──決戦の日に死に戻るのは、これが初めてだった。
目覚めて最初にしたのは、決戦による死亡の『電脳死』によってじわりじわりと真綿で首を絞めるかのように、少しずつ感覚が消えていった腕や足、最後には呼吸している気がしないのに喋っているという恐怖に苛まれたために、それら失われたはずの自らの肉体を確かめることだった。
そして次に──
「ごめんなさい、マスター。作戦を立てたのは私なのに、その第一段階で失敗しちゃって……」
落ち込んでいるアルターエゴを慰める必要がある。
「大丈夫。最悪死に戻れるんだ。それを使えば──」
──いつかは勝てる。
そこに至るまでの死ぬ回数も両手で足りるとは思えないし、つい先ほどまでの死の恐怖も消えていない。けれど、それでもそんな言葉を口にしてでもアルターエゴをどうにかして慰めたいと思って言葉を紡ごうとしたのだが
「ダメよ!」
その言葉は間髪入れずに否定される。アルターエゴがここまで必死そうな顔をしているのは初めてな気がして、少し驚いた。
「マスターは、最初は人間味がなくて、それで今、三回戦でようやく『死への恐怖』を手にしたのよ? それなのにまた死ぬことを前提として死に続けたら、それこそ人間性がなくなるわよ」
──だから、人間でいたいなら死ぬことを前提にしてはいけない。
そう言われては頷くしかない。本心から心配してくれている、そんな彼女の言葉を無視するわけにはいかない。
自分の発言のせいで変な空気になってしまった。話を変えないといけない。今のままの微妙な空気で、勝てるような甘い相手ではない。いつものような関係性で、いつものような精神状態で、いつも出しているものよりもはるかに大きな力を出さないと勝ち目などない。
「そういえば……」
何かいい話題はないかと思ったところで、あの昇降機内部で彼女が言ったことを思い出す。
「さっきイリヤたちに言ってたことだけど……」
アルターエゴの真名に繋がる情報。正確にはその真名に繋がるとは思えないけど、ここにいるアルターエゴの成り立ちを語っていた。
「ええ、そうね。敵に教えてマスターに教えないのもどうかと思うし……」
彼女は、彼女の英霊としての真名を語ってくれた。
──シトナイ
そのアイヌにおける少女英雄が、アルターエゴの真名なのだという。
その英雄の行った偉業というのは、わかりやすく一言でまとめると『アイヌ版スサノオ』とでもいうべき代物。
普段から連れていた熊のシロウこそがその猟犬らしい。見た目どう考えても犬ではないが、彼女を構成する残りの内の一柱が「女神の使い魔であるなら」とシロウの肉体に関する主張を行い、そしてそれをもう一柱が受け入れたことで犬から熊に姿が変化させられたらしい。
そしてそれを行った残りの二柱の女神というのがフィンランドの
合計三柱。それがイリヤスフィール・フォン・アインツベルンを依代としてシトナイというサーヴァントとして召喚された世界線をムーンセルが観測し、そうしてこの月にて生まれた存在。
それが、俺と契約したアルターエゴの正体だった。
「……アルターエゴが、あいつに勝てるっていうスキルの正体って」
それを知れたことは確かに嬉しいことだが、もう一つ謎が残っている。ウルスラグナは軍神で、アルターエゴは『戦える英霊』ではあっても『戦いを本職とする神性』ではない。その彼女が『勝てる』と、そう断言する根拠を知りたかった。
「
「そんなスキルまであるんだ……」
「本当の『シトナイ』は絶対に持ってないスキルだけどね」
「うん……ってもう時間か。そろそろ行かないと」
大丈夫。殺意の刃はさっきは向けることができたんだ。だから、彼女を殺せる。
殺しあう度に聞こえてくるこのガラスに罅が入ったような音も、これで終わってくれるだろうか。
決戦場でアルターエゴが崩れ落ちる。電脳死を迎え、幾度経験しても慣れない、慣れてはいけない怖気が迫ってくる。死ぬ感覚が理解できてしまっていることが奇怪で、
決戦場で、俺の妨害に徹していたイリヤの弾丸に、途中で俺がついていけなくなって、その内の一発が俺の心臓を貫く。一日目とは真逆。呼吸が、意味を成さなくなる。痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、いた──
殺され続けたことで、わずかにアルターエゴがセイバーの動きに順応して来た気がする。アルターエゴは未だギリギリで打ち合えるレベルなので、おそらくは打ち合った回数が肝となるであろう宝具の発動条件を満たしてしまい、俺たちは光に飲みこま──
殺されること前提の戦闘で敵の動きを理解する。アルターエゴはダメだと断言したそれが、俺たちの本意ではないとはいえ行われている。一合、二合と打ち合い、アルターエゴが敵宝具を発動させないために躱そうと動いたところで、それが無理な動きとなってしまい、できた隙により切り裂かれた。
アルターエゴが、余裕はないために攻撃に移ることはできないが、それでも躱すことそのものにはある程度慣れて来た。けれどそうなると、今度はウルスラグナとしての武術とヘラクレスとしての武術が混じって来た。さすがに初見となるそれへの対処が間に合わず、アルターエゴは敗れてしまった。
幾度とない敗北に、アルターエゴの心が折れかけている。自分がもっと強ければ、とそう言っている。そんな彼女を慰めるのに一日使ってしまった。決戦に参加しないで死ぬ感覚、というものを初めて味わった。やはり電脳死。──少し慣れて来た自分が、どれだけ死んだのか。数えるのも億劫だ。
死に戻りを助長してしまったと嘆いているアルターエゴ。けれど先の周とは違って、「もうさせない」と闘志を燃やしている。今回の周は良いところまでいけたけど、結果として俺のミスで負けてしまった。でもまあ、次があるから──
──そういえば、アルターエゴから死に戻りに頼っちゃだめって言われてたな。
いけないいけない。完全に忘れていた。……ああ、でも、どうして頼っちゃダメなんだっけ──?
──死に戻りで
セイバーの動きを、セイバーの炎を、それらの効果範囲を文字通り死んで覚えて、既知の動きでしかないそれらを、サーヴァントとなる前から知っていたことも合わせて余裕を持って躱していくアルターエゴと、そこから少し離れたところで起きているマスター同士の戦い。
それらは、最初の周の決戦とは違い、両方とも輪とアルターエゴのコンビの有利に進んでいた。
アルターエゴの氷が、セイバーの動きをピンポイントで阻害し、出現したシロウが放つ冷気のブレスが、アルターエゴの剣に収束した魔力が、ほんの僅かに太陽の炎と触れ合ったことで一瞬で蒸気と化し、視界を遮っていく。
その蒸気は風の動きを読んでアルターエゴからの攻撃を防ぐ際の音速の動きにより発生した
「ぶー」
イリヤは、その状態に口をすぼめてぶーたれている。サーヴァントの差を見せるためにマスターに関しては封殺程度で済ませる予定だったのに、なぜか自分の方が封殺されているような気分になっている。
けれど、幾度とない死に戻りによって、二人は自分の実力で最大限に自分の相手を封殺するためにもっとも効率的な戦い方を見つけることに成功して、完全に封殺に近い状況に陥っていた。
「セイバー! とっとと殺して!」
そして、子供だからこその短気というものがイリヤにも存在した。そんな彼女に、自由に戦えるのではなく、戦わされているような状況、というのは納得が行かなかったようだ。
──いつだって遊びは、自分の決めたルール内で全力で。
それが子供特有の考え方。だからこそ、彼女はサーヴァントの性能の差を見せるという最初のルールを崩さない。令呪の使用はしない。それをしてしまえばマスターの力も加わり、サーヴァントの実力差にならないからだ。
全力を出していないけれど封殺されている気分になる、というのは、動きを誘導されているから。そしてその事実は、一瞬だけ「勝負を急ぐ」という形で言葉になって、サーヴァントに意識を向ける形で現れた。
──ここだ!
その思考は、初日の、最初の周のそれと同じ。状況は魔術にて隙を作り出したか、思考誘導で作り出したかの違いがある。イリヤが本気か遊びかの違いもある。けれど結局、作り出された状況は、全く変わらないものだった。
「killer()」
放たれるそれも、初日のものと全く同じ魔力弾。だから結果もそれと同じようになるかと思われたが──
「させんっ!」
そこにセイバーが駆けつけ、進路上に立ち塞がり、それによってマスターを殺し決着をつける一撃となるはずだった魔力弾は、他のものと全く変わらない、サーヴァントにわずかばかりのダメージを与えるだけの
「ああ、お前なら防いでくれると思っていたよ」
正確に実力差を考察すると、武芸でサーヴァント同士が競った場合には、鉛色の肉体のセイバーにアルターエゴが与えられるダメージはわずかで、逆にセイバーの一撃は掠ってしまっただけで致命傷となりかねない。アルターエゴは逃げ惑うか防ぐしかなく、攻撃を防げば相手の宝具の発動条件を満たしてしまうので、実質逃げるしかないのだ。そんな彼女が攻勢に出れば、それだけで相手に不信感を与えかねない。それを幾度も戦う中で輪とアルターエゴは理解した。故に、本当に攻撃は最低限。
だからセイバーは、こうしてマスターの命の危機に際して、敵と見なすには攻撃が貧弱すぎたが故に、今正面に相対していた自分に傷をつけることすら困難なサーヴァントのことを一瞬、忘れてしまった。
それが、敗北に繋がるとは知らずに。
「やれ、アルターエゴ」
「ええ、任せてマスター。……さあ、行きましょう」
──
その言葉を聞いて、セイバーがアルターエゴを振り返るがもう遅い。彼が視線を向けた先には、地面に展開された魔法陣から出現する、セイバーよりも
「■■■■■■■■■■■──────ッッッッ!」
「なっ──ヘラクレ──!」
その時間があれば、バーサーカーの神速の奥義は始まりから終焉まで、その全てを終えることが可能。
「……無念」
そしてそれが、ただの一度も大規模な損傷を負わなかったセイバーを、ただの一度の致命の一撃にて終わらせる、彼ら二人の立てた作戦の終了を、セイバーの崩れ落ちる姿という形で顕現させたのだった。
「嘘、嘘嘘嘘。どうしてセイバーが倒れてるの!?」
障壁が俺たち二人とイリヤたちを分けた直後、最初に決戦場に響いたのはイリヤの驚愕の声だった。
彼女の言いたいこともわかる。だって、アルターエゴはセイバーには単体の戦闘力では敵わない。ただ、彼女単体でも
「我が負けたのは、あのサーヴァントが『バーサーカーの我を召喚した』からだ。……いや、正確には我と習合した英雄を、なのだがな」
彼は最後、突如出現した英雄についてマスターに教えを授ける。
「マスター。汝は我を『最強』と呼んだ」
「そうよ! だから──」
「だからこそ、此奴らもヘラクレスとして召喚された我を使用して、この身を崩した」
「ええ、そうよ」
そしてそこにアルターエゴが口を挟む。
「『イリヤスフィール・フォン・アインツベルンにとっての最強は
セイバーの肉体が、そしてイリヤの肉体がだんだん崩れ落ちていく。目をそらしてはいけない。彼も、そしてイリヤも、俺がこの手で殺したのだ。アルターエゴが召喚したバーサーカーが殺した? それを命じたのは俺だ。だから俺は、彼女を殺した、という事実を受け止める必要がある。
正直に言って、本当に辛い。これなら一回戦二回戦の頃の、アルターエゴ曰く『人間味がなかった』ままの俺でいたかった。あの時は言葉でしか知らなかったのだ。殺すことの重さを。だから、平然としていられたけど、『人間らしくなった』らしい俺は、もう目をそらしたく仕方ない。
「だが困ったな」
けれど、誰もそんな俺に頓着しない。うん、イリヤたちはイリヤたちで最後の別れなのだ。これまで一緒にやってきた相棒に何か言いたいことがあるのかもしれない。うん、それなら俺のことを気にしないで欲しい気もするけれど、それはそれで『俺が犯した罪は、俺が重く考えすぎているだけ』という気がしないでもない。そんなはずはないのだ。人殺しは許されない大罪なのだ。だから誰か責めて──
「確かに我はヘラクレスと習合されたが故に、ヘラクレスの力も持っていることに変わりないが、今のままでは『ヘラクレスに負けるんだったらわざわざウルスラグナを呼ぶ必要がない』と言われてしまうかもしれん」
──いや、でももしかしたら勝者に敗者として何か恨み言を残していってくれるかもしれない。それなら、ちゃんと彼女たちが消滅するまでの話を聞かないと……
「だからここはひとつ。ヘラクレスではできんことを、ウルスラグナだからこその何かを最後に見せておくべきだろうな」
「セイバー……? 一体何を……」
セイバーは七割がた消え失せた肉体ながらも、残っていた右腕で黄金の剣を掲げる。
「我が身は勝利の軍神なれば、我が行う戦いは『我の勝利』が決められている。故に──」
それは消滅間際、サーヴァントとしての軛から解放され、真に勝利の軍神に立ち返った者。いくつもの制限を加えられ、『戦闘』の定義を決められたことで自由に権能を振るえない状態から解放されている、真のウルスラグナ。
「我はここに、『我が主人、イリヤスフィールが聖杯戦争に敗北したことによる消滅という事象』に対する
「そんなの……」
「できるとも。我は、勝利の軍神なのだから。我が戦いと認識すればそれが戦いであり、そしてそうと定められれば勝つことが決まる」
言葉と同時、ウルスラグナの肉体の消滅速度が上がる。けれどそれとは対照的に、イリヤスフィールの消滅しかけていた肉体が元の姿へと立ち返っていき、『敗者』が存在するべき空間から排出される。消滅するべき者が存在するのが障壁の向こう側なのだから、『消滅しない』と確定した時点で彼女がこちら側に来たのだが──
「セイバー!」
イリヤが、セイバーが存在する空間と己がいる空間を隔てる障壁に向かうが、その先に行くことはできない。イリヤが生き残ったことを喜ぶべきなのだろう。けれどそれをどうしてもできない。
こうも簡単に死を覆されては、彼自身にそんなつもりはなくても、俺がイリヤを殺すことを悩んだ時間の全てが無駄だと、そう言われている気がして。
俺の覚悟が全て無駄なものだとせせら笑われている気がして。