──教会
おそらくはミッションスクールでもなければ学校の敷地内で見かけることはほとんどないであろう教会の古びた……いや、この場合は風情があると言うのだろうか。そんな扉を開くと中に広がる空間から外の喧騒とは違う、正体不明な空気が流れているように感じた。
教会にて祈りを捧げるNPCも、そしてクリスチャンのマスターもいないのか、敷き詰められた長椅子に座るものは誰もおらず、ただ扉を開いて正面の奥に座る”赤”と”青”の二人の人間。確か、蒼崎青子と蒼崎橙子の姉妹だったはず。
「ようこそ、教会へ。君も”魂の改竄”をしに来たのかな?」
そのうちの赤の女性……青子からかけられた言葉が、今日ここに来た目的である。だから頷き、それに「よしきた」と赤の女性はその用意らしきことを始めた。
──魂の改竄
それは、マスターとサーヴァントの魂をリンクさせること。俺の魂の異界が上がればより強くリンクさせることも可能で、それによって特定のステータスに対して強く働きかけることも可能となる。俺のイメージとしては彼女のステータスにそれぞれ何かしらのラインが流れていて、それを拡張することで彼女が発揮できる力を増やすイメージだが、実際に言葉にしてみると何か違うような気もする。
今のアルターエゴのステータスを確認すると、幸運の値は本人曰く『元の値のまま』とのことでA。魔力と敏捷が『かなり下がった』らしくEで、『元とそんなに変わっていない』という筋力と耐久もEである。彼女は昨日剣を使って戦っていたが、どちらかと言えば昨日は相手の動きを封じたりする方向性で使っていた氷の方が主軸なのかもしれない。今朝起きてからマイルームを出るまでに話し合った結果、元々のステータスに近くなるように上昇させる、ということになったので、敏捷と魔力を上げてもらえるように頼む。
「はい、それじゃ始めるわよ」
奥にある壇上に上がったアルターエゴが静かに瞳を閉じてその時を待つ。
次の瞬間、青子が宙空に指を踊らせる。いや、この動きはパソコンのキーボードを弾く動きの方が近い。ただ、行われている内容はそんなパソコンの操作なんて程度のものではなくて、本当に限られた一部の人間でしか成しえないような奇跡。
それをまるで当然のように行い、わずかな時を以て数多の魔術師たちが一生をかけてもたどり着けない極地の御技を披露している彼女はしかし、一瞬手を止める。
「あら……貴女、これまでのサーヴァントとは違うのね」
けれど、すぐに指の動きは再開される。先ほどまでと同じ軽やかさと、力強さ。だが、その表情だけは一層真剣になっている。
「貴女は、何が──?」
その言葉は、最後まで聞き取ることができなかった。改竄が終了し、光が強まる。そしてそれらが収束する中で、ポツリと漏らされた呟きにまで思考は回らない。
収束した光の中心にいたアルターエゴの姿に変化はない。サーヴァントが全盛期の姿で呼ばれる以上、変化しても仕方ないことだから当然と言える。
「はい、これで改竄は終了したわ。また魂の改竄をしたくなったらここに来てね」
その言葉に礼を言って頭をさげると、これまで一言も喋っていない橙子の方がこちらを見てくる。
「一つ、忠告だ」
そう言ってアルターエゴを指差す。
「そのサーヴァントは他のサーヴァントと成り立ちが違う。だから『魂の改竄で一気に能力を上げよう』などと考えた場合、その
その言葉を最後に、教会を出た。
「おや?」
教会を出て校舎に戻る。すると、予選の時遠坂と同じくらい目立っていた転校生ことレオナルド・ビスタリオ・ハーウェイがそこにいた。
「あなたは……やはり、本戦まで来たんですね」
無論、ここに彼がいるということは当たり前だろう、と思える事実で、そして彼がここにいるということは……
そこまで考えると、必然として従者としてその後ろに控える、しかし隠しきれない存在感を持つ甲冑を着込んだ青年に目が向かう。その腰には佩刀していて、誰がどう見てもサーヴァント。
その男に対して視線が向いてしまうことはどうしても止められなかった。
昨日今日と過ごしただけで、記憶のない俺でも「レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイは超一流の
そんな男が釣れているサーヴァント、興味がないなどとは断じて口にできるはずがない。
「……ああ、僕としたことが失念していました。──ガウェイン、挨拶を。彼は僕の知り合いです」
……今、何と言った?
「従者のガウェインと申します。以後、お見知り置きを」
余りにも当然のように語るため、気づくことに遅れた。
生真面目ではあってもそれが近寄りがたさを感じさせることはない。清廉潔白。「王に仕える騎士」としては満点を出したくなるような存在。そんな第一印象を吹き飛ばすほど、レオが彼に対して用いた呼称と彼が名乗った名称は自分に衝撃をもたらした。
レオのサーヴァントは真名を隠していない。
たったそれだけのことだが、聖杯戦争という事態においては愚行と称することのしかできない蛮行。しかし、「それを実行したのはレオ」という事実だけで、「真名を隠す必要性を感じない」という彼の王者としての気風と、己が必勝を確信しているということを誰しもが感じてしまう。
「どうか、主の善き好敵手であらんことを。では、失礼します」
「では、僕らはこれで。いつかまた何処かで、再会できることを祈っていますよ。どうか悔いなき戦いを」
去って行く二人を見送る。
真名を隠す必要性はなく、明かすべきものは全て明かした上でただ己の実力を以て全霊の敵を正面から撃墜するのが彼のやり方。
優勝候補筆頭と称されるだけの理由を確かにこの目で確かめて、二人の姿が見えなくなった後に俺もこの場を去った。
マスター同士の交流が校舎では禁止されていないこともあり、社交的なマスター同士であれば──無論、いずれ戦うことは忘れていないだろうが──アリーナに関する情報交換などを行っている場合も多い。とは言っても俺は無名のマスター。集められる情報の精度や同盟を組んだりするだけの価値があるということを今はまだ示せていないので、一回戦の間はそれは難しいと思う。
けれど、例えば自分と同じように無名のマスターだったり、そもそもその辺りを深く考えていないマスターであれば購買で出会えば話をすることもある。
例えば、今目の前で一心不乱に麻婆を食べているこのマスターだったり。
「昨日の夜にSE.RA.PHで地震があった?」
(私たちはそんなものを感じなかったけど……)
それは昨日早く寝たからだ、と言おうとして昨晩のことを思い出して恥ずかしくなって何も言わないことにする。しかし昨晩俺たちに何があったかなど知るはずもなく、今のアルターエゴの声も聞こえていない目の前のマスター、岸波白野は特に自分の反応に変なところを感じなかったらしくこくりと頷く。
俺たちがいくら他のマスターよりも時間があると言っても、それでもまだ最初の一日を数回繰り返した程度。どう考えても128人いる全マスターと会えるわけがなく、名前を覚えられるはずもなく。覚えていられる名前は「予選の時に何かしらの形で知り合いという枠組みを与えられていた面々」「学生生活内部で、学校全体に広がるほどの有名人だった過去の持ち主」「本戦に出てから強烈な印象を残した人物」の三種類に分類できる。
この岸波白野というマスターは一番最後。マスター自身はおそらく遠坂が俺に下したモブ顔という評価を下すだろうし、俺も死に戻りがなければこいつの特異性には絶対に気がつくことはできなかった。何せ──
「ささっ、ご主人様。こちらへどうぞ。その話は長くなるようですので、ずっと立ったままだとお疲れになってしまいます」
後ろから桃色の髪と露出度の高い青い和装、そして狐の耳と尻尾が特徴的な女性が出現した。サーヴァント、キャスター。白野に仕えるサーヴァントであり、今の、つい昨日の六度目の死に戻りを終えた後の周回での白野と共に戦う存在。
それこそが、俺が白野の名前を覚えるに至った理由。他の誰もサーヴァントの変化は起きていないのに、こいつだけは常にサーヴァントの姿形にクラスまで変わり続けるので、「前の周で手に入れた情報を使用してのマトリクス集め」が不可能なのだ。こいつはループしていたりするわけではないようなので謎はさらに深くなるが。これまでの周回では「岸波白野のサーヴァント」には赤い少女剣士や赤い外套を羽織った武人のような男性がいた。
「それで、地震って?」
とはいえ、今はまだ戦う時ではなく。ならば情報の共有などはしても問題ない。「仲良くなると殺すときに辛くなる」という人間として正常な反応は、この体はしてくれないようだし。
「結構でかい地震らしいよ。
「それは怖いな」
余裕があるマスターならまだしも、結構いっぱいいっぱいになってる俺からすればそれはやめてほしい。いくら「死んでもその日の最初に戻る」と言っても、死にたいわけではないのだ。それに、「死んでも戻る」のも何が原因で、いつまで続くのかわからない。できれば頼りたくはない、という方向性で俺とアルターエゴの方針は今も固まっている。
「そう言えば、さっき何買ってたの?」
そこからの会話は、本当にただの友人同士のもののようだった。
──図書室
昨日のシンジのサーヴァント、それと先ほど知ったレオのサーヴァントについて調べるため、図書室にまでやってきたところばったり遠坂と遭遇した。
「あら、あんた。昨日の……」
「あ、痴女ってきた人だ」
「だから、痴女って言うな!!」
毎度アルターエゴが煽るので、今回それに習ってみたところ怒られてしまった。都合十分ほどいかに自分が痴女ではないのかについて語られ、そしてそれが終わると肩で息をしながらも遠坂は──
「ま、まあいいわ。こっちが迷惑をかけたのは事実だし、一つだけ教えてあげる」
そんな、微妙に人の良さを隠しきれていない発言をして真面目な顔に戻る。
「あんたの一回戦の相手の間桐くん。彼、アジア圏屈指のゲームチャンプなんだけど……今の彼、予選の時とはだいぶ様子が違うでしょ? 元々の間桐くんの性格はどっちかって言うとあの予選の時の小者っぽい感じよ。だから、今の彼の性格はなんらかの影響があって生まれたはずよ」
「……それって、何か関係あるのか?」
「ええ、当然でしょ。彼の性格が元からあれじゃないってことは、本来の判断能力が奪われてるってこと。予想外のことに『聞いてないぞ!』って狼狽するような弱点は消えているって考えられるわ」
「なるほど」
「話はそれだけ。これで借りは返したわよ」
ほんの少しだけではあるが戦いの際に使えそうな作戦の成否の判断材料をくれたってことで十分な肩入れなのだろう。遠坂はすでに調べ物は終わったのか図書室から去っていった。それを見送ってから図書室に入り、調べ物を開始する。
「これ、かな」
(妖怪たくさん載ってるわね)
「そう言う本を選んだからね」
まず手に取ったのは妖怪大辞典。ぬらりひょんについての記載を探したいところだが、あのサーヴァントが本当にぬらりひょんなのかの自信が持てない現状では、まずは正体を絞るところからだろう。幾ら何でもなんの縁も所縁もない妖怪に変化できるとは思えないので、『妖怪』というカテゴリには縛られているはずなのだが……
「……ないな」
妖怪全てに変化できるような存在は見当たらない。変化する妖怪については存在するものの、それは変化する対象がすでに決まっている。あんな、妖怪ならいくらでも変化できそうな存在については記載がない。結局のところ、情報が足りないと言うことだろう。
「ガウェインについても調べるか」
(きっと、ああ言うコンビは最後の最後まで当たらないとは思うけど。それでもいつ戦うことになるのかはムーンセル次第だものね)
そう言って、妖怪の本が置いてあるあたりから外れる。今日のアリーナ探索は遅くなりそうだ。
二日目は
ちなみに買ったのは礼装。主人公はちゃんと敵サーヴァントの正体を見つけたけど、それだと気づいていないだけ。玉藻ちゃんの出番はおそらくこれで終了です。
敏捷E→D 魔力E→D