放課後の廊下は閑散としていた。今時期は日も長いため、外はまだまだ明るかった。時間感覚が分からなくなりそうだが、さきほど時計を確認したら時間は五時半を超えていた。
いつもならチャイムと共に早々に下校するのだが、今日は化学の時間に居眠りをしてしまい、罰で課題を出されたのだ。
計四枚のプリントを図書室で解いていたら、いつのまにかこんな時間になっていた。
「もー、ツッキーが寝るからー」
「お前も寝てただろうが」
───もちろん、モカもだ。
化学は寝てはいけないというのが俺とモカの共通認識。寝たら今日みたいに課題が出されるから、俺が寝てたらモカが、モカが寝てたら俺が起こすというのが決まりだったのだが、今日は珍しく二人同時にノックアウト。家でやるのも面倒なので、モカの誘いで学校で終わらせたのだ。
「帰りにどこか寄ってかないー?お腹空いちゃったー」
「そうだなー。俺も頭使って腹へったし。ファミレスでいいか?」
「いいよー…………あれ、つぐかなー?」
「………そうだな」
曲がり角の少し手前を、やや仰け反りながらプリントを抱えたつぐみが歩いていた。前は見えているようだが、傍目から見ると危なっかしくて仕方ない。それに、あの先は階段だ。踏み外しでもしたら危ない。
「モカ。ちょっと鞄持っててくれないか?」
「いいよー」
「ありがと」
モカに鞄を預けてつぐみの近くまで駆け寄る。近くまで来たとき、足音に気付いたつぐみがこちらへ振り向いた。
体ごと振り向いてくれたおかげで、プリントも取りやすくなった。許可を貰うよりも早く半分強奪する。先に許可を貰おうとしたら、つぐみのことだから遠慮して歩き出してしまいそうだし。
「も、望月くん!?」
「あたしもいるよー」
俺の鞄をブンブン振りながら駆け足で近寄ってくる。自分の振り回せよ。
「モカちゃんも!?」
突然現れた俺達に驚きの表情を見せるつぐみ。
「これどこまで持ってけばいい?」
「わ、悪いからいいよ?それに私なら大丈夫だから」
「はいはい。これどこまでだ?」
つぐみの『大丈夫』は信用していない。まだ知り合って短いが、つぐみは大丈夫じゃないときほど大丈夫と言うことを知っているから。
「え、えと、生徒会室までお願い」
「了解」
「りょーかーい」
「ごめんね。持ってもらっちゃって」
並んで階段を下る。段を見ているのか俯いてるのか分からなかったが、後者の割合の方が強かったらしい。その声は本当に申し訳なさそうだった。
「つぐみは謙虚すぎるんだよ。もう少しモカとか上原の図太くて図々しくてふてぶてしいところ見習った方がいいぞ」
「ツッキー、そんなこと思ってたのー?」
「常日頃から思ってる」
「えー、モカちゃんってば、こんなに謙虚なのにー」
「謙虚な奴は自分を謙虚って言わねぇよ」
生徒会室は予想していた通り、誰もいなかった。『ロ』の字に並べられた机にプリントを置き、モカから鞄を受け取る。
「これで終わりか?
「うん。ありがとうね」
「どういたしまして」
「つぐも一緒に帰ろー」
「ごめんね。戸締まりとかしないといけなくて」
「一緒に行こうかー?」
「ううん。一人で大丈夫!」
「…………じゃあ、帰るか。行くぞ、モカ」
「…………はーい」
生徒会室から出て、そのまま玄関に向かうことはせず、扉のすぐ脇で待機する。
「つぐを拉致する五秒前って感じだねー」
「人聞きの悪いこと言わないでもらえません?というか、モカも分かってるだろ?」
「つぐは嘘がつけないからねー」
モカが言い切ったところで、生徒会室内からパンと小気味のいい音が鳴った。
「ふぅ。よしっ、頑張ろう!」
元気を出そうとしているその声からは何となく疲れが伺えた。
ガラガラと扉がスライドし、少し頬を赤くしたつぐみが姿を現す。
「そうだな。頑張らないとな」
「うん!────望月くん!?モカちゃんも帰ったんじゃ………」
俺の言葉に元気よく反応したあと、それにおかしいと気が付いたつぐみが、俺達の方を向き、やや焦ったような表情を浮かべる。その表情は、『嘘ついたのバレたかも…………』とでも言いたげだが、とっくにバレてる。
「さすがに、な?」
「つぐってば、分かりやすいんだからー」
「な、なんのこと?」
この期に及んで誤魔化そうとしているが、白々しすぎる。
「まだ仕事あるんだろ?友達なんだから手伝うよ。なあモカ?」
「そーそー」
「で、でも、迷惑じゃ───」
「「ない」」
ぴしゃりと遮って、きっぱり強い口調で否定する。
「友達が困ってたら助けるのが当然だよな?」
「とーぜんだよねー?幼馴染ならなおのこと当たり前だよー?」
じっとつぐみを見る。俺とモカの視線を受けたつぐみは、口を開いては閉じを繰り返す。
迷惑をかけたくない気持ちと、助けてもらいたい気持ち。つぐみの中で葛藤があったのだろう。十数秒の葛藤の末に出した答えは。
「え、えと………一人だと、あと三回は行かなくちゃ行けなくて…………だから、手伝ってくれない………かな?」
つっかえつっかえの言葉に、俺とモカは笑って答える。
「任せろ」
「任せなさーい」
「三人なら一往復で済むな」
「何ならツッキー一人でも行けるよねー?」
「いや、無理だから」
「情けないなー」
「張っ倒すぞ」
「………ふふ」
俺とモカのやりとりを見ていたつぐみが声を漏らす。その声はどんどん大きくなってく。
「はは、あははは!」
つぐみの大笑いは、もしかしたら初めて見たかもしれない。笑いすぎて目尻から涙が垂れている。
すっかり毒気を抜かれてしまった。モカと顔を合わせて、小さく笑う。
「モカちゃん、望月くん」
笑い終えたつぐみが人差し指で涙を払い、満面の笑みを浮かべる。
「ありがとう!」
「どういたしましてー」
「どういたしまして。それより早く行くぞ」
「うん!」
「さあ、ツグっていこー」
「おぉー!」
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