普通の、人生だった。
普通に生を受けて、普通に保育園に通い、普通に小学校に通い、普通に中学校に通い、普通に高校に通い、普通に就職した。
普通に両親がいた。お年玉をくれる祖父母がいた。年の近い兄弟がいた。一緒に遊ぶ友人がいた。
二十数年の人生の中で、笑い、泣き、遊び。
小学校ではキャンプや修学旅行に行って、中学校では宿泊学習、高校になるとインターンシップ。
就職では少し戸惑ったけどなんとか仕事に就き、“あの日”も仕事の帰り道で運転していた所。そこまでは記憶がある。
そんな普通、な筈の人生の中で出会ったのがFGO。ガラケーからスマホに変えたときにインストールし、即ハマった。
物凄く深いストーリーを初め、魅力的なたくさんのキャラクター、イベント、演出……。
知れば知るほど面白くなっていって課金もした。
だから、一度は思った。
“もしもFGO世界に行ったら”、と。
あのサーヴァントと戦いたい。一緒に過ごしてみたい。話をしてみたい。
多分誰もが一度は思ったことだと思う。
……そう。
あくまで、あくまでそれは“ゲームだったら”の話。
遊びだったらきっと楽しいのだろう。
だがもし、現実的に考えるとしたら。
世界の危機。期限は一年。繰り返される7度の命がけの戦い。
その中で苦しい選択につぐ選択を下し、激戦を潜り抜ける。だが間違いがあってはならない、世界の運命がかかっているのだから。
ただの一般人に、何があってもやりとげるだけの覚悟を持ち、前に進み続けることが、果たして出来るだろうか。
無理だ。NOだ。否だ。いいえだ。
出来る筈がないのだ。
それも、僕はただのユーザー。なまじ知識があるだけの普通の人間だ。
……にも、関わらず。
にも関わらず。
「冬……木」
荒廃した町、一番最初の特異点。西暦2004年の地方都市、空間特異点『F』。
Fateシリーズお馴染みの土地へ……僕はいる。
「フォウ……」
足元でフォウ君が鳴いた。一緒にいたな確か。
って、そうじゃない……。
「こ、これから……どうしたから……」
『――もしもし、もしもし! こちらカルデア管制室だ、聞こえるか!?』
腕の端末から声。
ドクターか!
「も、もしもし。こちら藤丸……」
『もしもし! その声は藤丸君だね、ボクの声が聞こえるかい!?』
「は、はい。あの、どうすれば『聞こえてるなら今すぐ逃げろ!!!!』
割り込むロマニに何かと思った瞬間。
ガラ……。
後方、瓦礫の崩壊音。
更に、“ナニカ”の気配。人ならざる人外が……そこにいる。
「……あ」
「………………」
恐る恐る振り向く。
そいつは、崩れたビルの上に居座っていた。
白い髑髏の面を顔に張り付け、体は対照的に真っ黒で、常人離れした筋肉の巨躯。
考える間もない。
明らかな“敵”が、そこにいた。
「あッ――」
姿を見ただけで全身の毛が逆立つ。背筋が凍る。体が固まり動けなくなる……よりも先に、何故か動けた。
フォウ君を抱え走り出す。少しでも早く、遠く、あいつから離れなければ。
「…………」
相手は飛び上がると、空中で握り拳を作りーー殴る。
ズゴァッッッッ!!!!
「……っ!!!?」
落下の勢いを加えたパンチ。
ただの一発で、ほんの少し前まで自分の場所はあっけなく粉砕されめくれ上がった。
人間がまともに受ければ、ひとたまりもないのを刻み込んだ。
……逃げろ。
「うっ、ああぁぁ……!!」
「フォウ……!」
たまらず逃げる。
追い付かれたらやられる。死ぬ。殺される!
早く、早く、逃げるんだ!!!!
『藤丸君聞こえるか! 端末に安全な逃走ルートを表示させた、この通りに進めば
表示に従い走る、走る、走る。
角を曲がり路地に逃げ瓦礫を飛び越える。
住宅街やら商店街、坂道の道路をひたすら走りまくる。
死にたくない、死にたくない、こんなところで!!
「はぁ、はぁ……くうっ!」
目についた建物に飛び込んで隠れる。
門があってやたら大きい和風の家だけどなんだっていい。土足で玄関から居間へ入り大きく息を吐き出した。
「はあぁぁぁ……」
『怪我はないか、藤丸君』
とりあえず仮の隠れ家で休憩を取る。息を整えないと……普段あんまり運動してなかったから……。
ここでロマニから説明を受ける。内容はカルデアの目的。この特異点Fについて。レイシフトの仕組み……一通り説明された。
ただごめんなさい。いざ説明されても元々未知の領域だから分からない内容が多い。
はっきり言う。全然、分からん。
『いや、ここは理解して貰わないと……!』
ロマニが必死に分からせようと説明しようとして、玄関側からカラカラ、と崩れるような音。
思わず体が跳ね上がる。……あいつか!
『敵性生物が近づいてる……! 藤丸君、今すぐに逃げ――』
「ちょ、待って!」
そう言っても当然待つ間もなく切れる通信。
不味い……逃げないと、殺される!!
ギシ、ギシ……と一歩ずつ足音が近づいてくる。
(気づくな……気づくな……気づくな!!)
大きくなってくる足音。
息を殺す。感付かれないように。ひたすらやり過ごすことに専念する。
「フォ……フォウ」
「しっ……黙ってて……!」
フォウ君もぎゅーっと抱きしめ声を抑える。
(気づくな、気づくな、気づくな気づくな気づくな気づくな気づくな気づくな気づくな気づくな気づくな気づくな気づくな気づくな気づくな気づくな気づくな)
……ガッ――
(きづーー)「ッ!!!!」
振り下ろされる一撃は、背にしていた障子戸ごと居間を粉みじんにぶっ壊した。
思わず飛び出す。
相手の横を駆け抜け、庭へ逃げる!!
「ここからなら……!!」
庭へ飛び出す。
直ぐに玄関から逃げなければ。離れなければ
「………………」
「へ」
目の前に、黒。
黒いボロボロのマントを纏った細身。
それを見て。
あぁそう言えば、あのでっかいの、百貌さんのゴズールじゃないかと、全くどうでもいいことを思って。
地面に足をつく感覚が消えた。
ぐるんぐるんと光景が回転し、叩きつけられ、何度もバウンドして、別の建物に突っ込んだ。
背中から叩きつけられ、そのまま倒れた。
「フォウ! フォウフォーウ!!」
早く起きて、とでも言っているのだろうかフォウ君。
確かにそうだろう、ここで立たねばやられるだけ。
だが……無理だ。
「ご……がは」
全身を容赦なく叩きつけられた痛み。今まで経験したことのない威力、痛みで体が全く言うことをきかない。
口からは吐血、恐らく内臓もやられたか。焼かれるような痛みが体の中で暴れまわっている。
「………………」
「………………」
どうにか前を見れば、そこには“二体”の黒いやつ。
そうか、ゴズールの他にもう一体いて攻撃されたのか。百貌さんの分身なら頷ける。細身のはザイードか、迅速のマクールだっけ。
って、何を呑気に考えている。バカなのか僕は。
ゴズールとマクールがやってくる。
言うまでもなく僕を殺しに。
「あ……死んだわコレ」
さっきまで死にたくないと懇願していたのに、今はこの有り様。何故か酷く冷静な思考。これ……あれじゃないか、内容が凄すぎると頭が追い付かないとか、そういうアレ。そんで逆に冷静になるとか……。
「………………」
マジでバカだわ僕。
死に際で考えることじゃねーよこんなん。
普通に考えて無理でしょ。サーヴァントから逃げ切るとか。
しかもここ最初の特異点の最初、第一特異点ですらないんだぞ。
で、この有り様だ。
自分が如何に無力か思い知らされた。
……確信、してしまう。
…………無理だ。
できっこない。
僕なんかに、人理修復なんて出来ない。
「………………」
ゴズールが腕を振り上げた。
訳が分からず迷い込んだここで、あの腕でグシャグシャにされるのが死因か……まぁ珍しいっちゃ、珍しいな。いいか。
けど、凄く痛いだろうな、出来れば痛いのはイヤだ、一瞬で終わらせてくれればありがたい……かな。
……さようなら、僕の人生。
こうして僕に短い人生のピリオドが打たれることに、
……ミシリ。
「みし?」
なんか変な音がして思わず顔を上げる。
ゴズールが、ぶっ飛ばされた。
顔に攻撃を食らい、建物の外へ吹き飛んでいった。
「はっ……?」
「!!!?」
ゴズールかやられたのに戸惑うマクール、そこへ同じ攻撃。顔面の面を砕く一撃目、続けて体へ食い込ませる二撃目。
マクールも吹っ飛んで、同じ末路を辿った。
「な、に……が」
「――ご無事ですか」
はっきりとした声が頭まで届く。
FGOをプレイしていたのなら、少し考えて分かるだろう。
何故なら彼女は、この冬木で、最初に出会う“味方”。
巨大な十字盾を携え、黒と紫基調のスーツに鎧を纏った後輩。
「今なら……ちゃんとした自己紹介が、出来ると思います」
血まみれの僕は、うっすらと差し込む逆光を背にして立つ、盾の英霊を見上げた。
「――
初対面時とは違い、堂々と名乗りを上げる盾の英霊。
破片に貫かれて死を待つばかりだった姿は微塵も感じさせない。むしろ力強さを放っていて、見るからに固そうな鎧、巨大な十字盾、ハサン二体を一蹴した姿が強さをより強調させる。
まるで人を越えた存在……英雄のように。
「……なんだよ、今の」
だが、しかし。
しかし。
しかしだ。
画面の向こうでは癒してくれた後輩。もし会えたら話したり、出かけたりしてみたいと思っていた彼女。
けども、今の僕はそう思うことが、出来なかった。
逃げるのがやっとで、一撃で瀕死の攻撃をしてくるサーヴァントをぶっ飛ばした驚異的な力。
現実だと感じるものが……違いすぎる。
「おっそがい、やつだ……」
恐怖。
ゴズールから感じたものと、変わりなかった。
目の前にいるのは英雄でどはなく。
圧倒的な力を持った、異形へ抱くような恐怖心だった。
と、同時に。
「……どうして。僕なんかを、助けたんだ……」
あの時、ゴズールにやられていれば。もしかしたらこちらで死んで“向こう”へ帰れたかもしれない。
なのに。
これではまだ、戦わなければいけないではないか。
最低の、密かな怒りが心の中に生まれていた。