──攻めあぐねている、というのが今の状況を示すのに一番正しい言葉だろう。
シロウが距離を詰め腕を振るう時、援護するようにアルターエゴの氷がアサシン(仮)の動きを阻害するも、サーヴァントの身体能力の前ではわずかな時を稼ぐことすら許されずに砕かれた。そのまま腕に乗り、シロウを踏み台にアルターエゴへと飛びかかるサーヴァントに、アルターエゴが剣による迎撃を行おうとする。
「……させない」
しかしそのタイミングでシンジから
けれど、ほんのわずか、刹那に満たない時間、アルターエゴの動きを止めるには十分すぎる一撃であり
「よくやったぞ、マスター」
それだけの時間があれば、サーヴァントである彼には「近寄って斬る」という動作を、抵抗させずに行うには十分な時間だった。
アルターエゴの眼前に迫るその刃を、彼女が防ぐことなどできるはずもなく──
その一撃を、踏み台にされ態勢を崩していたシロウが間に入って防ぐ。
防がれたものはサーヴァントの攻撃と、アルターエゴの視界。しかし、敵のサーヴァントが動くよりも先に、シロウが動き冷気のブレスを放った。
相手が立て直していない状況で放った一撃はいくらアルターエゴの力をほとんど発揮できないとは言え多少の効果を期待できると踏んでいたが
「はぁっ!?」
「っ!」
ぬらりひょんの姿が解けて、火の玉が無数に現れる。俺もアルターエゴも驚き、わずかに硬直している間に一際大きいものが少し離れた、冷気のブレスの範囲外に出現。ブレスに凍りついた火の玉もすぐに氷を溶かし、さらに増えた焔がアルターエゴとシロウを取り囲む。それらが一斉にアルターエゴとシロウに突き刺さり──
それを、シロウに上に投げてもらったアルターエゴが、シロウの周囲を凍結させて一瞬の盾とするが意味をなさずに蒸発しアルターエゴも飲み込む火柱が立ち上がる。
はずが、さらにそこにもう一枚氷の盾が用意されていて、二枚の盾を以て放たれた炎は防がれる。
その隙にシロウも体躯に見合わぬ俊敏さで飛び上がり、包囲から抜け出た。しかし、飛び上がっている最中。ここを狙い撃たれてはまともに対抗できない、そう考えたところで無数の火の玉がまた解ける。今度は巨大な蜘蛛。その蜘蛛が糸を吐き、宙に浮いているアルターエゴの足を捉え振り回す。
それに巻き込まれるようにシロウも勢いのついたアルターエゴをぶつけられ、宙に浮いているが故に衝撃を逃すこともできずにあらぬ方向に飛ばされた。
「きゃああああっ!!」
振り回されるアルターエゴを助ける術を自分は持っていない。これが例えばシンジの使ったようなコードキャストを使えれば助けられるのだろうが、知識以外ないのだ。この聖杯戦争のためにセラフに用意されている礼装を持っていればそれを改造して力とすることもできたが、改造するための礼装すらないのだ。
「アルターエゴッ!」
しかし、その声も虚しく彼女は地面に叩きつけられ、その上に蜘蛛が降ってくる。
繋がっていた感覚が消失し、己の肉体を死の予感が蝕み始め──
「できる限り死に戻りには頼らないようにしよう」と言ってから、まだ一日も過ぎていないにもかかわらず、都合五度。ここまでの攻防で未だ
最後の15秒における攻防の初手は、蜘蛛が
(もしかして……)
一手目で氷を溶かし、二手目で姿を変容させる。さすがに三度目ともなれば慣れてくる。予兆を感じたアルターエゴは下がり、そこに地面に着地したシロウからのブレスが援護として敵サーヴァントに飛んでいく。わざわざ氷を溶かしてから変容するということは、凍ったままだと変容することができないのではないかという考えを念話で伝え、それを確かめるために放たれたブレスを敵は変容することをやめて回避する。
(やっぱり……!)
そして、それがおそらく正解だろうと把握したところでシンジから援護射撃が飛んでくる。アルターエゴは足を集中的に狙うことで
この弱点が実は「シンジがそう思わせるためのブラフとして用意した」と言われればそれを否定できる言葉はないが、今のシンジはかつての小物っぷりを盛大に発揮していた予選に比べて、
そこで、セラフの介入により戦闘前の立ち位置に戻ったことを理解した。たった45秒、それだけの時間を生き残るために五回アルターエゴは殺され、最初の一回も含めれば六度の死に戻りが行われた。月の聖杯戦争においてマスターに対する襲撃が基本的には禁止されている以上、俺の死に戻りが発生する場合はアルターエゴが殺された場合だと頭では理解していたが、実際にそれを体験してしまうとなんとも言えない胸糞の悪さを感じてしまう。
ただ、今はその感情すらも飲み下してシンジたちに視線を向ける。
なぜなら、
そうして、視線を向けて驚く。
なぜならそこにいたのは
「我が顔を、見たな……!」
先ほどまでいた三種の妖怪のどれでもない、般若と言われれば納得できそうな面をした、白い着物を着た女性だった。片手で顔を覆っているためほとんど容貌を捉えることはできないが、それでも端正であろうことが伺える顔立ちは俺たちに向けられ、指の隙間から覗く目は、それだけで人を殺せるのではないかと錯覚するほどの圧力を秘めている。
素顔を見られることを嫌うのか、シンジとそのサーヴァントは即座に転移していく。それを以てこの場に立ち込めていた重圧が真の意味で取り除かれ、ホッと一息ついた。
「……つまり、あれがシンジのサーヴァントの本当の姿?」
ポツリと漏らした言葉は疑問形だが、俺の中ではほとんど確定事項となっている。なにせ、「戦闘行為を禁ずる」というムーンセルによる介入があったのだ。サーヴァントが戦闘のために使用するスキルも、おそらくはコードキャストによる強化も同様に解除される。それならば、「
「今日は戻ろうか?」
だが、そんなことがわかったところで、今の俺たちにはもう戦えるだけの力は残っていない。この状態だとただのエネミーにすら苦戦しかねないので、
「……ええ、そうね。さすがに今の状態での探索はお勧めできないわ」
その言葉を皮切りに、聖杯戦争最初の探索は成功とも失敗とも言えぬ形で幕を閉じるのだった。
──マイルーム
帰って来てからアルターエゴが机と椅子を整えたことで普遍的な教室から彼女の趣味が前面に押し出された形になった個室は、机と椅子を使って作ったベッドしか存在しないが、そのベッドだけはなぜかアルターエゴが加わることでどこかの王城の高級ベッドのような雰囲気に変わっていた。
その足側──枕が存在しないのでどちらが足側かはわからないが──に座ったアルターエゴに俺も余った椅子に座って向き合い、今日という日を終えるまでに繰り返した周回、それら全てで得た成果を今一度まとめ直す。何せ、他の人たちに比べて自分たちだけは情報を得るための一日という時間が『今のところは』長い。こまめにまとめておくことは悪いことではないはずだ。
「情報の整理を始めようか」
そうして始まる情報の想起。まず最初、俺が彼らのサーヴァントを見つけたのは今日
「特徴的な後頭部のハゲ頭のお爺さんにマスターさんが殺されたのよね」
悔しそうな顔で語るアルターエゴだが、さすがにあれを初見でどうにかするのは無理に等しいと思う。それに、ループしてからは一度もあのタイミングでは殺されてはいないのだから、本当に”初見殺し”でしかないのだろう。
まあ、そのことは後にするとして、見た目と「サーヴァントに攻撃を終えるまで気づかれない」という事実からアサシンのサーヴァントとして召喚された日本の妖怪「ぬらりひょん」じゃないかと考えた。そこまで言葉にしてから一度マトリクスの一回戦相手欄に記載を開始する。
「そして、次の周からはあのサーヴァントと真正面からの戦闘を行った。その途中、あいつは姿を『無数の火の玉』や『巨大な蜘蛛』に変化させてこっちを潰して来たんだ」
「あれはスキルなのか宝具の効果までかはわからないけど、それでも変化できる存在の数ぐらいはわからないと戦いづらいわよ」
巨大な蜘蛛と戦っていたらいきなり小さな火の玉になった、なんてことが頻繁に起こるとアルターエゴだけではなくて、俺もコードキャストを使えるようになっても当てられない。早めにその底を確認したいところだ。
「ただ、あれのおかげで『ぬらりひょん』って真名の信憑性も少し上がったと思う」
「そうなの?」
口にしてはいなかったのでアルターエゴから疑問の言葉が出て来た。それに対して頷いて返して、その理由となるぬらりひょんについての一つの説を思い出す。
「ぬらりひょんっていうのは『妖怪の総大将』っていう話もあるんだ。『無辜の怪物』ってスキルも英霊には存在するらしいし、その辺りの効果で『部下だった妖怪を呼び出せる』とか『部下の妖怪の力を使える』とか。あってもおかしくはなさそう」
「でも、あれってあのサーヴァントが変化してなかった? もしマスターさんのいう能力なら、あの老人の姿のまま炎を出したり糸を吐いたり、妖怪を呼び出すんじゃないかしら」
「それは……そっか、そうなるよな……」
しかしアルターエゴからの疑問の言葉によって、その説は否定された。確かに、そちらの方があり得そうだ。
「それ以外で見たのは、ムーンセルからの介入で戦闘終了した後の姿よね」
白い着物を着た般若のような女性。あの姿を戦闘に使わなかったのは「顔を見たな」という言葉と、その言葉を放った時の圧力からして「見られたくないもの」だったからなのだろうけど。
「それ以上のことはわかんないよなぁ……」
「こうして並べてみると、今日だけだとほとんどわかってないってことがよくわかった程度ね」
まあ一日で得られた情報としては十分なのかもしれないけど、とアルターエゴは言う。情報が足りないまま続けても先に進むわけがないから、今日のところは終わりにした方がいい、とも。その言葉に頷き、自分用に最低限の体裁だけ整えたベッドの方で横になり今日の疲れを取ることにした。
そう考えたところで、何か違和感を覚えた。どこか決定的な部分がずれているような気分。どうしても気になり、今日の自分の行動を思い返してみて──
これが、記憶を取り戻していればそこまで気にすることではない。自分にも何か叶えたい願いは存在して、そのために他者を殺す覚悟を決めて来たのだから、シンジを殺すことも最初から決まっていたことだと言えたのかもしれないが。
「生きたいから殺す」というわけでもなく、殺人を倫理観は存在している自分がなんの躊躇も持たずにできることが歪に思えてしょうがない。
幸いにも、実際に嘔吐することはなかった。けれど『まずい』と言う三文字だけが頭の中をよぎっている。横になっていた体は起き上がっていて、息は荒くなっている。それだけのことがあれば
「大丈夫、マスターさん!?」
……ああ、やっぱり気づかれた。
気づけば、アルターエゴは今日の、本当の最初の始まりと同じように俺の様子を近くでじっと見つめていた。その表情は俺のことを心配していることが目に見えていて、そんな彼女にこれ以上余計な心配をかけることもないだろうと思い、隠すことにした。
「大丈夫。今更になって『シンジと殺しあう』ってことを実感したからか、ちょっと体が震えて……」
「本当に……?」
そんな心配そうな表情をされると、嘘をついているのが心苦しくなる。それでも頷くと彼女はそれならと言って、俺の手を握る。
「あ、アルターエゴッ!?」
「マスターさんが眠れるまでは私が手を握っててあげる。私、マスターさんよりもお姉さんなんだから」
……確かにサーヴァントはすでに人生を生ききったので、彼女からすれば俺は年下の男の子なのかもしれないが、俺からすればアルターエゴは見た目年下の可愛い女の子でしかないので、少々気恥ずかしい。
けれど、どこか手慣れた気配すら感じさせて俺を眠りにつかせようとするアルターエゴにはもう何を言ってもやめてくれるとは思えない。こんなことのために令呪を使うのも勿体無いので、諦めてされるがままにしておこう。
数分後、そのマイルーム内からは寝息以外の音は消えている。ベッドで横になるのは一人の少年、アルビノで線が細い少年の、
出た情報は姿以外クラスからして違うとだけ言っておく。あと、少しイチャイチャさせた