──すでに、イリヤスフィールを撃ち殺してから二日が過ぎている。
あの後、部屋に戻ってから魔術を解いた。「殺害するために相手を知ってはいけない」と、そう言われて行った魔術だっただけに。殺害の後にその魔術を解くことに関しては何も言われなかった。そうして魔術を解いた結果
──俺はこの二日間。特に何もすることなくぼうっとしていた。
いや、それは正確ではない。もはや
アルターエゴとよく似た少女を殺してしまったという事実が、それだけ重たいものとして俺の中に残ってしまっている。……こんなことなら、魔術を解除しない方が良かったかもしれない。
正直に言って、彼女より見た目年上な俺がそんなことをしているのは事案……いや、見た目を考えると兄妹で済むか? まあ、そんな感じだが、それでも、彼女が生きている……いやサーヴァントだしこれも正しくない。正確には今もなお自分とラインが繋がって存在していることを確認していた。
「よしよし」
今日も、マイルームでアルターエゴと触れ合っている。撫でられ、彼女の体温を感じ、今もここに存在していることを確かめる。
「今日も、アリーナに行くの?」
「……うん」
今の俺にとって、校舎の中は安息の地ではない。アルターエゴの姿を視認できない校舎よりも、二人だけのマイルームや、アルターエゴが実体化していないと死んでしまうアリーナの方が心が安らぐ。部屋の中に引きこもっているだけは建設的ではないし、そしてこれ以降も相手を殺さないといけない。何よりも部屋の中にこもっていたらアルターエゴに嫌われてしまうかもしれない、と。そんな思いが平時の「アリーナに潜る」という行動を後押ししていた。
「あら、雪城くん」
「輪……ああいや、これだと凛と混じるし今は雪城って呼んだ方がいいのか? ……うん、まあそれは置いておくとして。こんなところにいたんだ」
「遠坂、それに白野も」
アリーナに向かう途中、いつもの二人と会う。とは言っても二人同時に出会うのは初めてなのだが。
「どうか、したのか……?」
「なんか調子悪そうね……一応忠告に来たのよ、私は」
「遠坂に会ったタイミングで、ふらふら歩いてる雪城を発見したからちょっと気になったっていうのが理由かな」
白野に関してはいつもの通りのお人好しが発動している。けれど、遠坂の忠告……? もう、
「さっき、イリヤスフィールが嬉しそうに笑いながらアリーナに向かってたのよ」
──一瞬、時が止まったように感じた。
ありえない
だって、確かにあの時殺したんだ。最後、セイバーが連れて行ったじゃないか。
だから、もう彼女は死んだんだ。死んでないとダメなんだ。そう思いたいだけじゃないのか?
心臓が強く動悸し始める。先のあれを思い出して、吐きそうになる。けれど、二人の言葉は止まらない。
「だから、もしかしたら子供特有のよくわからない『遊び』と称したトラップがあるかもって……ちょっと、顔色悪いわよ」
「遠坂、多分……」
話を聞き続けることができない。目眩がする。もう一度? あの、殺した後の吐きそうな感触と、アルターエゴと似た少女を殺せるって事実を味わえ、と?
「ええ、ごめんなさいね二人とも。うちのマスター、初日に遊びと称して無邪気に殺されかけたことがちょっとショックだったみたいで。いきなりお兄ちゃん呼びからの処刑じみた暴虐なんて思いもよらなかったんでしょ」
とん、と軽く足踏みするようにアルターエゴが出現し二人に言い訳をしてくれる。アルターエゴの言葉は確と俺の耳に届き、少し、心臓の鼓動が落ち着いてきた。それでも、まだ思うところは多数あるが、少なくとも
「ああ、うん。そうだな。なまじ記憶がないせいで、あの子の
「あら、妹だったら殺せないのかしら?」
それなのに参加したのか、と少し問い詰めるように、咎めるように、そしてからかうようにこちらを見ている遠坂。
「そんなわけないだろ」
本心から『できる』なんて思えるわけがない。けれど、そう言わないと、いずれ戦うことになるから、と戦うことになる時までは借りられるであろう力に見限られるわけにはいかない。
ああ、それにそうだ。一回殺したんだ。もう一回殺すことだってできるはずだ。いいや、できる。できないといけない。そうじゃないと、たとえ生きていたとしても、彼女の心臓を貫いた意味がないんだ。
「ただ、集中しきれないだけだよ。殺すことに問題はなくても、集中ができないと敵のサーヴァントにやられるかもしれない。だからその真実を確かめたいってだけだよ」
俺と遠坂の会話に、ありえないものを見るような目を向け、口を出してくる白野だが──
「いや、白野。これは殺し合いで、俺もあの子もそれを知ってて参加してる以上、家族だとしてもそれに文句をつけるわけないだろ。……そういう白野は、もしも自分の家族だって分かり切ってる相手と殺しあうことになったらどうするんだ?」
別に、家族じゃなくてもいい。俺にとってもイリヤスフィールは家族じゃなくて、大切な相手によく似ている相手でしかない。けれどその一点がネック。……ああ、そうだ。白野にこの質問をしたのは偶然だけど、ある意味これはいい質問かもしれない。
だってこいつは、俺と同じく記憶がない。そして、その上で俺と違って人殺しを忌避しながらも
「それは──」
結局、白野は言葉にしてくれなかった。けれど、俺はアリーナに潜るしかない。どう足掻いても、アルターエゴを死なせたくない、俺も死にたくないと思う以上は彼女たちと殺しあうしか、アルターエゴそっくりな少女を殺すしかないのだ。
「マスター、あの二人がいるみたいよ」
アルターエゴが奥を見据えて言う。奥に向けていた瞳は、こちらに向けられると同時に「どうするの」と問うてくる。
「……好都合だよ。ここで何か情報を手に入れないと」
そうだ。結局ここで逃げても七日目には戦うことになる。なら、今のうちに情報を手に入れておかないと。そう思って戦うことを宣言する。
このあいだの魔術をもう一度使用するのは厳しい。準備がどうこうと言うより、きっと俺は殺したと思った後に解いてしまう。そうなったらまたダメージを受けることになって……。 それに殺したことの確認をする必要もあるんだ。だから、己の手で、彼女を殺したことを確認するために──
「それ以上は考えちゃダメよ」
そこまで考えたところで、アルターエゴの涼やかな声が、思考を一刀両断した。
「……うん」
──さあ、進むとしよう。
「えへへ、久しぶりだね、お兄ちゃん」
「……ああ、うん、そうだね」
確かに一度アルターエゴによって治まった心臓の動悸もやはり、イリヤスフィールと相対すると激しくなり始める。
「一日目は負けちゃったけど、今日はもっとちゃんと遊ぶために色々と用意したんだから! それを邪魔されないためにも、この辺りのエネミーを倒しておくのは大変だったんだから! コウエイに思ってよね!」
「すまんが、『遊び』とマスターは言うが、今回は少し本気を出させてもらう。我がマスターを殺しうるほどの相手を前に、手加減などしていられるはずもないのでな」
出現していたセイバーが、以前と同じように、されど以前よりも遥かに魔力を漲らせた黄金の剣を構える。
「……いけるか、アルターエゴ」
「ええ、もう一度彼らを地面に這いつくばらせてあげましょう」
アルターエゴも、数日前の戦いの時に比べて総身より溢れる魔力は比べ物にならないと表現するのがふさわしい。その上で構えられた剣は、セイバーのそれに比べれば貧相ではあるが、それでも英雄としての彼女が持つ武器として十分なもののはず。
──今度こそ、彼女を殺さないと……!
アルターエゴとセイバーが、互いに向けて走り出した。
「え……?」
「なに、これ……?」
セラフからの警句が、崩れ去った。そしてそれと同時に、俺とアルターエゴも倒れ伏していた。眼前にはイリヤスフィールとセイバーが立っている。そして俺の体からは
「一体、何が……」
「どうだった、お兄ちゃん! お兄ちゃんのために準備したんだよ?」
言葉を信じるに、イリヤスフィールが用意したらしい。だって、と繋げる少女に──
「あの時、殺されかかったんだもの。ちゃあんとお礼をしないといけないでしょう?」
その酷薄な笑みに、アルターエゴとの共通点を見つけ息が一瞬止まる。ああ、やはりこの少女を殺すというのは──
「私のセイバーの力をかなり小規模に、かつ限定的に再現した勝利の権能擬きよ。なくても勝てるけど、やっぱり前回の分のお礼はしないとね」
なくても勝てると、そう断言するイリヤスフィールに「一日目は敗北した」という事実を認めているのに、どうして負けないと言えるのかと問う。
「ふふん。だって私のセイバーは最強なんだから! 例え化身を使えなくても、ゾロアスター教の勝利の軍神は負けないわ!」
「さすがに一回戦のカルナや、二回戦のアキレウスは堪えたがな。……それとマスター。真名は隠すものだといつも言っているだろう?」
ああ、本当に負けないと信じているのだろう。そうでもなければ、真名に繋がる情報をこうもポンポン出すとは思えない。一日目の敗北も、あれはセイバーではなくてイリヤが敗北しただけと思っているのだろうし、事実それは間違っていない。
「だって、私のセイバーは最強だもの。知られたところで問題ないわ。……うん、だからこんな勝ち方する必要はないの。今日のこれはマスター同士でもこんなに差があるってことは教えてあげるため。ちゃんとわかってもらえたはずだし、七日目にはサーヴァントの差も教えてあげるね、お兄ちゃん」
「ふむ、逃してもいいのか? マスターがやられかねないのだから、今のうちに殺しておくべきかとも思うが」
「今日のこれでいつでも殺せるってわかったでしょ? だったら少しでも長くお兄ちゃんと遊びたいもの」
「……マスターがそれでいいなら、我も従うまでだ」
「さあ、帰りましょうセイバー。七日目に向けて色々と準備しておかないと」
そう言って、二人は去っていく。「七日目に差を教える」と言ったからには今すぐに敗者として消滅することはないだろうが……
──俺は、彼女たちに勝てるのか?
覚悟が決まっていないのは問題外だが、覚悟が決まっても自力に差が大きすぎれば、やはり意味などないのではないか。ただ、殺されるだけではないのか、と。そんな、弱音が出て来る。
「さすがに今のままだと厳しいわね」
アルターエゴが、俺の疑問に答えるように呟いた。きっと、俺とのラインからその辺りの感情を読まれたのだろう。
「でも、大丈夫よ」
「……本当に?」
縋るように。イリヤスフィールを殺すことへの忌避感が大きく、けれど死ぬことも怖い。殺すことも死ぬことも嫌だという、この
それでも「大丈夫」と。そう言い切れる理由を問いたかった。
「信用できない?」
けれど、アルターエゴの瞳には嘘を言っている色はない。本心から、強制的に勝利したという事実を作るような輩に対して、勝ち目はあると、そう断言していた。
「いや、信じるよ」
そして、その眼を見て思い出した。そうだ、あの時言ったじゃないか。『アルターエゴが最強なんだ』と。彼女はそれに対して応えてきてくれたんだ。だったら、俺が信じないと。
──マイルームに戻ったあと、その根拠を教えるわ。まあ、でも、一言で言うと『慢心、ダメ、絶対』ってところかしら?
念話を使用して、勝てるという根拠を後で示すと語る少女に一つ頷いて。『七日目に俺たちを倒すために今日この場で殺されたら困る』と言う理由で周囲からエネミーが排除されている場所で休み、そして暗号鍵を手にするための行軍を開始するのだった。
たまにはイリヤちゃんの聖杯としての機能っぽい何かも。サイバーゴーストだから何も気にしないでいろんな魔術をポンポン扱える上に、過程を理解していなくても結果を生み出す彼女だからこそのチート。ただしチートすぎるのでもう禁止。言峰に禁止されてぶーたれてた姿はご愛嬌(書かない)
入る予定だった