「お疲れ様です、二人とも」
「うん、ただいまレオ」
「これ、返すな」
そう言って術式を返還する輪。さすがに輪にこれを平時からポンポン扱えるほどの実力はなく、宝石のようなバックアップがない限りは使用できない。
「ええ、ありがとうございます。これで、四層から六層までは安全に探索できるでしょう。……前回のアルターエゴの不調もあるので、今回も明日一日は休息を入れることにします。お疲れ様でした」
レオは、ユリウスが死んだことに対して何も言わない。目に見える形で悼む姿すらない。それが、どれだけ人間味のあるところを見せようと彼の本質が王であることを示していた。
「それと、一つ残念なお知らせです。先ほど、ミスターガトーとミスランルーに暴れ出した三階の面々の制圧に向かってもらった、というのは聞いたと思いますが、その際に三階にいた面々も含めて全滅しました。これで残っているマスターは今ここにいる僕、ミス遠坂、白野さん、輪さん、それと今探索中の三人です」
今度は目を伏せる。けれどそれも、どちらかというと目的達成のための人員が減ってしまったことを嘆くだけのことなのだろう、と誰もが感覚的に理解した。
このメンバーの中で、外側にわかる形で感情を出しているのは白野一人。それも、手を強く握るという程度で、生徒会室にはわずかに沈黙が訪れた。
「だからこそ、今日、明日はお二人はしっかりと休んでください。これ以上人命を失うわけにはいきません。明日の散策は残りの三人にお任せすることになります」
それを破ったレオの言葉によって、本日の探索は本当の意味で終了した。
──マイルーム
「また何かあった?」
そう問いかけられたのは、彼女の体に過剰に取り込まれた魔力を抜いている最中。
「なんだか、ユリウスだけじゃなくて、いろんな人が死んだって聞いてから微妙に変になってるように思うけど……」
そんなことを問いかけるアルターエゴの唇を、軽く啄ばむようにキスをして閉じさせる。
『アルターエゴの調子を戻す』という大義名分を得てのイチャイチャなどする機会はそう多くない。合法的に、二人して『それなら仕方がないよね』と、そう言ってこんなことをできる機会などほとんどないのだ。
だから、今はそんなことを考えたくないと、彼女の口を閉じさせる。
「もう……しょうがないわね」
口では仕方ないと言っているアルターエゴだが、それでも積極性で言えば俺とほとんど変わらない。互いの存在を求め合う一日が、今日もまた過ぎていく。
……………………
………………
…………
……
「それで、何があったの?」
翌朝、また問いかけられる。横にいるアルターエゴは起きたばかりだからか、昨日と同じ状態のまま、微妙に着衣が乱れているが、それも彼女は気にしていない。とは言え、俺はまだ気にかかるので少し視線を逸らして
「……ユリウスが死んだって聞いた時に、特に何も思わなかったんだよ」
そうだ。そうなのだ。
「『厄介な敵が死んだ、ラッキー』って気持ちも、『仲間が死んでしまった、悲しい』って気持ちも。それなのにユリウスは『仲間ができてよかった』なんて言って死んで。なんかバツが悪くなったなぁ……」
ついでに言うと、ランルーくんや臥藤も、死んだと聞いても『あ、そうなの』としか思えなかった。ユリウスにはサーヴァントを使って狙われた事実があるから、死んだと聞いて何も思わないのは別にしょうがないかもしれないが、助けてくれたランルーくんが死んでも何も思わないのはまずいと思う。
もしもの場合は肉壁にするつもりだったとは言え、確かにそれまでは仲間の予定だったのだから。
「いや、違うな。別にあいつらがどうなっても知ったことじゃない。……どっちかって言うと、俺は
「あー」
別に白野かアルターエゴ、もしくはイリヤのどちらかと選べと言われれば、その場合はただの障害として白野を殺すことに何も思うことはないだろうが、それ以外の時に、友人のまま岸波白野が死んだ場合に俺は何かを感じることができるのか。それが、とても不安だ。
「きっと大丈夫よ」
でも、アルターエゴはそう断言する。
「だって、『自分が友人の死を悼めないんじゃないか』って思えてるんだから。『友人が死んだら悲しい』ってことがわかってるんだから……」
「一回戦のシンジの時」
そうだ。これまでのようにアルターエゴの言葉に頷けないのはシンジと言う実例があるから。たとえそれがアルターエゴが言うところの『人間になる前』の俺のことだとは言え、一度『友人の死に何も思えなかった』と言う事実が、俺の中にはあるのだ。
「大丈夫。だって、『どうして友人になったのか』すらまともに覚えていない『与えられた設定』と自分の手で築き上げた『友人関係』よ? 同じに考える方がおかしいじゃない」
「そう、かな?」
「そうよ」
ここまで気持ちよく断言されると、自分にもそうとしか思えなくなってくる。実際には根拠なんて何もないはずなのに。「自分が不安に思う根拠を知った上でアルターエゴが断言した」と言う事実が、俺の不安を全て消してくれる。
「なら、きっとそうなんだろうね」
ギュウッと抱きしめ、もう一度眠りにつく。なんとなく、安眠できそうだ。
「ちょっと二人ともー。私もいるんだけどー」
最後に、そんな目覚めたばかりのイリヤの不満気な声を聞いて、微睡みの淵に落ちるのだった。
疾走する。疾走する。恐怖の根元から背を向けて疾走する。
すでに、二人が死んだ。サーヴァントを殺害するのではなく、マスターが殺される形で。
すでに、彼のサーヴァントも死んだ。正面から戦う中で敗北したのだ。
こんなことなら四層以降に入らなければよかった、と男は思う。
もうすでに電脳死が確定し、それでもなお走り回っている理由はただ一つ。
この階層には人間を殺害することを求める獣がいるから。
たとえすでに死が確定していたとしても、それでも肉を裂き、骨を砕き、自分の手で殺さなければ満足することはなく。それを実行したとしても止まることはできずに、さらなる獲物を求め続ける魔狼が。
「あいつは死んだはずだろぉ!?」
もはや悲鳴じみた声。叫べば気づかれるとわかっていても、叫ばずにはいられない。
腕はすでに消滅した。足も崩壊が始まっている。視界も、ほとんどが機能していない。
それでもと、せめてものあがきとして端末を使用して通信を繋ぐ。
『はい、どうかしましたか?』
通信に応えたのは少年王。それに、無理矢理に叩きつけるようにして情報を与える。
「岸波と雪城が倒したっていうアヴェンジャーが大量発生してる!」
『……! どういうことですか!?』
「消滅したはずのそいつが大量発生してるんだよ! 残りの二人はそいつにやられて、俺もサーヴァントが──」
スパンと音が鳴る。首が飛ぶ。その背後には一匹の魔狼が。
(ああ──ようやく終われ──)
それを視認して、自分の首が刈られたことに気がついて。
彼の最後の思考は、先ほどまでの恐怖にかられたものではなく、その恐怖から逃れ得ることへの安堵だった。
そうして彼の思考は終わる。
その後に、大量の魔狼によって自らの消滅間際の死骸が人肉として貪られることになる、ということを知らずに済んだのは幸福だったのだろう。
サーヴァント・エネミーは『大量のエネミーが失った力を取り戻すために共食いした結果』生まれたもの。なら、一体いつ、