Fate/Extra Loop Side   作:ぴんころ

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魔?怨? 第?節

 走り抜ける中、今この場を走る誰ともなく気づいていたことがあった。

 

 ──サーヴァント・エネミーが存在しない。

 

 楽なことだ。けれどおかしなことだ。

 

 何せサーヴァント・エネミーは『防壁突破によって失った力を取り戻すために共食い』した結果発生したものだ。

 ならば、六層と七層を分ける防壁を突破していない以上は、失った力も小さく、そのぶん元々の力を取り戻すためにするべき共食いの量も少なく済んで、結果として増えているはずなのだ。

 たとえ、サーヴァント・エネミーの条件たる『肉体が耐えきれないほどに食べた』という条件を満たせていなかったとしても、やはりそれに準じる力を持つエネミーが大量に徘徊していないとおかしいはずなのだ。

 

 故に、全員が慎重ながらも全力で走る。この状況がどういうものかはわからないが、少なくともこの階層のチェックポイントを起動してしまえば、『校舎側からの強制排出(ログアウト)で校舎に戻ったレオと凛が第七層のチェックポイントから迷宮に侵入する』ということも可能になる。だから、チェックポイントの存在する八層の階段付近を探し、目指して行く。

 

「見つけた!」

 

 白野がそれに触れる。サーヴァントでは反応しない。

 マスターが触れることで初めて、チェックポイントの機能は、アバターのIDを確かめ駆動を始める。

 無機質な石碑に、青白い光が灯る。起動した証が現れたのだ。

 

「イリヤ! ラニ!」

 

 そして輪の叫びに答えるように、旧校舎に、生徒会室に残っている最後の二人がログアウトのための動きを始める。

 

「はいはーい」

 

「レオ会長、及びミス遠坂の強制排出を──」

 

『いえ、僕は結構です。ミス遠坂の排出に全力を注いでください』

 

 しかしそこに、レオからの静止が入る。

 

「な、何を言っているのですか!? あなたの方が長い時間戦闘を行なっています! そしてこの『月の裏側』は太陽が出ていない! ガウェイン卿のスペックは完全な状態では──」

 

「そう、そういうことね……」

 

 ラニが言葉の途中で何かに気づき、そしてイリヤも同じことに気がつく。

 

『ええ、もうガウェインは──』

 

 

 

 

 

 

「すでに、限界を迎えています」

 

 そういうレオの瞳に映るガウェインは、けれど倒れることはなく。両手足の指では足りないほどの無数のアヴェンジャーの死骸を作り上げてレオを守るように立っていた。

 

「ありがとうございます、ガウェイン。あなたが僕のサーヴァント(騎士)でよかった」

 

 ですが、とレオは呟く。その目には、ガウェインの向こうから迫る、新たなアヴェンジャーの姿が見える。

 

「ここから先に行かせるわけには行きません。もうすでに限界を迎えていることはわかっていますが、僕がこの月の裏にて死に、消え失せる最後の一瞬まで付き合ってください」

 

「……了解です、我が王よ」

 

 すでに、二人の肉体は崩壊が始まっている。けれど大地を踏みしめ、最後の一瞬まで倒れることをよしとしない。

 

「ガウェイン、令呪をもってレオナルド・ビスタリオ・ハーウェイが命じます! 聖剣(ガラティーン)最大出力! 眼前に迫る全ての敵手を焼き払いなさい!」

 

「御意」

 

 炎が、煌めく。三画の令呪が起動し、消えて行く。すでに死が確定しているからこそできる暴挙。

 

「この剣は太陽の現し身。もう一つの──一切の不浄を焼き払う、星の聖剣」

 

 太陽の文様が地面に浮かぶ。それこそは、この剣の在り方を示し、ガウェインという騎士を象徴するもの。

 

転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)!!」

 

 憎悪の魔狼(一切の不浄)を許さず、焼き払い、そしてガウェインは消滅する。

 そして、レオも、すでに通信が繋がっているかすら彼には定かではないけれど、きっと繋がったままだと信じて最後の言葉を残して行く。

 

「ありがとう。貴方達との活動は、大変楽しく充実した生徒会活動でした。……ですが、僕はここまでのようです。色々と厄介な事案を残したまま逝くのはちょっと罪悪感がありますが、貴方達ならきっと問題なく乗り越えていけるのだと信じています。……ああ、そうだ。次期生徒会長を決めていませんでしたね。……次期生徒会長は──」

 

 最後まで言葉にすることなく、生徒会(民草)へと襲いかかるであろうアヴェンジャー(脅威)を一つ残さず焼き払った少年王は、永遠にこの月から姿を消した。

 

 

◆◆◆

 

 

 逆に、遠坂凛は今もなお戦いを続けていた。

 彼女の眼前では青の槍兵が縦横無尽に駆けている。

 その動きを目で捉えることは叶わず、後に残された軌跡をただ追いかけるだけ。

 

 すでに、その槍兵も限界を迎えている。

 それでも動きが止まらないのは、彼のスキルである戦闘続行が働いているため。

 さらにそこに彼の行動を補助するための治癒の魔術が使用され、結果としてクランの猛犬はこれまでにないほどの生き汚なさを見せていた。

 

『ミス遠坂。こちらの強制排出の準備は整いました。一瞬だけでいいので動かないでください』

 

 そこに、ラニの通信が届く。

 

「おっけー! なら、ランサー! 宝具の開帳を許可するわ! 一瞬でもいいから、私が強制排出されるまでの間、絶対に攻撃されない時間を作って!」

 

 強制排出は階段による移動に似ている。どうしようもなく、ランサーもその瞬間には動けないのだ。だから、ランサーが動けなくても問題ない時間でなければ凛は死ぬ。

 

 そして今、そのための時間を作るためだけに、その宝具は解き放たれようとしていた。

 

「了解だ、マスター!」

 

 飛び上がる、青い槍兵。彼の眼下では大量のアヴェンジャーが狭い通路に所狭しと集っていた。その先頭が凛によって抑えられている現状、彼がこの宝具を外すことなどありえない。

 

突き穿つ(ゲイ)──」

 

 身体を捻る。槍を体で隠すようにして、けれど顔はアヴェンジャーの群れに向いたまま。数体程度、隊列の後ろから飛び上がってくるが、もう遅い。

 

「──死翔の槍(ボルグ)!!」

 

 放たれた深紅の呪槍は、これまでにない速度を以て群れに向かっていく。

 隊列を組んでいたアヴェンジャーにはそれらを避ける隙間など存在せずに、全てが轟音とともに紙屑のように、その命を散らしていく。

 

「これでいい!?」

 

『ええ、今からログアウトします!』

 

 凛の姿が、迷宮からかき消えた。

 

 

◆◆◆

 

 

『ミス遠坂のランサーはすぐに戦闘に参加できる状態ではないので、そのまま二人での探索を実行してください』

 

 それが、ラニから七層を探索している二人に届けられた言葉だった。

 レオが亡くなった、というのは通信越しに聞いていたから、二人は遠坂凛が生き残っていたことに、ホッとして息を吐いた。

 

「遠坂が復活するまでにとっとと終わらせるか」

 

「ああ、うん。この階層、サーヴァント・エネミーはいないみたいだし、今のうちに第八層、第九層も終わらせてしまおっか」

 

 白野が頷き、そのまま第八層に二人は入っていく。

 

「……この階層にもいないな」

 

「どうなってるんだろ?」

 

「まあ、いないならいないで好都合なんじゃない? 今のうちに探索を終わらせてしまいましょう?」

 

「うむ、やれるうちに済ませてしまうとしよう!」

 

 二人と二騎はそのまま進む。

 そして、最初に二人が不思議がった通り、この階層でもサーヴァント・エネミーと出会うことなく、それどころか普通のエネミーとも出会うことなく九層へと歩みを進めるのだった。

 

 九層に入った途端、ピリッと嫌な予感が輪のうなじをかすめた。

 それは、このまま進めば取り返しのつかないことになるという、三回戦初日に感じたものと同じ、進めば死ぬという確信のような嫌な予感。

 

「……嫌な予感がする」

 

 けれど今の輪に、その理由を明確に形を成して口から出すことは叶わず、結果として口から出たのはそんな程度の言葉。

 

「ああ、うん。奥から、嫌に大きな気配がする。……多分、サーヴァント・エネミーだ」

 

 白野の答えはどこか的外れで、けれど輪の感覚を伝えられていない者としては、周囲の状態をよくわかっている百点満点の答えであった。

 

 そして、言語化できない不安を抱えたまま輪は進む。

 奥に近づくほどに、その不安は強くなる。

 けれどやはり、言語化できない以上は納得をさせられるはずもなく、それを口にするのは憚られた。

 

 そうして進んだ先に、それはいた。

 

 焼け爛れた皮膚。ボロボロの衣服。みずぼらしいとすら見える、そんな女性。

 けれどその手に持つ赤黒の剣から放たれる黒炎と、そして彼女の双眸に浮かぶ苛烈なまでの感情の発露は、その女性が只者ではないことを示している。

 

 けれど、今この場にいる二人にとってはそんなことはどうでもいい。

 

「セイバー……?」

 

 そう、そこにいた女性は、岸波白野のサーヴァント、セイバーと瓜二つ。

 

「否」

 

「……そうだ、奏者よ。あれは違う」

 

 白野が口にした言葉に、セイバーと、その女性は同時に告げる。

 

「我が名はネロ。ネロ・クラウディウス」

 

「あれは確かに余であるが──」

 

 そして二人は、同時にその正体を告げた。

 

「此度における現界ではアヴェンジャーとして存在する者なり」

 

「”暴君”としての性質を前面に押し出した余だ!」

 

 

◆◆◆

 

 

 暴君ネロ。それが、あのセイバー……アヴェンジャーとして現界した存在の真名らしい。

 

「まさかそのような者を余が主人(マスター)として選ぶとはな」

 

 向けられた剣は白野に。黒き焔が獲物を前に舌舐めずりしているようにすら感じる。

 

「まあいい。そのような事実。ここで貴様を消し去ってしまえばなかったも同じこと。……そして、隣の貴様も我が領土(この階層)に許可なく入った以上、死ぬ覚悟はできているのだろう?」

 

 剣は、未だ白野に向いたまま。けれどほんの僅かに俺に対して視線を向けてきて、その視線だけで恐怖に震えそうになる。

 

「大丈夫よ、マスター。あいつを倒してしまえば済む話でしょ」

 

 その言葉とともにアルターエゴが前に出る。

 

「ほう……」

 

 そして、前に出たアルターエゴにアヴェンジャー・ネロがこれまで俺たちに向けていたのとは違う視線を向ける。

 

「可愛らしい戦士だな。……気に入った。貴様、余のものになれ」

 

 ……あ、これやっぱりセイバーだ。美少女相手にいきなりそんなことを言い出すのはやっぱりセイバーだ。……敵だからか、まずは言葉で促してるけど。多分、暴君としての性質が出ているからか、敵だろうと何だろうと、気に入ったら自分のものにしよう、ということなのだろう。

 

「ごめんなさいね。私はもうマスターのものなのよ」

 

「ならば、貴様のマスター(その男)を殺して無理矢理にでも奪うまでだ」

 

 黒焔が、勢いを増す。すでに戦意は十分。戦端が幕を開く。

 

 

余が絶対の法だ(その悪性を許さぬ)

 

 

 ──あ

 

 アルターエゴとセイバーが駆け出した途端、何か重要なものがなくなった。そんな、気がした。

 

 急いで途切れてしまったものを、自分の中で確認する。

 

 意識──こんなことを考えていられるのだから残っている。

 宝石──咄嗟に取り出せるようにデータ化していないのでズシリとした感覚がポーチの中にある。

 魔術回路(サーキット)──問題なく魔力が通る。

 

「……あ」

 

 そこで、気がついた。いいや、気がついていて目を逸らしたかったことを、直視せざるを得なくなった。

 

 途切れている。

 

 アルターエゴとの契約のラインが途切れている。横の白野もセイバーとのラインが途切れているようで驚愕の表情になっている。

 

 サーヴァントたちも瞬間、驚愕により動きが止まる。けれどそれを成したアヴェンジャーは止まることなく動き始めた。

 

地獄の業火(ゲヘナ)よ」

 

 黒炎が激しくなる。炎を推進力として飛び出してくるそれは、セイバーの花散る天幕(ロサ・イクトゥス)と同じ技。けれど、ただの魔力と黒炎では後者の方が勢いがある。ほんの僅かな硬直時間に、その距離を詰めた。

 

「はぁっ!」

 

「きゃっ!」

 

「ぐぅっ!」

 

 潤沢な魔力を持つアヴェンジャー相手に、魔力供給を受けられなくなったことで自前の魔力だけで切り詰めて戦わなくなった二人では受けきれない。

 

 最初の一手の時点で主導権を握られ、それを取り返すことができない。結果、順当に敗れる。

 

 いつものことだ。初見の相手には俺たちでは勝ち目がなく、必ず一度は殺される。

 いつものことだ。ループをしている現状、ここで敗北した理由を次回に繋げればいい。

 

 

いつものことじゃない。

 

 

 いつもとは違う──だって、今アルターエゴとのラインは切れている。

 いつもとは違う──いつもはラインが繋がった状態でアルターエゴは消滅していた。

 

 思い出す。

 

 アルターエゴと契約してから初めての死に戻りで、彼女は死に戻りという現象そのものに驚いていた。

 

 それはつまり、彼女が死に戻っていたのは俺との契約があったからということで。今の状態ではどうなるのかわからない。

 

 アヴェンジャーが剣を振り上げるのが見える。今から頼んでも強制排出は間に合わない。どう考えてもさっき自分で言った「アルターエゴを自分のものにする」という言葉すらおそらく覚えていない。

 

 いやだ。やめろ。それをされたら──

 

 何か、取り返しのつかないことが起きる。

 

 そんな予感に襲われ走り出すも、遅い。

 

 アヴェンジャーの剣が、アルターエゴが体勢を立て直すよりも先に振り下ろされ──


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