屋上で誓った愛から数年。
大きくなっても自分たちのままで
物語はまた1歩進んでいく。
#LAST そして物語はどこまでも続く
ー八幡sideー
朝6時。今日も今日とて何気ない一日が始まる。
ベッドから起き上がる。俺の【隣】はすでに空いていた。
リビングの方へ向かうと、キッチンの方から少しずつフライパンの音と元気の良さそうな女性の鼻歌が聞こえてくる。
「あ、おはよう。八幡。」
その女性━━━雪ノ下陽乃改め、比企谷陽乃はリビングに入ってきた俺に気づくと挨拶をした。
「おはよう陽乃。」
病院の屋上で告白の返事を貰ったあの日からもう10年近くたった。
最初の方はやはり少し色々あったが、付き合いが崩れることは全然なく、俺が大学を卒業して2年くらいたった頃、俺達は結婚した。
そうして今日もこうやって、2人で何気ない日々を送ってるのである。
...まあ、もうじきその2人も、3人になるのだが。
そう。陽乃のお腹には子供がいる。確か今5〜6ヶ月だったか。安定期に入っているから今はこうしていられるけど、もう数ヶ月したら出産期になる。
ほとんどの確率では大丈夫だとは言われるが...。正直、やっぱり怖い。
なんて、俺が弱気になってもしょうがない。それに、守るべき人が増える分、俺も少しは強くならないといけないはずだ。
「今日は仕事終わるの早いんだっけ?」
机を挟んで、朝食を取りながら今日の話。予想は出来ると思うが、陽乃は会社の方を寿退社しているため、今は日中家で1人なのである。
ついでに言うと陽乃と就いている会社は一緒だった。
時々悪戯めいた顔で「寂しい〜」なんて言って抱きついてくるけど、きっとこれは本心だと思う。
何故なら、あれからもう随分と作られた陽乃の表情、言動を見ていない。証拠なんて、これだけで十分だ。
もちろん、なるべく早く帰るようにしているし、一緒にいる時間をできるだけ多く作っているつもりだ。
幸い、すごくブラックな会社な訳でもないので、そこら辺はすんなり通る。
「確か3時くらいには終わるから、もし何かあっても5時までには帰る。何も無かったら直行で。」
「OK。じゃあ今日も美味しいご飯作って待ってるから。」
妊婦なのに俺が帰る時間を問わず、その時間でご飯を作ってくれる。
それはもう、十分にありがたいことだ。
「楽しみにしてるよ。...と、時間もあれだし早く食べてしまうか。」
「味わってよ?」
「もちろん。」
そうしていつも通りの、明るい朝が過ぎていった。
PM3時
予定通り、今日分の仕事が終わった。
因みに会社の方だが、一流、という訳でもないが、そこそこ多く部署があり、人数も多い。因みにこの会社に戸塚も就いていて、入社式の時はさすがに驚いた。まあ、部署は違うが。
「お先に失礼します。」
よし、勤務終了。荷物を持ち、デスクを離れる。
「おう、じゃあな!」
少し離れたところから部長の声。
「奥さんによろしくな。」
「あんたそれ毎日言ってるだろ...。」
隣の同僚までもが少し茶化したように言う。
高校時代の俺には考えられなかった光景だ。
上司と部下の関係にも慣れ、同僚と共に仕事をして、信頼し合って作業を進める。
他人と群れることを嫌って、働くという当たり前の現実から目を逸らしていたあの頃の俺は、今の俺を見てなんて言うんだろうな。
「へっ、社畜が。」なんて吐きそうだが、今になってみるとやっぱり考えは変わるもんだ。
それこそ、陽乃がいてくれたから俺は変われたが。
それから会社を出て数分歩いた頃のこと。
「っと、まだ今から帰る連絡をしてなかったな。」
そう独り言を呟いてバッグからスマホを取り出す。
しかし、俺の手は一旦そこで止まった。
「ん?ありゃあ...。」
遠くに見覚えのある人影を見たのだ。
覚えずしてそっちの方へ歩み寄っていく。
「...?」
その人はこちらに気づいたようで振り向く。
その視線があった時、おたがいの動きが止まった。
「比企谷...君?」
その女性はスラッとしたスタイルに綺麗な黒髪をしており、どこか冷めたタイプの雰囲気。
俺の知人であれば、該当者は1人だけだ。
「やっぱり雪ノ下だったか。」
そう、その女性は雪ノ下だった。高校卒業後長い年月会ってなかったが、人目でそれとわかるほど変わってなかった。
...少しやつれたような雰囲気もあったが。
「その...久しぶりね。」
「ああ、もう10年近く会ってなかったしな。」
「「...」」
色々あったぶん、こういう時の会話に困る。
しかし、ここでずっと立ち往生してるわけにもいかないので、どこか店によることにした。
サイゼ...は近くにあったはずだが...いや、さすがに大人になってそうやすやすとサイゼに行ってはいけない気もする。
「...お前今日このあと少し空いてるか?」
「え、ええ。今日は休みでこれ以上特に何もないけれど...。」
雪ノ下は俺が意外と普通に喋ってるのに驚いていた。
「...まあ、話とか色々あるなら、一旦そこのカフェでも行かないか?」
そう言って俺は道路向かいの店を指さした。
「ええ。そうしましょうか。」
とりあえず俺は陽乃に『雪ノ下と話したいことがあるから遅れる』とだけメッセージを打ち、店へと向かった。
店内へ入り、適当に座った後コーヒーを二人分頼む。頼んだのは普通のブラック。MAXコーヒーは陽乃に飲みすぎを注意されてしまったので最近は減量している。
「その...比企谷君、姉さんは元気してるのかしら。」
会話の始まりはそこからだった。しかし、雪ノ下自身が姉の話を持ち出したのには驚いていた。
「ああ。今は家でのんびりしてるんじゃないのか?出産までそう長くもないし、そうしてもらってないとちょっと心配だけどな。」
「...。」
雪ノ下はどうやら姉の妊娠のことを知らなかったらしく数秒口を開けて固まっていた。
そして、動揺を満足に隠せないまま口を開く。
「姉さん、妊娠してたの...?」
「ああ、もう5〜6ヶ月だな。」
「そう...。おめでとうと言った方がいいのかしら。」
自分の姉のことについて少し微笑む雪ノ下。
俺はそれにかなりの違和感を感じた。
そしてひとつの答えがてた。
今の雪ノ下は、俺の知っている雪ノ下では無くなっている。
当然だ。一言一言に棘がない。代わりに、どこかで感じたことのある黒い部分、威厳が見え隠れしている。
多分、今の雪ノ下はきっと...。
「そういえば、お前は最近どうしてるんだ?」
姉妹とはいえ、片方が縁を切っているため、そこの情報について俺は全然知らない。
「そうね、姉さんがやってたこと、その役割がちょうど私に来ている感じかしら。あちこちに回って挨拶をしてはまた別の場所で、みたいに。」
やっぱりか。
あの母親からは逃げにくい。というかほぼ無理だ。
陽乃はそれにずっと耐えてきて、やっとの思いで道を掴んだ訳だ。
流石に一人いなくなった以上、もっと支配を強めるのは間違いないだろう。
「そうか...。」
「ねぇ比企谷君。」
呼びかけられて顔を見る。その表情は諦め切った哀しそうなものだった。
「姉さんは、今幸せ...よね。私は、どうすれば姉さんみたいに幸せになれたのかしら。ずっと追いかけて、後ろから見ていてばっかりでも、結局...届くことなんて...できなくて...。」
少しずつ落ちてく涙のせいか、だんだんと声が小さくなってきた。
「姉さんは変わった。変われた。私も...もう無理かもしれないけど...変われるのなら...変わりたい...!」
時間が経って初めて気づくことがある。
そして残酷なことに、時間が経ってしまえば、もう無理な事もある。
でも、俺は知っている。
どれだけ時間がかかろうと、結局変われるかどうかなんて自分次第だ。諦めなければなんとかなるなんて台詞はクサいが、実際似たようなもんだ。
「できるんじゃねえの。なんたってお前は強いからな。結局、環境なんて自分次第なんだよ。...そうだな、一言で言うならば。『過去の、現在の自分を否定しろ』ってことだな。」
「『過去、現在の自分の否定』...。」
「ああ、そうだ。結局変わるってそういうことなんじゃねえのか?」
「そう...そうね。」
少し開き直った雪ノ下は俺にあるお願いをした。
「比企谷君、その...少し手伝って欲しいことがあるのだけど。」
PM5時
約束の時間までには帰ってこれたな...。
玄関のドアを開けると、エプロン姿の陽乃が立っていた。
「おかえり。ギリギリセーフ、かな?まあいいや。雪乃ちゃんどうだった?」
「ああ、色々とあるらしいがとりあえず元気そうだ。」
「うーん...何となく予想出来るんだけどね...。」
やはり姉妹と言うだけあり、色々の部分の理解が早かった。
「そうだ、これ見てほしいんだが。」
そう言って俺は自分のスマホの写真フォルダーを開き陽乃に渡す。
「ん?なになに。動画?」
『久しぶり、姉さん。その...元気にしてるかしら。...あの日家を出ていった事、すごく驚いて、...すごく羨ましかった。そして分かったの。やっぱり私は姉さんには叶わないって。届かないって。でも、私も変わりたいと思ってる。だから一言だけ....姉さんに言えなかったことを言わせて欲しいの。本当は、こんな動画越しに言うべきものでは無いのかもしれないのだけれど。姉さん、今までありがとう、それに、結婚、おめでとう。』
雪ノ下は、姉が絶縁状態にあったため、家の方から俺たちの結婚式に来ることを禁止されていた。その後も会うことがなく、改めて言う機会がなかったため、これが初めての祝いの言葉となる。陽乃は、幸せそうな雰囲気の結婚式の中、きっと雪ノ下のことを気にかけていたはずだ。
今回のこの動画はきっと、雪ノ下が変わるために起こした小さな反抗みたいなものだと思う。
その動画が終わった時に俺はバッグからもう1つ物を出した。
「あとこれ。雪ノ下からの贈り物だと。」
そう言って俺は向日葵のブローチを手渡した。
見終わった陽乃は少し泣きながら「やっぱり雪乃ちゃんは不器用だなぁ...。」と呟いた。
そして涙をふいてもう一言、優しい声で動画越しに雪ノ下へエールを送った。
「ありがとう、雪乃ちゃん。大丈夫、あなたもきっと変われる。」
変わるとか、変わらないとか。どっちがいいかなんて人それぞれだ。
でも結局、自分次第で道は変えれる。
そうして自分達で変えてきた道を俺は歩いていくだろう。
そこには嘘の、偽りも仮面もない。
ただ真っ直ぐな気持ちだけがあるはずだ。
だから、俺たちの物語はどこまでも続く。
ーそして比企谷八幡は仮面の少女と finー
今回が正真正銘最後です。
――――キリトリ線――――
はい、というわけで簡単にafter storyです。
ずっと計画しててようやく文に出来ました。
ここまで読んでくれた皆様に精一杯の感謝を。
ありがとうございました。
そしてこれからも、亜睡めるを、よろしくお願いします。