それは、走っている時のこと。
「ミス遠坂。僕のコードキャストが発動しなかった理由はわかりますか?」
『悪いけどわかんないわね……こっちで見ていてもあんたのコードキャストは完璧だったもの』
「あれが発動しないわけがない、と。それなら答えは簡単でしょう。これまでの探索で『アリーナ内部でコードキャストが使える』ことは輪さんと白野さんが証明してくれている。それなのに発動しないのであれば……」
『あのエネミーがなんかしたってこと?……そこは右よ!』
「了解……ええ、そう考えるのが一番わかりやすいです。『発動した時』と『発動しなかった時』の差異を考えれば、『ある一定以上の力量を持つマスターの魔術を無効化する』『アリーナ第二層、あるいはそれ以降も魔術を無効化する』というものがパッと思いつきますが……」
『一つ目に関してはあり得ないだろう。地上の補助を受けて一流クラスの魔術を使える俺の魔術は無効化されなかった』
「二つ目に関しても、僕たちの移動速度を上げる魔術を使えましたからあり得ません。そうなるとありえるのは……」
『あのエネミーの効果ってわけね』
「ええ。ですので、僕たちは今回、本当の意味でただの魔力タンクにしかなれません。……ですので、今のうちに強化をかけておかないといけないわけですね。その能力が、すでにかけられたコードキャストも無効化するのかどうかはわかりませんが……」
そんな、一幕。
三人が発見した清姫は、先ほどまでとは似ても似つかぬ姿になっていた。
「これは……西洋の竜と習合しているのですか……?」
『そうみたいね』
先ほどまでは細長く、翼も存在しない典型的な東洋の龍。しかし今、清姫だった外装は和洋折衷というべき姿になっている。
細長い胴体の中腹、手足の間の部分が西洋の竜のようにでっぷりと太っている。けれど手足は細長い東洋の龍の部分に残っている上、頭と尾も東洋のまま、さらには胴体から細長く伸びているので、『西洋の竜が一歩間違えればこうなっていた』と言えるようなブサイク状態。
『しかも、何を取り込んだのかわからないけど、今のそいつは龍属性もあるわ。アルターエゴの龍殺しがようやく輝く時がきたわね』
「では、今度はアルターエゴの宝具を叩き込むことを主軸に戦うことにしましょう」
重体ながらも起き上がろうとしている龍。その龍相手にすでに退場したランルーくん以外に切り札と成り得る人物ができたことは、今から戦う彼らにとっては朗報である。
「来ますよ!」
ある程度の距離まではマスターも共に走って近づいていくが、途中で止まり、戦闘に巻き込まれない距離を保つ。
「午前の光よ、善き営みを守り給え!」
走りながらも、ガウェインは『聖者の数字』を発動し、その能力を向上させる。
「聖者の傷よ、飛沫となれ!」
ほぼ同タイミングで、セイバーも『
そして、今回の主力となるアルターエゴは──
「マスター!」
「ああ、わかってる! 宝具の使用を!」
己のマスターに、宝具の使用許可を求めていた。
アルターエゴの『宝具』と呼べるだけの力を持ったものは三種類。一つは、『
最後の宝具に関しては、すでに弱体化させられたが、それはサーヴァントを呼び出せないというだけで、『雪城輪とアルターエゴのコンビが強化される』という点では変化はない。龍殺しの一撃を叩き込む必要があるのであれば、アルターエゴを強化する今の状態でもなんら問題はない。
「
アルターエゴが取り出したのは、獣人の姿と、その下に『Berserker』と書かれたカード。宝具弱体化を告げられた時に気がつけば持っていたそれは、弱体化した宝具を使用するために必要なもの。
「
その言葉とともに、アルターエゴの姿が変貌していく。魔法少女の変身シーン、というのが一番近いだろうか。その衣装が変化し、これまでの姿とは全く別のものになる。
握っていた剣は巌をそのまま削り出したような荒々しい大剣へと。赤いリボンが巻かれていた頭には、全く同じ位置に古めかしい、けれど高貴さを感じさせる装身具が。そして髪型はこれまでのストレートからポニーテールに。変化はそれだけにとどまらず、巫女装束に覆われていた上半身は胸に巻かれたサラシ一枚のみが身につけられ、逆に下半身は履帯と腰巻によって足元まで覆われている。首元の首輪は消滅し、手首につけられていた破損した手錠は、装身具と同じ模様の腕輪となった。
それはまるで、アルターエゴがあの時召喚したバーサーカーになった、と言われても、その姿を知っている者ならば誰もがなるほどと頷いてしまうような姿だった。
「時間がないから一気に決めさせてもらうね!」
疾駆。その速度はこれまでと同じ。けれど、速く感じる。
この宝具の弱体化によって得たものは本来の仕様であれば、『そのサーヴァントになる』ことしかできないが、それでは結局のところ『サーヴァントがアルターエゴからバーサーカーに変わる』だけであり、ステータス面では弱体化する箇所すらある。元々が自陣営の完全な強化としか言えない宝具に、弱点までつけて返すのではなく、その強化の度合いを下げた結果が今の状態。
結果、アルターエゴとバーサーカー。その二つのステータスをそれぞれで見比べて、より高い方が選ばれている。さらに、アルターエゴの武芸にバーサーカーのものが+されたことにより、『普段よりは強いけど、あの宝具を使った時よりは弱い』『普段よりは魔力を食うけど、あの宝具を使った時よりは消費量がマシ』程度になっている。
アルターエゴが持つ怪物退治のための力ではなく、バーサーカーが人間時代に築き上げた人間の武術の、狂化してもなんら関係なく扱えるまでに染み込ませた歩法を駆使した疾走であるがために、ただ走るよりも速く見えているのだ。
「ふっ──!」
速度を乗せて、筋力Eだった細腕から、筋力A+相当の腕力を以て大剣が振るわれる。それはアヴェンジャーの腹の部分に当たり、その巨体を地面からわずかに浮かせるほどの威力として結果を残した。
「ガウェイン! セイバー! これが保つ時間は10分程度よ! その時間内にでかいの一発入れる隙を作って!」
「ええ、任せてください!」
「任された!」
短い手足と太い胴体が、反発し合う。東洋、あるいは西洋だけであれば清姫にも反撃の目があったのだろうが、東洋の龍の腕が、太ましい西洋竜の肉体になったことで届かない。攻撃手段としてまともに機能するのは口から放つ炎だけで、尻尾すらもヨタヨタと回る今の清姫では攻撃として通用するほどの速度を出せない。
だからと言って、三騎のサーヴァントは油断をしない。それがただのフリでしかなくて、大技を放つのに必要となる溜めの瞬間を狙っている可能性がない、などとは言い切れないのだから。
「その呼吸を乱す!」
ガウェインからの『円卓の刻印』が刻まれた一撃によって、その炎を放つ動作に必要となる呼吸が乱され、炎を吐けなくなる。
「では、余の剣技も受け取ってもらおう!」
先の戦闘でも使われた『
「グラァァァァッァァァァァァァ!!」
咆哮に秘められた憤怒に、されど力は存在しない。体勢が崩れ、倒れゆく今の彼女に、何かをする余力は存在しない。これまでならできた諸々が、再生のために加えた
そこに、アルターエゴが迫る。この戦いにおいてはマスターからの援護が期待できない以上は己の力で戦うしかなく。されど、生前からの縁というこの場にいる残りの二人からしたらちょっと羨ましくなるような力を借りて。
そして、少女は剣技を振るう。
「ナイン──」
一瞬、言葉を詰まらせる。相棒たる彼の力を振るうのと同時に一つ、この依代からもう一つ持ってきた縁。熊に名付けた名と同じ名前を持つ少年が使った技を思い出して──技の名前を言い直す。
「
使う技は何も変わらない。通常の、バーサーカーの
放たれるは神速の九連撃。アルターエゴが持つ龍殺しの属性を乗せたそれらは、全て龍体の急所を抉るように切り裂いた。
「Aaaan……chiiin……」
巨大な音を立てて倒れる龍。対龍の、宝具と化した九連撃。それを受けて生きていられるほど、回復していなかった。
「これで、終わりですか……」
語るレオの言葉には疲労が色濃く見える。王であっても人の肉体である以上は疲労という摂理からは逃れ得ない。
「さ、さすがにこれは疲れる……」
白野も、膝をついている。
「これ、確か失った力を取り戻すために共食いした個体だろ……? ってことはこれから先もっとこんなの出てくるの……」
輪は、これからのことに悲観していた。
「……さすがに三人がかりじゃないと倒せないような敵がポンポンいるところに今から行くのは自殺行動にしか思えないよね」
「とりあえず、今日の探索は終わりにしましょう。あの個体……仮称サーヴァント・エネミーとでもしておきますか。あれの撃破も終わったことですし」
レオの一言で、一度三人は生徒会室に戻ることになった。
生徒会室に戻ってきたところ、レオは疲れを見せながらも『生徒会長』という役職にふさわしく、これからの行動についての話を始める。
「先ほど雪城さんも言っていた通り、『失った力を取り戻すために共食いをした』というBBの発言を信じるなら、それによって生まれたあのサーヴァント・エネミーと同等の敵が次の三階層には待ち受けている可能性が高いです。ですので、一日休息を入れてから、しばらくの間は一層から三層までの探索を主として行おうと思います。……兄さん、アサシンとともにその間に四層に探りを入れてください。四層以降の敵の基本がどれくらいの実力なのか、探れる範囲でいいですから」
「……了解した」
「では、今日は解散です」
──マイルーム
「ふぅ……今日は疲れたわね」
「う、うん、お疲れ様」
微妙に頬が上気しているアルターエゴに艶を感じて、輪は視線を逸らす。
戦いを終えてからその調子なのはわかっていたが、理由も、治し方も、全く見当がつかないためにどうしようもない。
「なあに、マスター? 視線を逸らして、どうかした?」
一度何かが気になると、次々普段は気にならないようなことまで気になりだすもので、表にいた頃よりも薄着な巫女装束だの、黒いタイツからニーソックスに変わったことで生まれた絶対領域だとか。そう言ったものが輪には目の毒になっていた。
「い、いや、特に理由があるわけじゃないよ?」
しかし、それを口にするわけもない。少女は己の死に戻りという状況に唯一ついてきてくれる相手であり、その相手に向ける慕情も加わって、これから先の関係が悪くならないように、と世間一般でいう「恋する男子」みたいな行動をしていた輪に、アルターエゴは首を傾げながらもそれ以上問い詰めることなく、猫のように己のマスターの近くでゴロンと横になる。
「え、ちょ……アルターエゴ!?」
「なあに? 今日も一緒に寝ましょ?」
輪の、悶々とする夜が始まる。
ちょっとインストールが原作に比べてチートかと思うかもしれないけど、それでもヘラクレスとアルターエゴの二人に同時に襲い掛かられるよりはマシだと思うの。