リセット   作:エイ

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食い違う予定と現実

 光の中から歩み出た影は、果たせるかな、やはり奴だった。

 現時点での一輝とは比すべくもない巨大な小宇宙。

 ただ自然体で立っているだけに見える、いや、閉じられている視界のハンデすらあるはずなのに、微塵も隙がない。

 さすがは―――

 

 ―――黄金聖闘士、処女宮を守護する乙女座(バルゴ)のシャカ!

 

 それにしても、なんて派手な登場だ。

 テレポーテーション……か? だよな? どうやったら、あんな転移ができるんだ?

 威圧が目的か、それともシャカの趣味か?

 いや、弱者かつ敵を威圧するのが趣味と言うこともありえるな。

 段々と薄れゆく光輪を背にして、地に降り立とうとするシャカを見ながら、呆気に取られて口を開ける。

 驚きのあまり、思考がずれていく俺を正気に戻したのは、高らかに名乗るシャカの声だった。

 

「私の名はシャカ!!」

「シャカ……!?」

 

 一輝がオウム返しにその名を繰り返す。

 警戒と驚愕が半々に混ざったような表情―――具体的に言えば目も口も開きっぱなしなところを見るに、明らかに気圧されている。

 が、

 

「そのシャカとやらが、このデスクィーン島に一体何の用だ!」

 

 それでも、しっかり虚勢をはるあたりはさすが一輝だ。俺様節は健在だな。

 シャカの劇的な登場と一輝の胆力に感心している間に、シャカはデスクィーン島の地に完全に足を降ろした。

 手加減の欠片もなくかけられる小宇宙の圧力には容赦の片鱗もなく、感情の覗き窓である眼も閉じられ、その意図を読み取ることさえ叶わない。

 相当辛いはずだと思うんだが、一輝自身に自覚はないようだ。神経が鋼鉄なのかもしれない。十中八九、無意識のやせ我慢だとは思うが。

 それでも、ここまで喧嘩を売るってだけで大した度胸だ。そんなに勝負を邪魔されたのが業腹か。

 口に出さなかっただけで、喧嘩を売った以外には、俺もほぼ一輝と同意見だが。

 何だって、このタイミングで、どんな用で、よりにもよって―――

 

「―――ここに来るんだ?」

 

 小さく嘆く。

 降り立ったシャカはそれぞれの反応をしている俺達をどう思ったのか、ちらりと顔を動かしてこちらを見た。まさか聞こえたか?

 この島の凄まじい熱気にも、涼しげな表情は崩れない。

 黄金聖衣には体感温度調節機能まであるのか、それともシャカの面の皮が厚いだけか。

 少々八つ当たりめいた考えになるのはシャカのせいだ、シャカが悪いと思う俺を責める者はいないだろう。シャカが最悪に都合の悪いタイミングで現れるからだ。

 

 奴が、何の用事があって、こんなところに来たのかまったく見当もつかない。

 こんな所に現れる理由がさっぱり分からない。

 黄金聖闘士であるシャカが、一体何だってここに? 聖域にいるんじゃなかったのか?

 迷惑極まりないな、と甚だしく勝手なことを考えて、俺は遠い目になった。考えるだけなら罪はない。

 

「もちろん暗黒聖闘士の首領ジャンゴを葬るため」

「なに!?」

 

 それだけ? それだけか!?

 疑問は解けたが、都合が悪いことには変わりない。なんと表現しようもないほどのタイミングの悪さか。

 やばい。

 シャカは現時点では教皇派のはず。とすれば、同じく現時点では、俺のやろうとしていることは紛れもない聖域への造反。たとえ正義がこちらにあるとしても。

 これをやばいと言わずして何をやばいと言うのか。

 ここは大人しくしていて、さっさと帰ってもらうしかない。

 幸い俺は聖衣を置いてきている。大人しく一般人の振りでもしてれば、見向きもされないだろう。

 何か腹が立つ、とこっそり拳を握りつつ、どうすべきか考える。この事態を俺はどう見るべきだろうか。

 

「暗黒聖闘士達の悪さがあまりにもひどいとのことなので、はるばるガンジス川より天誅を与えに来たのだ」

 

 万が一、一輝を殴り伏せ、聖域に喧嘩を売りに……、もとい正義をつらぬくため女神(アテナ)とともに戦わないかと説得しようとしていたのがばれたら。

 いや、それ以上に女神(アテナ)の存在がここで露見し、前回よりも早く、前回よりも強力な討伐が来たら。

 一輝ら暗黒聖闘士相手の戦いや白銀聖闘士相手に戦い育てあげた実力が育っていない俺以外の奴らは―――紫龍や氷河、瞬はもちろん、邪武や激達まで全員が―――殺されかねない。

 現段階では聖域に殴り込みをかけるなんざ、無謀としか言いようのない実力だからな。

 その未来を想像して背筋が冷える。

 

 時間が必要だ。強くなるための時間が。

 

 もちろん、その前に沙織さん達にも話をしなきゃならないが、前回のように、一輝相手にごちゃごちゃやってたら無駄な犠牲が出る。

 むしろ、一輝や暗黒聖闘士には女神(アテナ)の味方になってもらうか。力ずくでも。

 俺は腹を決めた。

 そうと決まれば、何とかシャカにはつつがなくお引取り願って、さっさと一輝を叩きのめそう。

 

「しかし、一足遅かったようだ。まさか聖闘士になりたての君が倒した後とは。……フッ、暗黒聖闘士も噂ほどではなかったらしい」

「待て!!」

 

 ジャッと荒れた地を踏みつける靴音。

 振り返る気配に、誰かがすごんでいるのが聞こえる。

 

「貴様、俺を地獄の修羅のようだと笑ったな」

「フッ、気を悪くしたのかね。物のたとえだ。気にしないでくれたまえ」

 

 本当はどうしたらいいかの相談を一輝にするつもりで来たんだが、もうこの際、なるようにしかならんと俺は諦めることにした。

 悟ったと言い換えてもいい。

 世の中は予想外なことで一杯だ。だから、どうせ何も俺の思い通りにはならないに決まってる。

 

 考えてみれば、過去、俺の思い通りに物事が進んだ例があったか?

 思い返せば、姉さんは見つからないし、聖域は乗っ取られているし、頼んでもいないのに海王(ポセイドン)は復活するし、冥王(ハーデス)との聖戦だって……俺は死ぬ気なんかなかった。命をかけてでもやらねばならぬと決意していたのは確かだが、それでも死を甘受するつもりなんざさらさらなかった。

 人生は思うがままにはならない。少なくとも俺の人生は。

 つまりは、相談したって結局は無駄になるのだろうと思う。畜生!

 腹の底から悔しさがあふれてくる。歯軋りを抑えられない。

 

「ほざけ! ならば受けてみろ!! 鳳翼天翔!」

 

 だが、俺が無力だとは思わない。

 だったら、できることをやるしかない。今は聖域奪還に向けてまずは外堀埋めだ。

 俺の思い通りにならないとしても、聖域に殴りこむ前の一輝の騒動だけは阻止せねばならない。時間の無駄だ。

 結果的に、一輝との戦いによって俺達の力が高まったことを否定するわけじゃないが、素直に修行をすればすむんだしな。

 時間の無駄といえば、サガの乱もだ。海王(ポセイドン)の復活に加え、冥王(ハーデス)との聖戦があるってのに、こんなことで黄金聖闘士の戦力減らしてたまるかよ。

 白銀聖闘士なんか誰も死ぬ必要はなかったんだ。全力で待ったをかけてやる。

 

 罪も罰も、すべては女神(アテナ)の前に。

 

「フッ、これが鳳凰の羽ばたきか。まるで涼風だ」

 

 だから、ここで騒ぎを起こすのは滅法まずい。

 大人しく、そう、なるべく可及的速やかにシャカには退散してもらわねばならない。

 ……退散してもらわねばならないってのに。

 いつの間に!

 血の気が引いた。

 

「な……、なにぃ? 微動だにしないだと!?」

 

 い、一輝、お前って奴は! 何てことしてやがる!

 この時に至ってようやく、俺もいきなりシャカが現れた衝撃から頭が冷めたらしかった。

 時すでに遅く、速やかに帰ってもらうどころか、シャカ対一輝の構図ができあがってしまっている。

 

「フェニックスよ、上には上がいると言うことを忘れるな。青銅や暗黒など、黄金聖闘士の前では塵芥(ちりあくた)にひとしい。身の程をわきまえるがいい」

 

 印を組むシャカ。その両の手の平に収束する小宇宙の生み出す静寂。

 それは凪。時化の前の一時の静けさ。嵐が来る前の寸刻の平穏。

 だとすれば、その後に来るものは……。

 ―――これは! まずい!

 

 空を裂く閃光。

 

「クッ!?」

「っ!」

 

 シャカの髪が幾本か、風に舞った。

 黄金のきらめきを半瞬残し、風に消え去る。

 ヘッドマスクの転がる音が無粋なまでに大きく響いた。

 

 沈黙。

 降りおちる静寂。

 満ち満ちる異様な緊迫感。

 

 念のために言おう。誤解をしないでほしい、と俺は誰に対してのものか判別のつかぬ、あえて言うなれば目の前で絶句している男に対する言い訳をした。

 大人しく聞き入れてくれそうもなかったので心の中で。

 

 俺はただ、シャカを止めようとしたにすぎない。

 一輝への攻撃を牽制するため、シャカの顔か手を掴んで止めようとしただけだ。

 だが、俺とシャカの言うも悔しい身長差、および止めようと焦って勢い余った俺の手は、あろうことか掌底となり、シャカを打ち抜く形となってしまった。

 いや、寸でのところでシャカが避けたために、打ち抜いたわけじゃない。打ち抜いたわけじゃないが、シャカにとってしてみれば、からくも避けたというのは避けられなかったというのと同じだろう。

 同格の黄金聖闘士か、敵ならばともかく、俺は青銅聖闘士なのだ。さらに言えば、聖衣を置いてきているので、一般の民間人にしか見えないはずだ。さぞかし屈辱だろう。

 デスクィーン島に俺みたいな民間人がいるかどうかは知らんがな。

 

「馬鹿な。いかに油断していようとも、この私が聖衣すらまとわぬ相手になど」

 

 愕然としているらしいシャカの視線が動く。閉じられた眼の焦点が俺に合った気がした。

 矛盾するようだが、眼を閉じたまま、俺を“見た”ような気がしたのだ。空気が重い。デスクィーン島の溶岩よりも高温のマグマをやどした視線。……ああ、わざとじゃなかったなんて言い訳は通じそうもない。

 戦々恐々とする俺の前で、ゆっくりと、睫毛が動いた。その下から覗くは―――エジプシャンブルー。

 濃いコーンフラワーブルーに緑を少量混ぜたようなとでも言うか、ううむ、例えられるものが思い浮かばない。とにかく鮮烈な青だ。

 その瞳が俺をまばたきもせず真っ直ぐに見据える。熱っぽく激しい、どこか既視感のある眼差し。同種の目線を、どこかで受けた、ような?

 黄金聖闘士の持つ強大な力。その力で遠慮会釈もなくかけられる圧力(プレッシャー)。じっとりと冷汗が背中ににじむ感覚。

 どこだったろうと考えれば考えるほど、思いださないほうがいいと勘がささやいてくる。

 

 煩悶する俺に、傲岸な余裕の消えたシャカが向きなおる。こいつも話し合いという単語を辞書に載せてなさそうだ。涙が出るぜ。

 簡潔にして明快、実にシャカらしい語調で口火を切った。要するに偉そうな口調だ。

 

「お前は何者だ。答えよ」




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