リセット   作:エイ

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死の女王の島

 ここはデスクィーン島。

 赤道直下の南太平洋に位置する火山島。

 

「あ、暑い」

 

 大地は熱く焼けただれ、天からは一年中火の雨が降りそそぐ灼熱地獄。

 辰巳が瞬にそう言っているのを薄ぼんやりとしかおぼえてなかったが、なるほど、死ぬほど暑い!

 太陽光は痛いばかりに攻撃的だし、岩に反射する輻射熱の温度ときたらこれまた死ぬほど熱い!

 思わずぼやかずにはいられないほどだ。

 ましてや俺の修行地はギリシア。あそこは気温はともかく基本的には乾燥している。

 島だけあって、ここの湿度はいかんともしがたい。き、きつい。

 犬のように舌を出して呼吸をするも、吸い込む空気がそもそも体内温度より高いので余計に暑くなっただけだった。

 言っても仕方ないが、言わずにはいられない。言わせてもらおう。

 暑すぎる!

 

 さて、どうしようもない問題をかかえてしまったが、一応聖域脱出の叶った俺はデスクィーン島に来ていた。

 考えるのは後回しにしたのだ。

 逃避?

 優先順位が違うだけだ。逃げてなんかいない。

 

 そうして、自分を納得させた俺は、正直これからどうしようかと悩んでいた。

 聖域の奪還、海王(ポセイドン)の復活、冥王(ハーデス)の封印。

 どれもこれも俺だけでどうこうできるもんじゃない。

 ……聖域奪還だけなら何とかならんこともないが。

 

 とにかく、それらの問題を一輝に相談しようと、俺はデスクィーン島に向かうことにした。

 一輝は、間違いなく、俺達兄弟のなかでは最強と言っていい。

 たとえ、どんな戦いであろうとも、一輝が後ろにいると思えば振り向かずに戦うことができた。振り向く必要などないと、一輝がいれば背は大丈夫だと、何の根拠もなく、それが当然だった。

 それだけ頼りがいのある男だったのだ。

 沙織さんに相談しようとは不思議に思わなかった。沙織さんは女神(アテナ)だ。なのに、何でだろう。気が、進まないのは。

 黄金聖闘士の誰かに相談しようとも思わなかった。教皇にばれる危険性があるからな。彼らは教皇派、反教皇派にかかわらず聖域の中枢に近すぎる。彼らが動けば否応なく教皇に伝わる。

 他にも、どうにももやもやしているものが胸にある。腹の底にたまった不透明な何かが俺に止めておけと言う。これは一体何だろう。喉に引っかかった小骨のようなすっきりしないこの感情は。

 俺らしく、ない……よな。

 だが、少なくとも一輝は相談するに足る漢だ。問題は、ない。

 

 困ったのはどうやって行くかだった。

 前回、日本に帰るとき、また聖域に喧嘩を売りに行った時はグラード財団のチャーター機だったが、今回はそんなわけには行かない。

 日本ならともかく、デスクィーン島に行く理由なんざないからな。

 そもそも考えてみれば、俺はパスポートを持ってない。

 前回は何とも思っちゃいなかったが、今思えば疑問だ。どうやって俺はギリシアと日本を行ったり来たりしていたんだ? 税関なんぞ通った覚えすらない気がする。

 

 ……グラード財団が犯罪行為を何とも思わず行なったのか、それともグラード財団の威光で無理を押し通したのか。

 どっちかと言えば後者だと思うが、前者もありえそうだ。グラード財団だしな。

 

 光速を手に入れている現状としては、走って行ったところで問題はない。

 可能か、不可能か、という意味だけならな。

 ただし、光速だぞ?

 ソニックブームなんか目じゃない、間違いなく俺が通った後の大地は―――もちろん海もだ―――ぺんぺん草すら生えぬ荒野と化すだろう。

 それはまずい。救いようもなく確実にまずい。

 

 そこで、テレポーテーションが使えんものかと試してみた。

 超能力は思ったよりもあっさりと使えた。

 第六感に属すであろう能力が、第八感に目覚めている俺に使えないはずはないと思ったのは正しかったらしい。

 実際、黄金聖闘士はもちろん、白銀聖闘士のほとんども使えるようだったし、一輝も青銅だったが、精神支配の技をも得意としていたしな。

 何より、前回、俺達の討伐に日本まで出向いた聖闘士達が、飛行機やその他公共交通機関を利用したとは考えにくい。

 テレポーテーションが使える者とグラード闘技場(コロッセオ)に飛べば済むのだし、第一あんな奴らが日本で公然と動いて、グラード財団の情報網に引っかからないわけがない。

 銀河戦争(ギャラクシアンウォーズ)は聖域に潜む悪の根を引きずり出すためのものだったんだから、ただでさえ、聖域の動きには気を配っていたはず。白銀聖闘士や黄金聖闘士が派遣されたとなれば、もっと騒いでいておかしくない。

 だいたい、聖闘士ですらない貴鬼が、使いこなしていた能力でもあるんだぞ。

 ただ貴鬼の場合は、ムウという師匠から指導を受けていたんだろうが。

 とにかく、超能力はある程度以上の聖闘士なら使えるんじゃないか、と俺は思ったのだ。

 そして、それは正しかったことが証明された。

 

「何で、魔鈴さんは教えてくれなかったんだ?」

 

 何でだろう。使えないのか。あるいは、自身で研鑽すべきだと考えていたのか。

 

 ただ、どうやら才能の向き不向きがあるらしく、テレキネシスは比較的自由に扱えるが、テレポーテーションは細かい制御がきかない。

 一輝の小宇宙を頼りにデスクィーン島にたどりつくまでに、何度か海に落ちて実証済みだ。

 便利なんだろうが、あんまり頼りになる能力でもないな。

 ずぶ濡れの俺にはそう思えるぞ。

 

 そういうわけで、俺は聖域を脱出して、さして時間もかけずにここデスクィーン島にいるというわけだった。

 大した時間をかけなかったと言っても、時差があるから、ここじゃ、とっくに日がのぼっている。

 朝でもこれだけ熱いのに、日が頂点にさしかかればどれほどかとうんざりする。

 目の前の海に再びダイブしたいという誘惑に耐え、一輝の小宇宙を探る、までもなかった。

 先ほどから、複数の、戦闘をしているような攻撃的な小宇宙が火口と思しきほうから、ガンガン伝わってくるからだ。

 俺に対してのものじゃないが、あからさまな敵意。隠そうともせず撒き散らされる攻撃的な気配。

 ひどく荒々しい、憎しみすら感じるような小宇宙……嫌な予感がする。

 脳内の警鐘に耳をかたむけつつ、決着がつこうとしているのか、総数の減っていく小宇宙を探る。

 

 一輝と……後は誰だ?

 知らない奴だな。

 一輝の小宇宙は揺るぎなく、強力だ。青銅としては、ではあるが。

 何か、嫌な予感がする。

 俺は、また、何か、忘れちゃいけないものを忘れてるんじゃないか……?

 

 いや、ごちゃごちゃ言っていても仕方ない。

 さて、声をかけに行くか。

 俺は、覚悟を決め、気配のほうへと向かった。

 

 ちょうど、俺の真上を悲鳴とともに人間が飛んでいく。

 飛びたくて飛んでいるわけではないのは、その悲痛な叫びからして言うまでもない。哀れな敗者の姿だった。

 そいつが重力に引かれて落ちていくのを尻目に、俺は一輝に声をかけた。

 

「久しぶりだな。一輝」

 

 一輝の、き、を言い終わる前に拳が飛んできたのを、

 

「おっと」

 

 わずかに上体をそらすことで避ける。

 いくら戦闘中で、気配に対する脊髄反応っぽいとはいえ、何と言う対応だ。

 敵意がないことを示すために、聖衣はボックスごと置いてきたのに。

 と言うのは表向き、実は海に何回か落っこちた際、中に浸水して、水がポタポタ垂れていたから、干してきたのだ。

 この気温ならすぐに乾くだろうし、話し合いに聖衣は不要。干していても大丈夫だと思ったんだが、軽挙だったか。

 あの函は防水仕様にすべきだよな。

 

 一輝は餓えた獣のような力への渇望を覗かせた目で俺を見る。

 警戒。

 敵意。

 憎悪。

 殺意。

 絶望。

 ギラギラとした双眼の光は、俺の知る一輝とはかけ離れていて、聖闘士としての忠誠や、地上の平和への祈りはまったく感じられない。

 元からそんなものは無いと言われればそれまでだが、少なくとも俺の知る一輝は、己はそれを信じきれずとも、女神(アテナ)や俺達の目指すものとしては信じてくれていたのだ。

 

 一体何が……? と首をひねって、そう言えば、荒んでる時期だったんだよなと、遠い―――事実はともかく、感覚的にはかなり遠い―――過去を思い起こす。銀河戦争(ギャラクシアンウォーズ)時の一輝はそう言えば随分と荒れていたよな。何でもっとさっさと思いだせなかったんだ?

 まったく、どうして、こうも色々忘れてるんだよ。俺は。

 と、落ち込みかけたが、思い返してみれば、あの頃は強大な敵と戦っては死にかけ、傷が治るまえにまた次の戦いが始まっていた。

 眼前で仲間が倒れていくのを見続け、自分も仲間のために命をかけ、女神(アテナ)と正義のためただ戦った。戦って、戦って、戦い続けて。

 熱き血潮もつ兄弟達と、誇り高き同志達とともに、女神(アテナ)を守り戦った輝かしき日々。

 それでも、それは戦いに過ぎない。事細かにおぼえ、懐かしむことができるような日々じゃない。

 敵を倒し、戦友を踏み越え、血と泥にまみれて戦い続けた平和とは程遠いあの日々を、慕わしいと言えるほど俺は不健全な人間じゃない。

 忘却は自己防衛だ。必要のないことから忘れていく。思えば、生き急いでいたんだろうな。

 ……だから忘れてても俺のせいじゃない。言い訳っぽいのは気のせいだ、……と思う。

 

 相談をするには、まずねじくれた性根を叩きなおさないと無理、か。

 過去を思い返して、さしあたりの結論にいたる。

 ひとまず、声をかけて反応を見るか。

 

「一輝、久しぶりだな。俺が分かるか?」

「……星矢か」

 

 心なしか間があった気がするが、何とか、覚えていてはくれたらしい。

 しかし、攻撃しといて「星矢か」だけで済ませるのはどうかと思うぞ。一輝。

 好意的でないのはしかたがないが、さて、一体どうやって話したもんだろう。

 ここまで来ておいてまぬけな話だが、俺は本当に困っていた。

 なにしろ、目の前の一輝は隙あらば攻撃する気満々と言わんばかりに爛々と睨んでくるし、俺としても話の切り口が見つからない。どうしたもんかな。

 ええい、ごちゃごちゃ迷っているのは性に合わない。直球で行くか。

 

「一輝、お前は俺達の父親について知っているか?」

「……俺達の、ということはお前もすでに知っているのか」

 

 ……地雷だったか?

 静かな口調だが、これはまずい。何かがやばい。

 コップからこぼれる寸前の緊張感をはらんだ水のように、噴火の直前に静かに蠕動する火山のように。

 少しの刺激で何かが爆発すると感じる息の詰まるような感覚がある。

 慎重に声をかけなければならない。

 間違えたら、

 きっと、

 やばい。

 

「一輝、話を聞け。お前の、いや俺達の父親が憎いのは分かるが、その前に」

「ならば死ね星矢よ! 鳳翼天翔っ!!」

 

 鳳凰の翼をかたどった焔渦のような烈風の拳が襲いかかってくる。見事だ。だが、だがな!

 一輝、お前、会話のキャッチボールってものを成り立たせる気がないのかよっ!?

 間違えもへったくれもなく、見事なまでに噛みあってない会話に涙を禁じえない。しかも、聖衣をまとってすらいない相手に鳳翼天翔喰らわすか!! 呆れて言葉も出ない。普通死ぬぞ!?

 

「俺の、話をっ―――!」

 

 ああこりゃ、話し合いなんぞ迂遠なことはやめといて、前回と同じく、

 

「―――聞けと言ってるだろうがっ!!」

 

 力ずくでいくほうが手っ取り早いか?

 いや、焦るな。喧嘩を売りに来たわけじゃないだろう、と自分に言い聞かせ、高まりそうになった小宇宙を辛うじておさえる。

 まずは話し合いだ。

 説得できるんなら、それにこしたことはない。

 

「なにぃっ! 俺の鳳翼天翔を生身で受けて小揺るぎ一つしないだとっ!?」

 

 一輝の目の光が一気に凶暴性を帯びる。

 何でこうなるんだよ!、とどこかで言ったような悪態を飲み込む。

 好き勝手に無視しやがって!

 早くも説得する自信がなくなってきたぞ。

 元からなかった、と言うより、説得しなきゃならん事態というのがまず想定外だったけどな!

 

「お前なあっ! 聞けよ人の話をっ!」

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