世界は崩れ落ちた。
聖杯戦争という、最も原始的な、最も最新鋭の闘争の場は、イレギュラーによって崩壊した。
そして、その聖杯戦争に参加した者たちは今、すでに廃棄された場所にいた。
その場所の名は正式なものが存在しないために、現在の聖杯戦争の校舎の言い方になぞらえて、旧校舎、とだけ呼ばれている。
そこで、マスターたちは時間の差はあれど目を覚ます。
そして、聖杯戦争三回戦終了時、残っていたマスター十六人とマスターでないにも関わらず生存していた二名の内数人が目覚め始めた頃、起床済みか否かを問わず、全員の瞼の裏に、ノイズが走った。
ノイズが消え失せると、そこに広がっていたのはテレビで使われるようなスタジオセット。
誰一人として動いたわけもなく、けれど無理矢理見せられているその映像を振り払うように頭を動かそうとしても、一切視界は変わらない。
目を覚ましていなかったマスターたちも無理矢理にこの映像を叩き込まれたことで意識を強制的に覚醒させられ、ある種のパニック状態に陥っていた。
『自分がカメラになった』と言われると納得してしまいそうな光景が、網膜に焼き付いていた。
「『い、今起こったことをありのまま言うぜ。俺はさっきまで聖杯戦争本戦を戦っていたはずなのに、気がつけばポップでキュートな心を癒すテレビ番組をみていた。何を言っているのかわからないと思うが俺も何を言っているのかわからない』。そんな思考に陥っている哀れな哀れな人間さんのための
そして、パニックに陥った人間たちの疑問の答えを知る者が、そのスタジオの中心に立っていたことに、その人物が声を発するまで誰一人として気がつかなかった。
最初からそこにいたのか、それとも今この瞬間に出現したのか。どちらにせよ誰一人として気づかなかったという事実だけが存在して、そしてその事実が彼女はここにいる誰よりも上位の権限を持つ存在なのだと。それを示していた。
聖杯戦争に参加した誰もが知る、保健室の健康管理AI『間桐桜』と瓜二つな少女。それが、スタジオの中心に立っていた。
「あー、わかってますよ。今、この場にいる人間たちは『これがいったいなんなのか』とか言ってるんでしょう。まあ、面倒なので単刀直入に言いますと、今の状況を私が懇切丁寧に教えてあげよう、と。そういう企画です。司会は私、BBちゃん。視聴者は言うまでもなく、ムーンセルの勝手な都合に振り回される、哀れな哀れなマスターさんたちです。一応言っておきますと、視覚と聴覚をハックしてお送りしてますから、何をしても無駄ですよ」
理解が及ばないマスターに対する侮蔑を向けた目。
今になってようやく『この少女は味方ではない』と、全員が理解を示し始めた。
「まず、皆さんの記憶の通り、ムーンセルは熾天の座に侵入者を観測したことで、一時そちらの対処に回るために聖杯戦争を中断しました」
けれどどうやらAIであることには変わりないようで
「そして困ったことにその侵入者はムーンセルが全力を以て相手をしても勝てない可能性が残っている相手なわけです。残念ですねー」
そして、いきなり衝撃の事実をぶち込んで来た。
「そこでムーンセルはかつて観測した諸々の事象から、『貴方達の力を借りる』という選択肢を取ることにしました。これは『ムーンセルでは敵わない遊星を月の王となった聖杯戦争の勝者が対応に成功した』ということが基本らしいですけど」
与えられる情報の急展開さに口を開き、声を上げようとする。
「けれど、戦闘が終わった直後の疲れ切っている今の皆さんだと塵のように吹き飛ばされておしまい、な事態にしかなりません。それに、そうでなかったとしても今のままの実力ではどうにもならない。なのでこの私が派遣されたわけです。『別の世界でムーンセルの全権を掌握したことのある私』がですね」
そしてそこから、今からマスター各員がするべきことを説明していく。
今、マスターがいる場所は月の裏。かつてムーンセルが不要と断じたものの廃棄場。その中に作られた唯一の安全地帯である旧校舎。ここにあるものが侵入者の撃退のためのリソースとして使われないのは『悪性情報を使うのなんて百害あって一利なし』と判断したからだとBBは語る。
この旧校舎の校庭に存在する桜の木から表の聖杯戦争におけるアリーナと同様の空間に入ることができるため、擬似的なアリーナとして扱われ、そこを通ることで中枢にまで向かうことができる、という。
なお、『侵入者を倒せるだけの実力』を手にするために、マスターがたどり着いたときには手遅れだったという事態を避けるために、BBには一時的に『
タイムパラドクスを利用した攻撃は通用しないらしいが、この月の内部の時間が侵入直後で止まっているからこそ、『侵入直後の時間で、侵入直後の時間のマスター達が現れて倒す』という状況を作り上げ、それを以て倒す、と説明していた。
「ただ、ムーンセルからのこの指令。願いを叶えたいからと命の危険も顧みず聖杯を求めてここにやって来た
──報酬は『命を保ったままの帰還』と『一度限り聖杯にて願いを叶える権利』
「正確には願いを入力したらそのまま月から排出される、というだけですがね。破格の報酬と思うかもしれませんが、それだけの困難な案件だということです。願いが相反するせいで殺しあうのは別にいいですが、終わった後にしないとそれこそただ全滅するだけになりますよ?」
まあ、それも人間らしいんでしょうが、とせせら笑うBB。
「ああ、それとこの報酬は『侵入者を退治した決戦に参加したマスター』のみです。ですが代わりに、『地上に肉体が存在するかどうか』は判断材料にされず、『観測した決戦に参加していたか否か』のみに焦点が当てられますので、
そこまで言ったところでBBはパンと手を叩く。
「では、今回のBBチャンネルはここまで。それではまた来週」
その言葉の終わりとともにぷつん、と映像が途切れた。
──旧校舎にいるマスターは、校庭に集合してください。
そんな放送が成されたのは、BBチャンネルが終了してから一時間も経たないうちからだった。
校庭に設置されたのは急造の台。全員が集まると、その上にレオが登り、辺りを睥睨する。
「だいたいのマスターは揃ってくれたようですね。まずはこうして、ハーウェイと、そうでなくとも聖杯戦争であるために僕とは敵対関係にあるはずなのにそんな僕の呼びかけに集まってくれたことに感謝します。正直、もっと感謝の気持ちを述べたい思いがないことはないのですが、それはまた後で」
レオは、まず最初に結論から告げる。
「僕が今回提案するのは、
──ムーンセルに来てからの敵対関係ならともかく、地上での敵対関係にあるやつとも結べと言うのか。
そう語るマスターがいた。レオはそちらを向いて
「ええ。この戦いはこれまでと同じ『負けたら終わり』な戦いではありますが、『仲間を作れる』という点では違います。であれば、命を賭けてでも叶えたい願いのためならば、過去の遺恨を水に流すとまでは言わずとも一時抑える程度のことは、できると思っています」
──他に意見は?
そう問うレオに、そんな意見は出てこない。それを見てレオは一度頷いてこれからの予定として考えていることを話し始めた。
レオが立てた案は基本に堅実なものであった。
『アリーナで鍛える』というBBの言葉を信じるのであれば、『勝機が見える』ラインに達するために用意されているエネミーが、アリーナに入った直後の段階でレベル表記にしていくら程度なのか。
それがわからないのでまずアリーナに入る者には二人一組のコンビを組んでもらう、というもの。
そしてそれを残りのマスターで支援し、確実に情報を持ち帰ってもらう。
今のところ他者から与えられた情報しか存在しないために、自分たちでも手に入れられる情報を手に入れるための行動だった。
「まさか輪と組むことになるなんて思わなかったよ」
「こっちもね」
そしてその最初の二人として選ばれたのが雪城輪と岸波白野の二人。
この二人は元からある程度仲が良く、そして二人とも──輪は死に戻りによる恩恵ではあるが──敵手の動きの観察に優れている。
レオは『強すぎてエネミーの実力を正確に把握できない』可能性があるため投入することが難しく、他のメンバーはいきなりコンビを組んでも仲良くやれないだろうということで、できる限り実力が近しく、仲が良いので連携にもそこまで不安がない二人が選ばれた。
今はまだエネミーが
『お兄ちゃん、そこの近くにエネミーがいるみたいよ』
「おっけー」
『白野さんも、気を引き締めてください』
「わかってるよ、レオ」
今回の支援役たるイリヤ、レオの連絡で二人が視線を向けた先にはこれまでに見たことのないエネミー。
これまでの動物を模しただけの無機物なエネミーとは違う、動物そのものの有機的なエネミー。巨大なトカゲというのが近いだろうか。
その姿を認めて、二人はそれぞれ己のサーヴァントに呼びかける。
「セイバー」
「アルターエゴ」
──頼んだ。
その言葉は重なり、背後に付き従っていたサーヴァント二名が前に出る。
「任せよ!」
「ええ……いくよ、シロウ!」
白野が呼びかけたセイバーも、輪が呼びかけたアルターエゴもこれまでとは衣装が違う。
聖杯戦争の度にアップデートを繰り返してきたことで、そのアップデートした舞台に合わせた
けれど今、彼らが存在する旧校舎とそこから繋がるアリーナは過去の、今のものにアップデートされる前の異物を校舎の形、アリーナの形に仕立て上げたもの。今のマスターやサーヴァントの規格のままでは齟齬が発生する。
なので『旧校舎の規格にあっている』と誤認させるための礼装が必要であり、それはマスターには旧校舎の制服、サーヴァントは別の衣装という形で現れていた。
男装をしていた赤きセイバーは、白きウェディングドレスと拘束服が合わさったような奇怪な衣装。確か赤かったはずの刀身も、なぜか白くなっている。
民族衣装を着た雪のアルターエゴは、白のイメージはそのままに、そこに鮮烈な赤が加わっていた。俗に言えば巫女装束。それの緋袴部分が見事にミニスカートに変化している。その下は純白のニーソックスというコスプレのような服装。ちょこんと頭の上で結ばれた赤いリボンが愛らしい。けれどそこに異質な、首輪と両手にすでにどこにも繋がらない手錠がなぜか存在する。
それらの衣装へと変化した少女たちは、けれど服装など関係ないと言わんばかりに走り──アルターエゴは途中でシロウに乗ったが──エネミーに向かう。
並大抵の敵であれば一撃で粉砕できるはずの彼女たちの攻撃はしかし、痛痒にも感じないかのようにエネミーは吠える。
「思ったよりも硬いな、こやつ」
「なら、
アルターエゴが放つ氷の魔術を受けても、しばし動きを止めるだけで効いている様子が存在しない。『ダメージが通りづらい』ならばまだしも『ダメージがない』のでは彼らにはどうしようもない。
「ダメージが入ってない……!?」
「どうする……!」
『いえ、ダメージは入っているようです。ただ表面上には現れていないだけのようで』
『ちょっと時間はかかるかもしれないけど、倒せることには変わりないよね』
「だったら……」
「やることは一つ」
レオとイリヤからの報告で、二人が指示すべきことは決まった。
あとはそれを口にするだけ。
──そいつを倒せ!
BBちゃん、ムーンセルがextella世界線を観測したことで聖杯戦争に勝利してもセンパイが消滅しないのを知ってガッツポーズ。