それでも終わらない「物語」〜inherited will〜 作:満月信仰
1.現状なのです…
佐世保鎮守府。
日本の四大鎮守府の一つであり、大本営にとって重要な鎮守府である。佐世保鎮守府は、他の四大鎮守府___横須賀鎮守府、呉鎮守府、舞鶴鎮守府に負けず劣らずの知名度を持つ。
佐世保鎮守府では、多くの艦娘達が生活をしていた。ある時には出撃して深海棲艦と闘い、ある時には遠征に出て、資源を回収し、ある時には演習を行いお互いを高め合う。これが艦娘達の日常であった。
__しかし、そこは他の鎮守府と決定的な違いがあった。
そこの鎮守府に本来いるべきはずの提督の姿は無い。建物は荒れ果て、設備はボロボロ。そこに住む艦娘達は絶望の中にいた。
何故提督がいないのか?何故此処まで荒れ果てているのか?何故大本営は何もしないのか?
その答えは佐世保鎮守府の別名、いや、蔑称にあるだろう。此処についたその蔑称は、『見捨てられた鎮守府』又は、『提督の墓場』。
そう___そこはとどのつまり__
「棄てられた」鎮守府だった。
◯
鎮守府の中の廊下を電と雷は歩いていた。廊下は薄暗く、古くなっているのか、灯りが点滅している電灯もあった。二人は今日の分の遠征を終わらせ、部屋に戻る最中であった。二人の足取りは重く、表情には疲労の色が見えた。
今の時刻は○一○○、真夜中だ。外はすっかり暗くなり、静寂が辺りを包んでいた。暗い廊下に二人の足音だけがひたひたと響いている。
「・・・」
「・・・」
二人は何も喋らない。いや、喋るだけの気力がもう無いのだろうか。
それも仕方ないだろう。今日、彼女らが遠征に行った回数は10回。それも補給無し、休憩無しで、だ。何故このような苦行じみたことをしているのか。何故なら此処では、資材が無い事がそのまま「轟沈」に直結するからである。
日本の周辺の海は、数年前から急激に深海棲艦の勢力が増した。そして、勢力を増した深海棲艦達は、突如として攻撃する目標を変えた。最終的な攻撃目標は、艦娘ではなくなり、「提督」と呼ばれる者を優先して攻撃する様になっていった。それが、人類にとっての悪夢の始まりであった。
全国各地で深海棲艦が提督を狙って攻撃するようになり、提督の数が次第に減り始めた。大本営も、敵の標的が変わった事に気付き、各地の提督達に警戒を呼びかけたが、時既に遅く、提督の死亡数は今まででは考えられない程増加した。
佐世保鎮守府はその被害を一番に受けた鎮守府だろう。艦娘達では手も足も出ない深海棲艦が次々に現れ、鎮守府を攻撃し始めた。酷い時には、真夜中に深海棲艦が執務室へ向けて砲撃を行い、部屋ごとバラバラになって死んだ提督や、敵艦載機の攻撃を受け、蜂の巣になって死んだ提督もいた。幾ら艦娘達が警戒しても、時間の関係無しに現れ、攻撃を仕掛けてくる深海棲艦は、彼女らに心身共にダメージを与えた。だが、被害はこれだけに留まらなかった。
元々「提督」とは、「妖精さん」を見る事が出来るという極めて稀な存在であり、加えて、その中で提督にならない者達もいる事を考えると、提督になる存在は、人類のほんの一握り程度の割合しかいないのである。そんな貴重な存在である提督が、矢継ぎ早に殺されていったらどうなるのか、それは想像に難く無いだろう。
大本営もその事は予期していたようで、早い段階で対策を取った。その対策とは、一度各地の提督達を大本営に召集し、経験を積んだ熟練の提督を順に、深海棲艦の活動が激しい鎮守府へ配置し、比較的安全な鎮守府に、若く未熟な提督を配置するというものだ。この対策のお陰で、深海棲艦の勢力を止めながらも、可能な限り無駄な死を減らし、未熟な者達に経験を積ませ、有望な提督を育てる事が出来るようになった。
__しかし、ただ一つの例外があった。それが佐世保鎮守府である。
佐世保鎮守府の周辺の深海棲艦の強さが他の海と比べてケタ違いに高く、どんなに経験を積んだ提督が着任しても、一ヶ月以内には、良くて重傷、最悪の場合、行方不明もしくは死亡となった。此処だけは、余りにも手の施しようがなかったのである。
そこで、大本営が最終的に佐世保鎮守府に下した結論は、佐世保鎮守府への資材の配給を殆ど打ち切り、艦娘達だけで運営させる、といったものだった。当然、艦娘達からは抗議の声が上がったが、「自分達の力不足のせいで多くの提督を死なせてしまった」という事実を突きつけられ、その責任を負わされ、抗議の言葉も一蹴されてしまった。
その結果、駆逐艦や軽巡洋艦は遠征に出て資材を稼ぎ、戦艦や空母、重巡洋艦は深海棲艦の侵攻を食い止める、という今の状況が完成したのである。その為、駆逐艦は出来るだけ多くの遠征を行わなければならず、補給は最低限、入渠など持っての他なのであった。
○
今日の遠征も終わり、私は今、姉妹艦である電と共に部屋に帰ろうとしている。廊下は薄暗く、少し不気味だ。こんな雰囲気のせいだろうか、私達の間に会話は無かった。気分を晴らそうと、明るい話題を上げようとするが、こんな状況で明るい話題なんて出るわけないわよね、と、心の中で自嘲気味に笑う。私達、駆逐艦に出来る事は資材をひたすらに集める事。それだけだった。
「・・・」
「・・・?」
そんなことを考えていたら、不意に、先程まで横から聞こえていた足音が聞こえなくなっていたことに気づいた。ちらりと横目で電のいた方向を見ても、電の姿は無い。不思議に思い、ふと後ろを振り返ると、雷から少し離れたところで電は歩みを止めていた。その表情は歪み、目からは涙が溢れていた。
「どうしたの⁉︎電、大丈夫⁉︎」
私は直ぐに電の元へ駆け寄った。見ると、電はその場に座り込み、その小さな手をぶるぶると震わせ、声にならない嗚咽を漏らしていた。
「ひぐっ…もう…もう嫌なのです…。」
私達の艤装はボロボロであり、私は中破、電に至っては大破していた。しかし、中破、大破した状態で遠征に何度も出撃する事は日常茶飯事であった。勿論、その事に異を唱えなかった訳ではない。
少し前、提督の代理を務めている長門さんに、なんとか電だけでも入渠させてあげられないか、と頼み込んだことがある。しかし、現実は非情なものであり、長門さん曰く、ただでさえ高速修復剤は底を尽きてしまったのに、度重なる交戦で大破するものが増え、ドック待ちの艦が減るどころか増えていて、余裕が全くないようだ。
血が出るほど手を握り、唇を噛み締め、すまない、と私達に謝る長門さんを見ると、これ以上何も言うことが出来なかった。
ふと、ぐぅ〜と電のお腹の鳴る音がした。
「お腹も、空いたのです…。」
電も私も、ここ数日補給を行なっていなかった。言わずもがな、節約する為だ。その甲斐もあり、遠征は黒字にはなっているが、この時ばかりは自分達の燃費の良さを呪わざるを得なかった。
「大丈夫よ、きっといつかこの生活も良くなるわよ。」
幼子をあやす様に、電に励ましの言葉をかける。しかし、電の表情は曇ったままであった。
「ぐすっ…。でも、毎日毎日同じ事の繰り返し…。もう疲れたのです…。」
私は、電の気持ちを痛いほど理解できる。電は、私達姉妹の中で一番遅く此処の鎮守府に来た。だからきっと、そんな感情を表に出すだけ、私よりまだ正常なのかもしれない。
私は____半ば、"諦めて"しまっているのだから。
こんな状況で、酷い扱いを受けている事に絶望し、変化を待ち続けている自分もいるが、一方で、それを受け入れ、諦め始めている自分がいるという事実に、私の心を言い表しようのない虚しさが満たす。
でも…だからこそ、姉として、電を守らなければいけない、と思っていた。電には希望を捨てないでほしかった。こんな自分の様になってほしくなかった。今の私に出来ることは、電と私が壊れてしまわないよう、励まし、支えることだけだった。私は、諦めかけている自分をぐっと押さえ付け、柔らかい笑みを取り繕って…
「くよくよしていても何も変わらないわ。諦めなければ何かいいことがおこる。きっともう少しの辛抱よ。」
ーー手を差し伸べながら、電に、そして自分自身に言った。
「だから、もう少しだけ、頑張りましょ?」
電は嗚咽を漏らしながらも、やがて落ち着きを取り戻したのか、小さく頷き、電の手を取り歩き出した。手を繋いで歩きながらも雷は、自分自身を励ましていた。
(電の心が折れないように支えなくちゃ、私がお姉ちゃんなんだから。
いつか、この苦しみから解放されることを信じて…)
○
艦娘達の寮には部屋にはまだ灯りがついている部屋が多くあった。この部屋では仲の良い艦、または姉妹艦が共同生活をしていた。艦娘達が生活している部屋はどこも簡素なもので、家具などは一切なく人数分のボロ布があり、それを床に敷いて寝床にしていた。空気は埃っぽく、とても清潔とは言えない環境であった。
雷が部屋のドアを開けると、まだ部屋には明かりが点いていた。そこには電と雷の姉妹艦である響の姿があった。響はボロ布の上で横たわっていたが、電と雷の姿に気づくと弱々しく体を起こした。
「ああ…お帰り、電、雷。」
「ただいまなのです…。暁ちゃんはまだ戻ってきてないのです
か…?」
「うん。そうみたいだね…。多分まだ遠征から戻って来てないんだと思う…。」
「最近、帰る時間がどんどん遅くなってるけど大丈夫かしら…。」
「無事に帰ってくるのを待つしかないよ…。 電も雷も先に寝て休んだ方がいい。私は暁が帰ってくるのをもう少し待ってるから。」
しかし、そう言っている響の顔も痩せこけていて、目の下にはうっすらとクマができていた。眠いのを我慢しているのだろう。
「わかったのです…。でも、響ちゃんも無理はしないでほしいのです。」
「まあ、善処するよ…。」
「それ絶対思ってないわよね…。まあいいわ。電、私たちは明日に備えて早く寝て、できるだけ休みましょう。」
そう言って電と雷はボロ布を敷き、その上に横たわり、寝る準備を始めた。布は薄く、もはやクッションの役目を果たしてないので、硬い床にそのまま横たわっているような感覚だった。体重がかかっている場所が圧迫され、痛みを訴えてくる。しかも、コンクリートの床の冷たさが容赦なく伝わってきて、二人は寒さに身震いした。
しかし、二人は疲れすぎてしまったのか、はたまたそんな生活に慣れてしまったのか、横たわってからものの数分で眠りに落ちた。
○
暁が帰ってきたのは二人が眠ってから約2時間後、○二○○だった。
「ただいま。帰ったわ!」
暁の、疲労を感じさせない声に私は思わず苦笑する。よく、元気が有り余っているものだ。素直に凄いと思う。でも、ちょっとだけ喧しい。
「おかえり、暁。二人が寝ているから声をもう少し抑えてくれないかい?」
暁は、はっと気づいた後、苦笑いをして「ごめん、ごめん。」と声量を落として謝る。元気なのはいい事なんだけどね。
「帰りが遅かったけど、大丈夫だったかい?」
「大丈夫よ。遠征は成功。心配ないわ。」
「すまない…私のせいで暁ばかりに負担をかけてしまって…。」
暁が、普通の駆逐艦より遅く帰ってくる理由。それは、私にあった。暁と私は、他の駆逐艦より練度が高い事もあり、より遠く、難しい遠征に行っている。だが、少し前、私は遠征中に、敵の砲撃に当たってしまい、大破してしまった。
「私はこの中で一番お姉ちゃんなのよ?妹の為にお姉ちゃんが頑張るのは当然のことじゃない!」
そこで暁は、大破している私の分の遠征を、私に代わってこなしている。暁は明るく振舞ってはいるが、その負担は相当なものであるだろう。何も暁に返す事ができない自分が情けない。
響「ありがとう。でも、本当に無理だけはしないでほしい。」
響「暁が私を大切に思ってくれているのと同じくらい、私も暁を大切に思っている。」
響「だから、辛くなったら言ってほしい。大丈夫だよ、これくらいじゃ私は沈んだりしないさ。」
私がそういうと、暁は一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに私に笑いかけた。
暁「わかったわ。でも、本当に今は大丈夫よ?出来るだけ戦闘は避けているし、小破もしてないもの!」
そう、暁の凄いところはそこである。並の駆逐艦より多く遠征に行っているのに、全く傷を負わない。悪いときも小破するくらいだ。
実力もあり、私達のことを最優先に考えてくれていて、笑顔を絶やさない。
ああ、やっぱり私達の姉さんはすごいなぁ__
と、思った瞬間に、暁が大きな欠伸をした。その欠伸があまりにも間の抜けたものだったので、私は思わず吹き出してしまった。
暁「な、なによっ!」
響「くっ…ふふっ…な、なんでもないよ…」
暁「じゃあなんで笑ってるのよ!もうっ!暁は一人前のレディーなんだから、夜更かしぐらい平気よっ!」
まだ笑いが収まらず、肩を震わせていたら暁が顔を真っ赤にして背中をペシペシと叩いてきた。割と痛い。
響「ごめん、ごめん。お喋りが長くなっちゃったね。そろそろ私達も寝よう。」
暁「まったくもう…。なら、早く寝ましょ!明日も早いわよ!」
そう言って、私達は寝るための準備を済ませて、布団を隣同士に敷き、電気を消した。視界が暗くなり、静寂が辺りを包んでいる。聴こえてくるのは小さな寝息だけ。
消灯してから少し経ったが、当の私はあまり眠くなかった。眠気のピークを過ぎてしまったのか、完全に脳が冴えている。さて、どうしたものか__と、暗闇の中考えていると、何かが自分の肩辺りに当たる感触があった。ふと頭を横に動かし、目を凝らすと、そこには暁の頭があった。
響「暁?」
返事がない。ただのあかつきのようだ。
いやいや、何て下らない事を考えてるんだ私。落ち着け、深呼吸しよう。すーはーすーはー、うん。よし。
冷静になって耳を澄ますと微かに寝息が聞こえてくる。どうやら寝てしまっているようだ。
響「まったく、暁は…」
暁は寝相が悪い。寝ている時に、暁に蹴られて目を覚ますことや、起きた時に暁に自分の布団を取られていて、自分は追い出されていることがしばしば、いや、結構ある。いつもなら、暁を叩き起こしているのだが、今の暁のあどけない寝顔を見ていると、そんな気も失せてしまう。
響「今日だけだからね…」
私は暁に身を寄せ、布団から抜け出してきた暁に自分の布団をかぶせてあげた。布団が狭くはなったが、悪い気はしない。むしろ、暁の体温が暖かく、心地よいくらいだった。暁の暖かさを感じていると、だんだんと眠気がやってきたので、私はこの暖かさに身を委ねることにした。
響「おやすみ…暁…また明日…」
その後、自分の布団とかけ離れた場所で目が覚めた響が、響の布団を占領し、すやすやと眠っている暁を叩き起こすのはまた別のお話。