リセット   作:エイ

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世界の果ての祈り

 あ、ムウのやつ。今気がついたって顔をしやがったぞ。

 もしかして、忘れてたのか。

 ムウは茶杯を置いて、立ち上がった。

 

「そのような目で見るものではありませんよ。今から説明してあげますから」

 

 なだめる表情と声音だったが、俺はだまされない。絶対に忘れてただろ。

 貴鬼からポットを取り上げたムウは、目線だけで何やら指示をした。一つうなずいた貴鬼が、シュンと消える。

 そのまま、俺の杯に手ずから茶を注ぎつつ、説明が始まった。

 

 そんなに長い時間はかからなかった。

 貴鬼が運んできた料理に手をつけながら、小一時間というところだ。

 細かい説明をはぶけば、要点は三つ。

 紫龍と那智の聖衣は生き返ったが、まだ細かな修復が必要。

 優先して修復するのは、瞬と紫龍の聖衣。俺の聖衣は壊れてないが、何やら補強をしてくれるらしい。

 修復と補強完了までのジャミールへの滞在許可。

 これだけだな。

 

「なあ、俺達の聖衣を先にするのは、なんでだ?」

「必要だと思うからですよ。あなたはもちろん、瞬と紫龍もよくぞ来ました。他の兄弟ではなく、この二人が来たということに、なにがしかの作為を感じてしまうほど、よくできた人選です」

「どういう意味だよ」

 

 含みを感じる。

 つくづくと思うんだが、黄金聖闘士はもうちょっと分かりやすい話し方をすべきだ。シャカといいムウといい、思わせ振りにも程がある。

 これを放ってはおくもんか。

 決意して、さらに訊いた。

 

「紫龍達はどこまで話したんだ?」

「大したことは何も。あなたを置き去りにして話を進めるのが嫌だったようですね」

 

 なら、その謎掛けめいた口ぶりは何だ。

 だいたい、俺達が来たのなんて、単なる偶然だ。紫龍に関しちゃ老師の作為かもしれないが、瞬は話の流れで来ただけだぜ。

 そもそも、俺達が兄弟だなんて、どこで知ったってんだ。

 

「フッ、そう警戒するものではありません。雑談の合間に、少し尋ねただけです」

「そこが問題なんだろ。何を聞いたんだよ。ムウ」

「本当に、大したことではありませんよ。日本へ帰国したあなたが彼らを叩きのめしたことや、あなた方が異母兄弟であること、ここに来る前シベリアに行ってきたこと、どれも他愛ない話でしょう」

 

 ああ、沙織さんが女神(アテナ)だとかは、言ってないわけだ。当然だけど。なら、確かに大した話はしてない。

 してないんだが、俺の動きは全部知られてるじゃないか。

 知られて困りはしないが、不気味ではある。

 わずかに気を尖らせる俺を、面白そうに眺めたムウから、さらりと言葉が投げられてきた。

 

「カミュには会いましたか?」

 

 あまりの唐突さにむせそうになった。

 いきなり何を言い出す。

 少し沈黙して、ごまかす理由がなにも見つからなかったので、正直に「ああ」と答えた。

 表情を隠せないなら、正直に答えたほうがいいに決まってるしな。

 

「親切にしてくれたぜ」

 

 言葉少なになるのは不服を言いたくないからだ。良くしてもらったんだ。本当だ。

 ただ、カミュが来なかったら、氷河にあんな怪我をさせることもなかったんじゃないかと思うだけでな。

 手加減しそこねた俺が悪いんだけどさ。

 何もかもを見通すように、ムウがくすりと笑った。

 

「彼は公平で、実力主義の男ですが、いささか求道者めいた部分がありますからね。かなり世話焼きでもありますし、隠し事には向きませんよ?」

「してねーよ!」

「なるほど。では、全てを話したのですか?」

 

 思わず息を呑んで、目を見開いた。

 ああ、それを知りたかったのか。

 納得すると同時に、げっそりと身体から力が抜けていった。ムウ、頼むから、会話に裏を仕込もうとするのはやめてくれないか。

 知りたいなら、最初からそう言ってくれよ。隠す理由がなけりゃ、基本的には素直に答えるんだ。

 脱力しながらも、頭をゆるく振って認めた。全てってのは、たぶん、教皇の真実とか女神(アテナ)についてだよな。それで合ってるよな。別の、隠された意味はないよな。

 ううう、なんという神経を削る会話だ。もういやだ。ムウなんか嫌いだ。飯がまずくなる。

 いやに小食なムウはとうに食い終わり、今は食後の茶を飲んでいる。卓上に置かれた左手をぎりぎりと睨みつけた。

 ムウの顔は見られない。間違いなく恨みがましさを気取られるから。今でも隠せてはいないかもしれないが、わざわざ見せる必要なんかない。くっそ!

 

「そういうことですか。ようやく納得できましたよ。彼がシベリアから帰参しない理由は、星矢、あなたにあったのですね」

「え? いや」

「知っているのが不思議ですか? フッ、私は聖域から遠ざかってはいますが、情報収集をおこたっているわけではないのですよ」

 

 ゆったりとした微笑が俺に向けられる。

 待て。そういう意味じゃないから、最後まで聞け。カミュがシベリアから動かないのは、氷河の怪我が治るのを待ってるからだ。別に、俺が聖域に帰るなと言ったわけじゃない。

 そこんとこ、勘違いしてくれるな。カミュが自分で決めたんだぞ。

 と、前後関係含めて、詳しく説明した。カミュが女神(アテナ)を見定める気になったのは、俺との話が原因だろうが、だからと言ってシベリアに留まる理由まで俺のせいにされちゃたまらない。

 弟子思いのカミュが、氷河の怪我を優先させているというだけのことだ。

 

「その前に、氷河に怪我をさせたのはあなたでしょう。女神(アテナ)の話を割り引いたとしても、どう考えてもあなたのせいですよ」

 

 笑いを含んでムウは言う。

 違うって。誤解だ。

 いや、氷河の怪我に関しちゃ誤解じゃないけどさ。それ以外の決断に俺は関与してない。だいたいカミュの決めたことに、俺が口出しできるわけないだろ。

 ムウは俺の言い分を否定しない。

 しないんだが、それが逆に居たたまれない。嘘は言ってないのに、なんだこの空気。やめろ、そんな生優しい目で見るな。

 言い募るのに疲れた俺は、とうとう説明をやめてうなだれた。

 

「さあ、星矢。食べ終わったなら、案内しますよ。こちらへ」

 

 何事もなかったように立ち上がるムウを、軽くねめつけるだけで精一杯だ。人の話をまともに聞かないのは黄金聖闘士の特徴なのか。

 残った茶を飲み干すと、手招きに従って、歩き出した。

 

 

 ■■■■■■

 

 

 

 ムウに連れられて、一層、二層、三層と住居層含めた上層を案内してもらったが、なんじゃこりゃというカオスだった。

 十字架、コーラン、仏壇仏像、神棚、リンガ、玉皇上帝の姿絵、孔子像、ニシャン・サービフ、世界中のありとあらゆる宗教の象徴があった。

 もちろん同じ所にあるわけではなく、同フロアには基本的に同じような宗教で固めてある。二つ以上ある場合は、衝立のような簡易壁で区切ってあるわけだが、それにしたって凄まじい数だ。

 圧巻だが、ごちゃまぜに感じる部分もある。

 

「なんで、こんなに集めてるんだ?」

「我々は正義と愛のために、多くの者を犠牲にすることがあります。神々でさえ守り得ぬ弱き人々を一人残らず守るなど、人には成し得ぬこと」

「あー……つまり?」

「これだけあれば、冥福を祈るには十分でしょう。ほとんど世界中の宗教がそろっていますから。宗教の真髄はそこではないと、分かっているのですけれど」

 

 沈黙にぽつりと落ちるような説明だった。

 神々の手から、こぼれ落ちた人々のためか。実在する俺達の女神(アテナ)ではなく、相手の神を重んじる態度がムウだな。

 

「宗教の真髄? 俺達が女神(アテナ)に向けているものは違うのか?」

「それは忠誠でしょう。違うと言い切るのもはばかられますが……。いえ、実のところ、私にも、これと断定することはできません。概念をしかと形にすることは難しく、また、言葉は不完全なもの。シャカであれば、名を付けることにとらわれるべきではないと言うかもしれませんね。彼は仏教徒ですから」

 

 ムウって、シャカと仲よかったっけ。それと、シャカが仏教徒なのと、その発言をするだろうという推測の因果関係がさっぱり分からないんだが。

 ますます意味が分からなくなったぞ。

 俺の困惑に気づいたムウが、補足を加える。

 

「仏教の教えを大雑把に分ければ、諸行無常、諸法無我、涅槃寂静となります。簡単に言えば、何もかもが移り変わり、何であろうと意味はないのだから、何ものにもこだわるな、ということです」

 

 やっぱりよく分からん。

 理解できないという意味じゃない。確かにきっちりした理解もできてないが、それ以上に、分かり合えないという意味でな。聖闘士である以上、こだわらざるを得ないものだってあるはずだ。俺達にとって、捨て去れない絶対のものは、シャカにとって迷いに過ぎないってのか。

 いやその前に、よくよく考えると、その理屈だと、こだわらない、ということにこだわる、ということにならないか。

 頭が混乱してきたな。

 俺は一度まばたきをして、混乱した思考ごと、疑問を切り捨てた。

 必要のない問いだ。ムウもシャカも聖闘士として今この時代に在る。それなら、考えなくていい。

 ムウは静かに笑った。

 

「私だけが集めたわけじゃありませんよ。ここは聖域ではない。ですから制約はゆるい。けれど、聖域の全てを知る者が受け継いでいく場所。弔意を表しているのです」

「ふうん」

 

 相槌を打ちながら、考えた。

 聖域から女神(アテナ)が失われて十三年。同時にそれは、ムウの師であるシオンが失われてからの年月でもある。弔いの場所で、ムウは安息の眠りを祈っていたんだろうか。十三年。こんな世界の果てみたいなところでずっと、誰の眠りを。

 考えるまでもないことで、そして、俺にはどうしようもないことだった。

 わざわざ訊くほど無神経じゃない。

 

「なあ、紫龍達はどうしてるんだ?」

「彼らも昼食を取っているはずですよ。自由にしていいと言っていますから、貴鬼に連れ回されているかもしれませんね」

「へえ……」

 

 どっちに、どっちを、自由にしていいと言ったんだろう。

 貴鬼を連れ回すんじゃなくて、貴鬼に連れ回されるんだな。

 

「あなたも、ここにいる間は好きにして構いません。ただ、食事の時間には戻ってきてくださいね」

「分かった」

 

 とりあえず頷いた。

 だが、好きにしろと言われても、何もすることがないんだけどな。

 いや、ちょうどいいから紫龍と瞬に、特製修行コースを試行してみようか。瞬はセブンセンシズに最も近い場所にいるし、紫龍は二度も黄泉から還ってきた男だ。

 他の奴らにやったら死んでしまうかもしれないけど、この二人なら大丈夫だろう。うむ。

 

 

 ■■■■■■

 

 

 

 聖衣が、ムウの手を経て、俺達の手に戻ってくるまでには、着いてから、およそ二十日間ほど掛かった。全員分じゃなくて、俺と瞬と紫龍の聖衣な。

 

 その間、何をしてたかといえば、いきなりぶっ倒れた瞬の看病だったり、紫龍の修行に付き合ったり、貴鬼と遊んだり、ムウと話したりだ。

 仮修復された聖衣をちょっとした事故で破損させてしまったり、他にも色々とあったが、些細なことだ。一つだけ言うならムウは恐かった。怒られるより落胆の溜息が恐ろしかった。こっちが謝らなければならない、と無性に思わされるんだよ。なんでだろ。

 

 ジャミールは山の上だけあって、空気がかなり薄い。瞬も到着日は平気だったようなんだが、俺の起きた次の日の朝、起きてきた途端に、口元を抑え気分が悪いとぶっ倒れたのだ。びっくりしたぜ。

 駆けつけた貴鬼がサイコキネシスで瞬をベッドに運び、ムウが低酸素症と診断した。

 紫龍が真顔で「意外だ……」と漏らしたのには、思わず笑った。城戸家で、どういう付き合いををしてたんだよ、お前ら。

 ムウに言われるまま、地下へと担いでいって寝かせといたら、数時間くらいして、いつも通りの顔で戻ってきた。どういう魔法を使ったんだ。まさか地下は酸素濃度が違うってのか。気圧か。どうなんだ。

 残念だが、ムウは俺の疑問に微笑するだけで答えてくれなかった。

 黄金聖闘士の秘密主義は悪習だ。改善すべきだと声を大にして訴えたい。

 

「お前もそう思うだろ。紫龍」

「そう言われてもな。俺は別に困ってないんだが」

 

 ひとまず紫龍に、不条理だと訴えてみたが、困ったような、嬉しいような微妙な顔をして髪をかきまわされた。なぜそうなるのか、よく分からん。俺は何か間違っているか。

 おい、顔を背けて忍び笑うのはやめろ。むかつくから。見せなきゃいいってもんじゃないんだからな。

 

「カルシウム不足か? そう怒るな。ムウにはムウの事情があるのだろうさ」

「別に、怒ってないぜ」

 

 苛つくだけだ。

 確かに黄金聖闘士への苛立ち、不信は、元から俺自身の内にあった。ムウのせいだけとは言えない。

 しかし、それにしたって、正当な理由の説明もなく隠し事をされて、紫龍は腹が立たないんだろうか。不可解だ。

 いや、しかし、考えてみれば、紫龍の師匠はあの童虎だ。理不尽には慣れているのかもしれない。

 思わず納得できてしまった。慣れているなら、仕方ない。俺だって、魔鈴さんの理不尽なら何とも感じないもんな。

 おい紫龍、笑いながら「お前もかなり理不尽だ」なんて言うのはやめてくれ。八つ当たりしたのは認めるが、俺なんて可愛いもんだろ。修行だって常識の範疇だ。人間として無理なことはやってない。

 貴鬼との岩の投げ合いっこに巻き込んだのは悪かったが、お前も楽しんだだろうに。

 

「あれはな。その後の鬼ごっこのほうは苦痛だった」

「なんで? 俺が鬼だったし、ちゃんと百秒数えてから追いかけたろ」

「お前、手加減なしで追いかけてきてただろう。そのくせ、捕まえる寸前にわざと逃すから、貴鬼は本気で泣きそうになってたぞ」

「捕まえたら、そこで終わっちまうだろうが。それとも、俺を捕まえる自信があるのかよ」

「ないな。そんな自信は持てんが、修行だと割り切っていた俺はともかく、貴鬼には程よいところで終わりにしてやれ。見てるほうが気の毒になる」

「ん、む、ううん……」

「はは、せめてペガサス流星拳を使うのは勘弁してやれ」

 

 曖昧な肯定とも否定ともつかぬ相槌を返せば、苦笑された。

 だが、貴鬼にもいい修行になったと思うんだけど。

 弁解させてもらえれば、貴鬼にペガサス流星拳を放ったことはない。ただ、紫龍や瞬と一緒だと、どうしても修行混じりの遊びになるから、何回か巻き込んだ、だけだ。

 もちろん怪我ひとつさせてない。紫龍達が必死に守ったからな。聖衣がないとは思えん動きだった。

 やっぱり、守るものがあると、あいつらは格段に良くなるな。特に瞬はそうだ。だが、代わりに、己をおろそかにする部分がある。だから、実力で言えば瞬のほうが強くても、生き残るのは紫龍だろう。

 戦いとはそういうものだ。

 

 遊びは、基本的に貴鬼発案だ。俺達には、あまり遊ぶという発想がないからな。修行環境のせいか、あるいは性格的なもんなのか、そういうものは縁遠い。

 それにしたって、岩の投げ合いっこといい、小宇宙使用ありの追いかけっこといい、これは遊びの名を借りた修行じゃないだろうか。

 いつもこんな風にムウと遊んでいたのだとしたら、ムウの教育方法が忍ばれるな。

 でも、こんなのを通常の遊びとして覚えたら、もう何か人として間違った大人に育たないか、ムウよ。あんたは普通だと信じてたんだけど……黄金聖闘士だもんな。仕方ない。

 

「つくづく思うが、お前は、黄金聖闘士に恨みでもあるのか、星矢」

「僕も思ってた。どうしたの。星矢らしくないよ」

「知りたいか? どうしても? 知っても後悔しないし、後から文句も言わないな?」

 

 ごくりと、喉の動く音が聞こえた。

 瞬が右手を握りしめて、迷う様子を見せる。紫龍は、眉根をよせて俺を見つめた。

 寄せられる視線に向けて、俺は厳かに言い放つ。

 

「絶対に教えてやらん」

 

 己にもよく分からんものを、説明などできるか。

 彼らに対する俺の敬意は間違いない。けれど、同時に得体のしれぬ反意も存在する。

 だけど、そんなもの、わざわざ言わなくていい。紫龍達には不要なものだ。そうだろう。

 目の前の様子から察するに、俺の思いやりはあまり理解を得てないみたいだがな。む、なんだよ、その目付き。俺が悪いみたいじゃないか。

 

「それはちょっとひどいよ……。星矢」

「まったくだ。……お前は黄金聖闘士をどうこう言う資格はないと思うぞ」

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