「なぜ、こうなったんだろう。どうしたもんかな」
空を見上げ、重々しくつぶやけば、間髪をいれず怒声が刺さってきた。
元気な奴らだ。
俺は落ち込んでるのに、配慮がないぜ。
「どうなったもこうなったもあるかぁ! お前のせいザンスよ星矢ァ!」
「己の所業を振り返ってから言え、星矢!」
「星矢、これはちょっといくらなんでも……!」
轟々たる非難の声。怒りのあまりか、涙声が混じっているのにも哀れを誘う。
分かってるよ。俺が悪いんだ。
見上げていた目線を下に向けた。
そこには、砕けた聖衣と傷ついた仲間たちの姿があった。と言っても、口のきける人数は少々減っている。
城戸家の医療班は優秀なんだろうが、一般人だ。運んでやるべきかな、これは。
俺は再び視線を空に向け、深い深い溜息をついた。
世の中には、予想外のことが多すぎるぜ。
最初から説明しよう。俺だって、こうなるとは思ってなかったんだという言い訳も混じってしまうだろうが、そこへんは勘弁してほしい。
ペガサス流星拳を撃ったとはいえ、音速突破はしてなかった、はずなんだ。
■■■■■■
あのとき、俺のペガサス流星拳に、最も反応が速かったのが瞬だ。
とっさに
その甲斐あって、
ただし、ペガサス流星拳は拳速を活かし何箇所にも分けて何回でも拳を繰り出す技だ。文字通り手数が多い。初撃に耐えても次が来る。
それでも、見事なもんだぜ。
わずか百分の一秒程度とはいえ、間を稼ぎ出したのは大きい。これで他の奴らも動き出した。
紫龍は盾を構え頭を下げ、防御の体勢に。ドラゴンの盾の強度を信じてるんだな。耐え切ってのカウンター狙いは、相手が俺以外の青銅聖闘士なら悪くない。
那智は上空に飛んだ。高い。こいつも俺と同じで速度重視か。防御の弱さを速攻で帳尻あわせてるわけだ。ためらいの欠片もなく脳天直撃コースのかかと落とし。決まれば威力は高いだろう。決まれば、な。
市は俺からまずは遠ざかろうとバックステップ。甘いな。この
ざっと見て取って、まず狙ったのは紫龍の盾。
―――相手の武器をまずつぶせ。
俺の戦闘法は、基本的に魔鈴さんの教えに忠実だ。
この場合の武器ってのは、相手の得意とするものだな。キックで来るなら蹴り足をつぶし、パンチで来るなら拳をつぶす。
瞬の
これこそが紫龍の自信の源。
だが、つらぬかれぬ盾はなく、砕かれぬ拳もない。聖闘士の真髄は小宇宙であって、聖衣じゃない。
聖衣が砕けたからといって心が折れるほどヤワじゃないとは思うが、紫龍は思い知るべきなのだ。いかに最強の盾と矛であろうとも、真に強いのは何であるのか。
小宇宙を燃やせ。
セブンセンシズに目覚めろ。
お前にはそれができると、知っている。
砕いた。
紫龍の驚愕の表情まで見届けて、今度は空中の那智だ。
足技ってのは、威力もでかいがリスクもでかい。威力を増すためにジャンプしたんだろうが、俺に避けられたらどうする気だろ。
せめて俺が避けられない状況を作ってからにすべきだったな。囮を入れるとかさ。
そう思いながら、俺は立ち位置をずらし見上げる。目に入ったのは、死に物狂いの形相だ。
背筋がざわついた。
数多の修羅場をくぐり抜けてきた勘が違和感を伝えてきた。
那智の体勢が無理にねじられ、硬く握られた拳から音速拳―――いや、違う!
俺は瞠目した。
「負けてたまるか! シメオン、アルフィオ、
ナニカ、が来た。俺に攻撃的なナニカが。
頭で考える前にゆるく拳をふるい、俺に向けられた攻撃を振り飛ばした。
その余波で、那智が着地に失敗してゴロゴロと転がっていく。
そう、吹っ飛ぶのではなく体勢を崩して倒れた程度。俺の拳と那智の放ったナニカが相殺された結果だ。
と見れば、周りの瓦礫が割れて転がっていた。切り口は鋭く割れている。
ふ、ん。なるほどなあ、と俺は納得し、ついでに手近な瓦礫の一つを那智の頭めがけて蹴っ飛ばした。
短く空気を切る音。
いよっし、ビンゴ。
耳に届いた鈍い響きと重い苦鳴に、俺は会心の笑みを浮かべ拳を握った。
ところで、シメオンとアルフィオって誰だ。兄弟弟子か?
那智は、気絶したのか、痙攣していた右手が地面に落ちて動かなくなった。頭部から吹き出た血が水溜り、いや、血溜まりを作っている。
……後で訊こう。覚えてたら。
些細な疑問を後回しにし、残った瓦礫の一つを市に向かって蹴った。
自分に向かってくる風音を聞きつけてか、跳びはねるように市は前方に身を投げ出す。その頭上を通り過ぎた瓦礫が、場壁に大穴をあけ、観客席につっこんで座席を破壊しながら砕けた。
あの野郎、避けやがったな。
しかも、逃げられる気でいるのか、素早く起き上がって走り出した。
市のくせに生意気だ。
ふっふっふと俺は小さな含み笑いをもらした。
「逃げられると思ってんのか?」
「フンッ、逃げる気なんか最初からないザンス!」
……待て。
一気に脱力した。責めないでくれ。しかたないだろう。こんな時にこんな口調でこんなこと言われりゃ誰だって脱力する。
逃げる気がないなら、なんだその行動。
口調は別にいいけどよ。
もしかして、お前はそっちが本当の喋り方なのか。前回の
やっぱり、市のくせに生意気だ。
「近距離ではあまりに分が悪いザンス。
市の振り上げた拳から生えた牙が、太陽に反射して白く輝いた。
そのまま一直線上に光の矢となり、飛んでくる。
お前、それ、飛び道具だったのか!?
「フッ、毒蛇の牙はかすっただけでも全身に巡りお前を死に至らしめる猛毒を持つザンス。聖衣を着ているならともかく、生身のお前に抗する術などないザンス!」
ザンスザンス言うな。力が抜けるわ!
飛んできた三本の牙を半身になりかわした。一本は眉間、もう一本は喉、残った一本は心臓狙いだ。全部が全部、毒なんてなくても即死位置だぜ。聖衣をまとってない相手にそこまでやるか。
楽しい気分で、ヒュイッと軽く口笛を吹いた。
しかし、確かに俺とは相性が良くない。こういう奴の相手は、防御力の高い紫龍や、防御技に長けた瞬あたりが向いてそうだ。前回では氷河が勝ってたな。凍結で底上げしているにせよ、氷河もかなり防御力は高いってことか。その割にはあっさりと宙に舞ってくれたが……と考えかけて、苦い笑いが口に浮かんだ。やめよう。自分の失敗を思い出して何が面白い。
あいにくと、相性ごときで差を埋められるほど、俺とお前の実力差は近くない、近くないどころかかけ離れてるが、悪くない。悪くないぞ。それこそが上位に挑む態度だ。なりふり構ってたんじゃ、勝つどころか勝負にすらならないと理解している。瞬に足りてないのはここだな。見習ってくれりゃいいのに。
そう思ったところに、もう一方の拳から放たれた牙が飛来した。そういや、両拳両膝から生えてて、何回でも再生するんだっけ?
面倒になって、小宇宙をこめてドンッと足を踏み鳴らした。
足の下からわざと散らした衝撃が走り抜けて、
震源地である俺のところに跳ねて落ちてきた瓦礫を、次々に身体の前に蹴り上げた。ついたてにしたわけじゃない。仮にも聖闘士だ。そんなことしたら粉砕突破されかねない。いや、確実にされるだろ。いくら毒がメインだとは言っても、たかだかコンクリートさえ貫通できんってことはあるまい。
だから、狙いは的を外させること。要は、俺に当たらなきゃいいんだ。弾幕に近いな。
狙いどおり、次々と飛んでくる牙が瓦礫に軌道を変えられ、あるものは地に落ち、あるものは見当違いに方向を変える。
ここまでは計算どおりだった。ところが、世の中、予測不可能なことに満ちていて、しかも、そのほとんどが俺に悪意を持っているのだな。そうとしか思えない。
別方向にそれた牙の一本が、空気を裂いて飛んでいく。その先を見て、俺は目を剥いた。
あ、こら、そっちには……うわ。まずい、避けろ那智!
しかし、俺の願いは基本的に叶わない。運命とかそういうのに嫌われているんじゃないだろうか。俺はまだ何もしてないってのにな!
思わずしゃがみこんだ。
何も見なかったことにしてしまいたい。そうとも、俺は何も見なかった。断じて、那智が痙攣しているのは俺のせいなんかじゃない!
胸中で呪文をとなえて、自分を落ち着かせる。
……俺のせいじゃないとは思うが、あいつ、大丈夫だろうか。
血溜まりに一筋、黒い血が混じり始めた。ちょうど、牙のささった肩口からだ。
しゃがんだまま、横目で、見たくないけれど見る景色は決して優しいものではなかった。
仲間の犠牲さえいとわないとは、市よ、お前は思った以上に外道だな。許すまじ。
じろりと市を見れば、なにやら愕然とした表情だった。
「お前はなんて恐ろしい男ザンスか。星矢。まさか俺の攻撃を利用して、もはや立てもせぬ那智にトドメをさすとは……非道すぎるザンス」
待て!
なんでそうなる!?
憤然と立ち上がった。
そこになおれ、市。お前は俺をなんだと考えてんだ。
市は今のところ無傷だ。聖衣はボロボロになっているが、そいつは俺のせいじゃない。元からボロボロだったんだ。
つまり、ちょっとくらい怪我をさせても死にゃしない。
結論は出た。
瞬時に市の前に移動。奴の頭部を正面から右手で鷲掴み、力のかぎりにそのまま振り下ろす。グギャッだかゴギャッだかよく分からない音がして、掴んだ頭が
陥没した床。
めりこんだ頭。
ご自慢のトサカも先っぽがちょろりと見えているだけの白目男は―――。
「顔は男の命ザンスよ、なんてことしてくれるザンスかぁぁぁっっっ!!」
0.5秒もかからず、両腕を支点に頭を引っこ抜いて復活した。
こめかみから血を流しつつも、この威勢の良さ。
おまけに叫んだセリフには、緊張感も、俺への暴言の反省もない。
お前っ! 随分と丈夫になったじゃねえか! 説教タイムに入る前に復活しやがって!
もうちょっとだけ力を入れて、今度は逆さまに腰まで突き刺してやろうかと、穏やかならぬ考えに取り憑かれかけたときに背後から声がした。
「なるほどな、そういうことか。だが、トドメをさすなら俺にしておくべきだったな。仇はとるぞ」
違えぇっ!
振り向けば、割れた盾の半分を握りしめ立ち上がる紫龍の姿があった。
紫龍……お前もか!
毅然として顔を上げた紫龍は、かっと目を見開き盾を放り投げ、聖衣を脱ぎ捨てた。長髪が燐気に押され風もないのに浮きあがる。おそらく背には竜が克明に浮かびあがっているのだろう。
本気だ。
今まで本気でなかったというわけじゃないだろうが、捨て身ではなかった。刺し違えてでも、俺を殺すという気迫は今までなかった。
これは……いいこと、なのか?
……ものすごく否定したい。
だって、どう考えても俺への誤解と歪曲の上に成り立ってるぞ!
「盾も拳も砕かれた以上、もはや聖衣は無意味。我が小宇宙と老師より受け継ぎし技で勝負するのみ!」
「紫龍、星矢を頼むザンス。俺は那智の解毒に!」
「ああ。こっちは任せておけ」
力強く紫龍は返し、拳を構えた。雑念が見る見るうちに振り払われ、集中が増していく。
悔しげに俺をにらみ、じりじりと後退する市
誤解にもほどがあるぜ。
俺は、げんなりしながらも、手をひらひらとふって、行けよと示した。
動き出した背中に、鼻を鳴らして疑問を投げる。
「なあ、猛毒で即死するんじゃなかったのか」
「聖闘士だからもう少々は持つザンスよ。解毒くらいできるザンス。医療班、まだか!」
「動かしていいのか?」
「解毒はできるザンスが、解毒しただけでは回復が間に合わなくて死ぬザンス。止まった心臓を動かすのも、血液透析や酸素吸入も医療班の仕事ザンス」
ごもっともだ。
毒はそういうところが厄介だな。
むろん、この会話の間も紫龍には警戒している。
わざと隙を見せてやってもよかったが、誘いなどするまでもないだろう。
紫龍のこの最高度の集中力はおそらく長くは持たない。頭に血が上っている状態だからな。
会話に口をはさまなかったのも、自分の力を高めることに集中していたからだろう。すでに俺達の声が聞こえてるかどうかも怪しい。
すぐにも仕掛けてくるはずだ。
読みは正しかった。
「星矢よ、勝負だ。受けるがいい。ドラゴン最大の奥義を!」
背後の幻の竜が、カッと口を開いた。
聞こえるはずもない咆哮を聞かせてくれようと、蛇体を伸ばす。
荒々しくも力強く燃え上がる小宇宙。
間違いない。紫龍は、今、セブンセンシズに目覚めようとしている!
全身の血が騒ぐのを押さえもせずに、俺は見つめた。
竜の右拳が握る紫龍の心臓、俺の知る最大の弱点を―――。
「最高潮にまで高まれ、俺の小宇宙よっ! 廬山ッ昇龍覇ァッーーー!!」
いつもありがとうございます。感想も評価も本当に励みになります。