待ってほしい。
そもそも、ミロがここに来ること自体想定外だ。本当だ。だのに、それがまたどうして、ミロとカミュがそろうのを計算していたみたいに言われなきゃならんのだ。大体にしてカミュが聖域に行った行動そのものが不測なんだぞ。
断固として抗議したい俺は、誤解の余地を与えぬように言葉を選んで口を開いた。
「妙な考えはよしてくれよ。何か勘違いしてるぜ」
「ほう、ミロだけで良かったと? カミュが来ぬのは想定内かの?」
違う。なんだ、この言葉の通じない感覚。
心からやめてほしい。老師の問いかけだけでもいささかげっそりしてたのに、さっきから氷河の目線がすごいと思ってたら、今の老師の言葉を聞いて、ますます凄絶になったぞ!?
大声で叫びたい。俺は無実だと。
「だからだな」
「はてさて、その割には浮かぬ顔色じゃのう」
老師は、ひげをしごきながらキラキラと光るまなこを俺に向けた。
それが分かる観察力があるんだったら、なんで真実を察してくれないんだろう。分かるだろ、意図してそんなマネできるほど、策士じゃないんだ俺は。
届け、俺の気持ち。
「だから──―」
「ふむ、大体の者は分かっとるようじゃのう」
俺は分かってない。断定するのはやめてほしい。言いかけた言葉を飲み込んで、頭をかいた。抗議したいのはやまやまだが、“何が分かった”のか分かってない俺が下手な抗議をすればますます何がしかの誤解をされてしまうだろう。そして、分かってないのが俺だけならば、ここまでで十分ヒントは出たってことだ。
なのに俺に分からないのなら、それは何か目をそらしているものがあるか、あるいは知りすぎて深読みしているからなのだろう。
抗議は後回しにして、よし、誰かに解説してもらうか。
と、他力を当てにして周りを見渡す前に、ミロの声が低く響いた。
「つまり、老師よ、あなたはカミュが私を陥れたとおっしゃりたいわけか?」
「人聞きが悪いの。カミュからすれば逆じゃろう。悪徳と暴虐に加担せずにすむよう、お主を助けたつもりのはずじゃぞ」
うん? んん、んーん、あー、なるほど。
頭を湯気が出そうなほど回転させて、会話に耳を済ませていた俺に、なかなかのヒントが落ちてきた。さすがにここまで言われたら分かる。陥れたのくだりでギリギリな。
恐らくだが、カミュはミロを説得できようができまいが関係なく、自分とともに連れてくる気だったのだ。説得できるようならそのまま連れ立って来る気だっただろうが、証拠を求められた。
だから証拠を求めに行って叶わずと分かった時点で、教皇の目の前でマントを凍りつかせた。教皇がそれを反逆と取ればよし、ミロは否応なく追われて老師のところに来るだろう。逆に気にせずとも良し、ミロはカミュのために、示唆された老師のところまで来るだろう。
カミュが、ミロのマントに老師を指し示す
カミュはそうまでして、友を救いたかったのだろう。その意志を多少無視することになったとしても。
……ミロが討伐される可能性を考えてないあたり、どうかと思うが。いや、友に対する信頼が高いと見るべきなんだろうな。考えてないとかそんなんじゃないと、うん、信じてるからなカミュ。俺はひっそりグッと拳を握った。
そして、カミュが自己犠牲をもってしてでもそうするだろうと、予測できていたと思われているのなら。
そうであるなら、確かに、氷河の糾弾は的を射ている。行かせなければ、
まったくもって誤解極まるんだけどなッ!
さて、どうやって、この誤解を解くべきか。考え込んだ俺の前で会話は続く。
「上手いことをおっしゃる。このまま聖域に戻れば、カミュの心を踏みにじるというわけですな」
「そのとおりじゃ。それもまた選択の一つじゃがすすめんな」
言葉を紡げば紡ぐほどに、ミロの眼に宿る力が増していく。晴れ渡る碧空のようだった瞳は今や荒れ狂う大海のごとき物騒な輝きをもって、じっと俺たちを睨み据えていた。
「では、老師よ。一つお尋ねしますが、カミュと同じことを言われるおつもりか?」
「そうじゃな。望むならより詳しく語ろうではないか」
「ほう、では、教皇の、背理を、この私に、天蠍宮を守護する、この
一言、一言を、区切るように強調した声音には、偽りは許さぬという明確な意志が聞き取れる。大声ではないが、一音に力がこもっているのだ。陽光を照り返す波打つ金髪は獅子の
対する老師は、超然とした表情と口調を崩さない。
「そなたにも、心当たりがあると睨んでおるが、どうじゃ」
顔をしかめたミロの視線がわずかに上方にずれる。記憶を探査しているのだろう。少しだけ緊張が緩む。
そこに畳み掛ける老師。
「人が変わったようだと噂は流れておらぬか? あるいは私室から時折うめき声が聞こえる、はたまた、側仕えが消えるなどと言われてはおらぬか?」
沈黙したまま答えないミロ。
だが、わずかに眉根が寄る。
「何より俺とあ奴は
老師の静かな声は、穏やかな悲しみと誇りに満ちていた。
友を失ったと確信している悲しみと、それでもなお殉じる覚悟の持てる友を得た誇らしさだ。
「聖域と友のために、何を躊躇うことがあろうか。それをあ奴も知っている。わざわざ密殺などするはずもない」
そのまま深い、海の底に沈むようなため息を付く。
一拍の間に、言葉では言い表せぬ年月の重みがあった。
厚みのある声で、語りかけるように老師は続ける。
「教皇のあの仮面の下の素顔を見たことはないであろう? むろん
「……
一理あるようにも聞こえるが、どうにも苦々しさのにじむ反論だ。無理もない。
けれど、
多分だが、老師は、その言葉を待っていた。
「もっともじゃ。ならば、
視線で、俺達を指し示す。少年のようにキラキラ輝いていた眼は、今や老いたる智慧の深みを湛えてミロを導かんとしていた。
氷河がすぅっと伸びるように姿勢を正す。
うん、案内自体は構わない。
だから、それは置いといて、すごく真面目な空気だから言い出しにくいんだけどな。俺の誤解は一体、いつ解いたらいいんだろう……。
今言ったら、多分、だめだよな?
いや、もうかなりタイミングを外してる。今どころか、後になればなるほど言いにくそうだ。となると、むしろ、俺から言い出すよりミロから詰問されたほうが言いやすいんじゃないだろうか。どうにか誘導せねば。
老師の身振りを受けて、ミロが、こちらに視線を向ける。待ってくれ、まだ、どう誘導しようか見計らってるから。
と、悩んでいる間に、氷河がずいと前に出た。
「確かに、我らで承りましょう」
こ、この裏切り者。俺はまだ何も言ってないぞ! 俺は目をむいて氷河を見た。
断るのかって言われたら、そりゃ断らないんだけど、それはそれ、これはこれ、俺にアイコンタクトくらいすべきじゃないのか。
「良いだろう」
こら、ミロも普通に返さず、もっと疑おうぜ。
見るからに俺は頭脳派じゃないだろ。そのまま信用せずに、俺が画策したのかどうか確認してくれていいんだぜ。違うと返すからな。
訊け、今すぐ訊けという意思を全面に押し出しながら首を回転させ、ミロに視線を向ける。
すると、ミロはなぜか慈悲の微笑というか、寛大な笑顔になった。
「気にせずとも良い。お前が何を企み何をカミュに吹き込もうとも、見抜けぬカミュではない。その行動はカミュの意思」
吹き込んでない。それより疑え。訊け。
「しかし、もし嘘偽りを吹き込んだのであれば、友として黙ってはおれんが」
吹き込んでないっつってんだろ。いいから訊け。疑え。
「あのなぁ」
「だが、ひとまずはお前に祝いを。宣言通り見事、
喜気を浮かべた笑顔に毒気が抜かれた。言葉を遮られた怒りも抜けた。驚いた。
「覚えて、たのか」
「フッ、わざわざ見に行ったんだぞ。本人を前にして忘れるほど薄情じゃないつもりだ」
それは、純粋に嬉しい。
「ああ、ありが」
「まさか、あの時追いつけなかった小宇宙の主がお前とはなぁ。知ってさえいれば取り逃がしはしなかったものを! 聖闘士候補生だからと、選択肢から除いたのが間違いだったか。ハハハッ」
「は?」
なんだって?
聞き違いか?
そうだよな?
耳を疑った俺の目には、どこか野太い笑みへと表情を変化させたミロが映る。
こういう笑い方を、知っている、ような気がする。
月に振りかざした殺人鬼の刃がきらめくような。
割と、危険な、そう、勘違いをされる前のような。
誤解した挙げ句に喧嘩を吹っかける奴のような。
「戯れだったとはいえ、このミロの追跡を見事ごまかして見せたお前だ。味方としてあらば頼もしく、敵としてあらば恐ろしい難敵となろう」
黄金を溶かして金線細工として繊細に編み上げたような金髪をたなびかせ、人をひきつけてやまぬ華を持つ男は傲然と口角を釣り上げた。笑みというより
ごまかしてない。
断言するけど、別になんにもしてない!
顔が引きつって言葉が出ない。こんなの予想してなかったぞ。
「もしも、偽りあらば、この俺じきじきにアンタレスの毒をくれてやる。最大限に苦しみを引き伸ばしてな! 十五発全ての苦痛を余すことなく、とくと味わうがいい!」
鍛えられた総身から吹き上がる、燃える音すら聞こえるような攻撃的小宇宙。
気圧されたように氷河が一歩下がる。
「発狂などしてくれるなよ。我が
俺は愕然とした。ああ、くそ、気づいてしまった。
さっきから俺は疑えと念を送っていたが、そうじゃない、そんな問題じゃなかった。前提が違うんだ。既にめちゃくちゃ疑っていやがるんだ。
これは俺を、あるいは俺達を信じてるから訊かないんじゃない。訊いて返ってくる言葉を信じるつもりがまったくないから、訊くこと自体を無駄とみなして訊いてこないだけなんだ!
つまり、ああ、俺が言い訳する機会は、失われた、と。
俺はうなだれた。
いや、疑ってても端から聞く耳持たないよりマシだよな。日本に行って確認してくれるってだけまだマシだよな。
すぐに立ち直ったが。
だって、元より俺なんにも悪くないのに脅されてないか?
つまり、よく考えたらこれ理不尽な言いがかりじゃないか?
それなら、これって怒っていいんじゃないか?
なぁ、そうだよな。
「大口はよしておけよ。日本でその暴言を恥じるはめになるぜ。ついでに教えといてやるが、俺は、筋違いで殴られたら三倍にして殴り返す主義だ」
思った時点で声が出ていた。俺の口は、思ったらノータイムですぐにも動く素直さを持っている。やばいと思うのは後からなのだ。だって、売り言葉に買い言葉って言うだろう。俺は悪くない。そう思いながらも、自分の顔色が若干青ざめるのが分かる。
いや、その、失敗したかとは思っている。ミロの形相が嬉しそうというか、狼がよだれを垂らしながらにんまりしたような顔になったから。元がギリシャ神像のごとくくっきりとした秀麗さだからこその凶悪さだ。これを笑顔とは呼びたくない。何これこわい。
ミロの薄く、神が最上の形に整えたのであろう唇が片方に歪んでつり上がった。
「よくぞ吠えたな。その言葉忘れんぞ」
いや忘れていい。本当のことしか言ってないけど、その顔がこわいから忘れていい。
危うく出そうになった本音を出てこないように、手で口元を抑えた。氷河はなんでそんな妙に嬉しそうなんだよ。デスマスクはニタニタ笑ってるし、老師はほほうとか言いながらひげを扱いている。
俺は、コホンと咳払いした。仕切り直しだ。
「なんにせよ、まずは
いつもありがとうございます。
感想、とても励みになります。
励みにして書き出しても、書き上がるのが遅い悲しみ……
個人的に、星矢は脳筋だが馬鹿ではない(人の道を踏み外さない)タイプだと思っています。
与太IF偽予告
老師へと放たれた刺客を食い止めるべく、五老峰へと向かった星矢達。
辛くも冥道への道を自在に行き来する聖闘士、蟹座のデスマスクを食い止めたは良かったが、新たなる闖入者が現れてしまった。
その名は、デスマスクと同じく地上最高とも謳われる黄金聖闘士の一人、蠍座のミロ!
「何しに来た!」
敵対しにきたのではないと語る彼の目的は老師。
その智慧を借りて、友を教皇の洗脳から救うためだった!
しかし、老師は星矢を指し示す。
「行くが良い。汝の宿運は星矢とともにある」
急遽指名された星矢は吐血しそうだ!
「違う、日本の沙織さんのとこまで案内するだけ! その大仰な言い回しやめてくれよな!」
大きく分ければそんなに間違っていないような気もするが、星矢としては、ミロの宿運は沙織さんなのである。
「黄金聖闘士はどいつもこいつも大雑把で困るぜ」
などとお抜かし遊ばす星矢を、じろっと強めに見てしまった氷河であった。
当然、後日の青銅聖闘士城戸家会議にて審議されるのだが、結果を星矢が知ることは永遠に無いだろう。合掌。