Fate/Extra Loop Side   作:ぴんころ

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一回戦 決戦

 そして、その時はやってきた。

 

「ようこそ、決戦の地へ。身支度は全て整えたかね?」

 

 対面するは言峰神父。運営役を名乗る彼だからこそ、この決戦場への扉を開くにふさわしい人物なのだろう。彼に見送られるという事実に対する気分的なところは置いておくとして。

 

「扉は一つ、再びこの校舎に戻るのも一組。覚悟を決めたのなら、闘技場(コロッセオ)への扉を開こう」

 

 改竄も、道具の購入も、礼装の調整も。今日までにできることは全て重ねてきた。故に、あとは勝つだけだ。

 

「ああ、開いてくれ」

 

 頷き、暗号鍵を二つ取り出す。それを確認した言峰は鷹揚に頷き、鎖に閉ざされた扉、そこに存在する二つの窪みにはめ込み、そして鍵を嵌め込んだことにより鎖は砕け散った。

 

「いいだろう、若き闘士よ。決戦の扉は今、開かれた。ささやかながら幸運を祈ろう。再びこの校舎に戻れることを。そして──存分に殺し合い給え」

 

 決戦場への扉が開く。俺と、そしてシンジを殺し合いの空間に誘う、最後の扉。始まりから偽りだった友人関係に、真に決着をつける時が来た。言峰からの「幸運を祈る」という、どう考えてもミスマッチとしか思えない組み合わせが、一回戦における日常(モラトリアム)の終わりを告げる言葉だった。

 

 どうやら、あの扉の向こう側はエレベーターのようになっていたらしい。乗り込んでから急に下降し始めた部屋は、数分の暗闇を超えた先に海底を模した決戦場を映し出す、透明な箱の姿を現した。いつのまにか霊体化を解いたアルターエゴが横にいる。正面のシンジは不気味に黙ったままだが、その横の青行灯はクカカと笑いを漏らす。

 

「さてさて、貴様らはどんな悲鳴をあげてくれるかな?」

 

「……それが、お前の本性か。青行灯」

 

 俺たちがたどり着いた真名を突きつける。一番可能性が高いのはそれだと俺は思っているが、それでも確実に当たっていると断言できるわけではない。シンジがいつものように調子に乗って情報を漏らしてくれなかったのがとても残念だ。

 

「はてさて? 青行灯? どうだろうねぇ?」

 

 正直、話し方の定まらないこいつにイラっとする。シンジならきっと、ここで真名を突きつけたら間違っていれば高笑いするだろうし、あっていればきっと動揺してくれる。それをこいつも知っているからこそ、シンジを黙らせているのだろう。本性を見せないこいつに、自分の推理があっているのか不安になってくる。

 

(大丈夫)

 

 そんな気持ちを見抜いたのか、アルターエゴが俺の手を握り、念話を飛ばして来た。

 

(マスターが言葉通り”命を賭して”手にした情報を元にたどり着いた真名だもの。間違ってるはずがないわ)

 

 その言葉に、心が落ち着いてくる。やはり、アルターエゴの存在こそが俺の心を落ち着けてくれる相手で、彼女こそが俺にとって最高の相棒なのだと実感できる。

 

「別にいいさ。あんたの正体が青行灯で正解だろうと、間違いだろうと。どっちにせよ俺たちが勝つんだから関係ないことだからな」

 

「クカカカカカッ!」

 

 俺が強がった途端、大声で笑い出す青行灯。

 

「強がり! 思ってもいないことを口にして! それでこの妖怪(あたし)に! 人の恐怖を根源とする妖怪に敵うと! そう吠えるか人間!?」

 

 ならば──

 

「無残に殺す。貴様の信じる(サーヴァント)を、英霊としても、女としても、その尊厳の全てを奪い、へし折り、貴様(主人)が口にした大言壮語の責を取らせよう」

 

 言葉を、怒気を向けられたアルターエゴはしかし、冷徹な表情で

 

「やれるものならやってみなさい。私と貴女じゃ、英霊としても、そして仕えるマスターすら絶望的なまでの差があるわ。私の主人は貴女のマスターのようにただその場に突っ立っているだけの人形じゃないのよ」

 

 互いが戦意を剥き出しにしたところで、エレベーターは目的地へとたどり着いたらしい。動きが止まる。最後に一度、アルターエゴの手を軽く握り、精神の安定を図る。アルターエゴも軽く握り返してくれて、思っていた以上に落ち着いた。

 

 ──さあ、殺しあおうか。

 

 

◆◆◆

 

 

 事ここに至っては、会話をする必要性はない。

 

「さあ、始めようか。アルターエゴ。これで終わり……いいや、ここからが聖杯戦争の始まりだ」

 

「ええ、まずは貴方に、最初の勝利を捧げるわ。マスター」

 

 光閉ざされた、けれど光の存在する海底。沈没船がどこかもの哀しい。この場にて、死闘が開演する。

 

 観客も、歓声も、決戦という割には存在しない。けれどそれでいい。この戦いは万人に捧げるものではなく、己の願いを叶える、ひどく独善的な戦いの場。未だ記憶は戻らず、願いの所在すらわからぬ身なれど──

 

 ──死にたくない。

 

 ただそれだけで、剣を執る理由になる。

 

「さあ──」

 

 さあ──

 

「聖杯戦争を始めよう」

 

 ──聖杯戦争を始めよう。

 

 これが、俺たちの生への渇望だ。

 

 

Sword or Death(死にたくなければ剣を執れ)

 

 

 黄金の首飾り(高確率スタン)が敵の一手を崩し、その隙にアルターエゴは海底を駆ける。サーヴァントは、この決戦場においては敵のマスターを狙うことはできないが故に、青行灯もアルターエゴを追う。その彼女の一歩目を──

 

「Shock(16)」

 

 軽いコードキャストによって崩す。その瞬間、アルターエゴは沈没船を蹴って青行灯の懐へと。剣を握っていない左の手が開かれる。そこに収束していた魔力が弾け飛び、新たなスキルとして開花した。

 

「凍てつき、滅べ。氷閃華

 

「ちぃっ──!」

 

 しかし、敵もサーヴァント。確実に人間であれば躱せないようなタイミングで強引に躱し、距離を取る。被害としては袖程度。普通ならその程度なんの価値もないのだが──

 

「これで、変化できないでしょう?」

 

「だったら、拳で応えてやるだけさ」

 

 青行灯の変化はどこか一部でも凍っていたらできないということは知っている。故に今の姿のまま対応するしかないとアルターエゴは走る。が、それに対して拳を構えた青行灯の筋力が上昇する。シンジは……コードキャストを使っていない。つまりあれは青行灯のスキルによるものだということで──

 

gain_agi(32)(敏捷強化)!」

 

 そこまで考えたところで、咄嗟にアルターエゴの敏捷を強化し、彼女もその意図を読んで急ブレーキから後ろに下がる。しかしそれは一歩遅かっ──

 

「っっっっ!!」

 

 た。凄まじい風が吹いた。横に、アルターエゴが倒れている。土煙があってもその中にいるアルターエゴのことがわからないわけがない。拳を振り抜いた形の青行灯の姿を認めて、それがこちらに突進しようとするのを魔力弾を大量にばら撒く。青行灯が本気になった速度には追いつけない。だから、それっぽいルートに魔力弾を先に放っておく程度しかできない。

 

add_regen(32)(自動回復・大)heal(16)(小回復)!」

 

 そして、それでわずかに遠回りしている間にアルターエゴを回復させる。

 

「シロウ!」

 

 シロウが、突如出現……いや、霊体化を解除する。時間にして数秒、俺が稼いだそのわずかな時間にシロウが出現し、青行灯の拳に合わせるようにして剛腕を振るう。けれど、魔術師(ウィザード)魔術(コードキャスト)によるものとは違う、スキルによって行われたサーヴァントのランク単位での筋力上昇を相手にしては厳しいらしい。シロウが一方的に弾かれる。

 

「さぁ、(うた)いましょう?」

 

 そしてシロウが稼いだわずかな時間、そのシロウの頑張りに応えるようにアルターエゴの澄んだ声が決戦場に響き渡る。

 

 カムイユカラ。彼女が持つスキルの一つ。北欧の宝具(ブリージンガメン)を持っていたり、アイヌのスキル(カムイユカラ)を持っていたり。本当に彼女の真名はなんなのだろうか。

 

 彼女が呼び出す焔のカムイが青行灯の肉体を焼いていく。やはり以前に彼女に語った通り、アルターエゴこそが最強のサーヴァントなのだ。本来の力を解放できずとも、百物語による強化がなされた青行灯を追い詰めている。

 

「堕ちろ、堕ちろ、堕ちろォォォォォォ!!」

 

 だが、『追い詰められている』というのは当然のように青行灯も理解できていたらしく、これまでの変化とは違う形で、青行灯の肉体が開かれた。解放される膨大な魔力。宝具の開帳。このままであれば確実に敗北する。そんなことを、頭のどこかが冷静に認識していた。

 

 ──ここだ。

 

 だからこそ、用意した切り札を使うのはここだと理解した。

 

 

◆◆◆

 

 

 それは、百の逸話の具現。

 

「夢幻の淵より集え、数多の怪士(あやかし)共よ」

 

 それは、彼女のうちに存在する全てを開帳する宝具。

 

「我が臓腑より這い出でよ。虚飾に彩られた我らは今、幻想より現実へと移り変わる」

 

 膨張する青行灯の肉体。そして、その体が縦に裂ける。

 

「『嬉遊笑覧百物語(きゆうしょうらんひゃくものがたり)』!!」

 

 そうして裂けた青行灯の肉体から、大量の妖怪が出現した。

 

 それらすべてが、彼女を構成する百物語の内容。数えるのもバカらしい。彼女だけが、それら一つ一つを理解して……して……いない。

 

 この宝具を開帳した瞬間、青行灯は『百物語』に変化する。「嫉妬深い女」という概念だった青行灯は、ただの逸話の集合体へと変化した彼女には、かつての意識が希薄となる。

 

 この意思の喪失こそが、彼女の最も厭うものであり、今この場にいる青行灯という存在を『百物語の集合体』としての存在ではなく、一個の生命としたいという願いの源泉。

 

 誰も知ることのない、彼女だけの秘密であり、今は己の意思を表層に出していない彼女のマスター、間桐慎二の『ここにいたという証明を残したい』という願いと、『己の存在の証明』という一点で似通った願いである。

 

「アルターエゴッ!」

 

「ええ!」

 

 しかし、そんなことはこの決戦場においては何の価値も持たない。思いが力になることはあっても、彼女の思いすら希薄となっている今となっては、その思いに一切の価値はない。

 

 アルターエゴが輪の言葉に応えて氷の華が咲いた。一部の妖怪が凍りつくが、直後、それらは氷の中から消滅し、また青行灯の内側から這い出でる。消滅した妖怪の隙間から、輪が何かしているところが見えたが、意識が残っていない青行灯にはそれが何かわからない。

 

「…………」

 

 蘇った妖怪を撃退し、けれど次の瞬間には彼女の内側で復活し、もう一度出現する。そんな繰り返し。いつまで経っても終わらず、終焉はシンジの魔力が切れるか、あるいはアルターエゴが消滅するか。そのどちらかが訪れた時に、やってくるのだろう。

 

 だが──

 

「……!?」

 

 次の瞬間、それらすべてが消滅し、青行灯の姿が元に戻る。戻ったことへの動揺を青行灯は隠すことができず、そしてその動揺により意識が元に戻っていることにも気がついた。

 

 

◆◆◆

 

 

 ──101番目の百物語

 

 それが、今回俺が行ったこと。数日前の、百物語の巻物を俺たちが持ち帰った時に青行灯が「それでよし」と俯いて笑っていたことから、俺たちが読み解いても彼女の力になると考えた。それなら、百物語という概念を依り代とする彼女に、その容量(百物語)を超える中身(101番目)を注いでやることで、力をパンクさせることができるのではないかと。そんな作戦。『彼女が百物語の化身なのだから、自分たちに持って帰らせたぶんも含めたら物語は百に至っているはずだ』なんていう、推測から立てられた作戦だが、上手く嵌ってくれた。

 

 結果、どの物語を「百物語」の中身とするか、どの物語を切り捨てるか。それを選ばない限りは青行灯は青行灯(百物語)として在ることができない。それでも、彼女はすでに自分の中にある百物語については知っているだろうし、俺が加えた101番目を読み終えるまでの時間を稼ぐことにしかならないが──

 

「やれ、アルターエゴ!」

 

「蹴散らしなさい! シロウ!」

 

 先の青行灯と同様に、アルターエゴ、そしてシロウの肉体から膨大な魔力が吹き荒れ、己の肉体からそれに呼応するように魔力が抜かれていく。彼女も宝具を開帳するらしい。

 

「シロウ、お願い! ……よいしょっと」

 

「グルァァァァァ!!」

 

 シロウが駆け出す。その咆哮は力強く、上にアルターエゴが飛び乗った途端、さらに轟き、この空間を染め上げる。威嚇としての意味などほとんど無いに等しい。人を傷つける害獣を滅ぼした英雄とは違う、自然の摂理のうちに存在しないはずの妖怪に、「萎縮する」という機能があるのかは定かではなく、そしてこのタイミングでは目に見える効果としては発現しなかった。

 

「私の中の女神たち、力を貸して……!」

 

 勢いづいたシロウの拳が、アッパー気味に青行灯をかちあげる。そこにアルターエゴの弓が……弓!? そんなのまで持ってたのか。……とりあえず弓から放たれた矢が周囲の空間を氷結させながら、空中にて身動きの取れない青行灯に突き刺さる。直後、矢に込められていた魔力が解放され、地面から生える巨大な氷柱と化して青行灯を宙に縫い止めた。

 

「”吼えよ我が友(オプタテシケ)──」

 

 その氷柱をアルターエゴを乗せたシロウが駆け上っていく。アルターエゴの剣に収束して行く魔力が吹雪となって、吹雪の剣が、わずかにアルターエゴのリーチを伸ばした。

 

「──我が力(オキムンペ)”!!」

 

 放たれる、氷結の袈裟斬り。切り裂かれた部位がそのまま氷の魔力に冒され、血液が吹き出る間も無く内側から凍てつき、壊死して行く。青行灯はアルターエゴが一刀の元に斬り伏せられた。

 

 ──そしてそれが、一回戦の終わりを告げた。

 

 

◆◆◆

 

 

 斬り捨てられた青行灯は、その場に崩れ落ちる。

 

 それとほとんど同時に、俺とアルターエゴのコンビと、シンジと青行灯のコンビを分ける障壁が出現した。

 

「……は?」

 

 そしてそれは、青行灯という英霊の力が全てに及ばなくなった瞬間であり、シンジの正気が取り戻された瞬間でもある。

 

「な、何だよこれ! どうして僕のサーヴァントが負けてるんだ!?」

 

 正気を取り戻したシンジは、今の状況を見てだいたいのことを察したらしい。自分の敗北という結末を。

 

「おい! お前が『一回戦だけは自分に任せてほしい』なんていうから仕方なしに僕は任せてやったんだぞ! それなのに負けるって、どういう神経してるんだ!?」

 

 己のサーヴァントを罵倒するシンジ。けれど──

 

「それで、任せるって決めたのはお前だろシンジ」

 

「なんだと……?」

 

 そう、戦いの結果に文句があるなら、自分なら勝てたというなら、途中からでも戦闘方針を変化させればよかった。それをしなかった、あるいはできなかった。そのどちらにせよ、最初に「青行灯に任せる」という選択肢を選んだシンジには、彼に与えられた選択を、彼の意思で選んだ以上は、彼女の戦いの結果に文句をつける筋合いはない。

 

「帰りましょう、マスター。これ以上の彼の醜態、見ていても何も得にはならないわ」

 

 アルターエゴは踵を返すが、俺は動かない。

 

「マスター?」

 

「見ないわけにはいかないよ」

 

 これから彼らに待ち受ける最期。それはいつ、自分たちの元に訪れてもおかしくない代物なのだから。死に戻りがなければすでに終わっていた俺たちだからこそ、正しい結末を知らないわけにはいかない。

 

「ちっ……こんなゲームで勝ったからって調子に乗るなよな。リアルなら僕の方が何倍も優れてるんだ。先に現実に戻って、お前がどこの誰かはっきりしたら──」

 

 それが、まともな姿のままだったシンジの最後の言葉。

 

「──うわっ!? な、なんだよこれっ!? ぼ、僕の体が消えていく!? し、知らないぞ、こんなアウトの仕方!?」

 

 そしてそれが、電脳死をもたらすノイズによって体を崩され始めた彼の、最初の言葉。けれどそれを見ても、彼の死に何も思えない。初日に感じた通り、俺は友人を殺すことを罪悪と感じない下種野郎のようだ。

 

「聖杯戦争で敗れた者は死ぬ。小僧、貴様もマスターとして、それだけは聞いていたはずだ」

 

「はっ!? 死ぬってよくある脅しじゃないのか!? そ、そんな、電脳死なんて本当なわけ……」

 

「いいや、死ぬさ。それが戦争っていうもの。戦いなんか参加したことがないあたしでも知っていることさ。どうやら、自覚はなかったようだけどね」

 

 だいたい──

 

「ここに入ったってことはその時点で全員半ば死んでいるようなもの。生きて帰れるのが一人な以上はね」

 

 そうして、青行灯はこちらに顔を向ける。その姿はこれまでの妖怪としてのものというより、長い時を生き抜いてきた先達が、これからの生を生きる後輩に警句を告げるような真摯なもので──

 

「な……やだよ……今更そんなこと言ってんなよ……! ゲームだろ? これ、ゲームなんだろ!? なぁ!?」

 

 シンジが泣き喚く姿に頓着しないのは、人間とはまるで違う妖怪としてのものだった。

 

「貴様らも、妖怪(あたし)という恐怖を踏破した以上は簡単に負けることなんて許さないよ」

 

「なぁ、おい! サーヴァントはマスターを助けるんだろう!? だったら、自分勝手にやらかした分ぐらいは助けてくれよ、()()()()!」

 

 不可能を言う。そんな簡単に破れるルールなら、誰もルールとして制定しない。勝者と敗者が確定してしまった以上は、そのルールに逆らうことは不可能だ。だから、青行灯も答えない。それはそれとして──

 

 ──こいつ、ライダーだったのか。

 

 そんなことが思い浮かぶが、今はもう関係ない。彼女が死ぬことは決まっている。せいぜい、あとでマトリクスの情報を更新する程度のこと。

 

「では、今宵の幕はこれでお開き。ああ、貴様らも、今は踏破したかもしれないが、もしも心のうちに恐れを抱いてみな? その時は──」

 

 ──あたし(妖怪)が、また這い寄るかもしれないよ?

 

 それが一回戦の相手、青行灯の最後の言葉だった。

 

「あ、あ──消える。消えていく! なんで? おかしいぞ、これ! なんでリアルの僕まで死ぬってわかるんだ!? 嘘だ、嘘だ、こんなはずじゃ……くそっ! 助けろよぉ! 助けてよぉ!僕はまだ八歳なんだぞ!? こんなところで死にたくな──」

 

 そして、その綺麗な散りざまとは正反対な、けれど彼の言葉を信じるなら年相応の叫びとともに、一回戦の相手、間桐シンジは永遠にこの世界から姿を消した。次に現れるとするなら、それは次回以降の聖杯戦争におけるNPC。つまり、今この場にいた間桐シンジは永劫に、誰の目にも止まることはない。

 

 

◆◆◆

 

 

 校舎に戻ると、そこには知り合いが立っていた。

 

「遠坂……」

 

 遠坂凛。おそらくはレオと並んで優勝候補とされる少女。どうやら先に一回戦を終えていたらしい。

 

「あら。貴方が出てきたってことは、死んだのはマトウくん? 結構意外ね。彼、情報をしっかりと隠してるように思ったから。アジア屈指のゲームチャンプなんて称号も、結局は戦場では何も役に立たないのよね」

 

「そうだな」

 

「……結構冷静ね。貴方、確か岸波と同じで記憶がないとか言ってなかったっけ? その割には予選の間の仮初とはいえ友人を殺したことに何も思わないのね」

 

 ……一日目を突破した時の周回で、俺はそんなことを言ったのだろうか。正直、もうそんなに前の細かい会話までは覚えていない。ただ、うん。そういうことならそれはそれでいい。結局のところ、その情報が俺のアルターエゴが不利になるようなものではないのだから。

 

「結局のところ、俺はあいつを友人と思ってなかったってことだよ。殺すことになった時も、殺した時も、何も思わない」

 

「……そう。実は貴方、結構危険人物なのかもね」

 

 明日からは二回戦。これ以上、話をしている意味もない。聖杯戦争に勝ち抜き、いずれは眼前の少女も殺すため、今は眠りにつかないと──

 

 

◆◆◆

 

 

 マイルームに戻ると、ベッドに倒れこんだ。

 

「今日は疲れたでしょう? しっかり休むといいわ」

 

「ありがとう……」

 

 もう、言葉も遠い。彼女の方がきっと疲労しているというのに、そんな疲れを一切見せない姿には恐れ入る。シンジを殺したことに罪悪を覚えないのは、もうしょうがないことだ。きっとこれは、俺の魂のようなところに捻じこまれている。治そうと思って治せるものではないのだろう。

 

 ──やはり、俺はどこか壊れているのだろうか。

 

「そんなことはないわ」

 

 そんな思いを、言葉にするより先にアルターエゴが否定する。

 

「本当に冷たい人間なら、あの時、私が弱気になった時にあんな言葉をかけることはできないもの。だからきっと、貴方がシンジを殺したことに罪悪感を持てないのは、何か理由があるはず──貴方は、普通の人間よ」

 

「……うん」

 

 己よりも小さな少女に抱きしめられる、という状況に思うところがないわけではないが、弟がいると言っていたから、こういうことには慣れているのだろう。その抱擁は心を落ち着けてくれる。

 

 アイデンティティーすら確かではない自分だが、「彼女が信じてくれる自分」だけは裏切りたくない、とそう感じた。

 

「お休みなさい、マスター。せめて、夢の中では幸福を」

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