黒歌が可愛くてつい始めた話。   作:楯樰

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はっきりする日

 目が覚めたら清々(すがすが)しい朝――……とは言えそうになかった。

 時間帯は既に、そろそろ昼飯を食べようかという時間であった。

 一概に原因とは昨夜の事、いや今朝の事。

 とはいえ起きなければ元も子もなく、格好悪くも寝間着のまま食卓へ向かった。

 行く途中で廊下の扉が開き、同じ程の背丈の祖父が出てきた。

 

「あ」

「陸人、おはよう……じゃないか。おそようかな」

 

 髪が少し撥ねているのをみると、自分と同じくさっき起きたらしいのが分かった。

 自分がまた寝入ってからも少し見ていてくれたのだろう、きっと朝に眠る事になったからだと思う。

 

「えっと……ごめんなさい。迷惑掛けたみたいで」

「いや、全然。むしろこっちが謝らないといけないくらいだから。……ごめん、アレを陸人が見たのは多分僕のせいだ」

 

 両手を目の前で合わせて頭を下げる姿は、どうにも齢60を過ぎたお爺ちゃんには見えない。

 

「……でも何時か知らないといけない事だったろうから……気にしてないよ。爺ちゃんの言ったように例え何があろうとヒトであればいいんだから」

「そっか。……さ、多分皆がご飯用意してくれてるだろうから一緒に行こう」

「うん」

 

 自分と祖父。

 端から見れば、其処まで歳の変わらない友人のような関係に見えることだろう。

 しかし歳の差は実に40近くあったりする。

 ……どれだけ若作りか、これで分かるだろう。

 

 食卓に着くと、曾曾爺さんと曾爺さんが卵かけご飯をかき込んでいた。

 ……厨房の女衆から、

『奴良組の大将達は今日は全員それで済ませ』との事らしい。

 自分もそれで済ませろ、とやってきた母さんに言われたので卵をご飯の上に落として食す。

 ただの卵掛けご飯ではあるが、侮る無かれ。

 醤油は高級な奴らしく、祖父宛に父方のお婆ちゃんから送られてきたものだそうだ。

 

 ……美味しいのでよしとした。

 

 -------------------------

 

 ――一通り食事も終わり、場所を移して大広間に集まる。

 自分と両親そして黒歌の四人と、祖父と祖母。

 曾爺さんと山吹さんに、曾曾爺さんと雪麗さん。

 計十人がその場に居り、今朝俺に関する事を知った祖父が話してからというもの、ずっと沈黙が続いている。

 一番衝撃をうけている両親は俯き、黒歌も黙りこんでいた。

 

「――えっと、よろしいでしょうか。……つまり、陸人君は妖怪でもなく、人でもない。仏教用語で言う所の三千世界全ての揺らぎを司っている人外……ということでしょうか」

「うーん……揺らぎそのものと言ったらいいのか、それとも揺らぎを操れるという人外なのか。……概念が擬人化したのが陸人なんだと思うけどなぁ……俺」

 

 その空気を山吹さんが発言して破り、続くように鯉伴の爺ちゃんが頭を捻りながら言う。

 二人の言葉を聞いて、両親の二人は心なしか悲しそうなオーラが増した。

 ……それもそうであろう。

 あの時自分でも思ったけれど……自分はどっちつかずの存在だから。

 二人の子供であって子供じゃないから。

 お爺ちゃんが口を開いた。

 

「うん、妖怪という訳でもないから、そうなんじゃないかなとボクも思ってる。……でも立花と皐月くんの息子だともちゃんとボクは認識してるから。だから二人ともそんな落ち込まない。血の繋がりが有っても無くても二人の息子……それで良いじゃん」

「……お父さん」

「……はい」

 

 どうもフォローしてくれたようだ。

 自分も陰鬱な気分が少し晴れた。

 

「ただ、陸人は……まだ何か隠し事してるよね」

「……」

「話してくれないかな」

「……話さないとだめ?」

「うん、教えて。……陸人は何を隠しているの?」

 

 ……。

 言うべきか言わざるべきか。

 良い機会なのだろう。……きっとそうだ。

 

「実は……」

 

 話すのは事実と推測。

 これは二度目の人生だと。

 自分は記憶を持ったまま、恐らく下位の世界で有る此処に、肉体という枷を外して魂だけ "ずれて" 生まれてきたと。

 だからか『認識をずらす』というぬらりひょんの血が入った自分の『ずらす』という起源が、呼び水になって規格外にもぬらりひょんの原初である "揺らぎ" そのものに自分の存在が変質したのだろうと。

 

 そして一通り話し終えた後、俺は隣に座る両親に向き合い、頭を下げた。

 

「父さん、母さん。……色々と黙っててごめんなさい」

 

 謝らなければならなかった。

 生まれてから今までずっとひたすら隠してきた事だった。

 時には自分の感情すらずらして。

 時には自分の演技と本音をずらしてでも誤魔化して。

 ……本音と演技が分からなくなっていた時もあった。

 

 幸いにも海外で二人が暮らすようになってからその必要はなくなったけれど。

 でも、それでも。

 

 ――俺は二人に嘘をついていた。

 

「嘘をついていて。打ち明けられなくて。……二人を信じれなくて御免なさい」

「……陸人」

「……」

 

 打ち明けるのが恐かった。

 拒絶されればどうしようと、思ってばかりで。

 親の事を信じれない自分も嫌で。

 臆病だった。

 

「……??」

「頭を上げなさい陸人……それから歯を食い縛りなさい」

 

 不意に謝る自分の体を起こされた。

 身体が反応しないまま、母さんに両頬を同時に叩かれた。

 

「――いい? ……アンタは私の息子! 一回目だ二回目だなんて言われてもそんなもの私とお父さんにとったら変わんないからね……っ!」

「……ふぁい」

 

 頬を押さえられて上手く返事が出来ない。

 返事の声は変なものになってしまった。

 

 ぷるぷると母さんは震えていた。

 俯いて陰った表情は覗えないけれど、ぽたりと母さんの目元から畳の上に雫が落ちる。

 頬から手が離れて、母さんに抱き占められた。

 

「……二回も私達の所に生まれて来てくれて有り難う。それから、ごめんね叩いたりして。……コレからは私とお父さんの事もっと信じて頼って頂戴」

「わかったよ、母さん。……ありがとう」

 

 ちょっとの間、俺と父さん、母さんはその場で泣いた。

 ……ふと見た黒歌の、もの鬱げな表情は暫く頭の中から消えそうになかった。

 

 -------------------------

 

 リクトについての話が終わって、私は与えられた部屋に戻っていた。

 

 今日聞いて思う所は沢山有る。

 リクトが悪魔的な意味で無く、これが二度目の人生であること。

 ……悪魔や天使といったモノより人外だと言う事。

 その彼が私の事を好きだと、出来ることなら私の問題を解決して全て綺麗にしてから……嫁に迎えたいと、あの場で言ってくれた事。

 彼が妖怪でも有ると言う事は昨日知ったけれど……。それ以上にずっとずっと……私より長い時間思い悩んで辛かった事も、今日始めて知った。

 一年間ずっと彼と一緒に居て知らなかった事を今日と昨日で知った。

 ……思う所は沢山有る。

 人じゃないんだと思い知らされた。

 普通の人間なら二度も同じ人生を歩むなんて真似は出来ない。

 演技が上手いと一年掛けて知った……でも彼は周りだけじゃなく己にも嘘をつき続けていた。

 妖怪で有る事は彼も初めて知ったのだろうけど……それ以上に本当に人から外れている事を知ってどうだったのだろう。

 それはきっと私では、仙術を使っても分からないと思う。

 ……でも、知りたかった。なんで平気なの、って。

 彼の事を知りたくないと言えばそれは嘘だ。

 私は、リクトを知りたいと、思っていた。……今も思っている。

 

 ……でも知れば知るほど分からなくなってくる。

 私より辛いはずなのに私の事を心配してくれるのは何故。

 どうして平気で居られるの、と。

 ――まるで恋する乙女のように、一人の男の子の事を考えていた私の所に誰か来た。

 

「黒歌さん」

 

 障子越しに話しかけてくるのは今考えていた彼だった。

 入っても良いかと聞かれ、部屋に入れる。

 ……どうしたのだろうか。

 

「……なんだかゴメン。……黒歌さんの前であんな事しちゃって……」

 

 なるほど、あの時目があったから……私は表情に出ていたのか。

 心配して来てくれたみたいだった。

 でも――尚更それが分からなかった。

 どうしてそんなに私なんかを気遣う事が出来るのか。

 さっき辛い思いをしたばかりだというのに。

 ……今は中等部にいるという妹と、未だに向き合う事が出来ないような自分の事を。

 

「……リクトの家族は良いね。……ちょっと私もお父さんとお母さんの事思い出しちゃった」

 

 あの時、少し羨ましく思ってしまった。

 ……私にはもう白音しか家族は居ない。

 その妹とも、今では話をすることも出来ない。

 少し前までは私と白音と……お父さんとお母さんで四人一緒だった。

 それが両親は私と白音を守るために目の前で斬られて……死んでしまった。

 ……二人で逃げた。逃げて逃げて、深い山の中に逃げて。

 それから私と白音は厳しい生活を強いられて。

 ――……あの悪魔に出会った。

 

 ……私の家族は壊れて無くなった。

 だから羨ましかった。……ああやってリクトが母親に抱き占められているのが。

 不謹慎だと思うけど、それでも母親と触れ合う事が出来るリクトの事が……羨ましかった。

 

「ごめん。……つまらない人情劇なんか見せちゃって」

「あ、や、ううん! ちょっと懐かしく思っただけだから! ……だから気にしないで欲しい」

「語尾がないし……嘘だよね」

「……っそんなこと……」

 

 気丈に振舞おうとしても……無いとは言えなかった。

 それにしてもよく分かっている。

 私はリクトの事をよく知らない。

 ……でも彼は私のことをよく知っている。

 

 ――なんでリクトは私なんかの事を気に掛けてくれるの。

 

 再度私は思う。

 分からない、知りたいと。

 

「……黒歌さん。俺はあの時言って無い事がある」

 

 私の前の彼は居心地悪そうに、言う。

 ……きっと今日話していたことも関係有る話だ。

 

「俺は君に言わなきゃいけないことがあった。――出会う前から俺は、黒歌さんの事は知識として知っていた」

 

 黙って聞く。

 きっと彼が私を思ってくれる理由だろうから。

 

「貴女にとってみれば気持ち悪いかもしれないけど……俺は貴女と出会える事が出来るという事を、心の支えとして生きてきた。……ずっとずっと生まれてきてから」

 

 ……ちょっと複雑だった。

 同い年の彼が幼少の頃から私の事を知っていたということ。

 私のことがずっと前から好きだった、という事には納得が行った。

 ……ならなんで私達親子が殺されそうになった時助けてくれなかったのか、とは聞けない。

 彼もまた私と同じように幼かったから。……自分の正体についても知り得ない、ちょっと特殊な唯の子供だったから。

 

「……許して欲しい。そうでもしないと俺は狂っていた。……人外の俺は狂って災いになっていたと思うから」

 

 彼は謝った。

 見ず知らずの誰かに自分自身の事を思われるのは……確かに気分が悪い。気味が悪い。

 ……でも、それで目の前の彼は救われていたのなら……少しは良かったと思ってしまう。

 大いなる力には大いなる責任が伴う、と。

 何処かで聞いた、そんな言葉がふと頭によぎった。

 なんだったろうか。……でもリクトはその最もたる例だった。

『万物万象をずらせる』ということはまさしく人には過ぎた力だ。

 ……だから彼は人外なんだろうけど、それでも弱い人でもある。

 

 リクトは進んで化物(バケモノ)になろうとは思わないだろうし……心根の優しいヒトでありたいと彼はこれからも思うだろう。

 

「いや、もう狂ってるのかもしれない。黒歌さんの事が好き過ぎて自分でも気持ち悪いくらいだから……」

 

 自らを嘲るように彼は笑う。

 あぁ、なんとも人間らしい人外なのか。

 今なら聞けるかな。聞けるだろう。

 今なら分かる。……彼の事がきっと()かる。

 

「リクトは……貴方はなんで私の事を助けてくれるの」

 

 私は彼の顔を見て聞いた。

 彼は目を丸くして、そして笑った。

 自嘲の笑みではない。……とても儚い笑顔だった。

 

「――それは俺が黒歌さんの事が好きだから……助けられてきたから、今度は俺が黒歌さんの事を助けて上げたいんだ」

 

 聞いて損をした。

 心臓が早鐘を打って少し寿命が減った。

 ドクリドクリと顔に血が昇って血管が少し痛んだ。

 胸が痛い。答えを聞いてから何かに締め付けられたように痛くなった。

 

 ――だから私はなんとも彼の事を想っていない。

 ――だから人でヒトじゃない彼が愛しいだなんて想って居ない。

 ――私はリクトの事を好きだなんて想っては駄目だから。

 

「……黒歌さん?」

「ごめんなさい。……ちょっと一人にして欲しいのにゃ……」

 

 心配してくれる彼を部屋から追い出す。

 ……あぁ、この感情は仕舞ってしまおう。

 何時か私がちゃんと想いに応えられるようになるまで。

 

 そうして翌日。

 なんとも想えない彼と一緒に自宅に帰らせてもらった。

 

 ――今帰るべき家に。

 

 

 

 

 -------------------------

 

 奴良陸人が帰った後。

 

「まさか神器を異世界から取ってくるとは――本当に陸人は "ぬらりひょん" じゃな! 流石は儂の曾曾孫じゃ!」

「……まったく爺ちゃんは。……婆ちゃんと同じセイクリッド・ギア持ってるって知って泣いて頼み込んで貰うなんて。あいつもアイツでだけどさ」

「……だってこれで珱姫降ろせるって秀元が言ってたんじゃもん……」

「お爺ちゃんのバカ」

「……ぐはぁ」

「はっはっは……ま、でもいいじゃねぇの。これで奴良組は安泰だろうしさ……そろそろ四代目決めるか?」

「……次は鯉伴と乙女ちゃんの子供って決めてたんじゃろう? お前はそれで良いんか?」

「いいって。……アイツと俺とでのんびり暮らすから。……そろそろ教育パパさんやってみたいし」

「ハァ……なんでお父さんこんなの何だろうねお爺ちゃん」

「……ワシも同感じゃな。何で儂の倅はこんなんになってしもうたんじゃ。……珱姫が降りてきたら雪麗と一緒に再教育じゃなぁ」

「うおぉ、それは勘弁してくれぇ……」

 

 ――奴良組は今日も平和であった。

 




前回の補足になっているか、なっていないかよくわからない。
とりあえず黒歌の気持ちがハッキリしたのがこの頃です。

次回が間章最終話。
では、つまらない話に付き合わせて申し訳ありませんでした。
多分また有ると思いますけど……その時はよろしくお願いします。
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