リセット   作:エイ

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翼を持たぬ者

「ダイヤモンドダストォーッ!!」

「甘いっ!」

「チッ、ひょいひょいとっ!」

 

 繰り出される攻撃は的確だ。だが遅い。避ける俺に苛立ちを隠せないのも減点だな。

 俺の拳から身をかわす動きにも無駄はない。見事だ。余裕をもって避けている。

 だが、無駄がないからこそ、俺のほうにも余裕ができる。そう、攻撃を氷河にぶち当てる余裕が、な!

 無駄なく動くってことは、その動きが予測しやすい、何をしようとするか次にどう動くか分かりやすいってことなんだぜ。氷河。

 見せてやるよ、その脅威を。

 

 ―――流れる重心を引き戻し、より深く踏み込んで―――。

 

 氷河の表情に驚きが表れはじめる。おいおい、そんな反応をしてる余裕があるのか?

 なら、スピードアップだ。

 氷河が防御の構えを取りはじめる。次が読める動きは対処が容易い。誘導もな。

 

 ――拳の軌道を修正し、捻転―――。

 

 攻撃を視覚から脳で認識してじゃ遅すぎるんだよ。神経の伝達速度じゃ間に合わない。脳処理を経て動いたんじゃ手遅れだぜ。

 己の小宇宙で感じとれ。人間のもう一つの感覚(シックスセンス)を超え、さらなる高みの超感覚(セブンセンシズ)に到達しろ。

 

 ―――さらに力ずくで身体をねじり、拳の勢いを下に流し、―――身体の軸を半回転!

 そのまま、思い切り防御ごと蹴り飛ばした。

 

「――っ!」

 

 氷河が、眼を見開いたまま弧を描いて飛んでいくのが実にすがすがしい。だが、悲しいかな、まだ奴に翼はない。高く舞った身体が、放物線をなぞりおえ墜落する。派手な音と氷塵を供として、地をおおう氷にめりこんだ。

 手足の折れ曲がった奇怪なオブジェと化した姿は、人間というよりエイリアンだ。

 ううん、あいつも余裕で地獄の特訓フルコース行きだな。そう評する俺の背中には嫌な汗が伝ってきていた。

 大丈夫だろうか。ちょっと関節が逆に曲がっているように見えないこともないが……いや、あの程度なら、聖衣もあるし大丈夫だろう。スピードアップしたと言っても、音速には達してないはずだぜ。うん……大丈夫、だと思う。

 だから、背筋がぞくぞくと凍りつくような嫌な感じがするのも、ただ単に寒いせいだ。そうに決まってる!

 聖闘士ってのは殺しても死なない奴らばかりなんだしな。俺だって拳銃で撃たれようがライフルで撃たれようが、鼻で笑って避けられる自信はある。

 参考までに言っておけば、通常のスナイパーライフルの銃口初速は―――使用弾薬にもよるが―――確か800~900m/sぐらいだ。音速の二倍以上の速度で弾丸がすっ飛んでいくので、標的との距離が離れていれば銃声の方が遅れて届く。

 なんで知ってるのかって、身をもって体験した記憶ってのは鮮烈で、忘れたくても忘れられないからだ。げに恐ろしきは魔鈴さんの実践講義。

 スピアポイントのフルメタルジャケット弾。7.62mm NATO弾だった。今でもはっきりと覚えてるぜ、冷や汗も吹っ飛ぶ言葉ごとな。

 魔鈴さんときたら―――。

 ―――いくら聖闘士でも真正面からくらえば脳漿(のうしょう)が飛び散るよ。そんなドンくさい真似は、私の弟子を辞めてからにしとくれ。師匠として恥かしいからね。

 とのたまってくれたのだ。

 心配してくれないのかよ! と憤慨したのも懐かしい記憶だ。

 なあ、魔鈴さん。その程度のスピードであれば、今の俺なら目をつぶってても掴み取れるぜ。ぶち当たったとしても、気を抜いてない限りは怪我一つしない。寝てる最中とかだったら別かもしれないが、いや、それだって狙われた時点で目が覚めるか。

 ほんと、聖闘士って人間辞めてるよな。言うだけ虚しい事実ではあるけど。

 俺は、現実から目をそらしながら、祈るように、ピクリともしない氷河に歩みよった。

 そう、聖闘士というのは、人並外れて丈夫な奴らばかりだ。だから多分、氷河だって大丈夫。大丈夫。大丈夫。……大丈夫であってくれ!

 

 氷河は、やっぱりピクリともしない。

 いいか、俺は謝らない。謝らないぞ!

 現実逃避にうつろになりそうな顔をぴしゃりと叩きつつ、気合を入れる。俺は悪くない。手加減だってした。

 こみあげる罪悪感にそう言い聞かせるが、痙攣(けいれん)すらしない憐れな姿は俺の良心を刺激して余りあった。しかし、これくらいでぶっ倒れられてもなあというのも本音の隅っこに存在する。

 青銅聖闘士同士の争いであれば、氷河は誰にも遅れを取らないだろう。だが、これからの闘いを思えば、その程度では困る。困るのだ。

 ぎりぎりでかわさねば、力ずくで攻撃の方向を修正してくる離れ業を黄金聖闘士なら二度でも三度でもやらかしてくれるのだから。

 要するに余裕を持って避けるってのは、相手にも攻撃を修正する余裕を与えてやることになるってわけだ。

 と言っても、セブンセンシズに目覚めてさえいない今の氷河では、黄金聖闘士の攻撃を、避けるどころか見ることすらできないだろうが。

 どっちにしたってそれでは困る。現時点でそれほど高望みをするつもりはないが、絶対零度には届いてもらうつもりなんだからな。

 ところで、そろそろ起きてくれよ。氷河。目の前の現実から目をそらしてる俺が可哀相だろ。過去の思い出も、思い起こせば痛いものしか浮かんでこないし、望みは未来だけなんだぜ。

 俺はしゃがみこんで、つんつんつんと氷河の頬っぺたをつついた。おーい、俺がやっといてなんだが、そろそろ起きろよ。

 

「それでは到底起きんぞ」

「そりゃそうだろうけど。って何してんだカミュ!」

 

 カミュの両の手には恐ろしいほどの凍気のきらめき。

 えええええっと それ、ダイヤモンドダストだよな? それも今の氷河よりは数倍も威力のある―――。

 なんだ、この恐ろしい人!

 心温まる理想的な師弟関係だと思ったのに、実は魔鈴さんと同じくらいの鬼か!

 慌てて、周囲の氷を砕き、めりこんでいる氷河を引っこ抜く。そのまま我が子を守るように抱えこんで退避行動をとった俺は間違ってない。カミュは本気だ。

 反射とも言える動きだったが、即座に十数メートルもの距離がカミュの間に横たわった。

 驚愕と警戒を表情に出して、カミュを見てしまう俺。

 眉をよせ、わずかながら意外そうな表情を見せるカミュ。

 今、俺達の間には、十数メートルもの物理的距離よりも大きな精神的距離が存在していた。

 

「何をしている?」

「それを言いたいのはこっちだ。何する気だよ」

「気合をいれるだけだが」

「それで……?」

 

 ダイヤモンドダストで気合?

 この状態の氷河に気合?

 

 おお魔鈴さん、限界だと分かっていてやるのもどうかと思うけど、こういうのも問題だな。スパルタをスパルタだと分かってない。

 聖闘士って、弟子を取ったら、みんなこうなるんだろうか。俺は気をつけよう。死ぬか生きるかの境目を耐えられる限界にされたら、いくら何でも辛すぎる。

 なまじっか耐えられるもんだから、それでいいんだと思われて悪循環だ。

 

「俺の用事はまだ終わってないぜ、手出しはよしてくれ」

「うむ、だから起こしてやろうと思ったのだが」

 

 善意だったのか! 余計に手に負えない!

 おののく俺をどう思ったか、カミュはダイヤモンドダストの構えを取ったまま、その対象を俺に変えた。

 水瓶座(アクエリアス)の黄金聖衣から発される凍気に、周囲の気温がさらに下がる。ただでさえ寒いってのにな。過ぎる凍気は熱に近い痛みで、チリチリと肌を焼いた。間違いない。俺狙いだ。

 ……何かしたか俺?

 不条理な現実に疑問を持ちつつ、抱えていた氷河を放り出し横に跳んだ。今は俺に近いほうが危ない。と言うより、俺が危ない。構ってられるか。離れないと互いに危険だ。

 

「ならば、氷河が目覚めるまでの間、退屈しのぎの相手になってやろう」

「ま、待てっ」

「ダイヤモンドダストォォォォォォッ!! 」

 

 待て待て待てっ! 別に退屈じゃないから全力で遠慮させてくれ!

 そもそも聖衣を身につけてすらいない相手に、仕掛けるなよ!

 分かってたけど。カミュも所詮(しょせん)は黄金聖闘士なんだって分かってたけど!

 

 文句を口に出す時間も惜しく、全身の小宇宙を呼び起こす。百万分の一秒よりも短い時間で燃え上がった小宇宙の余波は、俺を中心として周囲の地面をドンッとえぐり変形させた。

 その間にも、カミュは俺に向かって技を繰り出す。渦巻く雪の結晶が、風さえも従えながら轟々と咆え猛って襲いかかってきた。生きとし生けるもの一切を触れなば凍りつかせんと、牙をむいた凍気は一直線に俺めがけて突進してくる。

 ええい、反撃が間に合わない!

 

 衝撃が地面を、空気を、天を叩く。

 飛び散る氷塵と轟音は、俺が氷河をぶっ飛ばした時には比べ物にもならない。それをもかき消して、俺の絶叫がシベリアの大地に響きわたった。

 反撃の間に合わなかった俺に、カミュのブローから放たれたダイヤモンドダストが直撃したのだ。

 回避に専念すべきだったかなあ、と過ぎ去った判断を後悔する俺。しかし、あそこで避けると、次の攻撃が氷河に行く気がするんだよな。勝手にほっぽりだした上に、さすがにそれは悪い。

 でも、悪いのは本当に俺か? そうじゃないよな?

 今、俺は指先をピクリとも動かせない状態だ。氷原には俺を核とした氷柱が突っ立っていることだろう。中途半端に迎撃態勢のまま喰らったせいで、突き出しかけていた右拳が、他のどの部位よりも凍りついている。吹っ飛びこそしなかったが、間抜けだ。間抜けすぎる。間抜けすぎて溜息も出ない。

 その代わりか、頭の奥底から、あるいは腹の深奥から、抑えがたい感情がなんとも名状できない熱として昇ってきた。抑えがたいのも真実だが、抑える気もない。腹を焼き、脳天をスパークさせる、この感情の名を知っている。

 怒りだ。

 なぜか笑いさえ湧いてくる静かな怒りに、俺の小宇宙が増大していく。

 ピクリと指先が動いた。

 カミュが何やら驚きの表情を浮かべたが、知るものか。右拳にぐっと力をこめる。

 俺の小宇宙よ、今こそ燃えろッ!

 

「砕けろおぉぉぉぉぉっっ!!!!」

 

 爆発的に燃え上がる小宇宙に耐えられず、ビキリと大きな亀裂が生じた。最初の亀裂が入れば、後はもろい。氷柱を内側から怒りのまま叩き割った。こんなに怒ったのはシャカ以来だぜ。さすがは黄金聖闘士。

 立ち昇る水蒸気を尻目に、頭を振って髪先から垂れる氷を飛ばし落とす。ゆっくりと一歩を踏み出した。踏み出した足元からはミシリと大地の裂ける音。見る間に、枝分かれしながらも一直線にひび割れが走る。俺とカミュの足元をつないだ地割れは、底の見えない深さだ。

 何をそんなに驚いてんだカミュ。冷静さが飛んでるぞ。

 

「馬鹿な! フリージングコフィンではないとはいえ、我が拳を生身で受けておいて!?」

 

 それはとどの詰まり、殺す気だったのかカミュ。そいつはちょいと、笑って許せる限界を超えるぜ?

 俺は満面の笑みさえ浮かべ、拳を握った。この拳にかけて、絶対に一発ぶちかましてやらないと気がすまない。怒りの決意がさらに小宇宙を増大させる。

 もはや、女神(アテナ)以外の誰に俺を止められようか。喰らえ、渾身のペガサス流星拳をッ!

 

 俺が全身の小宇宙をかけて、カミュに一撃を喰らわせようとしたまさにその瞬間―――割り込まれた。立ち塞がる影に、俺の目が限界まで見開かれる。

 誰だって?

 決まってる、俺でもカミュでもないと来れば、残りは氷河しかいないだろ。あの野郎! ここは大人しく気絶してろよ! いつ起きたか知らないが、起きて早々、なんで自分から死ににくるか。

 

 俺とカミュを結ぶ直線上の一点。確実に俺の攻撃が当たる位置。

 カミュが驚いた声音で氷河の名を呼ぶ。俺も驚いた。それでもあふれかけた小宇宙を留められなかったから、とっさに狙いを外した。

 カミュならともかく氷河では、助かる可能性など万に一つもない。死なせないために来てるのに、俺が殺してどうすんだ!

 完全に外しきることはできなかったが、カミュがいる。何とかしてくれただろう。しててくれ!

 

 巻き上がった白さに覆われている視界に、気持ちだけがひどく焦る。白がこんなに恐い色だとは知らなかった。見えないながらも慌てて駆け寄りかけて、ぴたりと足がとまった。

 漠然とした言葉にならぬ思考が、言葉にならぬなりに形になる。いや、待て。おかしい。不可能だ。

 脳裏を掴めない何かが駆け巡る。おかしい。何かがおかしい。ありえない。何がおかしいのか。

 分かっているはずだ。知っているはずだ。だが、出てこないもどかしさ。どこで知った。それはいつだ。

 苛立ちすら感じ拳を握った瞬間に、何かが記憶にひらめいて、かすった。

 ああ、この感覚を、この驚愕を、俺はデスクイーン島でも味わわなかったか。一輝相手に。

 そうとも。そんなバカな、ありえない―――確かにあの時もそう思ったのだ。そんなはずはない、こんな事態はありえない、と。

 すなわち、そもそも割り込んでこれるはずがない。

 なぜなら。

 

 俺達の戦いは、すでに光速に達している!

 

 その直観は、天啓が形を持って、脳天を打ったようだった。

 もし割り込めるとするなら、それはとりもなおさず、光速が見えるってことだ。言い換えればセブンセンシズに目覚めた証、じゃないのか。

 だとすれば、もしや一輝はシャカと俺の戦いに触発されて、あの時点でもうセブンセンシズに達していたのか? そして、今、氷河もその域に至ったというのか。

 前回であれば十二宮に到り、ムウに教示されるまで意識さえしていなかったというのに。

 いまだ俺達兄弟が一同に会してさえいないこの時期に、セブンセンシズに目覚め、曲がりなりにも俺の一撃を―――無事かどうかはまだ分からんが―――受けたというのか。

 

 そうであるなら、なんたる怪我の功名。手足が折れ曲がって見えたのは錯覚だったに違いない。きっとそうだ。たまには手加減ぬきでもいいかもしれない。死なない程度に。

 急速に気分が浮上して、先程までの不安と怒りが解けていく。その反動か、ひどく浮かれた気分だ。

 自分でも現金だと思うが、セブンセンシズなくして十二宮の突破は不可能だからな。めでたい!

 固まっていた足をそのまま動かして、駆け寄った。

 

 結果を言おう。待っていたのは、期待どおりの理想ではなく非情な現実だった。

 そうだよな。あれだけはっきりと折れ曲がっていた手足が錯覚のわけがないよな。さっきのは火事場の馬鹿力だったんだよな。

 眼前は惨状だった。エイリアンを通り越して、さらに色んな部分が血色に膨れたり、曲がってはいけない方向に折れ曲がったりしている。

 俺は物悲しく溜息をついて肩を落とした。あの一瞬、セブンセンシズに目覚めたのは間違いない。でなければ原形もとどめず冥府に旅立っているだろうから。だが、燃えつきる寸前の蝋燭が発した最後の輝きだったとでも言おうか。要するにだな、瀕死なんだ。

 勝負は中止だ。即刻、カミュが氷河を担ぎ上げた。一瞬だけ目線をこちらによこして走り出す。多分、ついてこいという意味だろう。

 行く先は家か?

 走り出した方向から察したのだが、大当たり。

 この後はもう、日が暮れるまで話どころじゃなかった。

 なんだって、こうなるんだろうな。今回こそは、もっと穏便にことを運ぶ予定だったのに。

 

「何が悪かったんだろうなぁ?」




メタいIF偽予告的与太話




白き大地に光の変幻が降り来たる。
遠き天空の彼方より始まるその神秘を、畏れをこめ氷の民は呼ぶ―――極光(オーロラ)、と。
美しくも幻想的な光の下で、今、一つの命が儚く散ろうとしていた。
さようなら、氷河。お前のことはきっと忘れない。我が兄弟よ。熱き血潮を分かち合った同胞よ。
お前の遺志は俺達が引き継ごう。だから、安らかに―――。

「待て星矢、モノローグがベタに不吉すぎるぞ。誰のせいだと思ってるんだ」
「人聞きの悪い。お前が勝手に死んだんだろ?」
「死亡前提に話すな。大体、どう考えてもお前のせいだろうがっ」
「そうとも言う。でも、殺る気はなかったんだぜ」
「それ以外にどう言うってんだぁあ! もっと手加減しろぉっ!」
「やってるぜ!? 目いっぱい! これ以上どうしろと?」
「なんでそう純真な目で力いっぱい問い返すか!」

だが、奇跡を起こす特権はいつだって人の手の中にある。
セブンセンシズ。
見出したる第七の感覚を、氷河は掴みきれるのだろうか。
そして、弟子の散り際を目の当たりにしたカミュは―――?

「そこにかけて構わぬ。ズブロッカでも呑むか」
「……氷河もそれ呑んでたのか?」
「子供にそのようなもの、呑ませるわけがなかろう」
「……どっからつっこめばいいんだ……」
「どうした? そのように弱々しい声を出して」

彼らの会話は、常に何かが噛み合わない。

一方、ギリシアでは思いも寄らぬ事態が発生していた。
星矢が再び、聖域に踏み入る時、それがすべてのスタートラインとなるだろう。
運命の女神(モイラ)の紡ぎ出す運命(さだめ)は、主神(ゼウス)ですら断ち切れはせぬ、不可避の絶対運命黙示録……―――。







オーロラの彼方に、届けぇ!! ペガサス流星拳ーーーーっっ!!!!
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