Fate/Extra Loop Side   作:ぴんころ

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一回戦 四日目〜六日目

 ──アリーナにて、雪が舞う。

 

 その中心にて踊るようにエネミーを蹂躙するアルターエゴの首元には、今日の改竄によって取り戻された金の首飾りがついている。少女に付き従い、守るようにしてその隣を歩く熊は、雪に姿を隠し、近寄ってくる獲物を今か今かと待ちわびていた。

 

 誰も彼もがまともに動けないであろう、雪舞う空間であろうと、それを作り出したアルターエゴにとってはこの空間こそが聖域(サンクチュアリ)。入れば最後、二度と生きて出ることはできない。それは、アルターエゴ周囲の10m以内に展開された小規模雪原から出たエネミーの残骸が証明している。魔力ランクの上昇に伴い取り戻した力は、燃費は最悪ではあるがそれに見合うだけの威力は誇っていた。

 

「さ、行きましょう。マスター」

 

 昨夜のあれから、「マスターさん」から「マスター」に呼称は変化した。何か、心境の変化があったのだろうが、それについては彼女が何も語らないので俺にはわからない。けれど、少しだけ、今日になってから彼女が俺に甘えてくるようになった気がする。今も、雪で周囲の警戒をしながら俺の手を握ってきている。

 

「どうかした?」

 

「いや、今日はそこまでエネミーに襲われないなって」

 

「うん、この首飾りのおかげね」

 

 首元に輝く首飾り、彼女が取り戻したという宝具、その名も”魅惑せし四夜の灯火(ブリージンガメン)”。この宝具名で彼女の正体はわかりきったようなものなのだが、当人はマイルームで『フレイヤではない』と断言した。彼女がそういうのであれば、きっとそうなのだろう。ここで嘘を言う理由は存在しない。

 

 常時発動型宝具”魅惑せし四夜の灯火(ブリージンガメン)”。それは原典において「フレイヤがドワーフと四夜を共にした」ことで手に入れた首飾り。この首飾りは「フレイヤと共に過ごす四夜」と同じだけの価値があり、宝具としては「これはフレイヤの持つ魅了と同じ効果を発揮する」もの。神の権能と同一の力を発揮するので、高い魅了耐性を持たないものは、基本一手だけはアルターエゴに先んじられる。

 

 ──第二暗号鍵(セカンダリトリガー)を生成

 ──第二層にて取得されたし

 

 四日目の始まりと共にやってきた通知に従い、アリーナの第二層を巡る俺たち。基本、俺たちが発見するよりも先に俺たちのことを発見したエネミーは、その首飾りの力によって一手潰され、その隙に俺たちが気がついてアルターエゴが滅殺する。そんな状況。ただ、何よりも──

 

 ──この首飾りがあれば、基本サーヴァントに不意を突かれることもない。

 

 それが、これまで幾度となく崩されている俺たちからすれば一番重要なことだった。

 

「あれ……?」

 

 そして先へ進む中で、昨日の、暗号鍵が入っているアイテムボックスとはまた違う、けれど普段のアイテムボックスともまた違う不思議なアイテムボックスを発見した。それに触れて開いてみると、端末に表示されるアイテムは何かしらの巻物。

 

「なんだろこれ?」

 

 顕現させると、やはりただの巻物。アルターエゴが周囲を警戒しているので開いてみると、そこに妖怪らしき何かの絵が──

 

「それはいただく……!」

 

 それを確認するよりも早く、白い着物に鬼面をつけた、おそらく前回の戦いの最後、ムーンセルによるストップがかかった時に見せた姿に鬼の面をつけた状態のサーヴァントが巻物を奪いにきた。

 

「させるもんですかっ!」

 

 だが、その魔手が刺さるよりも先に、アルターエゴの首飾り(宝具)が発動する。一手、崩れた。その合間、サーヴァントとしてのスペックをフルに使用して俺とサーヴァントの間に滑り込んだアルターエゴが、肉団子と化したシロウをボールとして、持っている剣をバットとして打ち出す。

 

「な、め、る、なぁぁぁぁぁぁッッッッ」

 

「はぁっ!?」

 

「なによそれ!?」

 

 しかしそれを、真っ向からサーヴァントは受け止める。アリーナの無機質な足場の上を滑りながらも、そのシロウの勢いを殺していき、数秒かけて食い止め切った。

 

「ふっとべぇ!」

 

「グルァ!?」

 

 そうして投げ返されるシロウ。このままだと着弾した時に俺は押し潰されて死ぬ、というような速度。それを理解したアルターエゴが俺が躱せないと理解するや否や、掴んで跳んだ。

 

「アルターエゴッ!」

 

「ええ!」

 

 俺の持つ巻物が目的らしいサーヴァントを相手に、その巻物の現界を維持したままというのは馬鹿らしい。そんな思いで端末内に収納し、アルターエゴが作った氷の壁を突破できないサーヴァントから復活したシロウに乗せてもらって離れていく。その合間に、どうやら同じような巻物がアイテムボックス内にあるのを発見する。それらも回収していき、暗号鍵も回収に成功したところで、用意していたリターンクリスタルを使用した。

 

 ──ただ、追いついた敵サーヴァントが俯きながらもニヤリと笑っていたのが、どこか印象に残った。

 

 

◆◆◆

 

 

「こっちはぬらりひょん、だね」

 

「全部、妖怪なのね」

 

 手に入れた巻物は十数部、それらすべてを紐解いて、そしてそのすべてに妖怪に関わる物語が書かれていることを確認した。

 

「しかも、生態が載ってるんじゃなくて、誰が何をしたのかの話、を……」

 

 何か、重要なことに気がついた気がする。それが何か、今はまだわからない。……いや、待て。妖怪が、人を驚かせた話? 今日のアレで集められた、ここにあるのはすべてその系統の話。……大量の、妖怪に襲われた話を繰り返して行うもの。そんなものが、確かにあったはずだ。

 

「……百物語?」

 

 口にしてしまえば、全てが繋がった気がした。……もしも、俺が今言葉にした「百物語」というワードが真実に近いのならばきっと──

 

「どうしたの、マスター?」

 

「……明日、図書室で百物語について調べよう」

 

 ──これが真実なら、もしかしたら自分たちの手で敵を強化してしまった可能性すらある。

 

 この嫌な予感が、できれば当たっていないことを祈る。

 

 

◆◆◆

 

 

「青行灯……」

 

 翌日、妖怪ではなく、百物語を図書室で調べる。見つけた記述は青行灯。おそらく、これこそがシンジのサーヴァントの真名。

 

(そうなの?)

 

 霊体化しているアルターエゴの言葉に小さく頷いて返す。青行灯という存在は、百物語の最後に出現する怪異。それはつまり、百物語という儀式によって呼び出される、と表現することができる、それらの話を供物として肉体を構成する存在のようなものだ。ならばきっと、自らに供物として捧げられた「百物語の中身」を、自らのものとして自由に操ることができる。それが、彼女の変化する多彩な妖怪の正体。

 

 ──そしてそれは、俺たちが昨日巻物を開いた(百物語を語った)ことで、彼女の中身を構成する妖怪を増やしてしまった可能性すらある。

 

 それは強化だ。彼女の中身を増やしたのだから、そのリソースの分強化されることになるのは自明と言える。つまり、明後日の戦いは、これまですらまともに戦えなかったくせに、強化された青行灯を相手にすることになりより厳しいものになる可能性すらある。

 

「それに、ここを見てみろ」

 

 彼女の正体が青行灯であるという証拠をわかりやすく示してくれる記述を発見した。

 

 ──青行灯は黒い長い髪を持ち、白い着物を着た鬼女である。

 

 それが、青行灯の姿を示した記述。最初の戦いの強制終了時に、俺たちの前に見せた姿のことだ。

 

(なるほどー)

 

 となると、クラスは暗殺者(アサシン)ではなく魔術師(キャスター)だろう。他の妖怪に変化する、そしてあるいは自分の中からそれらを召喚できる可能性すら存在する青行灯は、魔術師としてのクラスが一番近しい気がする。

 

「よし!」

 

 それだけわかれば十分だ。今できることはわかったのだ。相手が強化された可能性があるのなら、こっちもさらに強化するだけ。昨日でリソースを手に入れ、そのリソースで彼女の肉体の許容限界は上がっているらしい。だから今日これから改竄に向かう予定だ。……とはいえ、ちゃんと青子さんと橙子さんに無茶していないか見てもらう必要はあるだろうが。

 

 ──ああ、酷く憂鬱だ。

 

 

◆◆◆

 

 

 ──五日目、マイルーム、夜

 

 ──本当に、大丈夫なのだろうか。

 

 アルターエゴは、己の主人の様子を伺ってそんなことを思っていた。今朝、敵サーヴァントの正体を掴んでから己のマスターはどこか鬼気迫っているような様子が見られた。「強くならないといけない」という思いが暴走しているようにも見える。今も、無言で礼装の調整を行なっている姿は、つい先日までのリラックスした姿とはかけ離れていた。アルターエゴはなんとなく、一昨日のアレで顔を合わせるのが恥ずかしくなっていたが、これをこのまま放置するわけにもいかないと、手を出すつもりになっている。

 

 ──しょうがない。

 

 マスターがあそこまで焦っている理由は彼女にもなんとなく理解できている。要するに自分のせいで敵対するサーヴァントを強化してしまったのだから、それによって開いた分の差は自分で埋めないといけないと思っているのだと、それぐらいは理解できる程度に、アルターエゴは己のマスターのことを知っていた。

 

 ただし、それをどうにかできる言葉を、今の彼女は持っていなかった。

 

 なので

 

「ねえ、マスター」

 

「うん? どうかしたアルターエゴ?」

 

「無茶はしないでね」

 

 結局、そんな言葉を口にする程度しかできなかった。そんなことを言っても──

 

「……うん、わかってる」

 

 そう言って、行動を続けることに変わりないとはわかりきっていたのに。

 

 ──アルターエゴにとって、雪城輪はどことなくこの依代(からだ)の過去を思い出させるマスターである。

 

 彼女の弟たる存在は、サーヴァントと共に戦うために0から色んなものを積み上げていた。

 彼女のマスターは、サーヴァントと共に戦うために0からコードキャストを組み上げていた。

 

 もちろん、違いは多数ある。少なくとも、彼女のマスターは彼女の弟のようにサーヴァント同士の戦いに躍り出て死に向かうような戯けではない。

 

 けれど、どことなく、今の『自分の責任』として無茶をしようとしている姿に弟の姿を幻視し──

 

 ──俺のアルターエゴは最強なんだ。

 ──バーサーカーは誰よりも強いんだから!

 

 先日のアレで、なんとなくかつての自分とも重なるように感じ始めた。

 

 彼がサーヴァントに向ける信頼は異常だ。彼女も、かつてそれと同等か、あるいはそれ以上の信頼を向けた相手がいたが、それも時間をかけて育んだもの。それと比べることができるほどの信頼を数日の付き合いの相手に向けている現状が異常だということはわかる。

 

 ただ、その理由もある程度はわかるのだ。

 

 ただのサーヴァントではなく、本来なら誰にも語ることができないはずのその死に戻り(秘密)を共有してしまっているという事実。世界でただ一人、彼と同じ苦しみを味わってあげることができる相手であると考えれば、彼女もその歪な信頼……依存とすら呼べるほどの信頼を否定することはできない。

 

 それを間違っていると言ってしまえば、彼がどうなるのか。いくつか予想はたてられるだけに、そしてその上で死に戻りを繰り返せば……

 

 そこまで考えて首を振り、その予想を頭の中から消す。

 

「とりあえず、一旦休みましょう?

 

「え……? あ……」

 

 言葉に魔力を乗せて今も作業を行うマスターを強制的に眠らせる。彼女が倒れこむ輪を受け止めて、目覚めた彼が無茶をできないように抱きしめて動きを封じた。

 

「おやすみなさい、マスター」

 

 最後に一度、ちょっとした魔術をかけてアルターエゴも眠りにつくのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

 ──六日目、マイルーム

 

 目を覚ますと、耳元にアルターエゴの寝息が届いていた。

 

「!?」

 

 それを理解して、声を出さなかったのは奇跡に近い。けれど、彼女の眠りを邪魔してはいけないと、なぜかそう感じてしまい、この体は声を出させなかった。その寝息が耳元にまで届く理由は簡単で、彼女が横になった俺の上に乗って眠っていたから。なぜこんなことになっているのかはわからないが、動いてはいけないと感じていた。

 

 数日前、弱々しいところを見せていた少女とは違う、どこか妖精地味た眠れる美姫(スリーピングビューティー)。サーヴァントであり、英霊であり、けれどそうである前に一人の少女であることを、その体の暖かさからようやく実感している気がした。……あの時とかは、色々と悩んでいたし、そんなことを感じている暇はなかったというべきか。

 

 今も悩みは尽きず。けれどなぜか、昨日の夜よりも心持ちがすっきりとしているような気もする。彼女のおかげだと、なぜか疑うことなくそう思えた。そしてその結果──

 

「多分、これならいけるよな……」

 

 一つ、青行灯を相手にしての攻略法を思いついた気がする。起きたらアルターエゴに話してみるとしよう。




ちょっと一気に進んだ

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