それでも終わらない「物語」〜inherited will〜   作:満月信仰

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2.遠征よ!

 

きっかけとは、物事が起こる原因、言わば引き金である。この世界は、数多のきっかけで満たされている。あるきっかけで、本来噛み合うはずのない歯車同士が噛み合い、偶然か必然か、様々な出来事を生み出す。回っている大きな歯車の力の元を辿っていくと、様々な歯車が複雑怪奇に噛み合っているのが分かる。そして必ず、根底には小さな小さな歯車がある。それと同じように、大きな出来事の背景には、小さい様々なきっかけが存在する。

 

 

別れや出会いも、時には革命や戦争さえ、私達が想像するよりずっとずっとごく些細なきっかけで、それらは起こるのだ。

 

 

 

 

 

 

ある日の朝、時刻は◯七◯◯。暁型の四人は提督代理、もとい長門に呼び出され、執務室へ向かっていた。集合の詳細は伝えられておらず、いつもと違う状況に、四人は当惑していた。

 

暁「それにしても、私達全員が呼び出されるなんて久しぶりよね!」

 

雷「何かあったのかしら…?」

 

若干、ワクワクした笑みを浮かべる暁とは対照的に、雷は不安の色を浮かべている。四人同時に呼び出されるという事は極めて稀なことであり、雷の様に、何かあったと考えるのは普通のことだろう。

 

電「心当たりは無いのです…。取り敢えず行ってみるのです!」

 

響「そうだね。三人とも、そろそろ執務室に着くから静かにしよう。」

 

四人は執務室の前まで来た。執務室は、分厚い扉で閉ざされている。若干緊張しているのか、四人の表情は固い。響が三人とアイコンタクトを取り、行くよ、と小声で言った後、コンコンっと二回ノックをした。

 

響「響です。暁型四人、到着しました。」

 

 響が声を掛けると、中から、「入ってくれ」と声が聞こえた。四人は執務室の扉を開け、失礼します、と中へ入る。

 中に居たのは、提督代理であり先程の声の主である長門型一番艦の長門、その後ろにいるのは、補佐を担当している長門型二番艦の陸奥、そして、机を跨いで天龍型一番艦の天龍、同じく二番艦の龍田の四人であった。

 

天龍「ようやく来たか、ガキ共!」

 

龍田「待ってたのよ〜?」

 

天龍は屈託のない笑顔を、龍田は微笑を暁達に向ける。暁達は、天龍と龍田が執務室にいた事に驚いているようだった。

 

電「あ!天龍さんなのです!」

 

雷「龍田さんも!何で此処に?」

 

天龍と龍田、この二人は軽巡ではあるが、その燃費の良さの為、遠征へ出向く機会が多い。遠征で同じ艦隊になる事や、人柄の良さもあってか、二人は駆逐艦達に、頼りになる先輩として随分慕われている。

 

長門「その問いには、私が答えよう。」

 

 暁達の目線は、目の前の机を挟んで椅子に座っている長門に注がれる。長門の声に四人は思わずピシリと整列した。

 長門は少しの間、四人を観察する様に見つめていたが、やがてゆっくりとした口調で話し始めた。

 

長門「突然の事ですまないが、諸君ら四人には、天龍、龍田と共に長期遠征へ向かってもらう事となった。」

 

 

 

 

その言葉を聴いたとたん、あまりの唐突さに四人は驚き、その後、顔を不安に歪ませた。 いきなりで頭が回っていないが、どんなに難しい遠征なのか、いつ帰ってこれるのか、など、"長期遠征"という言葉が、どんどんと悪い想像を膨らませていた。

 

しかし、その状況を後ろから見ていた陸奥がクスクス笑い出したので、暁達は、はっと

 

陸奥「長門、あの子達多分勘違いしてるわよ?」

 

 笑っている陸奥に指摘されて、ようやくそんな状況を理解したそんな長門は、少し焦ったように四人に弁明した。

 

長門「いや、長期遠征と言っても、以前のように効率を考えて、短時間で何回も行っていた遠征ではなく、それよりも少し長い遠征に行ってもらうだけだ。半日程で帰ってこられるだろう。」

 

電「なんだ…よかったのです!」

 

暁「もう!びっくりしたじゃない!」

 

長門の言葉に、四人はほっとした表情を見せた。続けて長門が言葉を続ける。

 

長門「それと、もう一つ。この遠征が無事成功したら、四人に入渠を許可する事になっている。」

 

その言葉に、暁達はとても驚き、目を輝かせる。

 

雷「ほ、ほんとに!?遠征が終わったらお風呂に入ってもいいの!?」

 

響「それは嬉しいな。ありがとう、長門さん。」

 

響が長門に頭を下げるのにつられて、他の三人も慌てたように頭を深々と下げた。しかし、当の長門は苦笑いをしながら、首を横に振った。

 

長門「礼なら私ではなく、そこの二人に言ってくれ。実は、天龍と龍田が君たち四人を入渠させてくれと頼んできたんだ。」

 

そう言って、長門は二人の方に指を差した。暁達は目を丸くする。

 

暁「え?天龍さんと龍田さんが?」

 

電「そうだったのですか?ありがとうなのです!」

 

龍田「私達と言うよりは天龍ちゃんかな〜」

 

天龍「は?龍田お前何を…」

 

龍田「だって〜、この提案を考えたのは私だけど、『ガキ共をどうにかして入渠させてあげられる方法はないか?』ってわたしに聞いてきたのは天龍ちゃんじゃない〜。」

 

全員の視線が一斉に天龍へ向く。

 

天龍「〜〜〜〜〜!!あーもういい!俺は先に行くぜ!ガキ共、遅れんなよ!」

 

龍田「あらあらぁ〜。ちょっと苛めすぎちゃったかしら?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天龍「おーい、来たぞー!」

 

龍田「天龍ちゃん、ちょっと声が大きいわ〜。」

 

天龍と龍田は長門から、渡したい物があると言われ、長門の部屋の前まで来ていた。長門の部屋は二人部屋であり、長門の他に、同じ長門型の二番艦、陸奥が部屋を使っている。天龍が呼びかけてから少し経つと部屋のドアが開き、長門が顔を出した。

 

長門「おお、ちゃんと来てくれたな、天龍、龍田。」

 

天龍「で?渡したい物ってなんだよ?」

 

龍田「そろそろ遠征があるから手短に頼むわ〜。」

 

長門「そうだったな。ちょっと待っててくれ。」

 

そう言うと、長門は部屋の奥から大きな箱を出して、天龍達の前まで持ってきた。

 

天龍「なんだ?これ?」

 

長門「まあ、開けてみれば分かるさ。」

 

天龍「ん!?…これは…バケツ!?しかも四つ!?」

 

龍田「あらあら〜。」

 

長門が持ってきた箱の中にあったのは、バケツもとい高速修復材だった。高速修復材は、使えば入渠しなくても、すぐに全回復できるという便利な道具である。

 

長門「これを、暁型の四人に使ってやってくれ。」

 

天龍「いいのか!?助かるぜ!」

 

これから遠征に行く天龍達にとってはまさに朗報だった。これであいつらの傷を治せるのだと思うと、嬉しさが込み上げてくる。しかし、ふと天龍の頭に一つの疑問がよぎった。

 

天龍「あれ?でもなんで長門がバケツを持ってるんだ?提督が管理してるから許可が無いと使えないんだろ?」

 

長門「なに、簡単なことだ。私は提督の秘書艦をしているだろう?その仕事上、色々なことを任されている。その中に、倉庫の管理の仕事も含まれている。その時に、少し拝借したのさ。」

 

拝借した。その言葉こそ軽いが、やっていることは重罪である。天龍は少しの間呆気にとられた顔をしていたが、やがてその意味を理解し、狼狽え始めた。

 

天龍「だ、大丈夫なのか?もしバレたりしたら…」

 

長門「大丈夫、その辺はバッチリフォロー済みだ。だから構うことなく使ってくれ。」

 

天龍「ほ、本当か?」

 

長門「ああ。ビッグ7の名にかけて誓おうじゃないか。」

 

天龍「そうか…。本当にありがとな、長門。」

 

長門「いいんだ。今、この鎮守府のほとんどの艦娘が絶望しきって、無気力になり、全てを諦めてしまっている。だが、まだ希望を捨てずに、戦い続けるお前達の様な者もいる。だから、私も出来る限り力になりたいだけさ。」

 

龍田「暁ちゃん達の代わりにお礼を言っておくわ〜。ありがとうございます〜。」

 

龍田が深々と頭を下げた。その表情こそいつもと変わらない笑顔だったが、さっきとは違う優しい笑みであった。

 

龍田「あ、それと〜」

 

長門「ん?なんだ?」

 

龍田「そこの部屋の隅に落ちてる大きく『いなずま』ってプリントされてるパンツは誰のかしら〜?」

 

長門「ギクッ!そ、それはだな……そ、そう!落ちてたんだ!」

 

凄まじい動揺っぷりである。中々に苦しい言い訳であった。龍田はやれやれと溜息をついた後、落ちているパンツを拾い上げ、ニッコリと微笑んだ。

 

龍田「そうだったんですか。なら、私から電ちゃんに返しておきますね〜」

 

天龍「まあ…ほどほどにしておけよ、長門。」

 

天龍が生暖かい目で長門を見る。さっきまでの威厳が嘘のようだ。このビッグ7、本当に大丈夫なのか、と天龍は思ってしまった。

 

龍田「ではバケツ、ありがとうございました〜。」

 

天龍「じゃあな!長門も仕事頑張れよ!」

 

そう言って二人はバケツを持って部屋を出て行った。後に残された長門は…

 

長門「嗚呼…私の宝物が…。」

 

 

 

……相当落ち込んでいたらしい。

 

 

 

 

 

 

六人は遠征に行くため、発艦場へ来ていた。ここは、艦娘達が出撃する時、又は帰ってくる時に通る出入り口の様な役目をしている。今は各々が抜錨の準備を整えている最中である。

 

龍田「……ってことがあったのよ〜。」

 

電「まあ予想はしていたのです…」

 

電が自分のパンツを龍田から受け取りながら答える。その様子から見るに、長門は常習犯のようだ。主な狙いは駆逐艦である。

 

響「電はまだいい方だよ。私なんかパンツを唐揚げにされて食べられた事がある。」

 

雷「私なんかしゃぶしゃぶにされたわよ…」

 

響と雷が二人揃って遠い目をしている。そんな二人を横目に、龍田は話を続ける。

 

龍田「まあ、バケツを使わせてくれたのは長門さんだから、お礼を言っといてね〜」

 

暁「当たり前よ!一人前のレディーとして当然だわ!」

 

四人は高速修復材によって全回復していた。遠征に行く準備は万全である。しかし、高速修復材では艤装の傷や損傷は直すことができても、体力面、つまり疲労などを回復する事は出来ない。なので、四人の体力はまだまだ万全とは言い難かった。

 

天龍「ガキ共、用意はいいか?」

 

龍田「みんな〜、用意はい〜い?」

 

四人「「「「いつでも行けるわ!(よ!)(のです!)」」」」

 

二人の問いかけに、四人は元気な声で返答をする。発艦の準備はバッチリだ。

 

天龍「そうこなくっちゃな!抜錨だ!」

 

天龍の威勢のいい掛け声と共に、六人は艤装を展開し、脚で水を切りながら出撃する。

 

 

こうして、六人にとって決して忘れることが出来なくなる遠征が幕を開けた…

 

 

 

 

 

 

 


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