の旅人は真っ白な雪原に足跡を残しながら歩いていく。

 

その歩みは到底不安定な雪上を歩いているとは思えない程は速い。それもそのはず、旅人の男の顔はメンポで覆われている。彼はニンジャなのだ。

 

ニンジャはただ一人雪原を歩き続ける。彼方にある山脈以外は雪しかない味気なさすら感じる茫漠たる景色をただひたすら歩んでいく。雪原に孤影を刻み同行者もない旅路を進んでいく。「フーッ……」その様を雲をすかして薄く輝く太陽のみが見ていた。

 

 

 

【サンクス・フォー・ギフト】

 

 

 

キリナ・ヴェルトクが最初にナオマサと会ったのは16歳の冬明けだ。

 

199X年。ベルリンの壁やソ連が崩壊してまだ数年程度で冷戦をようやく終えた人々が明日の希望を信じる事が出来ていた後世を考えると能天気な時代を当時の世界は迎えていた。これより先に起こるY2Kと電子戦争など想像だにしなかった頃だ。

 

「はぁー……」それでも東欧の貧しい国の都市に住むストリート・オイランの生活などに変わりはない。生まれてこの方キリナは貧乏だったし16歳になった今もそうだ。「お客さんよかったら」「スミマセン急いでいます」

「あ、あの今ならお安く……」「間に合ってます。桐のハマミヤで前後するので」「……ソーデスカ」世の中は不景気なのか客は来ない。

 

(((これはまずい。実際まずい。今日は全く稼げてない)))今日はどういう訳か客が寄り付かない。キリナは傍らにある店のショーウィンドウに映る自分を見る。年の割にはバストは豊満だし長い波打つ銀髪と白い肌をした見てくれは悪くない、はずだ。それにセント―にも朝に行ったし、衛生的にもやはり悪くはないはずだ。でも客は寄り付かない。

 

原因は分かっている。近桐のハマミヤなる近隣のディストリクトに新規オープンしたユウカクに皆首ったけとなっており、安手のストリート・オイランなどは目に入らないのだ。特にこの街に支社を置く日系企業の連中がそちらに寄るようになったのは大きな痛手だ。

 

「ちょっとやめないか」「アッハイ」店舗の守衛に追い払われるキリナは日本という国については良くは知らない。ただサムライという極めてストイックな戦士が以前は統治していた事とか、100年近く前にロシアに戦争で勝った事とか、後は一番重要な事であるが豊かな国であり、日本人は金払いがいいという事とか位だ。

 

現にこの都市にあるヤナマンチやらタキベチと言った、キリナからするとエキゾチックな名前の企業のビルはピカピカだしそこから吐き出されるサラリマン達の身なりは実際整っている。乗客がごっそり抜け落ちているのは実に痛手だった。

 

でも稼ぎもなく戻るわけにはいかない。キリナはケツモチのロシアンヤクザがおり彼に渡す額を稼ぐ必要があるし、それに自分一人のみの分を稼げばいいのではないのだから。「スイマセン。良かったらどうですか」だがそれはいけなかった。金払いがよさそうだからと身なりのいいサラリマン3人に声をかけてしまった。その苛ついた雰囲気に気づかずに。ぎろりと息の合った動きでサラリマンはキリナを睨みつける。

 

「あー何言ってんですか?おかしいと思いませんかあなた?」「アイエッ!?」「私たちはねェー天下のタキベチコーポレーションの社員なんですよ、ニッケイ・スゴイハンドレッドにも載ってるんですよ?」「そんな一流企業のエリート社員によくもまあストリートオイラン風情が声をかけられましたネー。度胸あるナー」ナ、ナムアミダブツ!なんたる3人の息が整った縦社会生活者特有の陰湿な職歴マウントか!

 

その段になってキリナはサラリマンの苛ついた雰囲気ややけ酒で赤らんだ顔、そして侮蔑的な目線に気づいた。

「ゴ、ゴメンナサイ!シツレイしました!」「誤って済むと思ってんのかコラー!」「アイエエエ!」ラグビーをやっていたのか、彼らの体格は16歳で栄養も豊かではないキリナには及びつかない程逞しい。

 

「謝って済むと思うのかコラー!」「テウチダオラー!」「ンアーッ!」キリナが分厚い手によって張り倒される!非道!(((酷い……こんな辱め酷い……ジーザスはどこへ行ったの!?)))雪の残るアスファルト歩道の冷たさを感じながら修羅場になれていないキリナは悔し涙を流す。

 

そんな良識ある人々なら目を顰めるであろう修羅場にも道行く人々は目をそらし通り過ぎていく。この豊かとはいえない都市の財政や雇用はタキベチの様な外資系メガコーポに依存しており、彼らには議会や警察も逆らえない。その上虐げられているのがストリートオイランとくれば救いの手を差し伸べる人間など誰もいなかった。

 

「ハァーッ!望み通りファックしてやる!」「エッまだ寒いのに?大丈夫ですかトロゴ=サン」「問題ありません2分あれば十分です!」極めて下劣な会話を繰り広げる彼らはそそくさとキリナを押さえつけようとする。「さすがはトロゴ=サン!仕事と同じように速い!」「スゴイナ!」「ヒッ……」彼女の顔が恐怖に引き攣った。

 

「ヤ……ヤメ……」「やめませんよビッチめ!」罵倒するサラリマンはキリナを押さえつける。驕り高ぶる彼らにとってキリナはサンドバッグや木人と同じストレスを吐き捨てる為の道具だ。それがどんな反応をしても気にする事はなく使い潰せばいいだけ。

 

だから彼らがその野卑な手を止めたのは外部からの強制力による物である。「やめましょうよ」トロゴと呼ばれたサラリマンの腕をそれよりも幾分か細い手が掴んでいた。「「「エッ……」」」「アイエエ……」目に涙をためたキリナが見たのはおよそ二十歳程度の青年だった。

 

「俺はやめましょうっていたんですよ。だってズルイじゃないですか。こんな子に三人掛かりでインネン付けて強制前後なんて、ズルイし良くないなぁ」修羅場にも拘らず青年の声は平然としている。黒曜石めいたその目はどこか虚無的であった。

 

「なんだとぉ……」トロゴは青年に振り向き殴ろうとした。だが掴まれた右腕がピクリとも動かぬ。万力めいた力で青年は腕をつかんでいるのだ。ハッとして目を合わせると暗い目が見えた。それはかつて古代の人間が恐れた原初の闇の如き悍ましき……「アイエエエエ!」トロゴは失禁した!

 

「トロゴ=サン!」サラリマンBは青年に向き直り殴ろうとするとその暗い目と自分の目が合った。それはかつて古代の人間が恐れた原初の闇の如き悍ましき……「アイエエエエ!」サラリマンBは失禁した!

 

「アトギ=サン!」サラリマンCは青年に向き直り殴ろうとするとその暗い目と自分の目が合った。それはかつて古代の人間が恐れた原初の闇の如き悍ましき……「アイエエエエ!」サラリマンCは失禁した!

 

「はあ……スゴイ汚いしブザマ……とっととどっかに行ってください」「「「アイエエエエエ!!!」」」サラリマン達はブザマに逃げ出していく。心底ゴミを見るような目で青年はその様を見ていた。「大丈夫ですか」「アッハイ……大丈夫です。本当に、ありがとうございました」「イエ、困ったときはお互い様です」

 

そんな社交辞令が終わっても青年はじっとキリナを見ている。そして口ごもりながらも決心したのか切り出した。

「あの……その……お、お困りの所に悪いんですが」彼の手にあるのは財布だ。「あなたを、ええと……買わしてだけないでしょう、か……」「……ハイヨロコンデ―!」キリナは一瞬あっけにとられたがすぐににっこりと笑うと青年の頼みを聞き届けた。

 

その後キリナは近くのモーテルで3時間ほど青年を楽しませた。激しく前後し激しく左右し備え付けのシャワーで汗を流した後、別れ際に青年はナオマサと名乗った。それがナオマサとの出会いだった。

 

 

 

 

 

アスファルトで舗装された道には流石に雪はもうない。「ンアーッ……少しはあったかくなってきたかな」キリナは軽く伸びをする。この街の春はまだ盛りとなっていない。如何に冬が開けたといっても完全に春になり陰鬱な街を爽やかな日差しが照らすにはまだまだ時間がかかる。それでも冬を超えて暖房代がかからなくなってきた事は嬉しいし、その他のコストも大幅に削れる。それはとても良い事だ。

 

「そうかな?俺はまだスゴイ寒いと思うけど」「日本に比べればそれはそうだよ」キリナの後ろをついていくのは彼女と同じように食料品や日用品の袋を背負ったナオマサだ。比較的軽装のキリナに比べて厚手のジャケットを着こみ、手をさすっている。「カタナの鞘も冷たいんでしょう?外せばいいのに」「これは駄目なんだよ」

 

キリナがナオマサと付き合うようになったのはほんの少し前だ。あの日以来ナオマサは何度かキリナにカネを携えて会いに来て……過日の事もありキリナも彼には感謝していたし、それから何度か会ううちに付き合うようになった。

 

ナオマサはいい人だ。あのサラリマン達のようにキリナを見下しはしないし態度も優しくこんな行為にまで付き合ってくれている。だがこの付き合いは長く持たないだろうとキリナは考えている。ナオマサは彼は隠しているつもりだろうが物腰から育ちの良さが伝わって来るし、持っているカタナもそこらのイミテイションカタナとは段違いの出来の良さだ。そこからおそらく上流階級の出身である事が分かる。

 

なのでしばらくの間しかこの関係は続かないとキリナは考えている。だがそれでいい。代り映えのない生活にある清涼剤の様なこの関係をキリナは楽しんでいたし、それでよかった。「タキベチのミネラルウォーターは安いのね」「世界各地で安値で水源を勝って独占しているからじゃないかな。あまりコンプライアンス的にいいとは言えないかな」

 

「ナオマサ=サンやっぱりそういうの詳しいんだ」「まさか、今朝見たニュースでやってただけさ。この辺?」

「そそ」彼らが付いたのは教会風の古びた建物。赤さびた策に建てかけられた看板には「丘の下孤児院」と書かれており、柵の向こうにある遊具では子供たちが遊んでいる「私の生まれ育った、貧乏な孤児院」「ワオ」

 

「みんなー食料持ってきたぞー」「アッキリナ姉ちゃん!」「新鮮な野菜だ!」「ウオオオ―ッチョコレートもあるぞ!?」「「「ワオオーッ!!?」」」大量に群がる子供達!その服はほつれが目立つ古着だが目には希望が溢れている。誰も彼も元気そうだ。

 

「はいはい。お菓子もあるからね。一列に並んで」「何か知らない日本人がいるぞ!?」「キリナ姉ちゃんのカレシ?」対照的にナオマサは子供達のスタンピード的勢いに目を丸くしていた。「ン、そうとも言う」キリナは自信満々に胸をそらしうなづいた。「あ、ドモ。ナオマサです」

 

「礼儀正しい!」「日本人的だ!」やはり日本人はこの孤児院の生徒からすると珍しいのか歓声を上げる。「「「ウオオ―ッ!!」」」「ウオーッ!?」孤児達の勢いにナオマサは困惑していた。池に投げ込まれた新鮮な餌に群がるピラニアめいた勢いだ。その隙にキリナは院長先生にあいさつする。「先生、食料の他にいろいろ買ってきました。ドーゾ」

 

老齢の院長はキリナの差しだした品に嬉しさと申し訳なさが混じったような表情を浮かべた。「キリナ=サン、いつもすまないね……」「OBとして当然ですよ。さ、今日は具沢山のボルシチでも作ってあげてください」キリナの態度は朗らかだ。「今度は服とかも買ってきます」そして自分の行いに満足げだ。

 

そんなキリナの様子を子供達のストリームを捌きながらナオマサはじっと見ていた。何処か不思議そうにじっと見ていた。

 

……4時間後、子供達に見送られながらキリナとナオマサは家路につく。あれほどあった荷はもうすっかりなくなっている。暗く薄汚れた道を点滅する電灯に照らされながら歩くのはそう気分の良い事ではなく侘しいものだからか、ナオマサはキリナにそっと話かけた。「なあキリナ=サン」「何かな?」

 

「あの孤児院は君の育ったところだって話だけど……いつもこんなことしてるのかい?」「んとね、大体1か月に一度くらいかな」「そうなんだ……でも凄いね俺にはまねできないや」「ハハハ……そんな大層な事じゃないよ。これは私の個人的な復讐みたいな物だから」「復讐?」思いがけない言葉にナオマサは眉根を寄せる。

 

「うん。、復讐。ナンデかというと……そうだなぁ……」キリナは少し歩きながら考える。自分の中の想いを言語化するには時間がかかったのだ。「ええと……ホラ私達って生まれてこの方貧乏だし、色々な人から馬鹿にされてるし……そもそも気にしてくれる人も特にいないでしょ」「……そうだね」思い浮かべるのはあの日の傲慢なサラリマン達。「私としてもそういう状況に追い込んだ相手に復讐したくもなるよねぇ」

 

「だけど、そんな状況に私達を追い込んだ相手は困った事に国でも社会でもいいんだけど、これっていう相手がいなくて漠然としてるじゃない?私もメガコーポに親を殺されたわけじゃないし。だから……かな。もし復讐するなら犯罪やテロに走るんじゃなくて、そういう状況にある子達にああやって、自分を気にかけたり何かをしてくれる人がいるって伝えていく事が、この世の中への、復讐にはいいんじゃないかって」

 

くそこでキリナは一度言葉を切る。ナオマサは予想以上に真剣に聞いていた。「……私、そんな風に考えたんだよね。だからこうしてるの」点滅していた電灯が常に灯るようになっていた。配線の調子が良くなったのだろうか?ナオマサはじっと見つめている。

 

「しかし私予想以上に話せたんだね……自分の事バカだと思ってたんだけど」「君はバカじゃないさ。もっと、素晴らしい人だよ」ナオマサは天を仰いだ。何かをこらえるように「アリガト」ちょっとだけだけど、キリナは思ったよりナオマサと長く続くかもしれないと感じた。

 

 

 

 

 

 

この都市の冬は最低だが夏は悪くない。蒸し暑さとは無縁であり、夜には爽やかな風が吹いている。「ハッハーッ!」アウトロー気取りが奇声を上げながらバイクで爆走しているがそれは良い。そんなことが些事に思える程度にはキリナはあまり良い気分と言えなかった。「チクショメ……」自室でキリナはうめき声をあげる。

 

キリナの最近の稼ぎは良い。喜べる事ではないのだが桐のハマミヤが嫉妬心をこじらせたサイコパスの放火で潰れた為客足が戻ってきていた。だが今日は最悪だった。

 

陶磁器めいたキリナの白い肌には幾つか痣がある。今日は稼ぎが順調だと思ったら最後に酷い客と当たった。最近はまともな客が多いと思ったらビッチ呼ばわりしながらボーで叩いてくる客がいるとは。この辺りも最近妙な集団が居座る様になってきた事もありますます治安が悪くなってきたかもしれない。

 

「大丈夫?」「ウン、痣は出来ているけど骨とかは大丈夫だって」「良かった。それにしても……クソ野郎め。俺が今からでもわからせてこようか」ナオマサの目は彼らしからぬ剣呑さと侮蔑を秘めている。サディズムに満ちた客に怒っているのだ。「やめときなよ。あそこまでひどいのはなかなかいないけど一々怒ってちゃきりがないし、狂人に関わるのも損だけ。ほら、狂人に関わるのは実際狂人ていうじゃない」

 

「正確には狂人の真似をすれば実際狂人」ナオマサのインテリジェンスは高い。剣呑な光も収まりつつあった。「そうだっけ?アハハハ……」しばし二人は押し黙る。弁がたつわけでもない二人が不快な出来事を吹き飛ばす言葉を口にするには沈黙が必要だった。「アバーッ!」KABOOOM!どこかでアウトローが転倒しバイクもろとも爆発炎上した。それからもしばし間をとった後にナオマサは口を開く。「あのさ、提案があるんだけど」

 

「何かな?ひょっとしてナオマサ=サンの実家のお金で、私を養ってくれるとか?」キリナが悪戯めかして言うと、ナオマサは天を仰いだ。「……知ってたんだ」「分かるよ。見るからに育ちよさそうだもん」「ソッカ、うん俺はその……君の言う通り小金を持っている。俺のファミリーネームはタキベチ、だから少なくとも君と孤児院を支える位は持っている」タキベチの苗字。それはすなわち彼が暗黒メガコーポ、タキベチコーポレーションの創業者一族である事を示す。「ワ、予想以上」

 

サラサラした髪をぐしゃぐしゃと手でかき回してナオマサは言葉を続ける。「茶化すなよ。ああ……上流気取りのいけ好かない奴の戯言って言ってくれていい。なあキリナ受けてくれないか」「ンー……ダメかな」やや迷うようであったがキリナはあっさりと答えた。「ナンデ!?」

 

キリナもまたウェービーな銀髪に手櫛を入れながら答える。「気持ちはありがたいんだけど……そういうの良くないでしょ。ナオマサ=サンには輝かしい未来があるでしょ」「ないよそんな物。俺は妾の息子だから。特に将来とかない」またしても沈黙が狭い家を支配する。コチ、コチ、と時刻の刻まれる音だけが響いた。

 

ナオマサは思い出す。まともな環境なら治るつまらない病で死んだ母親。ただっぴろい空虚な邸宅。マネキンめいた感情のない使用人に厄介者を見る眼で彼を見下ろすきょうだい達……嫌な思い出は色のない灰色の記憶だ。冬の明けにキリナと会うその日まで我が生に意味はなし。自然と彼はそう考える。

 

再び口を開くナオマサの顔は暗い。「正直死んだ母親と以外は家族と話した事なんて数える程しかないし、お互い無関心な物さ。あいつらの関心は俺が相続したちょっとした株券や資産、それと……」「それと?」「これは秘密」

 

「そんなだから俺は……君の事がスゴイ大切なんだ。こんなに人を大切に想ったのは生まれて初めてで、だから……俺は君と別れたくない」ナオマサはキリナに執着する。およそ虚無的で意味のない生に鮮やかな色彩を与えてくれたのはキリナだ。だから彼はキリナの意思を重んじるし、何としてても守り幸せにしたいと考えている。その思いはキリナにも伝わってきた。だからキリナは嬉しく思い微笑む。

 

「私もあなたと一緒に居たいけど、お金はいらないよ。そいうのって対等の恋人らしくないじゃない」「……そうだね」ナオマサはキリナの手をぎゅっと握る。夏の淡い月明かりに照らされてキリナの波打つ銀髪と白皙の顔が妖精めいて神秘的な美しさを湛えていた。「旅行位はいいだろ……どこか近場で」「近場ってオキナワ?」「遠いよ」

 

先程とは打って変わって穏やかな気分の中、二つの影が重なり合った。

 

 

 

 

 

「ハァーッ!ハァーッ!」秋も半ば過ぎ雪が降る頃にキリナは路地裏を白い息を切らせて走っていた。「ああもうついてない……!」彼女の人生がついてないかは人によって評価が分かれるだろうが、少なくとも今日においてはついていない。BLAM!背後で銃声が鳴った。「いたぞ!ボーで叩き潰せ!」「キル・ビッチ!」「粛清重点!」

 

キリナを追いかけていくのはホッケーマスクめいた覆面と血のように紅い装束を身に着けた男達だ。手にはボーやチャカ・ガンを握っており極めて剣呑である。彼らについてはキリナもよく知らない。知っているのは良く分からない排外思想をこじらせた団体である事とか、実際に人を殺す極めて危険な団体であるとかだけだ。

 

キリナは偶然ではあるが仕事帰りに彼らが身なりの良い男性(聞こえてきた会話によると市議会議員らしい)を文字通り囲んでボーで叩いて殺す所を見てしまった。それからは何の躊躇もなく彼らはキリナを追いかけ殺そうとしており、勢いには少しの躊躇も見えない。キリナをゴキブリと同程度の存在として考えているのは明白だった。

 

しかし幸いにも彼女には土地勘がある。「アイエエエエ!!」男達は重装備のせいか箱にぶつかり躓く。あそこの屑鉄屋の爺さんは良く固めた金属を箱詰めにしている。そんな小さな事でも知っていたのは幸いだ。

 

そんな事が何度かありようやく何とかして男たちを撒いた。「ハァーッ……ハァーッ……ハァーッ……」キリナの息は荒い。一度は逃げられたが彼らに顔を覚えられた。これからはどうする?

 

警察はこの地域において頼れない。ケツモチのロシアンヤクザは左遷組で事なかれ主義だ。いずれにしてもあいつらに突き出される可能性は大いにある。孤児院やナオマサを頼るのは論外だ。「迷惑かけるわけには、行かないもんね」自分でどうにかするか、でもその手段はどうすればいいか分からない。「チクショ……なんだよ殺してもいいビッチって……こっちだって一所懸命生きてるんだぞ……」

 

ストリートオイランをしていればそうした悪意ある言葉を受けるのは珍しい事ではない。だが物理的な殺意と共に浴びせられる鋭利な言葉は、苦しい。ヒュンヒュンヒュン。「エッ?」唐突に聞こえた風切り音にキリナは目をぬぐう腕を止める。眼前には錆びた鉄パイプが浮かんでいた。

 

そしてそれは回転し彼女を打ち据えた。「ンアーッ!?」キリナは肩を強打され路地裏に投げ出される。打たれた肩からは鈍い痛み。おそらく折れているだろう。「イヤーッ!」ヒュンヒュンヒュン。中空で高速回転を続ける鉄パイプの横に回転ジャンプで着地する者あり。

 

着地者は先程の男達より一回り体格が良く、ガスマスクや装束の装飾も豪奢だ。そのマスクの額にはゴシック体で「優生」と刻まれている。「ドーモ路地裏を這いまわるムシケラよ。アーデラインです」手のひらを合わせてアイサツするその姿を視てキリナは直観的に人間じゃないと感じた。マスク越しに見える眼は人ならざる無慈悲さを湛えている。

 

「同士アーデライン=サン!見つけたんですか!」「さすが行動隊長!行動が速い!」残りの覆面男も集まってくる。その数は十人以上おり倒れ伏すキリナを包囲していた。「うむ。同志たちよ。我は堕落市民を発見。捕獲せり」「「スゴイ!!」」男達はアーデラインの取り巻きらしくキンタロアメめいた言葉で讃える。

 

彼らはやはりキリナを人間として見ていない。(((やだ……まだ死にたくないのに、イヤだこんな……!)))「目撃された時はどうなるかと思ったが……やはり路地裏のネズミめいた小賢しさよりも我らの連帯が勝つ。そうだな」「「その通りです!」」「その証明として今ここでこいつを殺す、。さあやるぞ!」「「「ハイヨロコンデ―!!」」」アーデラインを始めとした男達が冷酷な熱意に満ちた目でボーを振り上げる。

 

「ア……ア……」キリナの目に映るのは丘の下の孤児院での生活、自分を慕う子供達の笑顔、そして予想よりも長くなったナオマサの柔らかな笑み「……助けて。ナオマサ=サン」涙にぬれた顔でキリナは呟いた。傷ついた彼女の前に飛び込んでくる影があり。

 

影は速く獣じみたすさまじい怒りに満ちている。着地するのと同時に矢継ぎ早のカラテを振るった。「イヤーッ!」「グワーッ!?」「イヤーッ!」「アバーッ!」「イヤーッ!」「アバーッ!」「イヤーッ!」「アバーッ!」「イヤーッ!」「アバーッ!」「イヤーッ!」「アバーッ!」

 

「イヤーッ!」「アバーッ!」「イヤーッ!」「アバーッ!」「イヤーッ!」「アバーッ!」「イヤーッ!」「アバーッ!」「イヤーッ!」「アバーッ!」あたり一面に響き渡るのは鋭いカラテシャウト!そしてボーの代わりに路地裏に叩きつけられるのはバラバラにされた人体だ!インガオホー!

 

「ヌゥーッ!何奴!?」初撃にひるみ、三連バック転で距離をとったアーデラインはキリナを守るように立つ人物に誰何する!凄まじき超人的なカラテを振るったその人物は「ナオ、マサ=サン?」「……ゴメン、キリナ。遅くなってしまった」それは紛れもなくキリナの愛する人だ。ただし口元は布で覆われ、その目は黒紫の超自然的な光と、凄まじい殺意を宿している。「ドーモ。ナオマサです」

 

「ド、ドーモナオマサ=サン。アーデラインです。おのれよくも我が同志を!さては貴様も私と同類か!」「ああ、ニンジャというらしいな」両者は油断なきカラテを構える。「ええい!貴様が私と同類の超人だろうと関係ない!私は遺伝子的に優位に立っており無敵だ!同士たちの仇をとってくれる!イヤーッ!」

 

アーデラインが手をかざすとあたり一面の鉄パイプや金属製のボーが一斉に浮き上がりナオマサを取り巻き、さらに直掩めいて巨大なツルギがアーデラインの前でか高速回転する!何たる金属操作に特化した特化型サイコキネシスか!「カカレーッ!!」鉄パイプやボーが一斉に襲い掛かる。「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」ナオマサはキリナをかばいながらカタナで弾き続けた!

 

その作業を続けながらナオマサはキリナを再度横目で見る。肩は骨にひびが入っており額からは出血しその顔は涙と汚れに濡れている打ちのめされた姿だ。「ARRRRRRGH……!」ナオマサは唸り声をあげる。魂の一部にあるドス黒い何かが吼え怒り狂った。

 

それはかつてのように理不尽で希望がなく、ままならぬ世界や社会に向けた漠然とした怒りによるものではない。自分に愛を教え何よりも大事と感じた人を侮蔑し傷づけたアーデライン達へと一点に収斂した怒りだ。何があろうと許せぬ。無慈悲に殺すべし。

 

「イヤーッ!」「イヤーッ!」ナオマサは裏拳で最後の鉄パイプを破壊すると隙を見てカタナをアーデラインに投擲するが、周囲を旋回するツルギにより砕かれた。それでいい。少なくともキリナの周囲にある武器は破壊し注意をこちらに引き付けた。それで十分だ。ナオマサは突進する。

 

「丸腰で私に勝てるか!イヤーッ!イヤーッ!」カラテシャウトと共にアーデラインは旋回するツルギを精密に操作する。対して突進するナオマサは無手だが何かを握るように黒紫の粒子を纏った右手を動かし、アーデラインが目を見開く。「これは……!」

 

ナオマサの右手より放たれた粒子は、収束し黒紫の刀身を形成していく。それはナオマサと憑依融合した邪悪なるニンジャソウルがもたらした禁断の武器、「滅烈(メツレツ)」のカタナだ。

 

そしてキリナは見ていた。「イヤーッ!」黒紫の不吉なカタナを携えたナオマサが旋回するツルギを切り裂き「イヤーッ!」「グワーッ!」水平に放たれた斬撃が後退するアーデラインを深く傷つけ「イヤーッ!」「アバーッ!」カタナがアーデラインの喉首に突き刺さり致死量の血を噴き出させるのを。「サヨナラ!」アーデラインは爆発四散し、塵となってこの世から消えた。

 

アーデラインの塵と砕けたツルギの鉄の混合風が吹きすさぶ中、ナオマサは自身の内にある邪悪なニンジャソウルの衝動に耐えた。怨霊の様に殺戮の愉悦をささやくソウルの叫びに耐え唇を血が出る程噛みしめ、そして堪えるように身震いすると肩を抑えながら立ったキリナに向き直った。

 

「キリナ。隠していてゴメン、俺は君と会った時からニンジャで、人間じゃないんだ」「ニンジャ、ナンデ」「分からない。君と会う少し前に事故にあった時突然こうなった」ナオマサは天を仰ぐ。いつかはこんな日が来ると思ってたが、ここが潮時だ。「そうなんだ。でも私気にしないよ」「アリガト。でも俺はここまでだ」「ナンデ!?」

 

「ニンジャは邪悪なんだよ。その証拠にホラ、俺は極めつけの糞野郎とはいえ10人以上殺してケロッとしている。そんなんだからこのままいたら君や孤児院の子達を殺してしまう。だから、お別れだ」「そんな!」

 

キリナの悲痛な顔にナオマサの心が痛む。だが駄目なのだ。邪悪なるニンジャソウルの力に屈さずにいるには自分はまだ未熟だ。カラテか精神かはわからぬが一度鍛えなおす必要がある。「嗚呼」

 

「……いかないで。行かないでナオマサ=サン!あなたがいなければ私、私!」「うん。俺もだ。俺も君がいないとだめだ。もしこの邪悪な衝動を制御できるようになったら俺は君の元へ帰る。だからしばらくの間だけだ」「ウン」「ほんの少しだけサヨナラだ」怪我をしたキリナにナオマサは肩を貸す。さながら比翼連理の鳥めいて。

 

「離れていても、俺は君を想い続ける。そして危ない事があったら今日みたいにいつでも帰ってくる」そう言ってナオマサはキリナを病院に連れていき、治療を受けた後少し話をして眠りについた後……もうナオマサはもういなくなっていた。

 

そしてしばらくたったクリスマスの日に、孤児院には多額の寄付と物資がタキベチコーポレーションから届いた。担当者の話を漏れ聞くところによると誰かが株券などの譲渡と引き換えに援助を頼んだそうだ。その働きかけを誰が行ったのかは明白だ。

 

「……バカな人。あれだけいらないって言ったのに」キリナはそっと自室で涙をぬぐう。その目に映るのは幾つかと撮ったナオマサとの写真がある。それからキリナは思い出といつの日かの再開を夢見てキリナは孤児院やナオマサの愛した自分であり続ける為働き続けた。

 

良く生きる事、それこそが彼女の愛したニンジャの贈り物へのお礼にふさわしいと思ったからだ。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

寒冷な地方故だろうかどこまでも続く雪原の真っ白で平坦な地面が続く大地。穏やかな雪景色を月が照らす中さくり、さくりと音を立てながら進んでいくニンジャの孤影があり。

 

ニンジャは如何なる目的があるのかただ一人雪原を進んでいく。その旅路は同行者のいない孤独な道であるが彼が虚無に囚われる事はない。

 

ここから遥か彼方の都市に生きる愛しき人の想いが、今この瞬間も邪悪なるニンジャソウルに抗う彼の魂に強く息づいているからだ。

 

 

【サンクス・フォー・ギフト 終わり】

 

 

 




次回は日にちは未定ですが大正ニンジャスレイヤーを投稿しようと考えています。
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