「アルターエゴの調子が悪い?」
「ああ。なんかサーヴァント・エネミーを倒した時から風邪っぽい状態になってるんだ」
「ふむ……もしも今日中に治らないようであれば、その時は治るまで探索から外れてください」
「了解」
サーヴァント・エネミーの撃破翌日の朝の会話。
「そういうわけだから、何でそんなふらふらしてるのか教えてくれない?」
「そんなにふらふらしてる?」
「してる」
今もちょっと上半身が左右に揺れているし。まだ顔赤いし。
そんなアルターエゴの調子を見ながら、休息日。アルターエゴにその理由を問いただす。
「うーん。あれかな? 昨日のエネミーを倒した時の魔力吸収。ちょっと量が多かったから……」
「許容限界を超えた?」
「多分……」
そういえば、とまだ聖杯戦争が続いていた頃、第一回戦の時に魂の改竄に行った時に言われたことを思い出す。
「アルターエゴの……
「しばらくすれば順応して、強化に回せるとは思うけど、今のままだと魔力の使用も厳しいかな……?」
これまでは改竄をこまめに行なっていたために気がつかなかったが、最初の改竄の時に『能力を上げる際は少しずつ』という助言を受けていた。その”少しずつ”のラインを超えてしまったことが原因で、今はダウンしているということらしい。
「……どれくらいかかりそう?」
明日から再開される探索には、いつ頃から参加が可能になりそうなのか。
「わかんない、かな」
「そっか……」
ちょっと長めの休暇を合法的に手にしたと見るべきか。それとも他のマスターに差をつけられてしまうと焦るべきか。どちらにせよ、良い結果には繋がらなさそうな感情だ。ゆったりしすぎて置いていかれるか、焦って決定的なミスをするか。……これから先にもサーヴァント・エネミーと戦う可能性があると考えると、最初の方で一度体験できるのはありがたい、と考えるべきか。
「でも……」
「でも?」
何か対策があるらしい。聞いてはみるけど、なかなかその手段を教えてくれない。
「その原因の魔力を一旦抜いて、
「そんなことできるの?」
「ロウヒの魔術の中に
「なら、それを使えばいいんじゃ……」
……いや、待て。そんな手段があるのにやっていないのなら、そこには何か理由があるのでは?
「条件があるのよ……粘膜接触っていうのが……」
「あ……はい……」
恥ずかしそうにするアルターエゴに、自分まで恥ずかしくなってくる。「体液の摂取」だったら、血液を取り込む形でもいいはずだが。神代の魔術のくせしてその辺り融通がきかない。というか、たとえ体液の摂取だったとしても、そもそもロウヒの、神代の特殊な魔術式をこの神秘が薄れた時代の俺に教えるためには結局──
「うん……そうね……」
と、そこまで考えたところで、アルターエゴが何やら先ほどまでの微妙に恥ずかしがる顔から思案顔に変わっていたことに気づく。どうかしたのかと問おうとして
「んんっ!?」
直後、するりと近づいてきたアルターエゴに唇を奪われ、さっきまで考えていたことが全て頭の中から吹っ飛んだ。
「マスター……その、魔術の術式を魂の方にインストールしたけど……大丈夫?」
「う、うん。……大丈夫、だけど……ちょっと心の準備させて欲しかったな」
「それは……ごめんなさい……」
会話が続かない。ここまで沈黙が辛くなったのは一体いつ以来だろうか。少なくとも月に来てからはなかったはずだから、多分覚えていない地上での話のはずだ。
アルターエゴから術式をインストールされたことで、体の内部、どことも言い切れない部分でなんとなくズシリと重くなったような感じがする。きっとこれが、魂というやつなのだろう。
「ねぇ、マスター……」
言いたいことはなんとなくわかった。というかそのためにこれを渡したんだろうし。
「いいの……?」
けれどちょっとヘタレた。俺が勘違いしている可能性もあるし……ああ、いや違う。俺はアルターエゴ自身から、許可が欲しいのだ。明確な言葉として。だから聞いた。
「うん。そのために渡したんだし」
それに、とまた一度恥ずかしそうな表情に戻りながらも、けれどアルターエゴは俺から視線を逸らすことなく決定的な言葉を告げた。
「三回戦の決戦の時にも言ったと思うけど、私、マスターのこと好きだもの」
…………………………
………………
…………
「お兄ちゃん、宝石もらって来たよー。苦労したんだか、ら……?」
「あー」
魔力を一部アルターエゴから輪に流し終えた後、アルターエゴの調子が戻ったわけではないが、輪の体も限界を迎えそうになった、という事情を知らないが、「アルターエゴの調子を戻すために魔力を貯蓄できるものが必要」ということを説明したところ、宝石魔術を使用する遠坂凛から宝石を譲ってもらったイリヤがそれを届けにマイルームまでやって来た。
「って、なんでお兄ちゃんも倒れてるの?」
「あー」
「ちょっと色々あったのよー」
アルターエゴが倒れていることはすでに生徒会の面々には伝えられていたが、今さっき倒れたばかりの輪については生徒会の面々では一二を争う程度の時間を共に過ごしているイリヤも知らなかったのか、驚いている。
「それで、これをどうするの?」
「とりあえず、アルターエゴが魔力を扱えるようになるまで俺に移して、それを俺が宝石に移す作業を繰り返しかなー」
治った後に、また少しずつ強化に回していくけれどという輪。
「明日にはまた戦えるようになってると思うから、そこは安心していいよー」
ぐだっと、表の聖杯戦争では絶対に不可能だった時間を過ごす二人。今も余裕があるわけではないが、それでも一日程度ならこうして休むことが許される、けれど敵はこれまでよりも遥かに強大な、どちらの方がいいのかと言われると悩むような日常。
アルターエゴが輪の上に乗って互いに抱きしめるようにして横になっている。それを見たイリヤはどことなく、これまでよりも二人の間の親密度が上がっているようにも感じて。その状況に、自分よりも長く一緒にいたことを知っているとはいえ、なんとなく兄が取られたような気分になり正体不明のムカムカとした感情に襲われて──
「私も混っぜろー!」
その二人の寝ているベッドに飛び込むのだった。
「うわっ!?」
「ちょ……!?」
二人は驚くが、アルターエゴはすぐに少し右にずれて、イリヤが入るスペースを作る。そこにすっぽりとイリヤが収まったことで、勢いづいたその飛び込みを受けた輪はグエッとカエルが潰れたような声を出すも、すぐに今度はイリヤもまとめて抱きしめる。
「そういえば、イリヤって普段は何してるんだ?」
頬をすりすりと胸元に擦り付けてマーキングするイリヤに対して、輪は問いかける。
「ん、私? お兄ちゃんのサポートだけど?」
「いや、そうじゃなくて……」
輪と共に部屋にいても、イリヤは輪にはよくわからないことをしている時がある。それは、魔術師としての実力が二人の間では隔絶しているがために輪にはわからないことで、逆に同一人物であるアルターエゴは彼女が何をしているのかある程度は把握しているようで、含み笑いをしている。その内容について尋ねてみたところ
「なーいしょ」
ちろりと舌を出してウインク。
アルターエゴとの互いの存在を相手に刻み込むような一日が終わり、その翌日、復活していたアルターエゴと共に輪は今日も生徒会室に向かう。
「……」
(……)
けれど昨日のことで少しばかり関係性が変わってしまったこともあり、二人の間にはこれまでの心地よい沈黙とは真逆の、重たい沈黙が蔓延っていた。何を話せばいいのかわからないけれど、それでも何かを話さないといけない。でもやっぱり話す内容がなくて。という思考の繰り返し。
「おはようございます、お二人とも。元気になったと聞きましたよ。これなら、今日からの探索には加われそうですね」
「ああ、うん。大丈夫大丈夫」
今日から行うのは、清姫の存在によって出来なかった第二層と第三層の散策。そこにいるエネミーを倒してサーヴァントの強化を行う目的もあるが、『ムーンセルが使えないと廃棄した情報』がある虚数空間から持ってこられた『それを使ってしまうと聖杯戦争のルールが壊れてしまう』というレベルの力を持つコードキャストが刻まれた礼装もある、と考えられていることもあり、そちらも急務ではある。
「では、今日からしばらくの間……具体的な目安としては一層につき一週間。できる限り急ぎたいところですが、それで下手なことをしては意味がないです。正直この期間も『いつ何が起こるかわからない』という今の状況では長いですが、次層以降の探索に必要となる実力を身につけるための時間、と見ればとても短いです。焦ってはいけませんが、だからと言って悠長にすることはないように」
散策は進む。敵のエネミーは幾多の戦いを超えて強化されてきたセイバーとアルターエゴのコンビの前に粉々に砕かれ、
「やったね、輪……輪?」
「…………」
白野は敵を倒す度に喜び、そして輪は魔力がアルターエゴに流れ込む度に、昨日のことを思い出して少し恥ずかしくなる。
「え、あ、ああ。そうだな」
「さっきからなんだか上の空だけど大丈夫?」
『やっぱり昨日のこと?』
そこに、イリヤからの通信が届く。
「昨日? アルターエゴに熱が出てたっていうのは聞いたけど……」
他にも何かあったのかと問う白野に
『ふふっ、昨日私が一旦マイルームに戻った後、もう一度生徒会室に戻る前にマーキングついでに監視をちょっと仕掛けておいてね』
イリヤは面白そうに言う。
「ちょ……っ!? 何してるんだ!」
けれど、それを見られていた側としてはたまったものではない。なので口止めしようとしたのだが
『おや、何があったのですか、ミス・アインツベルン? その顔を見るになかなか面白そうなことをしていたようですが』
さらにレオも乗っかる。
『あら、面白そうな話ね。確かに歳若い男女が同じ部屋に二人きり。何もないはずがないわよね?』
『仕事をちゃんとこなしてくれるのであれば何も問題ないのでは?』
ラニは、特に興味を示すことはない。
『お前たち……雪城にもプライベートというものがあるだろう。それぐらいにしてやれ……』
嘆息しながらもユリウスは止める。
『神前にて男女が愛を誓うのは神聖な事よ。我が神の前にて永遠の愛を誓うというなら、そのあたりの準備は手伝うが?』
なぜか生徒会室にいた臥藤が言う。
「お前ら……」
もはや生徒会室にいるユリウスとラニを除いた全員がこの件に興味津々なのだと理解して、そしてイリヤの口を塞ぐ手段がアリーナにいる現在では存在しないので輪にはどうしようもない。
『お兄ちゃんねー、アルターエゴとベロチューしてたの』
『うん? それってアルターエゴの見た目的にはんざ……いや、雪城くんも見た目の年齢的には何も問題ないか』
『おや、それはおめでたいですね。そんなことをするほどの間柄になっていたとは』
『男女が互いの愛を交わし合うのは良きことであるぞ。何も恥ずかしがることなどない』
輪に届く生徒会室からのサポートの面々の声。さらには目の前にいる白野も「なんか悪いこと聞いちゃったなー」というような気まずそうな顔になっている。あー、とかんー、とか。何を言えばいいのかわからなくなってしまった白野は最終的に──
「おめでとう、ございます?」
という他なかった。
『そこを右に曲がってください』
そこに、歩きながら話をしていたこともあり、一切関係ない様子を装っていた唯一の人物、ラニが平然とナビゲートを続ける。結局、この後はバラされたこともあって平静を保てなくなった二人を慮って白野が撤退を要請したことによりその日の探索は終了した。
「まさか、こんなことになるなんて……」
「イリヤ、なんてことしてくれたのよ……」
「いひゃいいひゃい」
探索の後、マイルームに戻ってきてイリヤの頬を引っ張るアルターエゴを見る。
その姿は仲の良い姉妹のようで微笑ましいのだが、その状況が発生したのは自分たちの関係性が変化したことを暴露されたから、というのがなんとも言えない。
「でもお兄ちゃんたちの様子を見てたら、いずれ皆変だなって気づくじゃない。今日は白野が気づいてたし。それが原因で変になってるのが治るまでは参加ダメって言われたらそっちの方がお兄ちゃんの願いからしたらダメじゃない?」
「そりゃ、そうだけど……」
イリヤにも、すでに『願い』についての話は通した。了承を得ているために、後は俺が聖杯に願うだけのこと。だから、聖杯を使えない事態になると俺が困るから、と手助けしてくれたのはありがたいけど……と、けれど納得はいかず悶々とした気持ちになる。
「ほら、明日からも散策は続くんだし、今日はもう寝た方がいいんじゃない、二人とも?」
「そう、だな」
納得はいかないが、それでも外されると困ることに変わりないので、今日はこれ以上問い詰めるのはやめておこう。幸いにもまだまだ時間はある。
そんなことを思いながら、アルターエゴを抱きしめて眠るのだった。
CCCの五停心観の受け渡しがキアラの趣味かそれともキスでないと受け渡せなかったのかが判断に困ります。レオたちの反応を見るに基本的には魔術の受け渡しはキスではないみたいですけど……いや、そもそも魔術をあんなに簡単に渡す事態なんてものが存在しないのか? 対パッションリップ用のアレも礼装って形だったし
ちなみにしたのはキスだけです