「貴様と話すことなど何もない!」
誠実に、話し合いを継続させようとした俺の努力に返って来たのはけんもほろろな言葉だった。
お前になくても俺にはあるんだが、そんな理屈は通じないんだろう。
一輝だもんな!
荒れているころの一輝の夜郎自大な振る舞いを思いだせば、これでもまだぬるいと思えるほどだ。
だが、ここで諦めるわけにはいかないからな。
腕ずくでも聞いてもらうぜ!
憎しみに満ちた攻撃的な小宇宙をよりいっそう立ち昇らせる一輝。
―――さて、お前に届くのはどんな言葉だ?
肉親の情愛に訴えかけるか? 無駄だ。瞬ですら今の一輝には心情を逆なでするだけの相手だというのに。
聖闘士の本性に返れと説くか? 無駄だ。そんな綺麗事で消える程度のものなら最初から憎んだりしないぜ。
本来のお前に戻れと諌めるか? 無駄だ。かつての己も今の己も、一輝にとっちゃあの男の血を受け継ぐ憎しみの対象でしかない。
なまじっかその憎悪を理解できる分、どんな言葉も無駄な気がしてしかたがない。
言える言葉が思い浮かばないというより、浮かんだすべての言葉に、もし自分だったら受け入れられるかと問うてしまう。駄目だ。反発のほうが先に来る。
だけど、一輝がそれに打ち勝ったことを俺は知っている。
……やっぱり、一発、拳に物を言わせたほうがいいんじゃないかと安易に考えそうになる、んだが。
―――なあ一輝、どんな言葉ならお前に届くんだよ?
「俺達が地獄に送られなくてはならなかった理由であってもか? それが俺達聖闘士が支えるべき
瞬間、本当に少しだけ、一輝の動きが止まる。
一秒の百分の一にも満たぬ間。
だが、俺には十分すぎるほどだ。
その期を逃さず地を蹴り、瞬時に移動する。いまだ、蓋の開けられていなかった
そう、一輝はまだ
どうやら、声をかける寸前、俺の上を通り過ぎていった奴が最後の敵だったらしい。
「っ!? 貴様っ!」
俺の動きを捉えられなかったらしい一輝が、半拍遅れて怒声をあげる。
何をする気だ、と続ける気だったのだろう。
顔面を怒気に染め、躍り上がってくる一輝に、手にした
「む!? 何の真似だ!?」
ちっ、結構な勢いがついていたはずだが、受け損なうなどと無様な真似はさすがにしなかった。
余裕をもって片手で受け止め、露骨な疑念をこめ睨みすえてくる。
失礼な奴だ。
「話があると言ってるだろう。盗ったりするかよ」
肩をすくめて答える。
「ただし、この話が終わった後でもお前が俺と戦うと言うのなら、相手になってやるぜ」
そのために渡したのだ、と顎で一輝の聖衣を示す。
しばらく薄氷を踏むような緊張感みなぎる沈黙があたり一帯を支配した。
一輝は狂おしく激しく鋭く責めるような眼で俺のすべてを見通さんばかりにねめつけ、俺は一輝を射抜かんばかりの気合をこめた眼でもって押し返す。
双方譲らず凍りついたように睨みあったまま微動だにしない。
風すらもが音を立てることに二の足を踏むかのように、重く逆巻く。
暗く憎悪に取り憑かれた目線の重圧を、正面から受けて立つ。同じものが俺の中にまったくないとは言えない分、余計に重い。それでも逸らさない。
ここで眼を逸らすのは、断固として間違いであるという気がした。
少なくとも俺からは絶対に動けない。
動いてはいけない。
いざとなったら力ずくで叩きのめす手もあるが、相手は一輝だ。
理の分からない相手じゃない。……と信じたい。
なにより殺しちまったら元も子もないからな! 自慢じゃないが自信はない!
息も詰まるような
互いを圧倒すべくぶつけ合っていた視線を、突如ゆるめる。ただし、拳は固く握りしめられたままだ。
「……いいだろう。聞くだけは聞いてやる」
低い声は、内心の血を吐くような激情を噛み殺して妥協をしたからか。
「ああ、前置きははぶくぜ」
緊張から開放された呼吸が肺から低くもれた。
このまま戦いになるかと冷汗をかいたぜ、と安堵の溜息をもらしつつ、俺は
十三年前のアイオロスの乱の真実。
あの男の神に我が子をささげる決意。
そして、集められた孤児の意図。
そして、―――
多分、これが一番納得しがたいと思うんだが……少なくとも俺は、聞いた当時どうしても納得できなかったぞ。
それは俺のせいじゃないと思う。日頃の行いってやつだ。あの頃の沙織さんのワガママっぷりにはお釈迦様だって裸足で逃げ出すぜ。
だが、それも
十三年前のアイオロスの乱から始まった話は、そう長くはない。
俺の知っていること自体、大して多くないからな。……一番大事なことさえ分かってればそれでいいんだよ!
話が進むにつれて、押し殺すように表情の固まった一輝の顔から、眼だけが異様な眼光を発する。
……本当は、未来に起こるだろう
そんなものは信じられんと拒絶されることもありえるからな。ここまで信じてくれるだけでも御の字だ。
一輝は話を聞き終えた後、一度だけ獰猛な獣のようにうなった。
その拳はほどかれぬまま、大地に打ちつけられる。涙は、ない。
地が砕かれ、血が流れ。
つぶれた指でさらに強く拳をつくり、涙では流せぬ激流のような感情を打ちつける。
己が拳で、殴りたい相手がいる。
己が拳は、殴り倒す力を持っている。
己が拳の、振り上げた先にいる相手よ。憎く憎く憎んで憎んでなお余りある男よ。
だが、死者を殴ることは永遠に不可能であり、殴る理由まで今や失おうとしているのだ。
認めがたい、その葛藤に俺は何も言えない。
「……だから、許せと言うのか」
独り言のように低い声がもらされる。できぬ、と声に出すまでもなく拒絶している声だ。
地の底から這い上がってくるようなその声には、いまだ消えぬ業火のごとく猛る怒りと、不条理な運命に対する悲憤が芯に残っている。
「お嬢さんは、そう言うだろうな。だが、」
だが、光政に対して、お嬢さんが許せというのはお門違いだ。
あの男とて、万事承知の上で行ったのだ。
恨まれることを。
怨まれることを。
憎まれることを。
疎まれることを。
許されざることを、許されざると知っていて行ったのだ。
地上のために。
神のために。
己に託された命のために。
己に希望を託した一人の漢のために。
―――すべてを背負う決意を。
許す、というのは己を下の下に堕とすと決めた漢の意地を踏みつけるに等しい。
望むはずがあろうか。一人の漢が許されざるものと覚悟を決めて行ったことに、神であろうと人であろうと、いまさら、誰の許しを望むというのか。
断罪こそが望みであり、罵声と弾劾を投げつけてこそ漢に対する手向けになろうというものだ。
如何なる事情があろうとも、己のすべて、差し出せるものを惜しまず差し出し、罪を掴み取ることを選んだのは光政なのだから。
許されたいなどと、漢なら望むはずがない。それは侮辱だ。苦渋の果てに行なった選択を踏みにじる行為だ。
「許す必要はないだろ」
俺はかぶりを振る。吐き捨てるような口調になったのは仕方がない。
「だからと言って、もう俺はあの男の選択を間違いだったという気もないけどな」
「なにっ!?」
「あの男は、託された
一気に言ってのけ、息をつぐ。
「切り捨てられたこっちとしてはたまったもんじゃないぜ。恨む権利がある。憎んで当たり前だ。俺達は生き残ったけど、無為に死にいった90人の兄弟達のためにも許すべきじゃない。押し付けられた人生をただ受け入れるなんざできるかよ。ただ、だからと言って、その時、あの男が俺達を選んでいたらどうなったか、考えるまでもないだろ」
「ぐ、うっ」
「だいたい、分かってたはずだぜ。あのジジイにも。どれほどの怨嗟を生むかなんて。それでもあのジジイはそっちを選んだ。全部覚悟済みだったんだろうよ。俺は、そこだけは認めてやってもいいと思ってる。だからと言って許せる話でもないけどな」
ぐぅっと一輝は再度うめいた。
誰かの勝手な都合で―――たとえ、それが世界と天秤にかけられた結果であったとしても―――叩き落とされた地獄は言葉だけで納得できるようなもんじゃない。それは確かだ。
……言葉だけで受け入れられるような生易しい六年間なら、ここまで憎みはしない。
ううむ、有無を言わさず一発殴っといたほうが俺の神経を削らずに済み、一輝のためにもなったのかもしれない。
俺はそんな反省をしつつ声をかける。
俺達聖闘士にとって、言葉より拳のほうが説得力を持つのは確かだからな!
「……お前が迷ってるなら手助けしてやろうか?」
「なんだとっ!?」
「拳で決めようぜ。来いよ! お前の弱虫を吹き飛ばしてやるっ!」
力ずくで、その迷いを晴らしてやるぜ?と笑いかけながら、拳を手の平に打ちつけた。
鋭く乾いた音がはじける。
一輝の顔に苦笑にも似たものがよぎり、すぐさまこちらも物騒な笑みへと変化する。
「言ってくれる。生意気なっ!」
一輝の小宇宙がくすぶるものを払い、天をも焦がさんと燃え上がった。
直後、ありとあらゆる羽のある生物の王、永遠を生きる火の鳥を模した
へっ、
俺も、膝を軽く落とし、身構える。
互いに戦闘態勢になった、その時。
太陽がもう一つ出現したかと思われるほどの光が突如、俺達の真上に出現した。
その光の中から、誰かが歩み寄ってくるように小さな影がにじんで形をなそうとしている。
「何奴だっ!?」
一輝が
この覚えのある小宇宙はまさか―――まさか!
なんだって、こんな場所に―――しかも、今この時に!
俺は歯噛みする。
なんだって、こうも俺の思う通りに物事ってのは運ばないんだよ!?
もしかして、俺は運命だか、神様だかに嫌われているんじゃないかと満更、冗談じゃすまない考えが浮かんでくる。
心当たりが結構あるだけに本当に冗談じゃすまない。まだ何もしてないから理不尽だと思うけどな!
ちっくしょう! 自分だけじゃ対処できないから、誰かに相談しようなんて安易な考えが悪かったのか!?
予想外すぎて泣けてくるぜっ!
まったく、間が悪すぎるってんだ!
口には出さず罵りながら、この強大な小宇宙の持ち主が誰かを探る。
実際のところ、何となく分かってはいる。分かっているからこそ、気のせいであってほしいと希望をこめて探るわけだが。
しかし、当たってほしくない予感と言うのは大概当たると相場が決まっているのだな!
目が眩まんばかりの黄金の光球より、場に似合わぬほどゆったりと歩みでる人影は燦然と輝く黄金聖衣をまとっている―――間違いない。
黄金聖闘士のあの男だ。厄介な……。
「なんと血気にはやる者どもよ。まるで地獄の浅ましい修羅のようだぞ。もう少し品性というものを身につけてはどうかね。フフフ」
星矢の記憶に関しては、星矢が単純に忘れているだけのところと、忘れるだけの理由(設定付)のあるところと、うっかりなだけという3パターンあります。
原作的に知っているはずのないことをぺろりと「思い出す」(本人の認識では)可能性もありますが、一応こっちも裏設定はあります。しかし星矢視点では裏設定を書く機会がないので、描写できるかどうかは不明です。