三回戦 一日目①
──生存のための搾取。
──繁栄のための決断。
──その行為は野蛮ではあるが──
──否定することも、またできない。
──……死の淵でこそ、得るものもあるだろう。
──願いで満たせ。
──君の生存は、その願いの純度を以てして確約される。
──死を悼め。
──失ったものへの追悼は恥ずべきものではない。
──死は不可避であり、
──争いがそれを助長するなら、
──死を悼み、戦いを憎み、
──死を認め、戦いを治めるがいい。
──それが、
──二階掲示板にて、
──次の対戦者を発表する。
いつもの電子音といつもの連絡。三度目ともなればいい加減に慣れてきた。けど、さすがにこうも戦いづくめだと疲れてくる。一度くらい、休息日を入れてくれないだろうか? なんて言っても意味がないか。
──見に行くとしよう。
二階掲示板。いつものように文字が映し出されている。けれど名前を見るよりも先に、後ろから声をかけられた。
「聞いたよ、輪の次の対戦相手」
急に背後から声をかけられたことで驚いたが、すぐにその声の正体に気づく。
「なんだ、白野か」
それにしても今、なかなか面白い発言を聞いた気がする。なぜ白野は
「だって、輪の対戦相手が『次はお兄ちゃんと遊ぶんだー』って喜んで公言してたし」
「はい?」
なんだそれは? 対戦相手は俺のことを『お兄ちゃん』と呼んでいる? 現実で俺と何かの関係があったのだろうか? いや、まあいい。今の俺には関係ない。ただ殺すことに変わりはないのだから。
「ってことは相手がどういう人物なのか知ってるのか?」
「ううん。見た目だけしか知らないし、名前も知らないから、あとで遠坂にでも聞いたほうがいいんじゃない?」
「……うん、そうだな。あとで聞きに行ってみる」
とりあえず確認に行こう。そう思ったところで──
「それじゃ、俺は対戦相手の確認に行ってくるな」
「うん。またこん──」
その瞬間、白野の姿が消えた。
「白野?」
どこに消えたのだろうか? あいつに限って示威行動とは思えないが……
「……いないなら仕方ない。行くことに関しては言ったわけだし、俺たちも下手な事件に巻き込まれる前に行くか」
(ええ、マスター)
掲示板に向かう。マイルームは二階で、掲示板も二階。そこまで遠くはないが、その道中で白野に話しかけられたことで少し時間をロスした。向こうはもうこっちの情報を集め始めているのではないだろうか。
掲示板にたどり着くと、そこにはいつものように二つの名前が記されている。自分のものではない名前を確認すると──
──マスター:イリヤスフィール・フォン・アインツベルン
──決戦場:三の月想海
(嘘……)
「どうかしたの?」
アルターエゴが、なぜか名前を見た途端驚いている。けれどその理由はすぐにわかることになった。
「うん、初めましてお兄ちゃん。それとも久しぶり、かな?」
後ろから、声が届く。
知っているだろうその声を。気づくな。
いつも聞いている声だ。振り向くな。
振り向く。
そこにいたのは、1人の──雪のような少女だった。
黄金律を極めた、人間のものとは思えない、精緻な人形と称するのがもっとも正しいと思えるほどに完成された見た目の少女。あるいは氷雪の中を舞う妖精か。少なくとも、人界において自然に発生することを許されないであろう。そうとすら思える、透明な美しさを持つ存在。
けれど、俺にとってもっとも重要なのは彼女から受ける印象ではない。
「なんで……」
とても似ている。
イリヤスフィール・フォン・アインツベルンという少女は、俺のサーヴァントであるアルターエゴと、一卵性双生児と言われてもおかしくないほどに似ているのだ。その外観から受けた第一印象すらも。
「どうかした?」
けれど、どことなく妹っぽい感じがする。彼女が『お兄ちゃん』と俺を呼んだからだろうか。その差異が、彼女とアルターエゴが同一の存在ではないことを示していて──
今、何か余計な思考が混じった。どれだけ似ていても、彼女はアルターエゴではない。なら、殺すことにためらいが生まれるはずはない。余計な会話に意味はない。なのに──
「多分、初めまして、かな」
やはり、見た目のせいか会話をしてしまう。
「……そうだよ。やっぱり忘れちゃったんだ」
一瞬暗い瞳をしたかと思うと肯定し、そして何かを呟く。けれど、その昏さはすぐに霧散し、そしてその姿にやはり、アルターエゴとは別人なのだと、そう
「それじゃあ、また後で。アリーナに先に行ってるからね!」
無邪気に、無垢に、ただの童女のように謳う彼女に惑わされるな。
白銀の御髪を揺らして、少女は掲示板の前から去る。優雅さすら感じる所作に、きっと育ちがいいのだろうと思うが、それは今は関係ない。予定通り、遠坂にイリヤスフィールについての情報を聞いてみよう。
「イリヤスフィール・フォン・アインツベルン?」
「そう、それが今回の俺の相手」
いつものように屋上にいる遠坂に尋ねる。……それにしてもこいつ、屋上以外に居場所はないのか?
「アインツベルン……嘘、そんなのがここにいるなんてありえないわ」
遠坂は語る。現実におけるアインツベルンという家系について。
「アインツベルンは、十年以上前に滅んだ家系よ」
その話は、そんな端的に事実を示す言葉から始まった。
話の内容としては至極単純。この御時世、よくあることらしい。古い魔術師の家系が、現代の西欧財閥による管理社会への変化、そして何より
「でもそれなら、滅んだのが千年とか前じゃないなら、一人ぐらい生き残りがいてもいいんじゃないか?」
「それはないわ。あの家は基本、ホムンクルスだけで構成されていた。たまに外様の魔術師を入れることもあったそうだけど、それがホムンクルスとの間に子供を作っても目的のために使い潰すのが魔術師。だから、元々が短命のホムンクルスと、後から人工的に短命にされたハーフ。そして血が繋がらないために外様はアインツベルンの
ということはつまり──
「貴方の相手はサイバーゴースト、っていうのが一番あり得る可能性でしょうね」
すでに死んだ、過去の亡霊。それが、今回の相手。死に戻りをする俺たちとは違う形で、すでにして死を経験している少女。
「……うん、ありがとう。教えてくれて」
結局、イリヤスフィールという人物が地上ではどういう存在だったのか聞こうと思ったら、思っても見ないところまで情報をもらえた。感謝を告げないといけないだろう。遠坂に感謝を告げて、俺とアルターエゴは屋上を去ることにした。
──第一暗号鍵を生成
──第一層にて取得されたし
そんな情報が屋上から出るタイミングで端末に届いた。
──アリーナ:三の月想海・第一層
アリーナに足を踏み入れる。すると、これまでとは桁違いの重圧が襲いかかってくる。
──進めば死ぬ
そんな言葉すら、脳裏に浮かんでくる。けれど──
「行こう、アルターエゴ」
今この場で足踏みしていても、何もいいことなどない。『情報』が一切ない今、何が何でも、たとえわずかであろうと相手の真名に繋がる情報を得ないと話にならない。……それが、命の危機に関わるとしても。だが──
「アルターエゴ?」
返事がない。横に立ってはいるが、逆に言えばそれだけのこと。いつものような冷徹さが見受けられず、何かを考えているように見える。
「アルターエゴ!」
「え……あ……何かしら、マスター?」
「……やっぱり、イリヤスフィールのことが気になる?」
彼女の存在を知ってから、アルターエゴはずっと何かを考え込んでいる。やはり時期的に、あのイリヤスフフィールというマスターの存在だろうか。
「ううん、問題ないわ。行きましょう、マスター。せめて何か情報を得ないと……」
その言葉とともに出立した。
三回戦、五度目ともなるアリーナでの探索は悠々と進んでいる。そんな中、アルターエゴは一つのことを考えていた。
──
彼女の中では、一つだけ候補が上がっている。
──バーサーカー・ヘラクレス。
むしろ、彼女の中ではそれ以外のサーヴァントはあり得ないとすら断じている。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンのサーヴァントがそれ以外であれば、彼女はたとえそれが
けれど、もしも本当にそうだった場合、彼女はバーサーカーと戦えるのだろうか。それが当人にもわからない。だが、たとえヘラクレスがイリヤスフィールのサーヴァントであろうとも。今の彼女はマスターに仕えるサーヴァント。ならばヘラクレスは敵である。でも……
彼女の思考はそうやって泥沼に嵌っていく。けれど、眼前にイリヤスフィール主従が現れない限りはその動きに曇りなく。心のどこかは冷徹なままエネミーを殺戮する。
そうして殺戮を行う中、彼女の思考は固まっていく。
心の九割が、ヘラクレスであろう彼女のサーヴァントと戦うことに躊躇を持ったまま、けれど残りの一割がサーヴァントとしてマスターに
まだ見ぬサーヴァントを、彼女は敵と認識している部分は残っている。故に──
──『スノーフェアリー:EX』
彼女のスキルが、彼女を助ける。攻撃対象として、敵サーヴァントを認識している部分はちゃんとある。だから、それを条件として『愛する者すら氷結させる』と断言されているそのスキルは彼女の迷いも憂いも無視して、彼女の戦闘を助ける。
──故に後は、マスターの覚悟だけだ。
「遅かったね、お兄ちゃん」
暗号鍵を取得した俺の前に、その少女は現れた。
今回の対戦相手、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。敵でありながらも敵意を見せず、まるでこれから遊ぶかのように、無邪気に笑顔を見せている。
「あれ? お兄ちゃんのサーヴァント、私にそっくり」
「たまたまよ」
「ふーん、まあいいけど……」
一回戦、二回戦で、相手と出くわした時には確実に戦闘が発生していた。だから今回もその類かと思い緊張する。霊体化しているのに、これまで実体化していたサーヴァントよりも恐ろしい存在感。その大元となるであろう存在が、姿を表した。
「で、マスター。どうするのだ? ここで戦うのであれば、そう指示するがいい。我が武威を以てして、眼前の者らを打ち砕こうぞ」
「……うん、そうね。遊びましょうか、セイバー。今日はちょっとした挨拶程度。だから殺しちゃダメよ」
現れたのは、巖のような男性だった。筋肉質な鉛の体色。その肉体は『鋼』程度では表現することのできぬ、してはならぬ、見ただけでバケモノとわかるほどの英雄譚を潜り抜けてきたとわかる英雄。
何者かはわからない。けれどクラスはセイバーなのだろう。少なくとも、彼の存在を見ればクラスを隠す意味などない、と。そんなことをすればマスターは『臆病者』の誹りを逃れ得ない。そう思えるほどの霊格を持っていると断言できる。
──今、この場で戦ってはならない。
最初の、『情報を手に入れないといけない』という思いを覆すことにはなるがそう判断して、アルターエゴにセラフによる介入まで防戦することを提案しようとするが
「……死になさい」
その指示を出すより先に、アルターエゴがセイバーに切りかかっていた。
「アルターエゴッ!?」
「へえ、その私そっくりのサーヴァント。エクストラクラスなんだ。いいよ、遊んであげてセイバー」
「了承した。……では、すまんな。蹂躙させてもらう」
セイバーが黄金の剣で受け止める。見ただけでわかるほどの業物。おそらく、あれが彼の宝具──!
「それじゃ、私たちも遊びましょ、お兄ちゃん」
しかし、イリヤスフィールはそちらに集中させてくれない。彼女の生み出した銀細工の鳥が、周囲を飛び回る。まるで少女を守る騎士のように、少女を害する敵を喰らう番犬のように。
いつかのように、脳裏にその警告が浮かび上がり、私闘の開始をムーンセルが告げた。
アサシン及びユリウスとの幕間はない。白野とキャッキャウフフと殺しあってた