【 三次創作 装填騎兵エミカス ダージリン・ファイルズ 】 作:米ビーバー
踵を返し去ろうとする母を―――
「―――待ってください」
―――私は、その手を掴んで引き戻していた。
「―――勝負はまだ、終わっていません。大洗はきっと……勝ち上がります」
強い調子で断言する私に、母は少しだけ驚いたような顔を見せた。そして次に、険しい表情で私を見下ろした。
「まほ。貴女のその自信はみほの力を信じているからなの?
―――それとも、“あの子”への未練がそうさせているの?」
母の声はまるで詰問するかの様だった。けれど私には、とても軽い言葉に感じられた。
私は、真っ直ぐに母を見つめ返して
「―――未練ではありません」
母を射抜く程の意志を込めて―――言葉を紡いだ。
「―――私は今でも、エミを
『 西住まほの
******* JK → JC
―――黒森峰10連覇。それは別に私にとってさして大切なものではない。
10連覇などと大仰にはやされてはいるが、勝敗というものは水ものであり、連覇の数は西住流戦車道にとっても私にとっても大切なものと定義されてはいない。
無論、西住流にとって勝利とは大切なものである。その第一の定義を考えるならば、「勝利すること」自体は大切なものだ。
だが、勝利にもいくつかの種類が存在する。西住流にとっては「大きな勝利」を得ることが大切なことであり、「小さな勝利」を積み重ねることで大きな勝利に繋がる。と、教えられてきた。
―――みほにはそのあたり、どういうものなのかわかっていないようだった。実際のところ、私も推測でしかわからない。だが、これは“そういうもの”なのだと理解した。
―――故に私は勝利した。勝利し続けた。己の道を正しいものとするために。
陸の小学校時代にも戦車道にて勝利をし続け、そしてドイツからの来訪者にも勝利し、己の戦車道を確立していった。中等部に上がってからも、己の戦車道が正しいからこそ勝利をし続けていて、正しい道を邁進できていると信じていた。
―――そんな私の傲慢をへし折って、過ちを正してくれた。
理不尽で、
唯一無二の、
最高の相棒と出会うのはその後のことである。
******* JC → 2 years ago
高等部に昇級するまでに様々な戦いがあった。様々な経験をした。
得たものが多かった。失ったものは―――何だろうか?
「―――得るものが多かった中等部の生活だったけれど……得るものがあるのと同じ様に、きっと失ったものがあると思う。けど……それは何なのだろう?」
「いや、私にわかるはずないだろ」
部屋の中で顔を突き合わせて相談した相手―――天翔エミのそっけない返しに、少しだけ不満があるぞと頬を膨らませて見せる。
「―――エミは意地が悪いな」
「いや別に意地が悪いとかそういう問題じゃないだろ」
ゴリゴリとコーヒーミルが珈琲豆を磨り潰す音が、殺風景な部屋に響く。
彼女の、天翔エミの部屋はほんとうに殺風景だった。必要最低限のものと、トレーニング用の道具しか置いていない。寝具などの生活必需品以外で唯一目立ったものがあるとすれば、このコーヒーミルだろう。
「―――よし。コーヒー淹れるけど、飲むよね?」
「……飲む」
珈琲を淹れるために立ち上がり、会話はそこで一度途切れてしまった。
テーブルの上のコーヒーサイフォンに合わせるためにか、エミは『中挽き』という挽き方で挽くことが多い。稀にペーパードリップを試してみる、と言って『中細挽き』という挽き方をすることもあるが、基本はサイフォンを使って淹れることが多い。そして彼女の淹れる珈琲は美味い。初めて淹れて貰った時からすっかりお気に入りになってしまっていた。
「はい、どうぞ」
「―――ありがとう」
初めてのころを思い出す間に、彼女は珈琲を淹れ終えていた。湯気を立てるカップに砂糖を一つ落として一口。
「―――やっぱり、エミの淹れる珈琲は何というか……とても落ち着くわ」
「サンキュー、誉め言葉としては最高だ。プロが淹れるものに比べればそうでもないけれどそこそこ研究もしてるし、そう言ってもらえると嬉しいね」
「私は、お世辞や冗談でこんなことを言ったりしないんだけど?」
「知ってる」
どうにもこちらの言葉に信を置かれていないように感じて不機嫌を態度で見せるもするりと躱されてしまう。捉えどころのないエミをどうやって捉えるべきか……?ひょっとしたらそれは、西住流の戦車道よりもはるかに難しい問題なのかもしれない。
「―――さっきの質問だけど、何を失ったかを知っているのは、まほしかいないと思う。それは、本人だけが気づくモノなんだ」
「そういうモノ……だろうか?」
エミに言われて自身を振り返ってみるが、自分では何を無くしてしまったのか皆目見当もつかないままなのだ。だが、本人が“気づく”というものならば、いずれきっと答えにたどり着くのだろう。そう考えると今悩む必要性は薄いものだと思えた。
やや悩みが晴れた様子に気付いたのか微笑んだエミが、はたと気づいたように「ああ、ひとつあった」と呟く。
「分かるのか!?私は一体何を失ったんだ?」
詰め寄る私ににやりと意地の悪い笑みを浮かべて、エミは言った。
「日本語」
「それは……きっとエミのせいよ」
―――かけがえのない時間だったと、今も思う。
******* 2 years ago → X-Day
「敵の包囲が早いな……エミ、援護を頼んだ」
「了解。何処を突っ切る?」
まほの言葉にエミは短く了解を返す。その言葉とほぼ同時にまほは操縦手に全速前進の指示を出していた。砲撃支援を行うヤークトティーガーを背後に残し、勢いよく走り出したまほのティーガーⅠは敵の包囲のまだ完成していない部分を寸断するために突撃する。
しかし―――
「―――これは……してやられたな」
敵包囲陣を突破したと思われたティーガーの目前にはIS-2とKV-2の姿。加えて左右に広がっていたT-34もまほのティーガーに狙いを定めていた。
二重の包囲陣。 西住まほを確実に仕留めるために緩やかな包囲を作り、突破できる場所を狙った突撃に合わせ後方にもう一つ包囲陣を作る。そしてヤークトとティーガーを分断して二つの包囲陣でこの二つを同時に攻撃する。
包囲の天才カチューシャの本領発揮と言えた。
「まほ!!」
通信機から届くエミの声に、まほはキューポラから顔を覗かせて敵の一団を静かに見据えた。
「―――5分……いや、3分でいい。耐えてくれ」
「一気に蹴散らすぞ!!」
まほの短い言葉に、珍しく好戦的に応えたのはエミだった。エミの様子に一瞬違和感を感じたまほだったが、状況はそれを待ってはくれなかった。
*****
―――西住まほは幼いころから西住流を教え込まれた。
ドイツ戦車のエンジン音の聞き分け、戦車に乗った状態での音の聞き分けから各種戦車の砲身や砲弾の種類、装甲厚や傾斜で受け流せるケースや避弾経始などありとあらゆる状況と対応を叩きこまれた。
まほの視界内にいる戦車の砲塔がどちらを向いているか、車体がどの向きか、その情報だけで“相手の攻撃範囲が透けて見える”。
故に、たとえ包囲されていたとしても問題などなかった。
―――なかったはずなのだ。
『こちらフラッグ車!!守備隊とともに救援に向かいます!!』
みほからの通信が入ったのは、戦況が動いてから1分程が経過したころだった。
『桟道を抜ければ逆包囲にできます。敵戦車は桟道まで追っては来れないですから、追撃をかわすこともできます』
みほの声は力強く自信に満ちている。大会前に行われた継続高校との練習試合で見事に逆包囲をこなして見せたことがみほの自信を後押ししていると思われた。
みほが逆包囲の形をとることができるのならば、包囲状態を崩すだけでなく一気にフラッグ車を追い詰めることができる。同時に前向きなみほの様子が周囲の指揮を盛り上げていた。
『―――駄目だ!』
これに異を唱えたのは―――エミだった。
『駄目だみほ!そっちに行っちゃいけない!!戻れ!!』
「エミ!?」
切羽詰まった声を上げるエミにまほは困惑していた。こんなにも焦った様子のエミを見るのはまほですら初めてだった。
『私とまほで全部蹴散らすから!みほはそこを動いちゃだめだ!!』
まるで懇願するような、叫びにも似たエミの声に―――
『―――ごめんなさい、エミさん。敵の別動隊から攻撃を受けてます。罠だとしても、桟道以外の道はきっと伏兵がいます。
でもぎりぎりの幅しかない桟道なら伏兵を警戒せずに済みますから……』
そこでみほの通信は途切れ、
―――ヤークトのハッチを跳ね上げて、黒い影が飛び出したのは、その直後だった。
『―――エミ!?何処へ行くんだ!エミ!!』
ヤークトから飛び出した人影―――天翔エミへ向けて通信機に声を上げる。その瞬間だけ、まほの周囲への集中は途切れていた。
そしてそれはこの状況下では……致命的だった。
―――轟音が車体を揺らし、まほも含めた乗員が揺さぶられて床に転がる。
ティーガーⅠの転輪部分にIS-2の砲撃が命中していた。
身動きの取れないティーガーⅠに向けて、IS-2の次弾が装填され、砲塔がゆっくりと狙いをつける。
“黒森峰フラッグ車、走行不能!!プラウダ高校の勝利―――!!!”
ティーガーへと振り下ろされるはずだった止めの一撃よりも前に、運営の報告が響き―――
「―――フラッグ撃破に救われましたね」
IS-2から顔をのぞかせた砲手―――ノンナの声が、静まり返った戦場にかすかに響き渡った。
******* X-Day → JK
―――何かを得る代わりに喪ったものがある。
かつてそう考えた私に、エミは「自分で気づくものだ」と言った。
ならばきっと、私がエミという友を得る代わりに失ったものとは
―――私が失ったものは……【西住流としての強さ】だったんだと、その時理解した。
どうしようもない敗北の痛みとともに―――。
大会終了後、フラッグ車を撃破されたみほは正に針の筵と言った状況だった。それは容易に想像できたため、母と私はみほを登校させず、一時的に休学扱いにすることにした。
そして、黒森峰にもう居場所はないだろうと判断した母は黒森峰からの転校をみほに命じて、実質実家からの放逐処分を行った。
―――私は一体どうすれば良いのだろうか?みほにどんな言葉をかけてやればよいのだろうか?
千代美に連絡を取ることは―――できない。これは黒森峰の問題だ。
「―――エミ。いるんだろう?話があるんだ、聞いて欲しい」
エミの部屋の前に立ち、ノックをして声をかける。
もうどうしていいのかわからなかった。私が道に迷った時、いつも彼女が私を導いてくれた。私のしたいことを手助けしてくれた。
「―――エミ、助けて……自分では考えがまとまらないの―――」
もう一度ノックをする。返事は返ってこない。
「―――エミ?」
待てども返事が返ってくることは無く
―――鍵は開けっ放しで
「エミッッッ!!!?」
跳ね開けたドアの先―――生活臭のしない殺風景な部屋。
いつも通りのエミの部屋。
けれど、その部屋の主は、どこにもいなかった。
*****
天翔エミがいなくなった噂はすぐに広まった。だが、それ以上の噂の拡大などは起こらなかった。
当然だろう。西住まほがエミのことを話すことがなくなった結果、黒森峰内部では天翔エミについて触れることが一種のタブーのようなものだととらえられ、無意識に話題は封殺され生徒たちの会話にそれが乗ることはなくなった。
一方で、西住まほにも変化が生まれていた。
より西住流として完成すべく西住しほに再び教育を受け、圧倒的な個としての強さを見せつけて周囲を引っ張る隊長となった。
黒森峰は元々隊長が一人でチームを引っ張ってきたのだという認識に、周囲がすり替わっていく。同時に黒森峰はより質実剛健なチームへと形を変えていった。
****** JK → NOW
“プラウダ高校、フラッグ車走行不能!!よって、大洗女子の勝利―――!!”
「勝ったのは相手が修理の時間を与えたからよ」
「―――ええ、そうでしょうね。ですがみほはその時間を有意義に使用し、皆チームが一丸となってみほと、エミの下で力を合わせることができた。これはその結果の勝利です」
まほの言葉に、しほは険しい表情を見せた。
「まほ、貴女は―――「―――この身は既に西住流です。その名に恥じぬよう、全力で戦い、敵はすべて倒します」
しほの言葉を遮るように、まほが断言する。それ以上何も言うことができないまま、しほは何かを逡巡するように視線をまほと宙とに彷徨わせて―――やがて、何も言わずにその場を立ち去った。
一人残されたまほの言葉は
「――――――――。」
誰にも届くことなく、消えた。
――月――日
プラウダ戦も危うげなく勝ち抜くことができた。
俺というイレギュラーの行動によって起きたバタフライエフェクトがどのように作用するか皆目見当もつかない状況でも、やはり原作補正は強いという事だろうか?
雪の降る中駆け回り情報を集める役目を自分で言って飛び出してみたが、寒さに凍えそうになり、若干走馬灯にも似た過去の記憶を思い出すことになった。
嫌な記憶だ。
そんな嫌な記憶を引きずって、寒さに震えながら戻ってきたら
―――あんこう踊りのシーンまで状況が推移していた。
偵察に出ていた俺の情報は、偵察に出ていた他4名とかぶりまくってた……orz
「え、エミさんの情報のおかげで裏付けが取れましたし!」
「そ、そうだよエミりん先輩!さっすがー!!」
「そうですよ!天翔先輩殿!己の仕事を全うしたのですから胸を張ってよいはずです!!」
皆の優しさが胸に沁みるわぁ――――――後でノートに加算しよう(PPが5上がった)