たっぷり二週間。二層と三層の散策に当てた翌日。ついにその次の層へと侵入する時がやってきた。
「ということで、これからの一層から三層までの探索は連携して戦えるレベルになった三人を投入します。……言い方は悪いですが、三人を組ませたとしても、今のお二人の実力には及びません。貴方達、成長速度が異常と呼べるほどですからね。なので、本筋の探索はこれまで通りにお二人に探索をお願いします」
レオの言葉に頷く。
「とは言っても、今すぐに向かえとは言いません。今、兄さんが四層に探りを入れている最中ですから、それに対する報告が上がってからにします」
そこで、電子音が響く。ホワイトボードに『Sound Only』の文字が現れて、そこからユリウスの声が発せられた。
『レオ、聞こえるか……?』
「ええ、聞こえていますよ、兄さん。ですがどうしたのですか? こちらに戻るよりも先に連絡を入れるとは。普段の兄さんでしたら戻ってからだと思うのですが……」
『それが、多少厳しいのでな……!』
ユリウスからの音声には、走っている音と、多少の焦燥を含んだ声。そして何者か、ユリウスよりも巨大な何かの疾駆する音が聞こえてくる。
『今現在、サーヴァント・エネミーらしき存在に追われている!』
その言葉に、一気に生徒会室内部の緊張が強くなる。
『おそらく、元になったサーヴァントはライダーなのだろう……狼に騎乗する首無し騎士だ!』
「リターンクリスタルの使用はできないの!?」
『無理だ、それを使おうとした一瞬に、おそらく追いつかれ、噛み千切られる!』
遠坂の言葉にユリウスの簡潔な返答。
「では、アサシンは?」
『アサシンは上の首無し騎士の相手をしているために合流不可だ!』
ラニの言葉にも、簡潔に状況を伝える。
『今の所手に入れた情報をそちらに送る! それを有効活用しろ!』
その言葉とともに、端末内部にユリウスが調べたアリーナの構造、サーヴァント・エネミーの姿、諸々の情報が届けられた。
『すまんが俺はこれでリタイアだ。後のことは任せたぞ……!』
「何言ってるんだ! 今からそっちに助けに!」
白野は叫ぶ。
「『
けれど二箇所から、音声通話と肉声の二つで、兄弟から同じ内容を伝えられ、それが無駄だと断言された。
「今から行っても、おそらくたどり着くのは兄さんが殺された後です」
『そうだ。それにこの狼、おそらく俺が仲間に連絡を取って救援要請を入れていると思っているのか、仲間ごと皆殺しにするためにわざと手を抜いて追っている。だから、お前が来れば奴らの思う壺だ』
「でも……!」
それでも、白野は諦めきれない。簡単に諦めきれるようであれば、そもそもここまで生き残ることは不可能だった。
『そう、悲観するな』
だから、それを押し留めたのは、もう死ぬと自分で言ったくせに『これでいいんだ』というような、どこか安堵した様子すらあるユリウスの言葉。
『確かに俺はここで死ぬがな。それでも、こうして死ぬことができて、どこか安堵している自分がいるんだ』
それは、彼の遺言となる言葉。
『やっている内容はこれまで通り、レオの障害となる存在を排除するためのものだが、レオがこの間言っていた”同じ目的を持った対等な仲間”とやらがいたのは初めてなんだ。これまでのそれは”上司の手足”か”部下に指令を出す立場”のどちらかだったからな。……それに、後ろめたい技術を後ろめたくないことに、仲間の道を切り開くために、というのは俺のような暗殺者には似合わんが……ああ、それでも”
気持ちいい、と最後まで言うことはできず、ユリウスからの連絡は途切れた。
「…………っ!」
生徒会室は沈黙に包まれる。その事実が最初の脱落者が出たことを、この場にいた誰しもに知らしめた。
「……今から、四層の攻略のための会議を開始します。兄さんが残した情報を無駄にしないためにも」
全員が何かしらの感情を抱いている中、レオの言葉が響く。
「兄さんの残したデータを無駄にしないためにこそ、今からの攻略を行います」
送られてきたデータはアリーナの、ユリウスが回った範囲内の構造と、そしてサーヴァント・エネミーの姿。銀紫の毛並みの魔狼と、その上に乗る首無し騎士の姿がそこにはあった。
「これは、下の狼が宝具よね?」
「ええ。人類史における功績による信仰を受けた存在が英霊です。獣のサーヴァントなどあり得るはずがありません」
「そうなると、『狼』と『首無し騎士』がキーワードよね」
「でも、狼に騎乗した英霊……?」
『はい、皆さん残念! そんな考え方では一生かかってもあのサーヴァント・エネミーの正体にはたどり着けません! そんな哀れな皆さんのためにこの私、BBちゃんが天の恵みを与えましょう! さあ、それでは行きますよ! せーの、”BBチャンネル”!!』
「はい、それでは皆さんお久しぶりです。BBチャンネル始まりです。三回目の今日は、今回ユリウスさんを殺害したサーヴァント・エネミーについてと、迷宮が何階層あるのかですね。……生徒会の面々も微妙に慣れてきてません? もうちょっとちゃんと反応してくれないとBBちゃんは楽しくありません」
さすがに三度目ともなれば慣れてくる。しかし、BBとしてはその反応が気にくわないらしい。
「皆さんはあれがライダーだと判断しましたが、残念、不正解! あれはアヴェンジャーであり、そしてあの狼と首無し騎士はそれぞれ独立した存在だったのが習合されて一つの英霊になったものです。詳しいことに関しては前回と同じようにデータを送っておくので、それを見て確認してください」
視覚と聴覚をハックされているのでわからないが、今届いたのだろう。あとで確認する必要がある。
「そしてもう一つ、アリーナの構造ですね。今から貴方達が出会うことになるサーヴァント・エネミーが敷地としているのは四〜六階層。そして、もう一体だけサーヴァント・エネミーが三階層分を自らの空間にしています。そのあとに特殊な階層が一つあって熾天の座に晴れて到着。つまりここが折り返し地点です!」
これで伝えることはおしまいです、と言わんばかりのBBだが、こちらには聞かないといけないことがある。そう思っても自分が何を口にしているのかわからない。
「……ん? どうかしたんですか? 質問……? 仕方ないですねぇ……一つだけ答えてあげます。では白野先輩、どうぞ!」
「あ、しゃ、喋れる!?」
「はい、ですので質問があるならどうぞ? 私も気が長い方ではないので、早く言わないとないと判断して帰りますよ?」
「なら……」
BBチャンネルのスタジオに出現した白野が少し思案して、その質問をした。
「このあいだの清姫相手に、レオのコードキャストが発動しなかったのはどうして? 清姫のマトリクスには載ってなかったけど」
「ああ、あれですか。簡単です。清姫のスキルでそれができないなら、エネミーの持つスキルですよ。全てのエネミーの中には『因子』が存在して、それが一定以上習合したことで能力として発現するレベルに至ったわけですね。スキルとしての名称をつけるなら『■の因子』と言ったところでしょうか。
あれは『悪性と判断したことを禁じる』スキルです。一番ランクの低いあの清姫は『神聖な戦いに、参加できるほどの力のない者の横槍が入ること』を悪性として禁じました。逆に言えば『あの清姫を殺傷しうる一撃』を一度でも放てば、その人物のそれ以外の攻撃も『牽制』として認められて使えるようになりますけど」
一部、ノイズで聞こえなかった。けれど、あれの正体と対処法を教えてくれたために、今はそれだけで十分。はい、それでは今回はここまで、というもはや恒例となりかけている終了の合図とともにBBチャンネルが終了した。
【CLASS】アヴェンジャー
【真名】へシアン・ロボ
【性別】男性
【身長・体重】181cm・99kg
【属性】混沌・悪
【ステータス】筋力A+ 耐久B+ 敏捷A+ 魔力E 幸運D 宝具B+
【クラススキル】復讐者:A 忘却補正:B 自己回復(魔力):B
【固有スキル】堕天の魔:A+ 怪力:B 死を纏う者:A
【サーヴァント・エネミースキル】■の因子:C
【宝具】
与えられた情報を確認する。
「へシアン……アメリカの御伽噺のあれよね?」
「ロボ、というのはシートン動物記のあれでしょうか……」
「ふむ……確かに『全く関係ない逸話が二つ融合している』というのは真名にたどり着けませんね」
「そこは真名わかったから良いけど、どうするの? ユリウスがやられるような奴よ。しかもシートン動物記のあれを見る限り、ロボの知性は高そうだし」
「……ブランカを用意しますか」
「できるの? ロボよ? あの『悪魔が知性を与えたような』と言われる狼。それが、私たちが用意したブランカだと気づかないと思う?」
「ユリウスが負けたのは二対一みたいな状況だったからだ。向こうはへシアンとロボで別々に行動できるけど、ユリウスはアサシンだけだ。それを考えると、真正面から戦った時に倒しきれないかはわからない……と思う」
「そもそもあいつ、エネミーが皮を被っているんだから通用しないと思うけど……」
「……とりあえず、ブランカは用意しましょう。どうしても時間がかかりますからその間に一度交戦を。絶対に二人一組で行動するように」
「宝具には気をつけなさい。死亡確定させる宝具ではないみたいだけど、死亡しやすくする宝具みたいだから、下手したらさっくり首を刈られるわよ」
それにしてもこの器は優秀だ。
迷宮の中で一匹の獣がそんなことを思っていた。
いいや、こいつは獣ではない。獣の皮を被ったただのエネミーだ。
己の悪性を誇り、人間がそれと同種の悪性を持つことを許さぬ■■■の一部だ。
けれど。
この器は人間ではない。
あくまで本体は狼であり、上のそれはこれにとってはただの人形。
実際には二人とも本体なのだが、それらはそう己を納得させていた。
この
呪詛を外装として、人間の命を刈り取るための武器と化すスキルをはじめとして──
全てのスキルが「人間をいかにして惨たらしく殺すか」ということに特化したこの躯体は、人類の悪性を許さぬ彼にとってはとても素晴らしい肉体だった。
さあ、また新しい獲物が入ってくる。来るのならば来るが良い。
この肉体こそが狼王ロボであり、そしてブランカという弱点を中身が己となることで全て消滅させた究極の存在。人類を憎む者に人類を刈り取る者が加わった、究極の刑罰兵器。
この時代の人類を滅ぼすために顕現した、滅亡の先触れである!!
吠える。咆える。吼える。
遠吠えというにはあまりにも邪悪。咆哮というには余りにも不純。
ドロドロとした殺意に塗れた、気高き狼王の肉体にはそぐわぬ遠吠えが、へシアンの肉体に追加された武装の数々、ロボが構える鎌を振動させ、呪詛の魔力を轟かせていく。その階層のエネミーがその魔力に染め上げられ、狼王の命に従う兵士となっていく。
これにて準備は整った。ああ、待ち遠しいぞ、人類。貴様らの全てをこの場で否定してやろう!
その時を夢想しながら、狼王の肉体に宿る者は、ただ時を待つのだった。
ユリウスくん、退場。どれだけ小さくとも良い奴ムーヴ見せたら死ぬかもしれないと思うと良い(前回の生徒会室の皆を止めようとしたこと)