俺の母はくじ運がやたらと強い。商店街で行われている福引きでは毎回何かを当ててくる。商店街の独自のルールに、『くじ引き券が有る限り何度でも引ける。ただし、望月幸は一度のみとする』なんてものが組み込まれるぐらいだ。
そんな母が今回当てたのは、三駅隣のもうすぐオープンする予定の動物園のプレオープンチケットだ。一枚で二人まで入園可能だ。
母さんが微笑みながら、仲のいい人と行ってきなさいと、くれた。まあ、母さんが動物苦手だからくれたっていうのが、大半の理由だと思うけど。
誰と行くかで、真っ先に浮かんだのがモカだった。
時間は八時を少し回ったぐらい。迷惑にならないだろう。無料通話アプリを起動させ、山吹ベーカリーの紙袋にパンが詰め込まれているアイコンをタップする。
部屋に独特のデジタル音が鳴り響く。デジタル音が繰り返し鳴ること三回、四回目のコールで通話の文字が画面に示された。
『もしもしー。どーしたのー?』
「今週の土曜日空いてる?」
『空いてるよー』
「親から動物園のチケット貰ったんだけど、行かない?」
『デートのお誘いかなー?』
「あー、確かにそうだな。俺とデートに行かない?」
『断ったらツッキーがかわいそうだから行ってあげよー』
「…………やっぱり、つぐみ誘うか」
『冗談だよー』
「行くってことでいいんだろ?」
『楽しみにしてるからねー』
「ご期待に添えるように頑張るよ。駅前に十時で待ち合わせでいいか?」
『わかったー』
ということで、約束の日。
待ち合わせの時間まで三十分もまだ余裕がある。
今日行くのが女の子だと知るや否や、『待ち合わせの三十分前に行くのが男の仕事だ』と、親二人に言われて追い出された。
ベンチの背もたれに体重を預け、イヤホンから流れる音楽を聴きながら目を瞑る。本日は快晴なため、日光が体を包み眠気を誘う。
モカが来るのは待ち合わせ時間ギリギリだろうなあ、と考えてると、俺の座っているベンチがもう一人分の体重を受けて軋んだ。
他にもベンチはあるのに何故俺の隣?と思っていると、右耳のイヤホンが引っこ抜かれた。
「ツッキー」
その声に耳を疑った。
目を開けて横を見ると、薄い緑色のパーカーに、ホットパンツと動きやすそうな格好をしたモカが座っていた。
眠気が吹き飛んだ。モカがこんなに早いなんて、と結構失礼なことを考えながら表に出さないように努める。
「おはよー」
「おはよう、モカ。随分早いな」
「ツッキーもねー」
「男は早く待つものだって、親に叩き出された」
「じゃあ早く来て正解だったねー」
「モカはどうしてこんなに早いんだ?」
「リサさんが、こういうのは待つ時間も楽しむものだって言ってたからねー」
「何で当人達より周りの方が騒がしいんだろうな」
「そうだねー。特にひーちゃんが色々言ってたよねー」
「騒がしかったなー。モカが『今週はツッキーとデートなんだー』って言うから、上原が『デートォオオ?!』って大声だして、教室中の視線を一人占めだよ」
「正確には二人占めだけどねー。それにツッキーは慣れてるよねー」
「慣れてねーよ。それにあの声、美竹まで届いてたからな」
「一年生全員聞いたかもねー」
「かもな。まあ、デートであることには変わりないんだろ?」
「そうだねー」
俺もモカも予想以上に早くついたので、予定していたより一本早い電車に乗ることにした。
他愛ない会話は電車の中でも、電車から降りて動物園までの道のりでも続いた。
話題には困らなかった。俺から話題を出すこともあれば、モカから話を振ってくることもある。思い返せば、モカとの会話が途切れたことは一度もなかった。
動物園に着いたのは十一時より少し前だった。
動物園の名前がでかでかと書かれたゲートの下に待機しているスタッフにチケットを見せ、二人分の料金を払い、パンフレットを貰ってから中に入る。
「ツッキー、自分の分は払うよー」
ゲートから出てすぐにモカが止まって、ポケットから財布を出す。…………モカの趣味がポイントカード集めだったな。財布の厚みが凄い。
「誘ったのは俺だし、普段金使わないからいいよ」
「でも」
モカはどうしても譲らなさそうだ。
「デートなんだろ?じゃあ、男が格好つけるのは当然だ」
「…………しょーがないなー」
少しだけキョトンとしたあと、モカが頬を綻ばせて少し嬉しそうに答える。出していた財布をポケットに仕舞い、隣にピッタリ並んで、こっちの顔を覗きこんで、にししと笑う。
「今度遊ぶときはモカちゃんが格好つけるねー」
「楽しみに待ってるからな」
「とりあえず今は動物園を楽しみますかー」
「そうだな。どこに行く?」
「それじゃー」
二人でパンフレットを見ながら、あっちへこっちへ。ライオンや虎などの肉食獣を見たり、鹿や馬の餌やりをしたり、アルパカを撫でたり、動物園を満喫していた。
時折、子供みたく目を輝かせるモカなど、レアショットもいくつかあった。
それから少し遅めの昼食を済まし、次に向かったのは触れ合いコーナー。ハムスターや針鼠など、小動物を触れるコーナーだ。
そこで一つ問題が起きた。俺たち二人が大きめのケージに入れられたハムスターに手を伸ばすと、一斉に俺たちの手に群がってきたのだ。
これには俺とモカは顔を見合せ、苦笑いした。横の子供達からは、いいないいなと羨ましがられた。
次に向かったのはウサギの触れ合い空間。大きめの部屋にはウサギが何十匹も放されていて、既に中にいた子供にもわらわら群がっていた。
入り口にあった、餌ボックスに二百円金を払ってから、スティック状に切られた人参がたくさん入ったカップを一つを俺、一つをモカに上げる。
モカが小さくお礼を言ってきたので、どういたしまして、と返してから扉を開ける。
扉から出ないために設置された柵を跨ぐ。さっきほどでもないが、ウサギが足元に集まってきた。足元のウサギを踏まないようにモカに手を貸す。
モカも無事着地できたとこで、いつまでも入り口を塞ぐわけにはいかないので邪魔にならないところにしゃがみ、足元のウサギ達を愛でる。
「くすぐったーい」
しゃがんで、集まってきたウサギをもふもふするモカ。俺も足元のウサギ達を撫で回していると、一匹のウサギが目に止まった。
端っこの方で微動だにしないウサギ。
なんとなく、そのウサギの方へ行こうとすると、モカも後ろについてくる。ウサギもついてくるお得なセットだ。
「何かこのウサギ、モカっぽくね?少し呑気なところとか」
突っついてもその場から動こうとせずに、口元に人参を近づければようやく食べる。このぐうたら具合が可愛く見える。
膝に乗せて撫でてみても、されるがままだ。
「ツッキーはモカちゃんのことどう思ってるのかなー?」
「のんびり屋。やるとき以外はやらないマイペースさん」
「間違ってないかなー」
「だろうな。結構一緒にいるからな」
「そうだねー」
そのあともモカウサギをうりうりしたり、他のウサギにも餌をあげたり。
もう十分楽しんだ頃だろうと、モカを見れば、ちょうど同じことを思ったようで、視線が交差する。
(そろそろ次に行こーかー?)
(そうだな)
すくっと立ち上り、一緒に出入り口に向かった。ウサギ達が別れを惜しむように集まってくれた。あの、だらけていたモカウサギも見送りに来てくれた。
そいつを一撫でしてから、ウサギコーナーを後にする。
「次はどこに行こうか?」
「ここかなー?」
持っていたパンフレットを俺に見せながら指差したのは。
「カピバラっていうのが、何となくお前っぽいな」
そのチョイスが少し似合ってて、くつくつと笑ってしまった。
次の日。
前日に動物園の中を結構歩いたのだが、一切体に疲れが残らなかったモカ。バイト先に少し早めに来てしまったモカが椅子に座り、小さく鼻歌を歌っていると、リサが入ってきた。
「モカ、今日は機嫌いいね?」
「分かりますかー?」
「見てれば分かるよ。何か進展でもあったの?」
「んー。内緒ですかねー」
「えー」
モカが柔らかく頬笑む。大して期待してなかったのか、リサは更衣室に入る。
リサがいなくなったのを確認してからスマホを起動する。その壁紙は、モカと彼のツーショット。手にはモカに似ているというウサギを抱えられている。
「えへへー」
何度見ても、頬がだらしなく緩んでしまう。他にも何枚か彼と撮った写真があるのだが、中でも一番好きな写真だ。
スマホ右上のデジタル数字がバイト開始時間と同じ時間を示したのと同時にバイト用の服を身に付けたリサが更衣室から出てきた。
「モカー、行くよー」
「はーい」
スマホをポケットに収め、バイトに向かう。柄にもなく、頑張ろうと思えたモカだった。
青葉モカは恋する乙女である。
次の話のネタ(書けるかは分からない)
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