──目を、覚ます。
昨晩ここで聞いた奴らの倒し方を考えると、今すぐにでもアリーナに向かうべきなのだろう。彼女が未だ取り戻していない能力が、鍵を握っているらしいのだから。だが……
「それで、今日の予定は?」
「まずは図書室に行こう。あのサーヴァントの正体を確かめないと……」
アルターエゴの言葉に答える内容は全く別のもの。もう、すでにわかりきっているようなものなのだが、ゾロアスター教の知識が全くないので、勝利の軍神と言われても全く検討がつかない。だから、確かめに行かないといけない。それも、イリヤスフィールのあの態度が全て
「問題ないわ。あれが嘘なんてことはありえないもの」
「……うん、アルターエゴがそういうなら」
盲信。責任転嫁。そう言われればなんとも言えないが、彼女が断言しているのだから、それに値する理由があるのだろう。ただ、それを言えるほどに信用されていないことが悲しいだけだ。
「じゃ、行きましょう?」
「うん、行こっか」
図書室に向かおう。
図書室にたどり着いた。さあ、今から探さないと。ああ、キーワードはなんだったっけ? 最近は色々とありすぎて思い出すのが辛い。けれど思い出せ。彼女との会話が、いずれ殺さないといけない相手が懐いてきていた時の会話を思い出すのは、きっと覚悟を決めるのに邪魔になる。……ああ、それでも思い出さないと。さぁ、今回の相手の英霊のキーワードは──
──マトリクス1:化身
そう、イリヤスフィールの言を信じるに、あのサーヴァントは「化身を使えない」らしい。元々は化身が存在していたらしいということは、おそらく人間よりも高位の、何かしらの依り代を用いないと現世に干渉できないような存在。そして、その考えを補強するのが──
《i》──マトリクス2:ゾロアスター教《/i》
ゾロアスター教。……そう、あのセイバーは『宗教上に出てくる存在』なのだ。神話を構成する英雄譚の登場人物でもなく、歴史上で偉大な何かを残した人物でもなく。宗教という、『神による世界観』を表している世界の中の存在。それはつまり、『彼は神である』という事実を示す。だが、これだけだと大量に存在する善の神と悪の神のどれなのかわからない。だが、彼女は言っていたはずだ。
──マトリクス3:勝利の軍神
そうだ。神はゾロアスター教において多数存在するが、そこに『勝利』という属性をもたらされた存在は一柱しか存在しない。さらに、その神についての情報を閲覧する中で、一つの記述を見つけた。
──マトリクスExtra:黄金の剣を持つ戦士
その神は十の化身を持ち、猪、大鴉、白馬など動物の化身が九つを、そして『風』という実態の存在しないものもあるそうだ。けれど、その動物の中に二つ、人間の姿の化身があり、そしてそのうちの一つに「黄金の剣を持った戦士」が存在するらしい。
「黄金の剣を持つ戦士」とはまさしくあのサーヴァントのこと。だからこそ、きっとこの神の名前が、あのサーヴァントの真名であっているはずだ。
──真名獲得:『セイバー』=『ウルスラグナ』
そう、ウルスラグナ。
古くは契約を司る神であり、今となっては太陽の属性が強くなっている神、ミスラを猪の姿で先導し、戦場にて最初に彼を崇めた者に勝利を与える。そんな、勝利の具現化。
──勝てるのか……?
勝利たる彼に勝利するとは、もはや自分でも何を言っているのか理解できない。そして、「勝利という概念」なんてあやふやなものではなくても、ギリシャ最大の英雄たるヘラクレスと同一視すらされるそれを。己とアルターエゴで打ち破ることはできるのか?
いいや、勝てる。そうだ。だってアルターエゴは最強なんだ。たとえ相手が何であっても、勝利を俺に与えてくれる。あれが、勝利という軍神であろうと、俺に勝利を与えてくれるのは彼ではない。俺にとっての
「……アリーナに行こう」
(大丈夫なの?)
「ああ、イリヤスフィールは『七日目の決戦にアルターエゴとセイバーの実力差を見せる』って言ってた。だから、こんなところで仕掛けてくるとは思えない」
(……どうかしら? 七日目に実力差を見せるからって、この数日間にアリーナで出くわさないとも、ちょっかいをかけてこないとも限らないわ。私たちの狙っている手段を知っても慢心を捨てるとは思えないけど、それでも情報を隠すことを考えたらアリーナに行くのは見送って……)
「でも、それだと勝ち目が全く見えない」
詳しい内容は聞いていないが、『未だ取り戻していないスキル』が鍵を握る以上、アリーナでリソースを得ることは最低条件だ。そのスキルを手にすることが達成できなければ、それはそのまま俺たちの死亡を決定づける。……ああ、死にたくないのだ。俺のことを兄としたう少女を殺す覚悟もできず、けれど殺さなければ確実に訪れる結末を忌避し続けているのだ。
「だから、結局行く必要があるんだ」
(……マスター)
アリーナに潜る。リソースがいる。アルターエゴ曰く、そのスキルは限界まで強化して、生前に真に迫った時にこそ解放されるものだと。サーヴァントとしての肉体が耐えきれる限度まで強化された時に。ようやくそのスキルは解放され、自由に扱えるのだと。
だから、あと二日。残された時間は今日を含めてそれだけ。それだけでアルターエゴというサーヴァントを完成させる必要がある。
「一日を限界までアリーナで消費すればどうにかなる……かな?」
「どうかしら……やるしかない、というのは事実だけど」
「……うん、そうだ。死にたくない以上はやるしかない」
よし、行こう。
そう思って歩き始めて數十分。すでに、この階層に出現するようなエネミーは一刀の元に斬り捨てることができるほどに、アルターエゴは強化されている。……召喚されたばかりの最初期に比べれば、もはや別人と言えるくらいに。それでも、まだ足りないらしい。今のアルターエゴのステータスを、端末で確認すると、やはり最初期とは違うそれが画面に映し出される。
【CLASS】アルターエゴ
【マスター】雪城輪
【真名】
【属性】混沌・善
【身長・体重】133cm・ーー
【ステータス】筋力D 耐久D 敏捷A 魔力A 幸運A
【宝具】『
当人曰く、このステータスは筋力が本来より上昇していて、魔力は元が
「……! 下がって、マスター!」
「え……あ……!」
これからの強化案を考えていると、アルターエゴの鋭い声によって現実に引き戻された。そして気づく。目の前にイリヤスフィール主従がいることに。すわ、ここで私闘か、と構えそうになるが──
「大丈夫よ、お兄ちゃん。昨日も言ったでしょ? 七日目に教えてあげるって。だから、今日も明日も特に何かする予定なんてないわ」
「……そういうわけだ。マスターが気乗りしていない以上、我も戦うわけにはいかん。あとで叱られることになるのでな」
信じていいのか? 信じて別の場所に向かおうとしたら背中から斬られたりしないだろうか。それがあり得ないと、そう断言できる理由がない。
(マスターの方は本当のことを言ってるでしょうけど、サーヴァントの方はわからないわ。……ごめんなさい)
アルターエゴからの念話が届く。その謝罪に対してマスターがその気ではないことがわかっただけで十分だと返し、少しずつ後ずさりする。
「もう、ここで襲ったりしないって言ってるじゃない! どうしたら信じてくれるの? …………ああ、そっか! これはこういう時に使えばいいのね!」
そう言ってイリヤスフィールが取り出したのはリターンクリスタル。俺もいつものように世話になっている道具の一つ。それを使用して、
「……続けよっか、リソース集め」
「……ええ、そうね」
正直、戦闘になるかもしれないと思っていた。だからどこか肩透かしを食らった気分で、けれどあの少女と殺し合いにならずに済んでよかったとしか思えない自分がいることを確かに理解して。そのままレベリングを再開した。
──六日目。
今日もまたアリーナに潜ることになる。けれどその前に、昨日得たリソースによる分の改竄を行ってもらう。彼女の霊基は小まめに鍛えないといけないものだという忠告をされたことは残っている。そのために教会にまでやってきたら──
「白野」
「輪、輪も改竄に?」
「うん」
そこにいたのは白野。……そういえば初日のどこかのタイミングで、こいつの相手が童女だったことを聞いた覚えがある。一昨日は『イリヤスフィールを殺せるかどうか』という話があったが、こいつは目前の童女を殺す覚悟は決まっているのだろうか。それを尋ねてみるとしよう。
「…………うん、ちゃんとありすと戦う覚悟はあるよ」
ありす、というのが対戦相手の名前なのだろう。かなり躊躇いがありはしたが、それでも戦うことへの覚悟はあるらしい。羨ましい。こちらは未だ、死にたくないという思いと、殺したくないという思いでどうすればいいのかわからないのに。
いや、でも、俺の覚悟が決まっていないことと、白野の覚悟が決まっていることにはなんら因果関係は存在しない。羨望を向けている暇があるなら、「死にたくない」「殺したくない」のどちらの思いを選んだとしてもその選択を為し得るだけの力を手にしておかないと。
……ここまで考えている時点で、もう殺すことになっている気もするが。
白野と別れ、教会の中に入りいつものように改竄を頼む。一応、元々の戦い方をできるように魔力にもリソースを振るし、そして上昇の目がある筋力と耐久にもリソースを振る。
「マスター」
鈴の音を転がすような、アルターエゴの楽しそうな声が俺の耳朶に響く。
「今の改竄で、昨日言ったスキルが解禁されたわ」
そしてその内容は、殺すことを選択肢として選べるようになったと、俺に「殺される」以外の選択をする権利が生まれたことと、そして「イリヤスフィールを殺したくないので殺される」か「自分が死にたくない、そしてアルターエゴを死なせたくないからイリヤスフィールを殺す」のか。そのどちらかを選ぶ義務が発生したことを伝える内容だった。
──明日の朝には、その答えを出さないといけない。