四日目の朝は、保健室にて迎えることになった。
前日、毒を受けた状態で走ったせいで、血流に乗った毒が、速いペースで全身にまで行き渡っていたのだ。外部からの毒であれば礼装でどうにかなるが、すでに侵入してしまった毒に関してはどうしようもない。
「マスター、気がついたのね」
「うん、ごめん心配かけて」
アルターエゴは、起きた時点で隣にいた。もしかして看病してくれていたのだろうか。
「はい、そうですよ。昨日、倒れた雪城さんを半分以上引きずるようにしながらここまで連れて来てから、一度も離れないで……」
「サクラ、それはわざわざ言わなくてもいいでしょ」
その疑問にクスクスと笑いながら答えてくれたのは保健室のNPCである桜。そして彼女はすぐに真剣な表情になり、自分に使われた毒について教えてくれる。
「貴方に使われていたのはイチイの毒と呼ばれる、自然界から摘出された毒にしてはとても凶悪なものです」
……これで、あのアーチャーの使う毒が「イチイの毒」だと断定できる。ダン・ブラックモアが初日に俺たちがいたことに気がついて嘘をついた、という可能性は消えた。その説明を終えたところで、NPCとしてマスターの健康管理の職務は為したと判断されたらしい。彼女は座って雑務を始める。
そしてそのタイミングで、保健室には予想外の来客が現れた。
「ダンさん……!」
敵マスターたるダン・ブラックモアとそのサーヴァント、アーチャー。さすがに管理側のNPCの前でペナルティを覚悟で殺しに来るとは思えないが、用心はしないといけない。
「……イチイの矢の元となった宝具を棄却した。宝具が消滅した時点でイチイの毒は消え去るだろう」
「……は?」
いきなり、頭を下げての予想外の発言から始まる。
「身勝手な言い分だが、これを謝罪とさせて欲しい」
──この人は、何を言って……
けれど俺の疑問は口に出ることはなく、彼は今度はアーチャーに向けて失望の目を向ける。
「そして、失望したぞ、アーチャー。許可なく校内で仕掛けたばかりか、毒矢まで用いるとはな」
アーチャーは口を挟むことはしない。自分がしたことだからその責も確と受け入れる、ということなのだろうか。
「この戦場は公正なルールが敷かれている。それを破ることは、人としての誇りを貶めることだ」
ダンさんの目には、強い意志が感じられる。それはまるで、この戦いにおいての絶対の規律を言い聞かせるようで。
「これは国と国の戦いではない。人と人の戦いなのだ。もう、畜生に落ちる必要はないのだ」
そして、ダンさんは腕を突き出す。『もう』と言っているから、アーチャーは戦争で毒を使用した英霊で、弓で伝承に残っている存在なのだろう。
「アーチャーよ。汝がマスター、ダン・ブラックモアが令呪を以て命じる」
赤く輝く令呪が一画、霧散するようにその光を失っていく。
「学園での敵マスターへの、宝具『
アーチャーは、その言葉に信じられないと叫び、そしてその言葉に対してダン・ブラックモアは一つ一つ言い聞かせるように
「この戦い、儂にとって負けられん戦いであることは事実であるし、自身に懸けて勝つつもりだ。だがアーチャーよ。貴君にまでそれを強制するつもりはない。お前の戦いと儂の戦いは別だ。何をしても勝て、とは言わぬ。儂にとっては負けられぬ戦いでも、貴君にとってはそうではないのだからな」
そしてそれを言った後にダンさんはこちらをまた向いて
「此方の与り知らぬ事とはいえ、サーヴァントが無礼なことをした。君とは決戦場で、正面から雌雄を決するつもりだ。どうか、昨日のことは許して欲しい」
「……なら、一つだけ」
「何かな?」
俺はダンさんから視線を逸らし、少し離れているアーチャーに視線を向ける。
「アーチャー。なんで昨日の二撃目を外したんだ」
あの矢の動きは、どう見てもおかしなものだった。その理由がわからないと、戦場に至った時に矢が変態機動をして来る可能性だってある。
「知らねぇよ」
けれど、ぞんざいに答えられて、彼自身にも想定外のものだと理解した。
「撃つ直前まで、撃った後も、確実に当たる軌道だった。それなのに、当たる瞬間になった時にずれてた。まるで、ムーンセルが
やりづらいったらありゃしない、と愚痴るアーチャー。
「聞きたいこと、と言うのは今のでよかったのかな?」
「はい」
「では失礼する」
ダンさんの問いに答えると、それで話を終えたと保健室から彼らは去ろうとする。そのタイミングで──
「うわっ!?」
「きゃっ!」
「ぬぅ……!」
「ちっ……!」
一回戦の時と同じような地震。ベッドから転げ落ちそうになった俺の上にアルターエゴが上半身を載せることで重石として、地震が過ぎるのを待つ。
地震は数十秒程度続き、それが終わると今度こそ二人は保健室から去って行った。
「……俺たちも行こうか?」
「ええ」
今の、ダンさんの令呪の使用で一つわかったことがある。レオは彼を「黒騎士は槍から剣に持ち替えた」と言っていたが、『
「まず最初は……」
「ラニに遺物を届けて、その後に宝具の『祈りの弓』とやらの情報を確かめましょう」
アルターエゴが、指針を示してくれる。それに頷き、桜に礼を言ってから保健室を出る。……目の前で令呪を使用して縛ってくれたのだから、問題なく校舎散策はできるはずだ。
『イチイの樹で作られた短弓。イチイはケルトや北欧では聖なる樹木の一種とされ、これを素材とする事で「この森と一体である」という儀式を意味したという。また、イチイは冥界に通じる樹とされている』
ラニに遺物を渡したところ、明日が星を詠むのに一番最適だからその時に来て欲しいと言われ、その後に図書室で『祈りの弓』について調べていた。結果として、彼がケルト、北欧の英霊だということはわかったが、やはり真名にまではたどり着けない。
──
──第二層にて取得されたし
その事実に思考がたどり着いた時、端末から暗号鍵の連絡がやって来る。ちょうどいい。どうせ明日までできることなんてアリーナにこもってリソースを手にすることぐらいだったのだ。そこに暗号鍵の取得という目的が追加されたのなら、やることがわかっているならそっちの方がやりやすい。
──アリーナに向かおう。
──五日目
「――これは、森? 深く、暗い……」
三階にいたラニのところに向かったところ、彼女は俺の姿を認めると目を閉じ、占星術を使用して、ダン・ブラックモアのサーヴァントを律した星、とやらを語り始める。
「とてもとても、暗い色。時に汚名も負い、暗い闇に潜んだ人生……」
そうだ。どう考えてもあの毒の使用は素人の浅知恵ではない。宝具として登録されるほどの毒の名手。そこに至るまでに、一体どれだけの罵倒を浴びたのか。毒を使用するものなど、戦場での栄誉を望む過去の存在からすれば侮蔑の対象でしかないだろうに。
「緑の衣装で森に溶け込み、影から敵を射続けた姿……」
あの装備の全てが、己の存在を気取らせないためならば、そうしないといけないような状況というのは、一体どれだけの逆境だったのか。
「……そう、だからこそ、憧憬が常にあるのかもしれませんね。陽光に照らされた。偽りの無い人生に」
その言葉を聞いて、ダンさんと相性がいい、というサーヴァントであることにようやく納得がいった。アーチャーは狙撃手としてのダンさんとも相性がいいし、騎士道を重んじて正面から戦おうとするダンさんならアーチャーがやりたかったことをさせてくれる。そんなコンビなのだ。
最後に、ラニは今アーチャーたちが二層の奥にいることを教えてくれた。すでに暗号鍵を手にしている以上は、彼らの情報を引き出すために向かうのもいいかもしれない。
アリーナに入り、アルターエゴの案内に従ってサーヴァントの反応がある、という場所へと向かう。彼らがいたのは最後の通路の先。つまり、それを正面から見据えてしまった以上は戦うしかないのだ。今、背中を向けるのは自殺行為でしかない。
「──旦那、どうします? 目の前に出て来ましたけど」
互いのサーヴァントはすでに戦闘に向けての闘志を高めている。
「ふふっ、あなたがどういうつもりかは知らないけど、私たちがそれに付き合うと思うかしら?」
これでもマスターを殺そうとしたことに関して怒っているのよ、とアルターエゴ。
「何より、三
「っ……!」
何かが、琴線に触れたらしい。アーチャーから怒気が溢れ出る。
「いいぜ、随分バカにしてくれるじゃねーか。ああ、やってやる。シャーウッドの森の殺戮技巧、とくと味わってここで死にな……!」
短弓から矢が放たれる、その直前
「冷静になれ、アーチャー。お前らしくもない」
爆発寸前になっていたアーチャーを、ダンさんが言葉で制する。
「あいあい、わかってますけどねぇ。旦那、こいつはちょいと七面倒くさい注文ですよ? 正攻法だけでやれってんですか? 俺が何者か知っていて?」
あはは、と笑うアーチャーは、どうやらダンさんの言葉で落ち着いたらしい。けれど、これまでのように隠れる気配はない。つまり、文句を言いながらもその指示に逆らうつもりはないようだ。……やはり、ラニが言った通り、騎士としての戦いに憧憬があるから、都合よくやって来たそのチャンスをものにする、ということなのだろう。
「つーか意味わかんねぇ! 俺から奇襲をとったら、何が残るってんだよ? このハンサム顔ぐらいっすよ! 効果があるのは町娘ぐらいだっつーの!」
「不服か? 伝え聞く狩人の力は『顔のない王』だけに頼ったものだったと?」
「あー、いや、まあ、俺も頑張ったし? 弓に関しちゃプライドもありますけど」
「では、その方向で奮戦したまえ。お前の技量は、何より狙撃手だった儂がよく知っている。その技量を信頼しているよ、アーチャー」
「仕方ねぇ。大いに不服だが従いますよ。旦那は俺のマスターだからねぇ。幸い相手は雛鳥だ。正攻法なんざ滅多にしませんが、まあ、どうにでもなるでしょ」
「あら、そういうあなたも真正面から戦うのはほとんどないんでしょ? そんな貴方に正面から戦う英雄様と戦うだけの度胸はあるのかしら」
「はっ! こんなちんちくりんに負けるほど弱くはねえよ!」
その互いをバカにする言葉から開始する、サーヴァント同士のぶつかり合い。シロウが呼び出され、アルターエゴは弓を構える。アーチャーも同じように短弓に手を添えて、アリーナ内部は矢が飛び交う戦場と化した。
「ははっ、てめーも弓を使うのかよ……こりゃ本職として負けるわけにはいかねえな!」
「私、貴方と違って弓と毒しか使えない英霊じゃないの」
「ああ、そうだろうよ。わかりやすく『自分はこれが使えます』って宣言するように剣も持ってるもんなぁ! それにその熊、あんた、
「この子は私のことを自主的に助けてくれるのよ。森で生きながら、森に住まう生命は誰一人として助けようともしない貴方と違ってね」
ただの口喧嘩なのだが、それと同時に起きる矢の嵐は俺程度ではその一本一本を目で追うこともできない。
矢が矢を撃ち落とし、距離を保ったまま行われる壮絶な弓術戦は、そこにシロウやアルターエゴの魔術も加わることでさらに混戦模様と化していく。けれど、この戦いの制限時間がやってくると同時、それら飛び交っていた矢の全てが消え失せた。
「……あー疲れた。やっぱ柄じゃないっつーか、割に合いませんわ、こういうの」
「泣き言は禁止だ、アーチャー。儂のサーヴァントである以上、一人の騎士として振舞ってもらいたい」
「げっ……本当旦那は暑苦しいんですから。わかってますよ、だまし討ちは禁止なんでしょ」
はぁ、とため息を漏らして
「……全く、手足もがれてるようなもんだぜ。人間には適材適所ってもんがあるんだが……」
けれど、その顔にはため息には似合わない、どこか納得したような清々しいものがあって
「ま、必死になればなんとかなるもんだ。手足が無くても歯を使え、目玉で射るのが一流の弓使い、か……」
そう呟いた直後、アーチャーは笑う。
「いやぁロックだねぇ! OK、ご期待に応えるぜマスター。所詮はエセ騎士だが、槍の差し合いも悪くねえか」
「その意気だ。次の戦いの準備は始まっている。戦場から目を離すな」
ダンさんの言葉の後、リターンクリスタルが発動し二人が帰還する。それを見届けて──
「シャーウッドの森、か」
彼が戦う前に言っていた言葉を思い返して、その土地に所縁のある英霊なのだろうか、と図書室で調べる必要を見出した。今日は一旦戻って、明日にでも確認しよう。
そして六日目は何事もなく過ぎて、ついに二度目の決戦へと──