ニンジャストーリーズ・ハイデン・イン・ハーメルン 作:ローグ5
雨に濡れた夕方の横須賀にある大日本帝国海軍の鎮守府。雨が降る中も警邏の為の軍船が盛んに行き交い灯台めいた光を放つこの鎮守府は、日露戦争以来軍縮条約がありつつも隆盛を極めつつある大日本帝国海軍の状況を表すかのように多くの軍人が行きかう。それこそ一人ばかり異物が紛れ込んでも分らない程に。
軍港から外れた執務室が集まる基地本部の絨毯がひかれた廊下にコツコツと規則正しい靴音が響く。廊下を歩いていく白を基調とした海軍制服に少尉の階級章を付けた男は資料の束を抱えて小綺麗な廊下を進み、目的地を目指す。途中すれ違う者もいるが不自然な程彼に声をかける者はいない。謹厳たるアトモスフィアで歩き続ける少尉はやがて3階にある一室のドア前に立ちノックした。
「ン。どうぞ」「失礼致します」彼の入室した部屋の主はこの鎮守府に務めるやせぎすの少佐だ。財務畑の仕事を長い事続けておりその関係で海軍のみならず陸軍にも顔が効く為、とある疑獄事件の情報を入手してしまった。故に「帝都の暗雷」の活動に邪魔であり早急に消す必要がある。「タルモト少佐。申し訳ありませんが資料の方は忘れてきていしまいました」「何?ならその紙束は何だ?」
少尉は答えない。返答の代わりにどこからともなく取り出したスリケンを投げ通信機を破壊した。「スミマセン。代わりと言っては何ですが、死の方をお持ちしました」「何だと……貴様まさか!?」紙束を投げ捨てた少尉の素性を悟り少佐はデスクの上から立ち上がるがもう遅い。ニンジャのカラテに対応するには少佐はあまりにも無策であった。
「イヤーッ!」「イヤーッ!」否、少佐自身が対応出来ずとも他に対応可能な護衛がいれば良い!少尉に対して天井裏よりアンブッシュを仕掛けたのは水色と白の装束に身を包んだニンジャだ!「ドーモ、フローズンシールドです。貴様やはり帝都の暗雷の……!」フローズンシールドは右手を前に出し防御姿勢をとる。
対して少尉は城の軍服を脱ぎ捨てた。「予想通りニンジャがいたか。ロストエイジです」どこか虚無的な声でアイサツする。「まっそうだな。俺はそこのタルモト少佐を殺しに来た」「やはりそうかおのれ帝都の暗雷の犬め……!この国を守る正義の火は絶やさせんぞ!!」「そうだ!頼むぞフローズンシールド君!」
「ハッ」これまた虚無的にロストエイジは笑った。「何が正義だ。何が護るだ。所詮すべてはいずれ虚無に消える」ロストエイジはカラテを構える。その構えだけで一級の技前が分かる実力の高さだ。されどその目は人生に絶望した浮浪者めいて虚ろだ。「人も国も変わらない」「ほざけ!イヤーッ!」フローズンシールドは飛び掛かる!
フローズンシールドはコリ・ニンジャクランの門下生であり、ニンジャとしてのキャリアは長くないレッサ―ニンジャであるが、イクサ場が海近くで肌寒い気候というフーリンカザンもあり強力なコリ・ジツが使う事が出来る。特に秘奥の一つたるササメコリ・ジツは攻防一体の強力なジツである。故にフローズンシールドに慢心はない物の自信はあった。
霊季を両腕にまとわせて突進するフローズンシールドに対するロストエイジは虚無的なまなざしのままジャブの様に右腕を軽く突き出す。そして精神を残酷に蝕む殺伐たるジツが解き放たれた。
……数分後には執務室にはロストエイジと、瀕死のタルモト少佐のみがあった。ロストエイジは手を染めた血を振り払い虫を見るような目でしょうさを詰問する。
「なあアンタは何でこんな危険な橋を渡ったんだ?」「アバッ…貴様フローズンシールド君を…シライ中尉をどこへやった?」「さあな。それより質問に答えろよ。あんただってバカじゃあない。帝都の暗雷と事を構えたら危険だってわかるだろう?」「それは決まっている……この国を守る為だ……!」タルモト少佐はすでに瀕死だ。
「国ねぇ……ご立派な事だ。先程も言ったが国など所詮いつかは果実めいて腐敗するもの。そんな物を守る為に命を懸けるとは愚かだな」「アバッ……」タルモト少佐は何事か反論しようとしたが血を吐くと動かなくなった。「くたばったか。思ったより時間がかかかったな」死んだのだ。ロストエイジは一つの痕跡もなく執務室から出てそのまま夜闇に乗じて姿を消した。
騒ぎを聞きつけた憲兵が執務室に入る頃には、タルモト少佐の執務室からは少佐の惨殺死体のみが発見された。護衛として活動していたシライ中尉が失踪した事から憲兵隊は彼を犯人として捜査を行ったが、シライ中尉の闘争の痕跡は全く持って発見できなかった。自らの上官を殺したと目されるシライ中尉はこの世から忽然と消えてしまったのだ。
まるでどこか別の世界に飛ばされたかのように。
【エンプティネス・オブ・ロストエイジ 1】
殺風景な自宅の中、ロストエイジはベッドの下で目を開けたまま眠りこけていた。これは彼が海外での活動の際に培った技術であり、事実2度命を救っていた。もうウシミツアワーに差し掛かる時刻であるが彼の睡眠は快適とは言い難い。
彼のニューロンの中で映し出されるのは死体、死体、死体。いずれも死に方は異なる物の、一つとして満足な死を迎える事無く無残な屍を野に晒した光景が繰り広げられる。それは彼の過去で彼が救えなかった者であり、直接手にかけた者であり、または見殺しにしてきた者達であった。
常人ならば失禁しながら泣きわめく恐るべき光景であるがロストエイジは眉すら動かさない。彼にとっては最早夜毎に見るありふれた顔であり、今更眉を動かす事すら億劫な光景である。無意味で空虚な死。それは彼が前世紀にニンジャソウルに憑依されニンジャとなってから百年近く続けて見てきた物であり、ロストエイジにとっては夕食のスシと同じような物なのだ。
ジリリリリ!居間に備え付けられた受話器が鳴った。耳障りな音に対して元より眠りの浅いロストエイジはすぐさま起き上がり受話器を取る。もうすでにいつも通り、夢の中では確かに見ていた死体の顔は忘れていた。
「モシモシ。ロストエイジだ」寝起きとは異なる陰惨な目でロストエイジは答える。おそらく連絡員からまた殺しの依頼だ。ロストエイジもまた帝都の暗雷という暗黒ニンジャ組織の一員であり組織の凶手として暗躍を続けている。特に組織に不満も興味もないが面倒事はごめんだった。
『ドーモロストエイジ=サン。夜分遅くにすまんな』声の主は案の定依頼主となる帝都の暗雷の構成員だ。「別に良い。どうせやる事もないからな。仕事か?」『ああそうだ。エフェソスとスパイクマンというニンジャを知っているか?』「知らん。あーいやまて、一度じゃれつかれたことがあるな。やつらが横領でもやったのか?」
帰ってくるのは苦々しい声だ。「その通りだ。奴ら元から自分らの待遇に不満を持っていたらしく組織の物資の横流しをしていた。現在逃走中の上行く先々で強盗殺人を繰り返している。別に非ニンジャの屑が死ぬのは構わんが計画前に官憲相手に組織の名が漏れる危険性は避けたい」「成程了解した。至急取り掛かろう」
電話が終わるのとほぼ同時にロストエイジはどこか色あせた黒装束を着ている。今日もまた虚無の先を見通せない愚かな者たちとの殺し合いだ。「ハハハ」何と無意味な事だろう。
空虚な笑いを張り付けたまま偽装の為の服を着込みドアを開けると帝都の街へ繰出す。陰鬱な深夜に広がるのは貪婪なる色街だ。すでに大正の世となり全盛期は過ぎた物のまだまだ深夜でも人通りの多いこの色街。最早摩耗しきった感性であるがロストエイジにとってはこうした猥雑な街の方が落ち着くのだ。「さぁてと……」首を回しほぐすと、一見ただ歩いているように見えるがその実尋常ならざる速度でロストエイジは歩き続ける。
ニンジャの速度で通り抜ける左右の視界を通り過ぎていくのは彼にとっては見慣れた光景だ。「ドスエ―ッ!」嘔吐する年増のレッサ―オイラン。ボロ家の前に座り続けるやせこけた男。杖をつく病人。「ハッハッハッ今日も絶好調だ!」そんな弱者たちを一瞥すらしない成金。「アバーッ!?」成金が飢えた狼めいた浮浪児に刺されて財布を奪われる。赤黒い染みが路上に広がった。「「アイエエエエエ!!」」
そんな強烈な光景にロストエイジは視線すら向けない。彼の人生では寂れつくした故郷から今に至るまで見飽きた光景だ。所詮固有名詞や形が異なるだけで何も変わらない。「ハハハハ」彼は乾いた笑いを笑うと一気に速度を上げ色付きの風となった。目標らしきニンジャソウルの揺らぎを捉えたのだ。おそらくはエフェソスだろう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーのヤリめいたサイドキックがスパイクマンを吹き飛ばす!不況によって放棄され持ち主のいない廃屋の壁を突き破り転がるスパイクマンの頭にはさらにトタン板がぶつかった!「グワーッ!?」インガオホー!
「ヌゥーッ!何故だニンジャスレイヤー=サン!俺はもう帝都の暗雷を抜けたのだ!情報が欲しければ金銭を対価に話すというに!?」「インタビューすればわかる事にわざわざカネを出すと思うか?それに……俺はニンジャを逃がさん」ニンジャスレイヤーは情け容赦ないジュ―・ジツを構える。
彼の脳裏に湧き上がるのは先ほど見たスパイクマンとエフェソスにハックアンドスラッシュされた商店主一家の無残な死体、そしてその死をもたらした邪悪ニンジャへの果てのない憎悪!「ニンジャ殺すべし、慈悲はない。貴様らの貧相なそっ首を刈り取り線香代わりに燃やしてくれるわ!」「ほざけ―ッ!」スパイクマンは跳躍しニンジャスレイヤーに得意の空中戦闘を挑む!
両者は空中で激しいカラテをぶつけ合う!「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」だがやはり有利なのはニンジャスレイヤーだ!回し蹴りでスパイクマンを吹き飛ばす!
「カカッタリーッ!イヤーッ!」だがスパイクマンは叩き込まれた回し蹴りの威力をいなしながら空中制動を行うと共にカラテシャウトを発する!そうするとおお何という事か!スパイクマンの背中からは無数の棘が生え回転の勢いを載せてニンジャスレイヤーに飛んでいく!
高度なニンジャ戦略眼をお持ちの皆さまにはご明察の事だろうがスパイクマンはあえて最初にニンジャスレイヤーに空中戦を誘い、意図的に一撃を受ける事で対空能力を使い果たした敵を得意の針で狙い撃つつもりなのだ!何たる冷徹な空中殺法であろうか!だが、しかし。ニンジャスレイヤーのカラテは一味違った!
「イイイイヤアアアアアァァァーッッ!!」ゴウランガ!ニンジャスレイヤーは回し蹴りの勢いのままに最初に飛んできた針を蹴り、さらに飛来した針を蹴り、針を蹴る事に加速し回転を強めていく。そしてとうとう……「イヤーッ!」回転の勢いのみですべての針を弾き飛ばした!
「な、なんたる事―っ!?」針を飛橋尽くしたスパイクマンは着地しニンジャスレイヤーの力強いカラテに恐怖する。だが帝都を駆ける死神は一瞬の躊躇すら許さない。ギャルルルルル!着地後に摩擦熱による発火を残しながら回転を続けるニンジャスレイヤーが飛び、スパイクマンと交錯する!
「アバーッ!」回転を解き放ち着地したニンジャスレイヤーの背後では、一瞬で最新式のトヨモリ自動織機社製大型自動紡績機に巻き込まれたかのようなボロクズになったスパイクマンが宙を舞う。数秒程緩やかに宙を飛んでいった邪悪ニンジャはやがて大黒柱に衝突すると同時に爆発四散した!「サヨナラ!」
ニンジャスレイヤーはザンシンを解き爆発四散後に残る巻物を手にすると、廃屋の外に出て先程まで乗っていたバイクにまたがり疾駆する。スパイクマンは殺したが古代ローマカラテの使い手たるエフェソスはまだ殺していない。早急にスレイする必要があった。
だがニンジャスレイヤーがニンジャソウルの痕跡を頼りに帝都の裏道を駆けまわり、四半時かけてたどり着いた裏路地にあったのは、エフェソスの爆発四散後であった。朽ちた壁にはわずかな焼け焦げ跡以外は何もなくマキモノの切れ端すらも落ちていない。(((帝都の暗雷からの刺客か?)))わずかにニンジャソウルの痕跡は繁華街の方に続いているがそれ以上は分からない。
「すでに遅すぎたか」(((グググ……この気配の隠し様、これはシノビ・ニンジャクランの者に相違あるまい)))「シノビ・ニンジャクラン…隠密を得意とするニンジャか」ニューロンの同居者であるナラクの見分にニンジャスレイヤーは答える。(((左様。だがやや気配が妙だ。これは本流ではなくクランから分かれたいずれかの……)))「つまり、どこの誰だかわからずじまいか」
一息はくとニンジャスレイヤーは立ち上がり他の帝都の暗雷のニンジャを探しに走り出した。復讐の為戦う彼には休んでいる暇はないのだ。いつか帝都の暗雷を滅ぼすまで。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
夜明け前の薄暗い帝都の片隅をロストエイジは歩いていく。如何に帝都東京が世界でも最大級の都市といえど、まだカネモチと貧民の格差は激しく少しばかり市街を離れればガス灯など無論ない。ロストエイジにはなじみ深い荒れ果てた道と人が広がるだけだった。
「ウオオオーッ!」「アバーッ!」浮浪者同士が安酒の瓶をめぐって醜い争いを繰り広げる「へへっこれで……」片方が相手を石で殴りつけ昏倒させて奪った酒瓶を嬉しそうに飲み干す。「ウザッテエゾコラーッ!」「アバーッ!」通りがかりのチンピラが浮浪者の頭をボーで殴り殺して、僅かな財貨を略奪する。そんな修羅場・インシデントが目の前で繰り広げられ、チンピラに肩がぶつかるがロストエイジは気にも留めない。
「テメッコ……アバーッ!」突っかかってきたチンピラを無造作に殴り殺し、たまたま目についた蕎麦屋台にチンピラの財布を投げ、代わりに酒瓶をひっつかむ。店主の驚きの声にも反応せずロストエイジはサケを飲みながらぶらぶらと歩いているが十字路に立つ人影を目にすると足を止めた。
「……仕事は片したぞ。スパイクマンの方はもう死んでたが」「それは良い。問題はスパイクマンを殺したニンジャスレイヤーだ」「ニンジャスレイヤー?」目前に立つ黒装束の表情の分からない男は見知らぬニンジャの不吉な名前を告げた。「ああ、奴は我が帝都の暗雷に仇名す凶人だ。不快な事にカラテが強く既に何人もニンジャが殺されている」
「次はそいつが標的か?」「いやもうすでにルーンスピア=サンが動いている」ルーンスピア……特に記憶にはないが単独で動いているならカラテが強いのだろうか?まあどうでもよいが。「お前の次の標的は近日中に別のニンジャが設定される」「ふぅん」それだけ言ってロストエイジはまた歩き出そうとするがその前に足を止めた。「ああ、そうだ」
「ニンジャスレイヤーとやらは、ナンデ帝都の暗雷と事を構えたんだ?」ロストエイジの疑問に男は重々しく答える。「復讐だ。奴は家族を殺されたらしい。その復讐として我々を殺すと……まったく馬鹿げた事だ」「同感だな」
ロストエイジはニヒルに笑う。
「復讐など……馬鹿らしい事だ」そして今度こそ酒瓶を片手に猥雑な街にある自宅を目指して歩き出した。
【エンプティネス・オブ・ロストエイジ 1終わり 2に続く】
明日も同じ時間に投稿予定です。