リセット   作:エイ

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命の価値を問う嘆き

 言うべきことはまだある。

 

「さらに信じたくないかもしれない事実を教えてやるよ。俺達は全員城戸光政を父とした異母兄弟だ」

 

 この事実を知り、信じれば、お嬢さんの―――正確に言えば城戸光政、ひいては城戸家への不信感は高まるかもしれないが―――と、ここまで考えて、諦めを新たにする。

 今更だ。俺にどうにかできるものじゃないしな。

 何より、最終的には力ずくという手段がある。案ずることなど何もない、と俺は軽く足を浮かせた。

 背中を伝う冷汗は気のせいってやつだ。

 なんで、足を浮かせてるのかって……単なる戦う準備だ。備えあれば憂いなしって言うだろ。

 ついでに、奴らの逃げ道も塞いでおこう、と無言のままこっそりと体重移動をさせ、いつでも動けるようにする。

 場には、いまだ沈黙が重苦しくのしかかっていた。

 唇をわななかせる者。顔を青ざめさせる者。息を呑み、そのまま吐くことを忘れた者。

 今度の沈黙は長かった。

 五秒。

 十秒。

 十五秒。

 誰もが言葉を失って、何を言おうとしても口から出てこない様子だ。

 

 瞬が質問を発したのは、そろそろ全員を一発殴って正気に戻したほうがいいんじゃないかと俺が思い始めた頃だった。三十秒待てば十分だろ。

 そんな俺の気分を感じ取っての行動だとしたらすごいが、瞬の期待を乗せた目にはそうとは思えぬ必死さがある。声も、期待と不安で冷静さとは程遠い。だが、必死でそう装おうとしている声だ。信じられない期待を信じようとする自分を必死で抑えているような声だった。

 

「星矢、君の言葉が本当なら、君は僕の弟であり僕は君の兄なのかい?」

 

 震える瞬の声に、にっと笑って肯定する。

 確かに誕生日順で行けば、俺が一番年下だからな。あまり正確に年齢を覚えてるわけじゃないけど。

 おお、動揺してる。動揺してる。信じられないって顔をしてる奴のほうが多い中、瞬だけは完全に信じてる反応だ。

 

「僕達が兄弟……」

「信じられないなら、遺伝子鑑定したっていいぜ」

 

 うんともすんとも言わず、瞬は黙り込む。

 次に喋りだしたのは紫龍だった。瞬の顔色と同じくこっちの顔色も悪い。

 大丈夫か?

 そう危ぶむ俺をよそに、紫龍はかすれた声で続ける。

 

「星矢、説明が足りん。もっと詳しい話が聞きたいんだが」

「いいぜ。お前ら聖衣を着けろ」

「……お前ら?」

「……聖衣?」

 

 瞬と紫龍の疑問の声が重なる。

 ごちゃごちゃ言ったって信じない奴は信じない。

 俺は悟ったのだ―――聖闘士相手は腕づくが一番手っ取り早いと。

 どうした、紫龍。あっけに取られた顔して。顔が崩れてるぞ。隣にいた激まで、同じ表情だ。

 そのせいか、元の顔立ち自体は全然似ていないが、血の繋がりってやつを実感する。

 激の隣にいたのは那智だが、こっちも同じような表情をなっている。

 

 なんだよ、一番手っ取り早いだろうが。

 そんな変な顔するようなことじゃないだろ。どうした? お前ら?

 反応の悪い奴らに首を傾げながら、表情だけはにこやかに笑いかけてやる。

 

「お前ら全員、聖衣を着ろ。銀河戦争(ギャラクシアンウォーズ)が中止になった理由を教えてやるよ。心配するな。ハンデはくれてやるぜ。俺は聖衣を着ない」

 

 ニヤリと笑う俺に、沸騰したかのように今度は騒がしくなった。主に罵倒文句で。

 日本語のみならず、各々のお国言葉による怒罵がひびく。

 このプライドをへし折って、かつての一輝、および暗黒聖闘士との闘い並みの死闘を味わわせなきゃならない。強くなるために。

 となれば、もっと必死になってもらわないとな。

 怒れ怒れもっと怒れ!

 そして、俺に叩きつぶされろ。

 

「心配なら、この開始位置から動かないでいてやるし、なるべく手加減もしてやるぜ。三分もったら褒めてやる」

 

 ますます激しくなる怒声。小宇宙が怒りに震えている。

 聖闘士というものの血の気が多いのか、こいつらの血の気が多いのか。

 どっちにせよ、聞く耳を持ってないのだけは確かだが。

 

 手荒く、パンドラボックスを空け、聖衣を身にまとうは六人。

 血の気よりも実力と理性の勝る瞬だけは、まだ聖衣をまとっていない。

 不安と焦りを浮かべた、相変わらず少女めいた容貌に、思わずデスクィーン島で倒れていた少女を思い出した。自然と顔が歪む。

 あれは俺が憶えているべき記憶じゃないから、さっさと忘れちまおうとしてるのに。

 瞬は、あの少女とは違う。運命に逆らい戦う力を持っている。知っている。知っているばかりじゃない。その力の大きさが今なら分かる。明らかに回りの連中とは気配が違う。秘める実力は間違いなく前回の俺達の中で頂点を争う。

 だけど、黄金聖闘士に勝てるほどじゃない。

 まだ、足りない。瞬は甘すぎる。闘争心が欠けているのだ。

 そして、その甘さで生き残る実力は足りない。

 対応に困る奴だな。血の気の多い誰かと足して二で割れればちょうど良くなりそうなのに。

 瞬についてそう考えている間にも、他の奴らは戦闘態勢に移行していく。

 

「誰から行く……?」

 

 感情を押し殺したどす黒い声で、那智が歯軋り交じりに確認した。

 だが、誰にも譲る気はなさそうだ。訊く意味ないんじゃないか。

 よし、もう一押ししてみるか。

 

「安心しろ。お前らごときに一対一になる必要もないから、全員でかかってこいよ。遊んでやる」

 

 ぎりぎりと複数の歯を噛み締める音とともに殺意が飛んでくる。うむ、その調子だ!

 俺の機嫌が良くなると、場の雰囲気はますます険悪になった。悪循環だが、この場合は好ましい。もっと怒れもっと怒れ。

 

「死んでも後悔するんじゃねーぞォッ!」

 

 吠えたのは激。

 言ってる暇があったらさっさと来い、と、俺はにやりと笑って手招く。

 それが皮切りとなった。

 

 ―――戦闘、開始。

 

 

 ■■■■■■

 

 

 

 スピードに自信があるのか、真正面から突っ込んできた那智を軽く身をひねりざま、腕を掴みそのまま勢いを利用して投げ飛ばす。

 直後、わずかにタイミングをずらして来たのは激と邪武。

 上背を活かし上から殴りかかってきた激を、ひねった身を戻す勢いで腹を床と平行に蹴りつける。曲線すら描かぬスピードで直進的に吹っ飛び壁に突っ込んだ。愚突の報いだ。

 ついで、掴みかかってきた邪武に突きを放つ。音速にすら達さぬスピードだが、勢いづいた身体では止まれまい。表情が焦ったものになる。せめて衝撃を弱めるべく身をよじって避けようとしたか、あるいは本当に避けられるとでも思ったか、上半身が泳いだ。だが、間に合わない。俺の拳が腹に吸い込まれる。

 亀裂とともに闘技場(コロッセオ)の壁と化していた那智に、ちょうどよく邪武が叩きつけられて壁が崩れる。どちらのものとも知れぬうめき声が上がった。

 左足を戻した俺の背後には蛮。胴を狙ってきた蹴りはハエが止まるスピードだ。それをいなし、崩れた態勢の首根っ子を引っつかんで引き込んだところを踏みつける。

 その間に紫龍が昇竜拳を放とうとしているのを目の端でとらえ、拳を空気に向かってふるえば、拳圧にふっとばされ、場外にまで放物線を描いた紫龍の落ちる音がグラード闘技場(コロッセオ)に派手に響き渡った。

 温いぜ、お前ら。

 

 結果から言えば、三秒もたなかった。

 紫龍は客席まで吹っ飛び、邪武と那智は折り重なって倒れ、激は闘技場(コロッセオ)の壁に手足の折り曲がった奇怪なオブジェとなって張り付いている。俺の足元で地面にめり込んでいるのは蛮だ。

 三秒。

 これが、おそらく今のこいつらと黄金聖闘士の差なんだろう。

 やはり、一、二回、殺す気で追い回さないと無理だな。

 

「……うそだろ」

「つ、強い……!」

 

 強くない。普通だ。

 少なくとも、この中の一人は、確実に俺と同じくらい強くなる。強くなれる。それを知ってる。多分、他の奴らも経験が足りないだけだ。

 今の段階でそれを言って調子付かれても困るから、口に出さんが。

 そう思いながら、俺はちらりと視線を飛ばす。死屍累々の中、動いてない奴が二人。問答無用で攻撃してもいいんだけど、なあ。

 

「お前らも来い。瞬、市」

 

 仕方ないので、うながす。

 何を考えてんだか知らないが、瞬は最初の場所から動いてないし、市は妙なポーズをとって固まったまんまなのだ。

 呆気にとられたように開きっぱなしだった市の口がわなないた。

 

銀河戦争(ギャラクシアンウォーズ)が中止になったわけはまさか……」

 

 うん。まあ、その考えで当たりだろうよ。

 戦うまでもない。俺が勝つ。

 戦う意味がないのだ。

 そして、お前らにもこれくらい強くなってもらわなきゃ困るからだ。

 同じくらいの実力なら銀河戦争(ギャラクシアンウォーズ)での切磋琢磨も望めるが、これだけの力の差では、むしろ心をくじく。だから、俺は最初から倒すべき強者として前に立つ。

 だから、挑んでこい。

 そうでなきゃ、意味がない。

 

「どうした。早く来い」

 

 俺からは動けない。動かないって言っちまったからな。

 だけど、手段がないわけじゃないんだぜ?

 じっとしてれば攻撃されないと思ったら大間違いだ。

 ハンデと称して、俺は聖衣を着ず、一歩も動かずに戦っているわけだが、実際のところ、これはハンデなんかじゃない。

 聖衣以前に目覚めている小宇宙が違い過ぎる。怒らせるためにわざわざハンデだと思わせただけで、実力差から言えば、不公平もいいところだ。

 聖衣には戦士の魂が宿る。宿星の加護を受けし女神(アテナ)の聖闘士、その代々の魂の欠片が宿る。

 何千年経とうとも薄れぬ星の加護は、同時にかつての聖闘士達の加護でもある。

 だが、引き出されるのはあくまでも自身の力なのだ。

 聖衣をまとってこその聖闘士ではあるが、単純な地力の差があまりにも大きい。

 

 さらに、俺は動かないと言ったが、聖闘士にとっての間合いは半端なく広い。

 ましてや、俺の流星拳は基本的には近距離から中距離、場合によっては遠距離にも応用がきく。

 俺にとって、目に見える範囲はすべて間合いと言っても過言じゃない。過言どころか過少なほどだ。

 つまるところ、紫龍のように多少遠距離向きの技を持っているからといって、ちっともそれはアドバンテージじゃないってことだな。

 俺が一歩も動かないことによってこいつらが受ける利益は、せいぜい攻撃が当てやすいというくらいだ。俺からの攻撃はどこへでも届く。

 距離は俺の障害たりえない。この程度の距離なら、せめて姿を隠さなければ、俺に攻撃を当てる前に俺の攻撃に沈む。

 そして、俺のスピードなら、お前らの攻撃が届く前に反撃ができる。つまるところ、攻撃をした時点で詰みだ。

 多分、市は分かってない。瞬のほうは分からない。分かっているのかも知れない。だが、活かせないなら分かってないのと同じこと。

 そして、分かっていないならば分からせるだけのことだ。

 俺はゆっくりと姿勢を変える。

 燃え上がる小宇宙と構える拳に目的を語らせる。

 瞬と市の身体が強張り―――市は戦闘態勢へ、瞬は制止の言葉を口に乗せた。

 

「待って、星矢。無意味だと思わないのか」

「何をだ。なんだよ」

「僕は戦うために帰ってきたんじゃない。どうして戦わなくちゃならないんだ。兄弟同士で戦うなんて虚しいと思わないのかい、星矢」

「戦うため以外なら、なぜ聖衣を着てる?」

「エッ?」

「聖衣は、女神(アテナ)のために戦う戦士がまとうもんだろ―――」

「これは女神(アテナ)のための戦いじゃないだろう!」

 

 言った直後に、ハッと顔色が変わる。

 気づいたか。

 そうとも。これは女神(アテナ)のための戦いなのだ。なぜならお嬢さんが女神(アテナ)であり、それを信じさせるための戦いなんだから。

 どうこう言っても瞬も疑ってんだなあ。

 お嬢さん……あんたの人望は地を這うがごとしだぞ。こりゃ苦労するなと俺は頭を抱えた。

 市が応援射撃とばかりに、瞬を援護する。

 

「い、いや、瞬の言うのももっともだ。お前のいうことが真実である根拠などどこにある? 教皇が裏切者で、実はアイオロスこそが正義の闘士だったなどとそうそう信じられるものか」

「一輝は信じたぜ」

「兄さんが……!?」

「なに! 一輝がか!」

「兄さん……兄さんは、今どこにいるんだい? 星矢。教えてくれ。僕は兄さんに会うのを楽しみに帰ってきたんだ」

 

 勢い込んで、瞬は半歩前に踏み出した。

 目はきらきらと期待に輝いて、教えたらすぐにでも飛んでいきそうだ。

 どうやら、それ以外のことは頭からすっぽ抜けたらしい。

 市は、一輝が……? とぶつぶつつぶやいて黙り込んだ。

 俺は信じられなくても、一輝が信じたならってことか?

 

「俺に勝ったら教えてやるよ。一輝の居場所。ただし、負けたら全面的に俺の言葉を信じ色々協力してもらうぜ」

「……俺はもういい。お前の言葉を信じる」

 

 市は後退りした。この変節は一輝を信じるというより、俺の力を目の前で見ちまったからか。

 だがな、そうか、そりゃ良かった……で済ませるわけないだろ。

 いいから、大人しく叩きのめされておけ!

 後ずさる市の足元がずるりと音を立て、倒れ伏した奴らのうめき声に重なった。

 瞬は正気に戻ったらしく、逆に踏み出し言い募る。

 

「戦わずにすむ方法はないのかい。戦いなんて無意味だ」

 

 瞬の声は、本当に戦いが無意味だと信じているように聞こえた。拳を握りしめて、俺に問う。

 俺には理解できない。

 殺したくない、戦いたくない、と瞬は言う。真剣に。

 だけど、それでは並び立たぬものを眼前にした時、瞬は何を選ぶのだろう。選べるのか。

 前回、一輝に殺されかかった時もそうだった。敵を前にしてさえ、瞬は許そうという慈悲を見せる。

 俺には理解できない。

 

 俺はつぶしていい命はあると思う。

 許されない命だってあると思う。

 敵として向かい合ったなら、それで当たり前だ。敵の命の価値を問えば、すなわち、それは俺の命の無価値だ。

 逆も同じ。俺だって、誰かにとっては許せぬ敵で。踏みつぶすべき命なのだ。

 肉を食む生物同士が、同じ土俵に立てば戦うのは当然だ。

 誰だって、誰かを犠牲にして生きている。

 だけど、沙織さんは多分納得しない。瞬もだ。なぜ、と問うてもどうしようもないことを、どうしてだと嘆くのだ。

 沙織さんは、多分、神だからだ。瞬は……神の器だからか、あるいは、そうだから神の器として選ばれたのか。俺にはよく分からないが、とにかくこの二人はそうなのだ。

 そして、俺は、そうであると認識はしても理解はできない。

 

 命の上に命が立つ―――当たり前だろう?

 何を嘆くのか、俺には本当に分からないのだ。

 だって、俺達、生きてるんだぜ?

 食い食われて命が立つ。

 俺がカシオスを倒して天馬座(ペガサス)の聖衣をまとったように。

 俺が敵を討ち果して女神(アテナ)を守るように。

 そうでないならば。

 カシオスが俺を倒して天馬座(ペガサス)の聖衣をまとっただろう。

 敵が俺を倒して、女神(アテナ)を害しただろう。

 当たり前の、ことだ。俺には。

 だから、

 俺には、

 分からない。

 その嘆きは一生―――。

 

 分かるのは、そんな理屈で進めば瞬も女神(アテナ)も死ぬってことだけ。

 

「お前は、自分の師匠が殺されても、同じことが言えるのか?」




IF与太偽予告(不定期)





グラード闘技場(コロッセオ)で行なわれた死闘。
ほとんどの者は、何も分からぬままに地に伏せる。
星矢の圧倒的な実力は、彼らを容易く支配した。

だが、そこへ立ち上がる者がいた―――その名は、瞬!
星矢の兄にして、星矢を除けば青銅聖闘士中最強の男!
その秘めたる実力は、既に師をも超えているともっぱらの噂だ!

「まるで僕が主人公みたいだね」
「冗談に聞こえねえよ……!」

倒れ付した兄弟達を沈痛な面持ちで見やり、瞬は悲しい決意をした。
―――弟を止めなければならない。この場でそれができるのは僕だけだ。躊躇などしていられない―――と。
だが、星矢のたった一言に、瞬の動きは止まってしまう。
彼が心の父とも敬愛する師を、まさか星矢は―――!

「市は眼中にないんだな。お前」
「戦力と見なしてないだけだよ?」

星矢の平穏ライフはまだまだ遠い。
新たなる戦いが彼を待っている!
眼前の兄が敵となるか味方になるかは、星矢の選択次第なのだ。

「ってことは、僕が敵になる展開って、ありえるんだね」
「やめてくれよ。頼むから」







次回、「話し合い」
暴力による脅迫ではない。肉体言語による説得である。
聖闘士の本道に疾く立ち返れ! ペガサス流星拳ーーーーッ!
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