恋にも愛にも重すぎる 作:木冬
出先にパソコン持って行けなくて執筆滞ってました。やっぱ出張先でも書けるように何かしら用意した方がいいんじゃないだろうか。書けないストレスが意外に響いて……ぬーん。
しかも今月もまた出張。チクショウメェ!!
でもデヒテラちゃん書くまでは続けます。続けますとも。
あとアランが盛大にやらかしてくれちゃってプロットまで綺麗に吹き飛びました。
カークマン博士とローザの間にちょっと関わりがあったとか本編で言ってたんでローザさんはそっちでヤンヤンさせて、イーリスはアランの機体奪っちゃうくらいだからそっち方面でヤンヤンさせたかったのに……被っちゃったよ。
でもアランの死体があったって名言されてないんですよね。騎士団が残骸を回収したらしいし……ワンチャンある?
フェニエ騎士団本部 旧第一格納庫
基地でも使われることの珍しい、古い格納庫……その中の空いたスペースに機体を固定し、タラップを呼び出す。
からからと音を立て、機体へ乗り降りするためのタラップが滑ってくる。自分の機体の目の前に来たことを確認してからハッチを開いた。
カツ、コツ。
硬質な音ががらんとした格納庫に響く。自分の愛機も含め、通常使用する機体は全て新しく出来た第三格納庫へ置かれており、ここに並ぶのは古い機体や訳あって動かせない機体がほどんどだ。
必然、人は少ない……今いるのもこの機体の整備のための二名だけだ。機体の整備が終わればここは消灯され、再び無人となるだろう。
「お疲れ様です、イリーナ様」
「ん……いつも済まないな。私の我儘に付き合わせてしまって」
声をかけてきたのはいつもこの機体の整備を任せる整備士だ。
まだ年若く、整備班の中でも新人としてあちらこちらへ連れ回されては、また次の所と走り回っているのをよく見かける。最初に来たときは雑用としてよく叱られていたが、数多くの機体に触れ、教えられることでその実力を伸ばし、普段使わないものとはいえ騎士団長のブラストの専属を任されるほどの成長を見せている。
この機体だけでなく、愛機(あちら)の整備を任せる日も遠くないかもしれない。
「まさか!この機体を預けて頂けるという意味、十分理解しているつもりです……あ、先程の訓練以降、騎士の面々が見違えるほどの熱意と執念で訓練に取り組むようになった、と指導教官から報告がありましたよ。昼食もとらずに全員が訓練に入ろうとして、教官からどやされたそうです」
「はは、適度な休息をとらねば鍛錬は無駄だと言うのに……まぁ奮起してくれたならいい。あそこの教官には義理もあったし、フェニエの利であれば、それは私の利でもある……それで、本題は?」
「はい、久方ぶりに動かされた機体の調子の確認と、その整備についてなのですが」
二人そろって機体を見上げる。
当時は最新鋭機だった機体。日々技術革新と進化が繰り返される今では少し型落ちとなった機体。
「日々の点検を欠かさず行っていてくれたのだろう。前に乗った時と変わらない、慣れた感じがした……」
「そう言っていただければ何よりです。そこを一番注意したので整備士冥利に尽きますよ……正直な所、部品の旧式化が進んできていましてね。製造終了したパーツはどうやっても手に入らない場合現行品と置き換えを行うんですが、注意しないと勝手に『性能が良くなって』しまいます。今の機体バランスを保てるのは……あと半年程度と、思っていてください。それ以上は部品の在庫が無くなり、整備の手間が追いつかず性能を落としきれなくなります」
「……そうか」
厄介な仕事を押し付けている自覚はある。
騎士団長の身分があってこそ許される我儘。普段使う事も無い機体の為に、他よりも少ないとはいえ確かに予算が回されている事実……公私混同甚だしいと、自分の学んできた知識は揃って不合理だと切り捨てるのに。
「あと半年は、このままでいられるのか」
「……こいつの次の出撃予定はまだしばらく先でしたね。見た所被弾も模擬弾のみ、内外のセンサーもオールグリーン、すぐにでも再出撃が出来るレベルですし……」
「おぉい、嬢ちゃん!補給終わったぞ!」
「ナイスタイミング。……という訳で、我々は先に戻らせていただきます。消灯戸締りは……言わずもがなですよね」
「ああ。いつも済まないな、気を遣わせてしまって」
「いえ、我々にできるのはこの程度ですから。それでは……」
つい漏らしてしまった言葉に寂し気な笑みを浮かべ、整備士が片付けを始める。
引継ぎや消灯、施錠の手順は聞かない……聞く必要がない。いつも、と覚えられる程度にはこの場に足を運んでいるため、もうすっかり覚えてしまった。
騎士団長の仕事だって少なくはないのに、どうにか時間を作り出してここへ足を運んでいた。エメットの扱いを理解してからは仕事がこれまでの倍以上の速さで進むようになり、ここへ来る頻度は更に増えた。
工具箱片手に、離れた扉から整備士が一礼して出ていく。照明もこの一角を残して落とされ、ドアが閉じられた後は物音ひとつしない。
格納庫内は必然的に騒音が立つため、防音もしっかりされているため外の音もほとんど入ってこない。
「今日はエメットが働く日だったな。なら、時間はあるか……」
つまり、今はもう私だけの空間。がらんとした暗く寒々しく広い、全てから束の間解放される孤独の時間だ。
先程降りて来たタラップを再び上り、コクピットハッチを開く。
ちら、と視線を機体の左肩へと投げ……のろのろと機体に潜り込んだ。
そのままハッチを閉鎖し、起動シークエンスを中断させシステムを落とす。全ての表示灯が消え、周りが完全な暗闇と静寂に落ちる。
聞こえるのは自分の心音と呼吸、身じろぎの衣擦れ。
目を開いても暗闇ばかり、赤とも青とも白とも言えない黒が、瞼を閉じた時同様にまだらに広がる。
思い返すのは左肩。切り裂かれ、摘み取られた己が誇り。
「分かってはいるのだ……見当違いの恨みであるなど」
○-○
「今月で何回目でしょうか」
「ん?何か言ったか嬢ちゃん」
「ええ……イリーナ様ですよ」
「あー……」
工具箱をゆらゆらと揺らしながら、整備士は並んで歩いていた。思い返されるのは当然、我らが騎士団長だ。
仕事の合間を見つけてはあの機体のもとへ通っている。その胸中を慮り、また場所が旧第一格納庫である事も相まって、重要な仕事が無い限りは一人にさせるのが整備士の中での暗黙の了解になっている。
「イリーナ様、もう二年以上前なのに……それでもまだあんなに思い悩まれている、おいたわしいです。それほどショックだったって事ですよね」
「そりゃ名も知れないボーダーにブラスト真っ二つにされりゃあなぁ……当時は整備班までえらい騒動になったそうじゃないか。まぁ当時は団長まで行ってなかったとはいえ、エースの機体が堕ちちゃ大変だろうが……どうした?」
きょとん、とした顔で立ち止まった整備士の女性へ振り返り彼は疑問を投げる。
やがて合点がいった、とばかりにあ、と呟き慌てて歩きはじめる。
「そういえば主任、あの騒動の後で北から引き抜かれてきたんでしたっけ。あの時はすぐ緘口令が敷かれて、その直後にもう一つでっかい事件があって有耶無耶になったままだから……そっか、知らないんですね」
「おいおい、一人で納得してないで俺にも聞かせてくれねぇか。丁度新しい話に飢えてたんだよ」
「確かに緘口令はもう解かれたから話してもいいんですけど……」
「緘口令たぁ穏やかじゃねぇやな。気持ちのいい話じゃなかろうが……」
「……ええ。でもご存じないのならきっと知っておくべき事なんです。それで、あの日の事なんですけどね……」
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ベースに設置されたコアは、プラントが吸い上げた周辺のニュードを転送し、収束させ、圧縮しエネルギー源として使用できるようにするための装置だ。ニュードを吸収し圧縮する、というそのものの性質からニュードによる攻撃は効果が薄く、実弾や爆発による衝撃でコアの安定性を落とし自壊させる。
そうして、自軍の占有するコアへのニュードの集積率を上昇させるため、隣接するベースの間では戦闘が頻発する。
また、直近のベースが破壊されたからといって報復に相手コアまで破壊してしまえばその地域からのニュード除去作業そのものが停滞するため、コアが破壊されれば戦闘を迅速に停止する事があらゆる戦場での暗黙の了解として成り立っている。
そして……コアはプラントとリンクしそのニュードを転送、集積するが、特定条件下においてニュード以外を無理矢理転送に巻き込ませることが可能である。ブラストが行動不能になった場合には、装甲に使用されているNCメタルに含まれたニュードをコアに『吸わせる』事でベース内の地下格納庫まで転送している。
エリア移動などではコアの流量計算を行い安定した経路を作成して行っているため比較的安全だが、緊急回収ではその工程を省略している。無理にニュード以外を『吸う』代償としてコアの安定性が落ちるが、ブラストに搭乗できるほどのニュード耐性を持つ希少な人間を喪う事に比べれば、随分と安い代償と言える。
また、ブラストへのダメージが蓄積していたり、あまりにも強力な攻撃により一撃で機体の原型が保てない程のダメージを受ける場合、その瞬間にブラストそのものがリアクティブアーマーとして働き、装甲や内部のニュード機関に蓄積された全てのニュードをコクピットブロックへ逆流させ、ニュードの圧力でもってあらゆる攻撃からボーダーを包み守りながらコアへと『弾き飛ばす』。これがいわゆる大破であり、その場に基礎フレームしか残らない理由である。
この時ばかりはブラストは全損するため、行動不能のまま転送されるようこまめにリペアポッドなどで修復が推奨されているのだが……それはまた別の話だ。
総じて、ブラストによる戦闘での戦死者は意外なほど少ない。
無論、ゼロではない。
事故は発生しうるものだし、(通常はそれまでに行動不能になるが)装甲や内部のNCメタルが著しく少ない状態でギガノト榴弾砲のような大火力の攻撃をコクピットへピンポイントで直撃したりすればニュードによる保護が追いつかず死に至る。
何よりも、大破時の転送はその特性上、通常より圧倒的に多いニュードに晒されるため、身体への害が大きい。
だが、それでも……脱出装置はあらゆるブラストに搭載され、また過度の追い打ちなどの掟破りは敵味方両軍から狙われる原因となるため、誰しもが行動不能機に追い打ちなどという真似をしない。余程不幸なものを除き、戦死者はほぼゼロ……それが戦場の常であった。
常で、あるはずだった。
何でもない、いつも通りの戦場のはずだった。
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「だけどあの日はいつも通りじゃなかった。イリーナ様の機体にわざと整備ミスを施した男がいたんです」
嫌悪と侮蔑に染まった目で彼女は呟く。
「ブラストには緊急脱出装置が搭載されているじゃないですか。そのニュード伝送経路を改造して……機能停止と大破時の流路を途中でクロスさせていたんです。ご丁寧に、メイン機だとすぐにばれるだろうからと予備機の方にそれを仕込んで」
「機能停止と大破を逆転だと!ボーダーを殺す気か!?」
機能停止は本体のジェネレーター内部のニュードを使用して、脱出まで表面装甲を保護する。
大破時は、そもそもの装甲やN-DEFが不足している状態だ。そこからなけなしのニュードを使い尽くし、ニュードの繭でコクピットを包む。
同じ保護であっても内と外、その力の向きは真逆だ。
もしそれが逆転すれば……
機能停止したのであれば、表面装甲を保護するためのニュードの嵐がコクピット周辺に吹き荒れることになる。大破脱出でなく、再始動を受け付けるだけの時間が用意されている……その10秒間、ブラスト一機分のニュードがコクピット周辺に吹き荒れる。ボーダーをレアに焼き上げるには十分すぎる火力と時間だ。
また、大破したのであればそれはそれで問題だ。装甲が不完全な状態で、ボーダーを保護するためのニュードが外向きに流れて装甲の周りに噴き出し……そして終わる。
大破脱出のためのニュードは周りに吹き散らされているためボーダーの転送は成功せず、駆動系内部のニュード全てを消費したため機体は動かず、装甲内のニュード全て使用するため、後に残されるのは装甲がスカスカの鉄の棺桶だ。
「しかも当時既にエースと呼ばれるだけの実力があるなら、やられても機能停止どまり……ほぼ確実に死ぬな」
「はい。しかも流路自体は近いので間違えて新人が接続した、チェック漏れだった……そんな言い訳がまかり通ってしまうんです」
「クソッ、舐めた真似を……」
「犯人は今はもう処刑された……マドロック伯爵でした。イリーナ様の弟君が当時の王太子殿下とご学友で、親交も深く……飛ぶ鳥を落とす勢いのイリーナ様が軍部を掌握され、王にも覚えの良いニコライ様がいるとなれば、かの家の権力は並ぶものが無くなるのでは、と。そう思ったが故に、その姉弟の双方に策を仕掛けて……」
「嫌だねぇ、お貴族様のゴタゴタってのはよ。よく生きてたもんだ……というか、よく伯爵をしょっぴけたな。基本アシはつかないようにしてたんじゃないのか?」
嫌そうな顔をして頭をかく。年端もいかない姉弟へ魔の手を伸ばす貴族の闇の深さに、自然と眉にしわが寄ってしまう。
「ええ、普通は捕まらなかったのでしょう。ですが、ニコライ様へ仕掛けた策というのが……新兵の訓練地を敵陣近くへと誘導し、その情報を敵方へ漏らし襲わせるというもので。あわよくば、程度の狙いだったのですが、その……その訓練をお忍びで視察されていた方がいらっしゃいまして」
「……まさか」
この話の流れだと、その場にいたのはまず間違いなく。
「王太子殿下が」
「はい、そこへ襲撃が。何とか王太子殿下は守られたのですが……その事件を通して王太子殿下とニコライ様の仲はいっそう深まり、このような事を起こしたのは誰だと上から下への大騒ぎとなりまして。伯爵は捕らえられ、その所業に余罪も含めて情状酌量の余地なしと」
これが因果応報か。
「っとと、話がそれちまったな。団長様の機体の整備ミスが消えたって訳じゃない、そっちはどうなったんだ?」
「あ、そうですね。イリーナ様の機体なんですが……」
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戦闘は優位に進んでいた。
攻めを得意とするガロア、守りを得意とするフェニエ。しかしその戦闘力はほぼ互角……その中で異色を放つのは4機。私とマルファ、装飾が異なる敵の指揮官と緑のブラストに乗った傭兵だ。
ただ、敵の指揮官は凡庸だった。飛び抜けて悪いものではなかったが……私の相手としては不足。必然双方の戦力比は傾いていき、敵ベースの目の前まで戦線は押し上げられていた。
このまま押し込めばコアを直接攻撃が出来る。そういった焦燥があったのだろう。
この勝利でもって自身の地位を更に押し上げ、ニコライをより確実に守らないと。そういった傲慢があったのだろう。
既にその戦場だけで何機もブラストを撃破していた。そういった優越があったのだろう。
それらの毒は知らず私を蝕み、逸る気持ちが少しでも前へと背を叩き、敵の少ない狭路を一人突出した私は……取り返しのつかない一撃を己が身へ招き寄せた。
右の脇腹から左の肩先までを、カタパルトの加速とアサルトチャージャーの加速……そしてブラストの全重量を込めた遠心力でもって振り回されたSW-エグゼクターの刀身が少しの抵抗もなく走り抜け、機体が爆散した。
否、爆散したと錯覚しただけで、実際にはニュードを噴き散らして倒れただけだったが……あまりの衝撃、音、そして切り裂かれたコクピットハッチから吹き込んできた熱が私に明確な「死」を叩きつけて来た。
幸か不幸か、その瞬間まで私は戦場に死を感じたことが無かった。
無論、傷が無かったわけではない。軍に身を置く以上は体を酷使するものであるし、ブラストに乗る以上衝撃や危険を感じる事は避けられないし、敗北だって何度も経験していた。
だが、私には才能があった。その操縦センスからブラストを過剰に酷使することなく、その戦術眼から危険な奇襲を受けることはなく、その身分から死ぬことを前提とした任務へ従事させられることがなかった。
コクピットの内装は破られたことの無い絶対の盾であり、フェニエ騎士団の格納庫で閉じられたそれが再び開かれるのは屋内外を問わず、必ず安全となった後の場所であった。
故に全てが初めての経験だった。
今まで自分を守ってきた内装が無残に抉り取られ、曇天の空が鋼鉄の裂け目から広がることも。
活性化したニュードの余波で肌が炙られ、ひりひりとした痛みを放つことも。
レバーをどれだけ押し込みペダルをどれだけ蹴りつけても、機体が少しも動かないことも。
コクピット越しでない銃声が、痛いほどに耳を叩きつけてくることも。
目が絶望を見る。鼻が炎のにおいを嗅ぐ。耳が死を聞き届け、肌が痛みを訴え、舌が噛み傷つけた口中の血を味わう。
そしてコクピットの裂け目から無機質で巨大な眼がこちらを覗き込んで来て、その巨大な右手を……
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「く、ぅ……ぅ、ぁぁ、ああああああああああああああああっ!!!!」
ダメだと頭では分かっているのに、何度でも思い出してしまう。
他の場所ではこんなに取り乱すことは無い。フェニエ騎士団長の自分で、愛する弟を守る強き姉としての自分でいる間はあの経験を戒めとして毅然と立っているというのに、あの時の機体で……このコクピットの中でだけ、あの時感じたものと近い、新鮮な絶望を心の奥底が求めてしまう。
髪を掻き乱し、体を抱きしめ、骨がきしみ皮膚が痛むほどに拳を強く握った。
本当に僅かに残った理性が割れやすい画面などを避けさせたが、後は駄々っ子のように拳を振り回しシートのアームレストを叩きつける。
敗北だけなら良かった。屈辱だけなら抗う事が出来た。恥辱ならば雪ごうと奮起したはずだ。
しかし……
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「くっ、殺せ!!我が祖国を踏み荒らす下郎の虜囚になど……!!」
そう叫びながら両腕をどうにか抜こうともがいたが、絶妙に締め付けられた鋼鉄の手は私に一切の抵抗を許さなかった。
一昔前だと舌を噛んで自害などもあったらしいが、あれはショック死ではなく舌の筋肉が丸まり喉につまることによる窒息死であり、ブラストに標準装備されている救命キットなどで処置をされれば容易に助かってしまう。
故に、自分にできる抵抗はどうにかあの腕から逃れようともがくことだけだった。
突然に訪れた死の恐怖。それに呆然としていた直後、あの機体は私の機体を貪った。
そう、貪られた……そう感じてしまった。
ぴくりとも動かない機体で抵抗すること叶わず、何度も振り下ろされる刃の音に震えるしかできない。
力任せにコクピットハッチを剥ぎ取られ、シートベルトは焼け千切れて私の命綱となりえず、呆然としたまま気付けばその鋼鉄の掌に囚われていた。
そのまま、まるで見せびらかすように機体の前へ私の身体は差し出された。
しかし、咄嗟に守れるようにとばかりに左手はその更に前へ出され、その奇妙な姿勢のままその機体はベースへと走り続けた。
心には一欠けらの平穏も残ってはいない。
この機体の繰り出した美しさすら感じる一撃に背筋は凍ったままだ。何故愛機が突然に裏切ったのかという困惑に思考が纏まらない。突然自分の目の前に現れた死に恐怖し、濡れた着衣が気持ち悪い。貪られたかのような機体の解体に、いっそ興奮すら覚える。敵の盾にされている現状に恥辱が収まらない。どれだけ力を込めてもびくともしない鋼鉄の指に絶望が募り、その掌に守られているという現実にどこか安堵を感じてしまう。祖国を踏み荒らすための道具として使われていることに、築き上げた自尊心が音を立てて崩れ、その残骸すら丁寧に削られているように錯覚する。
正直に言えば、心はとっくに折れていた。
口調が屈しなかったのはそれ以外の喋り方を思い出す事すら出来なかったからであり、涙が流れなかったのは涙腺が錆びついていただけだ。
何年も張った意地が辛うじて部下の前での面目を立たせたが……その部下たちが苦渋の表情を機体にすら滲ませながら道を開けていくことに、何故私を殺してくれないのかと見当違いの怒りを覚えた。
屈辱、驚愕、困惑、恥辱、疼痛、憤怒、悲嘆、絶望、快感、安堵、虚飾、そのどれでもない全てが私をグチャグチャにする。
そして、その全てを私に与えた機体は悠々とベースまで到着し……
○-○
「じゃあ何だ、その傭兵はわざわざ大破させた機体から団長を救助して、ご丁寧にも守りながらベースまで送り届けて来たってのか?」
「だ、そうですよ。その道中に些細な行き違いはあれど、イリーナ様をベースの中の施設扉前に置いて、次の瞬間カタパルトを乗り継いで一瞬で距離を稼いだかと思うとすぐにいなくなっちゃったそうです。……後から破壊された団長の機体を解析した結果非常に効率的に『継ぎ目を破壊』されていたのが判明したそうで、中に乗ってたのは並のボーダーとは比べ物にならない程にブラストの構造に精通した人間であるのは間違いなく……いっそ整備士がボーダーも兼任してたと言う方がしっくりくる、と解析した技師が言ってましたよ。まあ一応量産品とはいえ敵方のブラストの内部構造まで把握していたとなればね」
「メーカー製のブラストでなかったら機密情報の流出で大問題って所だな。でもソイツが突然尻尾巻いて逃げたのはなんでだ?」
簡単ですよ、と年若い整備士は指をふたつ立てる。
「イリーナ様がニコライ様の危機を知って駆けつけないはずはありませんから、マドロック伯爵は同じ日にその事件が起きるよう画策したんです。そこへ王太子殿下発見の報が入れば全戦力を回してでも王太子殿下を確保するのは当然だと、ガロア側も考えて戦闘中のエリアから無理に兵士を再配置したんでしょう……実際、それだけの無茶を通す価値のある目標であるとは言える訳でありますから」
現在進行している作戦をグチャグチャにすることになるが、その時既に戦況は敗色濃厚。撤退の為の時間も望外に稼げたとなればガロアからしたら万々歳だ。喜んで兵力を撤退させたことだろう。
「で、道中の些細な行き違いってのは何だ?」
「ああ、イリーナ様をコクピットから救助してブラストの手で掴んで運んでたんですけど、パッと見捕虜、いつでも握りつぶせるんだぞーって人質にしか見えなくて『イリーナ様を守る為には武器を捨てて下がり、相手を素通りさせるしか』って早合点してしまったんですよ。相手が近付く分だけ後退してイリーナ様を受け取らなかったのでそのままベースまでじりじり鬼ごっこしちゃったんです」
「なんだそりゃ、締まらねぇなぁ……通信で呼びかけもできなかったのか?」
「イリーナ様、撃破される寸前にその攻撃に反応して、相手の機体に攻撃していて……頭部のアンテナが吹き飛んでたのが他の機体のカメラの記録から確認されました。運悪く通信機器が故障してしまったのではないか、というのが映像を解析した技師の見解です」
「ジェスチャーで伝えようにもモーショントレーサーを態々ブラストに搭載なんて早々してないし、戦闘中にニュードの撒き散らされた空間で自分のコクピットハッチ開ける馬鹿でもないと……どうしようもねぇな」
「それでも奇跡ですよ」
ようやく着いた扉の前で足を止め、まだ若い整備士は言う。
「機能停止であればイリーナ様の命は無かった。当たりどころが悪ければコクピットごと体を真っ二つにされていた。相手の傭兵に機体の知識が無ければ救助されなかった……」
なんだかすごいですよね、と。万感の思いを込め、しかしあえて拙い言葉で彼女は言った。
その横顔を眩しいものを見るように目を細めながら、年かさの整備士は笑う。
「とまあ、私の知っている内容はこれだけです。イリーナ様自身の胸中に仕舞われている事もあるかもしれませんし、あの日あったことがこのすべてではないのかもしれません。ですが、整備士は敵以上に味方の命を握っているんだという再確認と……道中の暇潰しにはなったんじゃないでしょうか」
「ああ、思ってたよりずっと面白い話だったぜ。良いモチベーションの向上にもなった……ありがとよ」
そういって笑顔を引っ込め、前にも増して真剣な顔で彼は扉を開く。
「さて、この後はあのヒゲダルマの班に合流して機体の組み立てがみっつ、そんで整備と調整は数えきれないくらいだ……定時内で出来るとこまでやるぞ」
「は、はいっ!!」
年若い整備士は、ちらりと旧第一格納庫の方を見た。建物自体は当然見えないが、恐らくまだそこには敬愛する騎士団長がいるのだろう。
(イリーナ様、どうか……)
そうして彼女は、彼女の戦場へと向かって行った。
●●●●
それは礼儀だった。
それは善意だった。
頭ではわかっている。突出したのも油断したのも自分だ、戦闘しているのだから倒されるのも当然だ。
相手の方が驚いただろう、相手が整備不良の機体でノコノコ出て来て、倒したら盛大な自爆をやり出したのだから。むしろ感謝しその恩義に何としても報いるのが騎士として、名家に生まれたものの礼儀として当然であると。
だが心がそれを受け入れない。
あの時確かに心は屈辱を感じ、反抗を叫んでいたのだ。後からそれは勘違いだなどと言われても、理解すれど納得が出来ない。何とかしてもう一度相まみえ、今度こそあの時以上の己が技術の冴えを見せつけるのだと。
頭が報恩を語る。命の恩人だと、迅速に紳士的に、あの者の持てる技術で自分を救ってみせたのだと。
心が雪辱を叫ぶ。あの時奪われた誇りを取り戻し、己が意地を叩きつけろと。
どうすればいいんだと何度自問しただろうか。
外にいる時は「はは、命の恩人だ……いつか我が家に招き正式な礼をしなければな」などと笑って見せるが、こうしてこの機体の中にいる時には狂おしいほどの激情にはらわたが煮え、体が熱くなる。
相反する幾つもの感情が複雑怪奇に絡み合ってどうしようもない。あの時感じた感情をひとつひとつ解いて、その全てを順に清算出来なければ……きっと、そう遠くない未来に自分は狂ってしまうだろう。
いや、もうとっくに狂っているのかもしれない。
これほど体が熱いのは、これほど心が揺れるのは何故だろうか。
ひたすらに相手に焦がれつつける……自分だって女だ、恋の一つや二つもしたことはあると思っているが、これはその時感じていた感情とは比べ物にならない程に熱い。
それとも愛だろうか。否……愛しい弟を思い浮かべるが、そこで生まれる想いとも違う。もっと赤黒く粘つくような想いだ。
もう何百回、何千回自問自答しただろう。どうすればいい。どうすれば……
グチャグチャに乱れた心が纏まらない。今日の模擬戦程度では満たされない。相反した心は歪み軋み、あの日折れた心の古傷がしくしくと痛む。
肩の裂かれたフェニエの花を思い返す。あの日サルベージされ、転送失敗したために吹き飛ぶことなく残った装甲からどうにかと頼み込んで残してもらった肩部装甲を……
「……そうか」
ふっ、と頭が軽くなった。
「全部やれば良いではないか。何だ、簡単な事だったのだな」
我武者羅に鍛錬を重ねた。いつまた会ってもいいように。
足場を固め、確固たる地位を築いた。二度と背中を刺されない様に。
忘れようと、乗り越えようと様々な事に必死に打ち込み己を高め続けた……きっとその全ては。
「まずは見つける。忘れもしない……既に諜報部の掌握も完了している、お題目もある。ガロアでも傭兵でも、どこへいたって見つけてやる」
忘れもしない、あのエンブレム。特徴的な鋏の……記録にもあったはずだ。そこから辿れば戦場での目撃証言だけでも足取りはつかめるだろう。
「敵として会えたならそれが最上。味方として迎えられたなら模擬戦でも構わない……まず、雪辱だ」
今度こそ万全の機体で、心置きなく……この技の冴えを見せる。あの日見せる事の叶わなかった戦士としての、騎士としての自分を見せ……何としても勝利する。
腕を切り落とそう。足を打ち砕こう。頭を吹き飛ばそう。だが脱出装置があるとわかっていてもコクピットだけは狙ってはいけない。大丈夫だ、今の自分にはその程度容易い。
屈辱を、恥辱を、何としてでも雪ぎ、抗おうとする心を鎮める。今ならばわかる……あの日、混乱と恐怖の中で、動かない機体から助け出された事に、自分を縛りながらも守った左手に、自分は確かに安堵と感謝を感じていたのだ。
「そうして壊して……それから、恩人として迎えるのだ」
命の恩人への報恩を。本来死んでいたはずの自分がいくつもの偶然から生まれる奇跡で生き残ったのは、きっとそのためなのだ。
あの日から積み上げた地位も、使うことが無いからと溜めこんだ財貨も、元よりこの身も……そう、あの日から顔も知らないあの傭兵に捧げるためのモノになったのだ。
既にニコライも騎士団の中で実力をつけ始め、半人前から脱却しつつある。あの日絆を深めた王太子殿下との縁がニコライの未来をきっと明るくするだろう……家族として愛を注ぐことを止めはしないが、もういつ自分がいなくなっても構わないのだ。
「ふ、ふふふ……こんなことに気付くのに2年もかけるとは。全く、度し難いな私は……いや、逆か?」
もう十分だと、ようやく恩讐を果たすに足る全てを手に入れたからこその天啓なのではないか?
いるとも知れない神をこの時ばかりは信じそうになる。あの日奇跡で生かされたのは、迷いながら歩みを止めなかったのは……
「全て今の、これからのために」
コンソールへ指を走らせる。止まっていた機体が息を吹き返し、操作を受け付けるようになる。
とても晴れやかな気分だ。
「こんなに晴れやかな気分になったのはいつぶりか……マルファには随分と心配させてしまった。エメットにも迷惑をかけ……いや、アイツはあのままの方がいいか」
ハッチを開く。呼び出したタラップはそのままで、すぐに降りることができる。
しっかりと身体を支えながら降りる。もう自分の身体ではないのだから……この身も、心も。
(マルファはあの日からあの機体を探していたはずだ。デヒテラも……候へそれらしいことを伺ったと聞いている。まずは話を聞いてみよう……私の運命は騎士団としては大っぴらに出来るものではないこと程度はわかっているからな)
今はもう型落ちとなったかつての愛機を見上げる。左肩の裂かれた、白と金色のその機体を。悩み苦しむ間もずっと共にあった、その姿をしっかりと目に焼き付ける。
「ありがとう……」
誰もが見惚れるような笑顔で、イリーナは笑った。
美しかった、今は濁り果てた青い瞳を細めて。
イリーナにくっころって言わせるためだけにこの小説を書いたと言っても過言ではない。
いやもう見た瞬間「くっころ」って言っちゃったもん。
あとこの話は本編開始より前くらいです。時系列なんてあってないようなもんですが。
この後マルファとかデヒテラに相談して、目標の共有して、足取りを追って「整備士は振り返る」に繋がります。ヤンデレって難しい。
イリーナさんの動機と目標
・カッコ悪いとこ見せちゃった、助けてくれたのにありがとうも言い損ねた!
・ありがとうって言いたいけどカッコ悪いとこ見せたのはカレのせいでもあるんだから、どうしよう!
・じゃあカッコいい所ちゃんと見せて、その後きっちりお礼すればいいよね!!(意訳)
あと現実でそんな超高速で技術革新なんてものは起きないので注意。物理法則が仕事しないのもキャラの性格が変わるのも全てはニュードのせいです。
衝撃で発熱したり集まる事で電気的特性を持ったり液体になったりする不思議物質に法則なんて求めてはいけない。