ニンジャストーリーズ・ハイデン・イン・ハーメルン 作:ローグ5
【192X:イービル・ルックド・ザ・レッド・ブラック・ストーム 前】
「グググググ……イヤーッ!」「アバーッサ、サヨナラ!」ナラク・ニンジャの神話の魔獣の爪めいた鉤手がウブメ・ニンジャの肩甲骨を断ち割り、そのまま心臓をも破壊し爆発四散させた。
「ググググ……グハハハハハ!」ナラク・ニンジャは哄笑する。上質な畳、フスマなどの戦の舞台となった屋敷の調度品はカラテの余波で砕かれ穢され、さらに殺されたモータルやニンジャの血がそれらの破片に赤黒い色彩を加えている。そう、ナラク・ニンジャの手にかかったのはニンジャだけではない。モータルも少なからず含まれている。
ナラク・ニンジャは平安時代を支配する半神存在たる支配者のニンジャをも殺す超自然の、いわば理不尽の具現化ともいうべき災害。ソガ・ニンジャの四天王を殺し都を滅ぼし、なおも殺戮を続けた彼の後には無数の屍が転がる。その大殺戮は死の化身と槍の英雄により彼の者が滅されるまで続いた。
否、まだ終わってなどいない。歴史上幾度なくナラク・ニンジャはニンジャに虐げられたモータルと憑依融合した存在、ニンジャスレイヤーとなり憎悪のカラテを振るった。
或る時には妻子を殺された侍が、またある時は娘を殺された父親がニンジャスレイヤーとなり、邪悪なるニンジャへの復讐のカラテを振るい殺してきた。そうして命を憎悪の炎で燃やす彼らの生は一様に短く、されど無数の死に満ちていた。
ニンジャによる、そしてニンジャスレイヤーによる憎悪と死の歴史は連綿と続いていく。平安時代から江戸時代へ、明治から大正へ。そしてその先へ―――――
大正エラを迎えた日本の中心地東京。華やかな街では洋風のビルヂングが立ち並び、着飾ったモボ、モガ(モダンボーイ、モダンガールの略称。大変奥ゆかしい)が歩き、紳士淑女が最先端の洗練された洋食を愉しむ。
他方路地裏では近年の東京の目覚ましい進歩から取り残された貧しい人々が繁栄に羨望の目を向け、薄汚れた地面をうつむいて歩く。万人が幸せとなれる理想郷の実現はまだ遠く遥か彼方。人間や社会の光と闇を体現したかのような都市、それが大正エラの帝都東京であった。
草木も眠る丑三つ時。東京の片隅の片隅にある邸宅に憎悪に満ちたカラテシャウトが響く。
「イヤーッ!」「グワーッ!」
暴風が吹き荒れたかのような様相の室内をゴムまりめいて勢いよく吹き飛ばされるのは黒い影。フスマにめり込みうめき声をあげるのは顔から足元まで人絹で織られた黒装束で覆った男。その有様はまるでニンジャだ。
否、まるでではない。この男は実際ニンジャである。黒いニンジャ装束の男は帝都の闇に巣食うある秘密結社の幹部に仕える末端ニンジャであり名をハービンジャーという。
「キ、貴様……私を誰だと心得る。この私を、誰だと!」
怒り狂うハービンジャーの言葉に応えることなく接近するのは赤黒い装束のニンジャ。抜き打ちのスリケンを目にもとまらぬ速さで躱すと一瞬でハービンジャーの超近距離まで到達し、無慈悲なカラテを叩き込む。
「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」
邪悪なニンジャであるハービンジャーの手足は具のように捻じ曲げられる。それを成すのは赤黒のニンジャの圧倒的な圧倒的なカラテ。家屋を吹き飛ばす赤黒の暴風めいた圧倒的なカラテだった。
「バカナー!イ、イヤーッ!」
ハービンジャーの頼みの綱である左腕の仕込み針も意味をなさない。赤黒のニンジャの片手で容易く受け止められ握りつぶされる。ベイビー・サブミッションめいた圧倒的なカラテ実力差が両者にはあった。
「アッアイエッ……」「イヤーッ!」「アバーッ!」
赤黒のニンジャは無慈悲に腰に吊った軍刀を突き刺し、邪悪ニンジャのはらわたを掻き混ぜた。サツバツ!
「アバーッ!アババババーッ!!アバッー!」「レッドダスク=サンの居場所を吐け。ハービンジャー=サン」
赤黒のニンジャの言葉はハービンジャーに届かない。彼の脳裏にあるのはニンジャであり、末端とはいえ巨大な闇組織の一員たる自分がこのような理不尽に遭う事に対する疑問。ニンジャである自分がこれまで足蹴にしてきたモータルのように踏みにじられている事に関する疑問で塗りつぶされていた。
(バカナ、俺はニンジャなのに、モータルじゃないのに、なぜ今ここでこんな目に遭っている!?仏陀は寝ているのか?そ、そうだ俺のせいじゃない。そこに転がっている役立たず共が……!)
ハービンジャーは転がる家主の死体を睨みつける。彼の脳裏に自身や主の行為に対する悔恨はない。その邪悪な行状に対する後悔は。
彼がやっていたのは現在の言葉でいえばマネージメント。主の趣向の為に没落した良家の子女を引き取り「仮置場」となる家で見せかけの愛情を注ぎ、そのあと主の元へ出荷する。そうした邪悪行為の管理監督が彼の仕事の一つだった。
この仕事は金と手間はかかるがなかなか雅であるとハービンジャーは気に入っていたが順風満帆な毎日にケチが付いたのは三日前、主が特別に楽しみにしていた上物の出荷直前に薄汚い新聞記者に嗅ぎ付けられた時からだ。
如何なる手段を使ったのかハービンジャーたちの行状を嗅ぎ付けた男が騒ぎ立てる前にハービンジャーは男を追い詰め始末した。しかし天網恢々疎にして漏らさずというべきか、赤黒装束の死神めいたニンジャがハービンジャーを殺しに来た。
「アバーッ!アバババババーッ!!呪われろ、呪われろォー!」「イヤーッ!」「アバーッ!サヨナラ!」
己の腹より引き抜かれた軍刀で首を切り落とされハービンジャーの呪われた命は爆発四散した。爆発四散の煙の中、赤黒のニンジャは残身を決める。その手にあるのはハービンジャーから奪いとった彼のものの主、レッドダスクの居場所を含む機密書類。それが何を意味するかは一つ。赤黒のニンジャは次なるニンジャを殺しにゆくのだ。
禍禍しい憎悪の炎を置き去りに赤黒のニンジャは走り出す。ガス灯がその姿を照らす間もなく帝都の闇を飛ぶように駆け行く身にまとわりつくのはニンジャに虐げられしモータルの残影。奴らを殺してくれ、私の娘の仇をとってくれと叫ぶ無念と怨念の声。
「イヤーッ!」
一際強い残影が消えた後、赤黒のニンジャは走り出す。全ては邪悪なるニンジャに因果応報の死を与える為に!
「ははははははは。タノシイ、タノシイ」
丑三つ時の瀟洒な洋館の中、寒さを増す室外とは対照的な室内で暖かな焔の照り返しを受け男は笑う。ここは一度は没落しながらもここ十年の復権により権勢を保つ中級華族サミダレ家の邸宅。ワイングラスを手に笑い続ける男はサミダレ家の当主のシゲタモ。十年ほど前にサミダレ家の養子に入って以来、優れた手腕で家を建て直した一世一代の傑物である。
だがこの家の者達にシゲタモに対する敬意はない。あるのは盲目的なまでの恐れのみ。別室で息をひそめる彼の養父母も、この屋敷で働く使用人たちも皆彼を恐れていた。まるで彼が人間ではなく祟り神であるかのように。
その理由は皆さんもシゲタモの面相を見れば理解できるだろう。おお、ナムアミダブツ!スーツに包まれた偉丈夫の顔を覆うのはどこか虚無的な表情の仮面めいた赤い面頬!そう、シゲタモは部下であるハービンジャー同様尋常の人間ではない。太古の世より世界をカラテで私する半神的存在、ニンジャの一人なのだ!
「余興は楽しんでくれたかねシオン=サン?」
部屋の片隅には鎖で縛りあげられた女性。いや年齢を鑑みれば少女ともいうべきか。大正エラの日本には珍しい明るい色の髪が柔らかな顔立ちと実際マッチした、可憐な花のような美しさを持った少女。そのバストはそこそこに豊満だった。
彼女が今宵仮初の家から出荷され、シゲタモの陰惨な殺戮劇に招待された不運なる客。その名をシオンという。
「ヒッヒ……ッ」
だがその美貌は今この場の悍ましい惨劇によって損なわれていた。ペルシャ製の絨毯のひかれた床には、先程振るわれたシゲタモの無慈悲なカラテにより試し胴めいて断ち切られた女給たちが折り重なる。その姿は無残そのもの。到底尋常な人間になせる業ではないその行為はただシオンの自我を破壊する為の余興として行われた。シゲタモの非人間的なまでの残虐さやカラテはまさしくニンジャの業。ありうべからざる事実がより一層シオンを混乱させる。
「ナンデ……ニンジャナンデ……」
NRSに襲われ必死に失禁をこらえながらもシオンは言わずにはいられない。ニンジャは神話や伝承の中に存在する超越的存在のはず。神や悪魔のようにこの世には人の心の中にしかいないはず。少なくとも大正を迎えた日本には存在しないはず。なのにナンデ?
「ほう、ニンジャナンデとは!所で君は悪魔の不在証明を知っているかね?」
対するシゲタモは愉快気だ。シオンの顔をニタニタとのぞき込み質問する。仮面の奥から見える陰惨な目から視線をそらしながらもシオンはうなづく。女学校で聞いた事のある話だったからだ。
シゲタモもまたシオンの反応に満足げにうなづいた。ハービンジャーは良い娘を調達した物だ。まっとうな素養がなくてはこうはいくまい。実に……実に嬲りがいのある小娘だ。
「よく知ってるいるものだ!そう、悪魔と同じようにニンジャの不在を証明するのは難しいが、ニンジャの存在を証明するには目の前にニンジャを連れてくればよい。おや、君の前にはニンジャがいるね?ニンジャの存在が証明されてしまったぞ!ハハハハハハ!」
「アイエエ……」
シオンはその邪悪なオーラに震えるのみ。対してシゲタモは気取った仕草でチッチと指を振る。
「ああ、怯えているようだが心配はいらないぞシオン=サン!ハービンジャー=サンから色々聞かされているだろうが私はそこまでひどくない。君をファックしたり殺したりはしないさ。やってもらうのは……こういう事だ!」
彼が片手で引きずる鎖の先にいるのは見ずぼらしい子供。その顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。
「アーン!アーン!」
「君には!この汚らしいガキを!殺してもらう!」
「エッ!?」
「そう、殺してもらう!私はね、ニュービーのころから好きなんだよこういうのが。君のような知性や品性、善性に満ちた美少女に嫌がることを無理やりやらせ、自我を蹂躙するのが!フゥーッ!」
あまりにも目まぐるしく変わる展開にシオンの視界は万華鏡のように回転する。しかし混乱の極みに遭っても明晰なシオンの脳裏にはある凄惨な確信があった。
(この男は……このニンジャは私の全てを飴玉みたいに舐め溶かして楽しむつもりなんだ……そしてそれを止める者は誰もいない。私はただ……この男の贄となるだけ)
絶望し虚脱した様子で涙を流すシオンにシゲタモは歩み寄る。その目は病んだ欲望に血走り、口からは蒸気のようなと息が漏れる。シオンを戒める鎖をチョップで両断し、無理やりに人ひとりを殺すのに十分な刃物を握らせる。
「さあ、殺したまえ!」
「アーッ!アーン!」
「で、できません……こんな小さい子を殺すなんて私には無理です……」
絶望の中シオンはそれでもなおシゲタモの申し出を拒絶する。ニンジャに対して拒絶を貫くその姿勢は持ち前の善性か、それとも己を取り巻く運命に対しての反骨心か。
「ハァーッ!ハァーッ!早くしろ!早く刺し殺すんだ!言っておくがそうしないと私は酷いぞ!ハァーッ!知り合いにはニンジャの医者もいるんだ!生きジゴクを見せてやるぞ!」
「嫌だーっ!嫌ああー!!」
「ウフッウフフフフフッ!いいよねえ誰も助けてくれないのォー!いいよォー!」
シゲタモは泣き叫ぶシオンを抑えつけ無理やり子供を刺殺させようとする。おお仏陀よ!薄目を開けて寝ているのか!何という末法的光景!
しかしこの光景を止める者は誰もいない!シオンや子供を救う者は誰もいない!この救いのない光景こそが、帝都東京の闇だというのか!
「イヤーッ!」「ナニッ!?イヤーッ!」
だが広く凝った装飾の窓硝子をたたき割り、一筋の流星めいたスリケンがシゲタモめがけて飛ぶ!興奮のさなかにあったシゲタモは抜き打ちでスリケンを弾くが急激で大ぶりな防御行動の影響で畳五枚分飛びのく!
「成程……確かにその娘を救う者は誰もいない。だが」
粉砕された窓ガラスからエントリーしたのは赤黒のニンジャ。その赤黒の装束は砲火に晒され引き裂かれたかのように歪な形状。そしてその面頬には決断的な「忍」「殺」の二文字!
「貴様を殺す者ならここにいるぞ……シゲタモ、いやレッドダスク=サン。ドーモ、ニンジャスレイヤーです」