一回目と同じように、俺とアルターエゴはアリーナに潜る。
暗号鍵を取得し、一回目をなぞるようにしてイリヤスフィールと出会う。
「……うん、そうね。遊びましょうか、セイバー。今日はちょっとした挨拶程度だから、殺しちゃダメよ」
そう言ってさっきは殺してきたことを思い出す。手足が恐怖に震えるが──
「任せて、マスター」
けれど今度は、アルターエゴも平常運転。これなら、先の周で手にした情報もあって、この場で終焉を迎えることはないはずだ。そう、信じる。そうだ。俺が彼女を信じなくてどうするんだ。俺が今、彼女に対してしてやれることは”信じる”ことだけだ。
だから──
「それじゃ、私たちも始めましょ、お兄ちゃん」
先と全く同じ言葉を口にして、敵意が全く混じらぬ、本当にただ遊ぶつもりなだけのイリヤスフィールと相対する。
けれど、先と違うところがあるとするなら
「うん、君が満足するまで、って言いたいところだけど。セラフに許される範囲で、が限界だけどね」
俺も、彼女の遊びに対しての準備をわずかな時間でできる範囲で整えていた、ということ程度。
セラフからいつもの警告が届く。──生存に対する競争を始めるのだ。
「焼き尽くせ」
アルターエゴが一撃だけ受け止めて、それで生まれた光の軌跡を確認してから回避に移行する。何も知らないのに回避にだけ専念するのはバカのやることだ。それでは”どこから”はわからずとも情報蒐集の源があると公言するようなもの。『何か怪しいと俺たちが思った』と彼女たちには思わせる必要がある。
俺もそれを横目で見ながら、イリヤスフィールが生み出した針金の鳥をマイルームでアルターエゴがカムイユカラを歌い、力を貸してくれているカムイを解き放つ。魔術のそれとはいえ、所詮は針金。火の
「あれ? 溶けちゃった。お兄ちゃん、すごい魔術持ってるんだね」
「いや、これはうちのサーヴァントが持たせてくれたものだよ」
「うんと、それならこんなのはどうかな?」
さらに、また針金製の使い魔を放つイリヤスフィール。今度は先よりも多い。周囲を取り囲む鳥たちが、自らの機能として持つ魔術砲をチャージする中、それらをもう一度、アルターエゴに習った拙いカムイユカラとアルターエゴによる補助によって、力を借りる。どこか「仕方ないなぁ」と言った雰囲気を滲ませるカムイは、それらを焼き尽くし「これでサービス終了だ」と言わんばかりに消えていく。
「すごいすごい! だったら……」
「させない!」
「あうっ!」
魔力弾が、彼女がまた新しい何かを取り出そうとする手に叩きつけられる。
──ここだ。
彼女の体勢が崩れた。マスター同士の戦闘になったときのための魔術も用意されている。それを、今の動けない彼女に使用すれば、それで終了。
──本当に?
そう、終わるはずだ。彼女がこの状況から逆転するための魔術を持っているとは思えない。針金を取り出して、錬金術でそれを使用する彼女に、針金を取り出す工程を行わせなければ、その間に用意した魔術を叩き込めば終わるはずだ。
けれど──
やはり重なる。イリヤスフィールにアルターエゴが。撃たなければ。撃たなければ。アルターエゴと共にあるために撃たなければ。
分かっている。分かっている。けれど、これを撃ってしまっては、撃ててしまっては──
そんな思いが脳裏をかすめ、撃つことに躊躇いが──
「ふむ、よくわからんが助かったぞ少年」
そしてその躊躇いが、俺たちの勝機を奪った。
セイバーの声が後ろから届く。振り返るより早く、その剣が振るわれるのを、風のうねりと音から理解した。
──あ、死んだ。
そんなことを、思った。
「っ! させないっ!」
けれどアルターエゴがそこに割り込んで、剣を叩きつけ、さらに上からシロウが降って無理矢理に黄金の剣の軌道を変える。しかし、それはわずかに遅かったようで──
「っぁ……」
足を、斬り落とされた。
熱い。熱い。熱い。熱い。命が流れ出る。足がない以上立っていられない。俺のミスだ。「イリヤスフィールを殺す」と言っておきながら、本番になって急に躊躇った。アルターエゴにも、こんなダメなマスターで愛想を尽かされたかもしれない。
きっとアルターエゴが遅れてしまったのも「俺がイリヤスフィールを殺せる」と、俺の言葉で信じていたからだろう。だから、それでおしまいだと、一瞬気を抜いてしまったのだと。そう思ってしまう。つまり、俺のせいだ。
「あー、びっくりしたぁ。このタイミングで負けちゃいそうになるなんて思わなかった。……それにしても」
ああ、なんだろうか。痛いんだ。これ以上余計なことを考えさせないでくれ。けれどそんな懇願が口に出ることはなく、死にたくないと思って戦いながら、こうして死への苦痛を味わうと「死にたい」と思ってしまっている己の脆弱さに笑うしかない。
「お兄ちゃん、行儀がいいんだね」
なに、を。
「それってカイシャクってやつでしょう?」
カイシャク……解釈……介錯? 何か違う。でも、今の状況なら、もう、死なせてくれるならなんでも……
「キリツグは教えてくれたの。昔の日本人は、死ぬときには正座をして首を刎ねてもらうクビカリゾクだったって。すごいよねー……あれ?本当にキリツグだっけ? お爺様だったような気も……まあ、いっか!」
うん、すごい。でも、きっとキリツグさんとやらはどこか間違ってる。それは罪を犯した人物に対して行われる処刑だったはずで……ああ、でも、今のこの会話は、首をスパンと落としてくれるという宣言だろうか。
「いいわけないでしょっ!?」
アルターエゴの声が聞こえる。俺を死なせないため必死になってくれている。……それはつまり、この状況でも俺が生き残る道があるということで。……それを理解して。彼女に『マスターを守れなかったサーヴァント』なんて汚名を着せたくなくて、血液が足りず命が終わりそうながらも、それでも無理矢理に意識をつなぐ。きっと彼女がくればどうにかなるのだと、その希望を持って。
「マスター同士の戦いにサーヴァントが手を出すなど無粋だろう?」
「先にその無粋な手段に手を出したのは貴方でしょうに!」
ああ、アルターエゴがセイバーと戦っているらしい。でも、ここまで激昂したアルターエゴを見るのは初めてだなぁ……
「うん。だから、ちゃんと介錯してあげるね! お兄ちゃんは『そこらへんで野垂れ死んだ』なんてことはしないから! 安心してね!」
針金が剣と化す。あれが、俺の命を奪う──
思考はそこまで。最後に目にしたのは、イリヤスフィールが振るう剣が俺の首に近づいてきたところだった。
「マスター」
「……ごめん」
咎めるような声のアルターエゴに、謝ることしかできない。完全に俺のミスだ。言葉にするのと実行することにこれほどまでに差があるとは思ってもいなかった。彼女に愛想を尽かされたなんて考えたくもないけれど、それでもそうなっても仕方ないと思えるほどの愚行。……ああ、でも、もしも見捨てられたら。俺は、俺でいられるのだろうか……?
「はぁ……」
ため息をついている。やはり、ダメなマスターだと見限られてしまったのだろうか……
「マスター、どうしてもできないなら、それはそれでしょうがないわ。きっと、『殺せない』っていうのも
「大丈夫……俺はやれるよ。そうだ、やれる。やらないといけないんだ……だから、俺は、
「……無理だけはしちゃダメよ」
「分かってるよ」
そうだ。殺さないと。イリヤスフィールを殺さないと。俺は死にたくないんだ。だから、殺さないと。
機械になろう。
わからない。わからない。どうすればいいのかわからない。やらなきゃいけないことはわかっているはずなのに。でも、死にたくないんだ。だから──
アリーナに、潜る。
もう、三度目だ。だから迷わない。確実に、速やかに、暗号鍵を回収して──
「遅かったね、お兄ちゃん」
そうだ。これはもうノイズでしかない。俺は死にたくない。だから、殺さないと。彼女が何者かなんて全部忘れてしまえ。
声色を理解すれば、それがアルターエゴのものと同一だと理解してしまう。──だから、魔術で聴覚を誤魔化す。
姿をしっかりと視認すれば、アルターエゴと瓜二つだと理解してしまう。──だから、魔術で人影にしか見えないようにする。
今の俺が認識するべきことはアルターエゴの声と姿と、敵のサーヴァントの情報。そして敵マスターの存在のみ。敵のサーヴァントはともかく、敵のマスターの姿なんて知る必要はない。その思想も同様に。敵のマスターについて知らないといけないことなんて、戦い方ぐらいのこと。そしてそれももう知っている。なら、それでおしまいだ。
戦いの鐘が鳴る。
──戦いの流れは、二周目と同じように進んでいた。
当然のことだ。だって、ここまでは前の周と同じことしかしていない。殺す方法はわかっているのだ。なら、それをなぞればいい。最後に、躊躇わなければ俺の勝ちだ。
だから、何も問題はない。
「焼き尽くせ……」
カムイユカラの練習をする時間なんてないけれど、それでも前回で掴んだ癖もある。だから使うことに問題なんてないはずなのに、なぜか前回よりもカムイの反応が鈍く、アルターエゴの補助が前回よりも大きい。
それでも、十分に前回をなぞることはできていた。
「すごいすごい!……でも、なんかつまんない。お兄ちゃんさっきと違うね」
何か言っている。関係ない。殺すだけだ。
敵マスターが新たな針金を取り出そうとする。そこに魔力弾を叩き込む。ここからが、さっきとは違う。
魔力弾は敵の動きを止める。衝撃を与えるだけの魔力弾ではそれしかできない。だから、今度の一撃は殺傷能力を持たせる必要がある。
強く、鋭く、硬く、速く。敵のマスターの肉体を貫いて、その生命活動の全てを止めるために。魔力弾を改造する必要がある。
殺傷能力をつけるのは初めてなので、多少術式を生み出すのは苦労したし、今も扱うのに多少のロスはある。けれど──
「
魔力で編まれた
「■■■!」
セイバーが、おそらくは敵のマスターのものであろう名前を呼ぶ。敵のマスターのことを全て忘れて、ただ錬金術を戦いの際の基本としていることだけ覚えておいて。それ以外の全てを封じてしまった俺にはその名を聞き取ることができない。正直、なんで封じたのか気になるけれど、アルターエゴがその封を解いたらいけないと、そう言ったからそのままにしてある。
鉛の巨人がアルターエゴを吹き飛ばし、そのまま己のマスターを拾ってアリーナから去っていく。
もう、ここには何もない。
「帰ろっか、アルターエゴ」
「……ええ」
声をかけると、どこか悲しそうに、どこか嬉しそうに微笑むアルターエゴの顔が、妙に印象に残った。
ちなみに主人公の見た目はイリヤよりちょっと大きい程度の少年である……作者の頭の中では。