──七日目
初日に得たイチイの毒を初めとした、いくつもの彼に関する情報をまとめ、決戦の前に彼のアーチャーの正体を確定させるために、マイルームにてこれまでのことを思い出す。
──初日、俺を殺すために使われた『イチイの毒』
──三日目、単独で俺を殺そうとした結果、幾度かの
──五日目、なにやら俺と、そして白野に興味を持つマスター、ラニ=Ⅷの協力を得て知った、『森』に深い関わりを持つ英霊であるという事実。
──アリーナで戦闘を行った時に彼が語った『シャーウッドの森の殺戮技巧』と『
これらの情報を統合して、そうすると一人の英霊の名が浮かんでくる。
──ロビンフッド。
ダン・ブラックモアのサーヴァント、アーチャー。その正体こそ、名も顔も捨て去ったあの英霊。『ロビンフッド』という英霊の枠組みに当てはまる、何処かの誰か。ロビンフッドは実在していた証拠が存在せず、実在する人物のいくつかの情報が複合されたことによって生み出された、という説がもっとも有力とされている。だからこそ、あれはロビンフッドという外殻を被った誰かでしかないのだろう。
「そう……ちょっと似てるのね」
アルターエゴにその真名を伝えると、なぜかそんな言葉を口にする。似ている、とはどういうことなのだろうか。「実在しない」というところか、それとも「いくつかの人物の情報が複合されてできた」という部分だろうか。あるいはもっと別の何かか。それを尋ねると誤魔化すように、困ったように彼女は笑い、それだけで自分がまだその情報を明かせるだけの信頼に達していない、ということがわかった。
けど、別に
彼女が何者であれ、実在しない人物であれ、俺の命を救ってくれたのは実在する人物ではなく、今この場にいてくれる彼女だけだ。その事実だけがあればいい。俺の命は彼女のものだ、なんていうとちょっと重いだろうか? まあ、それぐらいの覚悟があるということだ。
「さあ、行こうか。アルターエゴ」
「ええ、マスター。貴方に勝利を捧げるわ」
もう少し二人でのんびりしたい、という気持ちもあるが。もうそろそろ行かないといけないだろう。俺たちの戦場に。言峰の言葉を受けて入る決戦場に。そして──
俺が、第二の罪を犯す。彼らのための処刑場に。
──決戦場:昇降機内部
四つの人影のうち、歴戦の勇士の一人たるダン・ブラックモアは、黙して何も語らない。今この場にいる者の中で、おそらくもっともこの場にそぐわない者を問われれば、誰しも俺の名をあげるだろう。ここにいる人型は、少なくとも俺以外は誰もが歴戦の勇士だ。けれど、現界に際して肉体の年齢に精神が近づいている英霊二騎は、年齢としてはその見た目のままに扱っていいはずだ。だからきっと、彼以外が会話を始める。
そんなことを考えたところで、アルターエゴが俺の袖を引っ張る。
「マスター。あのお爺さん、なんで何も喋らないんでしょうね?」
しかし、その疑問に答えたのは俺ではなく。向こうにいるアーチャー、ロビンフッドだった。
「はあ? だって会話する意味ねえじゃんよ。お前らはもうすぐ消えるんだからさ」
ああ、でも確かに言っていることに間違いはない。どうせ殺すのだから、わざわざ相手のことを知って、いちいち戦いづらくする必要などない。そのはず、なのだが──
「……つっても、これじゃ俺が退屈なんだよな。うちの旦那は無駄がなさすぎてねぇ。対戦相手と茶飲み話というわけにもいかねえのよ」
それを、彼がそのまま流れるように否定する。まるで、相手のことを知ったところでやることは何も変わらない、というように。……いや、真実。彼らにとっては変わることなどないのだろう。相手を知れば戦えなくなるなんて程度の人間ならば個人で有名な軍人になるなんてことはなかったはずだ。
「どうよ、そっちのマスターさん。うちのマスターに話しかけてみないかい?」
「……? どうして話しかける必要があるんだ? お前が言ったんじゃないか。殺す相手と会話する意味なんてないって。ダンさんと話をするくらいなら──」
そこまで言って、アルターエゴの手を握る。
「この戦いに勝った後、マイルームで何をするかアルターエゴと話し合った方がよっぽど建設的だ」
「あんた、戦う前からもう勝ったつもりかよ」
少しばかり怒りを見せるロビンフッドだが、そんなの当然のことだろう。
「むしろ、戦う前から負けることを考えてる奴がいるなら、そっちの方が知りたいね。それともなんだ? ロビンフッド。あんたは戦う前から負けた後にダンさんに対してする言い訳でも考えてるのか?」
これぐらいの挑発だって許されるはずだ。今から殺しあうんだし。それで冷静さを失ってくれるならそっちの方がやりやすい。冷静に、冷徹に、敵をただ滅ぼす軍人だから彼らが恐ろしいのであって、怒りに身をまかせる老人なら怖くない。
「んだと……?」
「落ち着け、アーチャー。敵の挑発に乗るな。お前の弓の腕は同じ狙撃手としてよく知っている。負けた後の言い訳など、考える必要などありはしない。私たちが負けることはないのだからな」
「旦那……」
何やら妙な信頼関係を見せられている。俺とアルターエゴとはまた違う信頼関係。一回戦の相手はそんなもの一切なかったが、やはり彼らには一回戦を突破するだけの力と、その力を引き出すための絆があるらしい。
「だが、だからこそ戦いではわしの流儀に従ってもらう」
けれど、その精神の在り方は相容れないらしい。こういうところも、俺たちとは違う。俺とアルターエゴの関係は二つ。まず一つはマスターとサーヴァント。この場合、どっちかっていうとサーヴァントとしての力不足を嘆くアルターエゴを俺が助ける番。そしてもう一つが姉弟……というのが一番正しいだろうか? 俺が悩んでいるときに、彼女が心を救ってくれる。そんな二種類の信頼関係。
「はいはい、わかってますよ。真正面からの戦いって奴は苦手だが、それでもやれる限りはやりますよっと」
そこまで考えたところでロビンフッドが向けられた信頼に照れ隠しをして──
「……けどなあ。誰でも自分の人生に誇りを持てるわけじゃねえって、そろそろ分かってほしいもんだけどねぇ……」
影のある表情で呟いたところで、昇降機は決戦場にたどり着い──
「…………っ!」
「きゃっ!」
「むっ……!」
「どわぁ!?」
たどり着いたタイミングで、以前、一回戦の途中で起きたのと同規模の地震が起きた。そしてその直後、昇降機の扉が開く。何事もなかったかのように決戦場に誘う扉に、一つため息をついて、俺もダンさんも決戦場に躍り出た。
「ここで決めるぞ、アーチャー」
「おうよ! つーわけで、そろそろそこのおチビさんには退場してもらうとするか!」
ビシッと弓をアルターエゴに向けるアーチャー。しかし、アルターエゴは何も反応しない。
「アルターエゴ……?」
何か、やばい。とりあえず、何かとてもまずい気配を感じる。
「……………………殺すわ」
「うおっ、もしかして地雷踏んだ1?」
「……往くぞ」
なんとなく、締まらない開始だった。
戦いの開始を告げたのは、アルターエゴが──前回の決戦と違って──
アルターエゴも弓を扱えることは一回戦で宝具を開帳した時に知っていたし、二回戦の間でも幾度か使っていたが、やはり
だが──
「ほい来た。死にな!」
弓を装着した腕でアーチャーが軽く地面を叩く。何を仕掛けたのかわからず、一瞬アルターエゴは動きを止めたが──
「痛っ」
直後、アルターエゴがいる地面から無数の茨が生えてくる。アルターエゴの動きを阻害し、そしてその動きの阻害が、ロビンフッドに距離を取る時間を与える。
「
けれど無茶はさせず、彼女にかけられた毒を解除することに一手使う。『
茨はわずかな時間アルターエゴを拘束して消滅する。その間に、ロビンフッドは十分に離れている。そして、『顔のない王』を起動したのか、姿が徐々に消えていく。
「無貌の王、参る!」
「させると思う?……シロウ!」
「アーチャー!」
消え失せるよりも先に、シロウがロビンフッドの背後に顕現する。咄嗟にダンさんが叫ぶが、それももう遅い。シロウが殴り飛ばし、地に伏したロビンフッド。そしてそこに、茨から解き放たれたばかりのアルターエゴの弓矢が飛ぶ。
その矢は三射。
一射目は、ロビンフッドの心臓を狙うように。──すぐに立ち上がり多少強引に躱したロビンフッド。
二射目、三射目は、ロビンフッドが避けた時のことを考えて左右に。──それすらも無理矢理に躱す。
そして──
「それで終わりだと思った? だとしたら残念ね」
「なっ、くそっ!」
二射目と三射目に隠れるように、さらに氷矢が放たれていた。一体いつ放たれていたのか、それは俺にもわからない。だが、それは数日前、アリーナにて行われた俺への毒矢による殺害への当てつけのようで。左足を撃ち抜き凍らせる矢と、右腕を弓ごと凍らせる矢の二つが、彼の動きを苛んでいく。
「宝具ぐらい使わせろ、っての!」
「使わせるわけないでしょ?」
「突っ込め!」
「させん!」
ダンさんの持つコードキャストはここ数日で確認が済んでいる。筋力を強化するそれと、自動回復を行うそれ。少なくとも、この場でいきなりロビンフッドを救い出して一発逆転、なんてことができるような構成ではなかった。だからそのまま、万が一にもダンさんがロビンフッドを助けられるようなことがないように、俺は魔力弾を放ち、ダンさんの動きを阻害する。サーヴァントがマスターを攻撃するのは不可能だが、マスター同士なら戦うことは可能なのだ。
宝具なんていう一発逆転が可能なものを使わせるわけがない。アルターエゴが氷結させ、そして召喚した炎のカムイがあらゆる
そして最後、振り下ろされた剣がその軌跡を逆からなぞるように斬り上げて──
「……これで、負けか」
その剣が、ロビンフッドの霊格に罅を入れたことを確認して、ムーンセルが前回と同じく隔壁を展開する。
「何か、言い残すことはありますか」
勝者の義務だろう。敗者が……彼らが残す最後の言葉だ。何かあるなら、誰かに伝えたい言葉があるなら。もしも覚えていたら聖杯戦争が終わった後に伝える相手を探してみるのもいいだろう。
「ふむ……そうだな」
すでに体は消えかけている。それでもダンさんはシンジとは違って死への恐怖など見せず、何かを
「いや、ここで何を言っても敗者の戯言にしかならんだろう。……だが、それでも一つだけ言うのなら。君たちの一撃はその全てに迷いがなかった。これから先、どのような戦いが待っているのか私にはわからない。けれど、それらの中で今の──迷いなく戦えた己を砕くほどの何かがあるかもしれない。そうなった時、もしも迷いが生まれたなら、それまでの戦いで得たものを思い返してみるといい。あるいは、それが迷いを打破する道となるかもしれん」
「……ありがとうございます」
まさか、ここで助言をもらうことになるとは思わなかった。けれどありがたいものであることに変わりはなく。そしてここから先、彼らの最後を己が見ることは許されない。ここからは彼らの、主従の別れ。そこに
「戻ろう、アルターエゴ」
「……ええ」
アルターエゴと共に昇降機に乗る。上昇を始めた昇降機から彼らの別れが見える。横にいるアルターエゴを見てふと思う。
──自分たちがそうなった時、己は彼女に何と言うのだろうか。
いつ、死に戻りが消えるのかわからない。そうなった場合、俺は消滅することになるのだ。その時、アルターエゴに何を告げればいいのだろうか。
死ぬつもりなどないが、ふと気になった。死ぬのなら、やはりこれまでの感謝を告げないといけないだろう。……だが、それ以外は?
どうしようもなく、己を構成するものが欠落していることを実感する。地上での記憶があれば、俺も
己が彼女に向ける感情の正体も、早くはっきりさせたほうがいいのだろう。
そんなことを、二回戦の終了とともに思うのだった。