【 三次創作 装填騎兵エミカス ダージリン・ファイルズ 】 作:米ビーバー
豪快に愉快そうに笑う西絹代がいる。
―――頭の奥がチリチリする。
「―――ねぇ」
やめておけばいい。やるべきではない。頭の奥で警鐘が鳴り響いている。
これは私らしくない。黒森峰の流儀ではない。なのに私の足も口も止まってはくれない。いきなり不躾に近寄って声をかけたものの、西絹代は私のことを知らなかったようだ。
「確か―――現黒森峰副隊長殿でしたか?」
「逸見エリカよ」
「これは失礼しました!知波単隊長の西絹代であります!それで、何かご相談でもありましたか?」
「―――何であんたたちは負けたのにそんな顔ができるの?」
私の言葉にきょとんとした顔の西絹代。彼女は少しだけ思案する素振りを見せて、答えた。
「質問の意図がわかりかねますが……それはきっと、我らが知波単であるからでありますな!」
「―――なによそれ」
わからない。彼女が何を言っているのか全く分からない。
負けたのよ?今までの努力も何もかも意味がなくなったのよ?どうしてそんな顔で居られるの!?
「―――納得できかねる、と言う顔でありますな」
「―――当たり前でしょ?今までの努力が全部無駄になったのよ?そんなやり遂げた顔で居られる意味が、私にはわからない―――!!」
吐き捨てる様な私の言葉はまるで相手をただ殴りつけてるようなもので―――けれどそんな中、彼女は快活に笑い飛ばして見せた。
「ははは!!どうやらまだまだ了見が狭いご様子。ですが逸見殿のお言葉を借りるのでありますれば―――『何一つ無駄になってはおらぬが故』とお答えしましょう!」
「―――どういう意味よ?」
まるで禅問答か何かの様だ。彼女が何を言いたいのかが、まるで理解の範疇にない。ただ聞き返すことしかできない。
「知波単の魂は、私の中に息づいております。また、下の者たちにも確かに伝わりました。我らはただ一時の戦場にあらず、上に立つものの意志を下の者たちが受け取り、そして伝え行く―――伝統とはそうあるべきものであります。
黒森峰も―――いえ、西住流も、きっとそういうものでありましょう」
自分は伝えるべきを伝えた。全部を渡しきった。だから負けても問題ない。
彼女はそう言っていた。少し切なそうではあるが、走り切った後のランナーのような、そんな顔をしていた。
「できれば勝利の美酒の味を後輩に教えたかったものでありました!―――ですが強豪黒森峰のフラッグに肉薄、首の皮一枚。十分に誇れる武勲でありますれば!」
「では失礼」と敬礼をひとつ残して、西絹代は去っていった。後に残されたのは一人きり。呆然とその背を見送ることしかできない。
空を見上げる。快晴の空に、浮雲がひとつ。まるで私のようだ。
「―――西住流がどうかなんて、わたしにはわからないのよ……」
『 ~ 逸見エリカの激情後悔・後 ~ 』
***** JK → JC
――月――日
先輩たちが卒業して―――あの子の下で副隊長として過ごす一年が始まった。
西住みほ。西住まほ隊長の妹で―――天翔エミ先輩からも一目置かれている存在。
彼女の下で副隊長として補佐に回って数か月。日々彼女の能力の高さに驚かされている。
同級生・下級生を問わずすべての生徒の詳細な能力を把握し、得意なポジション、不得意とされるポジションとその原因を調査・把握して適宜適用し、可能ならば生徒の弱点を克服するための労苦も厭わない。
それ故に彼女は多くの生徒に慕われている。常に人を気にしている彼女は、
西住まほは後ろを見ない。振り返ることなく前を征く彼女の背を見て、多くの人は彼女について行こうとする。後にも先にも彼女の背に追いついて、肩を並べている存在などはあの人以外にあり得なかった。
そして、常に他人を気にかけているという点で、西住みほは、あの人にとても良く似ていると言えた。
いつかあの人のいる場所と重なった時―――その時あの人は、また彼女にその立場を明け渡すのだろうか?いつかのように、粛々と―――
****** JC → JK
大会第二回戦を対戦相手の投降という拍子抜けの結末で終えて、一人チームテントに戻ってくると、そこには先客が居た。
「―――やぁ」
「……継続の隊長……だったかしら?何でここにいるの?」
カンテレを携え、チューリップハットをかぶったジャージ姿の少女は、何故か黒森峰のチームテントの奥の方で、非常時の軍用携行食などが入っている木箱の上に座って、こちらを意味ありげに見上げ薄く微笑んでいた。
その懐が不自然に膨らんでいる。
「―――ここ、黒森峰のテントなんだけど?」
「そうだね。私も驚いているよ」
あたかも「何でここにいるのかわからない」と言いたげな雰囲気でそう言うとカンテレを軽く爪弾く少女。
「―――あぁ、自己紹介が遅れたね……継続高校の隊長の『名無し』だよ。みんなからは【ミカ】と呼ばれている。好きに呼んでくれたらいい」
「―――黒森峰副隊長の逸見エリカよ。それで、なんでここに居るのかしら?」
「……風は、自由なものさ―――」
「答えになってない!!」
こちらを馬鹿にしているようなミカの言葉に苛立ち紛れにバンッと手近にあった木製テーブルを叩くと、上に載っていたものが幾つかバラバラと地面に転がった。
「―――どこにでも吹く風でありたい……常にそう思っているだけさ」
「だから!答えになってないと言ってるでしょ!!」
いい加減人を呼ぶべきかと思った矢先に、彼女は不意に顔を上げて私の目を見つめる。その瞳は何もかも透過して私の最も深い場所へと問いかけている様に感じられて、その視線が真っ直ぐにこちらの内面まで切り込んでくるようで、一瞬怯んでしまった。
「じゃあ、答える代わりに、ひとつ、教えてくれないかな?
―――
「―――ええ、そうよ」
その質問に、思わず答えていた。
マウス投入は確かに隊長が提案したものだ。
「継続相手のゲリラ戦術に時間を割いてなどいられない。また、二回戦で大きな損害を被ってなどいられない」
と、そう言った風な説明を受け登用した結果、事実としてフィールドを蹂躙して被害なしに勝利して見せた。
私の答えを聞いて「そうかそうか」と数回小さく確認するように頷いて見せるミカ。
「――――やっぱりそうか―――西住まほの真実に気づいた人間がその中に何割いたのかな?」
「―――どういう意味よ?」
ミカの物言いには嘲笑の意図はない。そこには隊長への憐憫の含みが感じられた。私たちを嗤うのはまだいい。だが隊長を貶めることは到底許されることではなかった。
一息に詰め寄って彼女の襟首を掴み上げようと手を伸ばす。その手を、ミカの手が制して抑え込んでいた。
「―――昔の西住まほなら言ったはずだよ?『一度見た戦術など西住流には通用しない。前に出るから援護を頼む』とかなんとかね」
「――――――!!!」
声も出ないとはこのことだろう。私が内心でうすうす気づいていたことを、目の前の敵から語られている。隊長は……西住まほはそういう性格だったはずだと脳裏に声が響く。
では誰が
「翼を失った虎はこんなにも脆いものかね……?いや―――少し違うな。
―――――――――――『翼が逃げるのも理解できる。誰も彼もみんな、彼女を孤高の虎だと思い込んでいるじゃないか』」
一方的に言い放つそうにそう告げて、背を向けると「聞きたいことは聞けた」とばかりに去っていくミカ。その背に手を伸ばすこともできない。何も考えられない、考えたくない。
「―――あぁ、だから彼女は乾いていたのか
――――今の西住まほは――――――――“怖くない”」
ミカの呟く様なその言葉が――――無性に心に残っていた。
それとチームテントの軍用携行食が根こそぎ消えていた。
****** JK → 2years ago
「―――これが通信手の仕事と言えますか?!」
「まほの言ってることを自分でも理解したいのなら教えるから、学べよ」
そんなやり取りがあったと人伝に聞いた。
「ずるい」と、そう思った。
私だって隊長の―――西住隊長の言っていることをちゃんと知りたい。あの人を信用していないとかそういうのではなくて、私が、きちんと自分で理解したい。
来年だ。来年―――高等部に進級したらその時に天翔先輩に願い出よう。
その為にも今は―――ここで私のできることをしよう。
「―――エリカさん?」
「……なんでもないわ。隊長」
上部から身を乗り出して肉眼で周囲を確認する私とみほは、顔を合わせる機会も多い。だから彼女には私の浮かない表情や、心理的な迷いなども見て取れるのだろう。そういうところは彼女のすごいところだと思う。
けれど彼女は踏み込まない。自分が踏み込まれることを好まない彼女は、自分からそこに踏み込もうとしない。そこだけは―――あの人とは違っている。
―――――あの人とみほは、違う。
****** 2years ago → X-Day
雨が降っていた。
降り注ぐ雨が、まるで泣いて居るようだった。
―――ジンジンと、拳が痛い。
当たり前だ。拳を振りぬいたというのに“手首を痛めない拳の使い方”なんか知らないのだから。
殴られた相手は立ち上がろうとすらしない。虚ろな瞳が光を灯していない。放心状態というやつだろうか。
「――――言ってくれたじゃないですか」
私の頬を伝う涙は、負けたことによる涙じゃない。
「―――“みほのことは任せる”って、言ってくれたじゃないですか……!!」
―――悔しかった。
憧れた背中に肩を並べて前を征く彼女たちから託されたから。
託された私たちができることを全てやって見せようと思った。
確かに結果として、崖から転落した赤星の戦車がいて、それを助けようと走ったみほを止められなかった。必死にフラッグを護ろうとして―――できなかった。
けれどそれを全て起きる前から否定されてしまったようで悔しくて、悲しくて
―――きっとこれは、託された私の全てを否定された八つ当たりのようなものだったのだ。
****** >>>X-Days After
「天翔先輩……」
試合から数日。隊長と天翔先輩はどちらも長雨が原因で風邪をひいたらしく、学校に出てこなかった。同じくみほは自宅謹慎を言いつけられて今学園艦に乗ってもいない。
残った生徒たちで反省会を開くも、戦犯について喧々諤々、やれ天翔先輩の試合放棄が原因だの、みほがフラッグを放り出したからだの、赤星が滑落したことが原因と被害者のはずの彼女まで槍玉にあげられている。誰が悪いとかを言い争ってもどうしようもないというのに……本当にどうしようもない。
赤星以外のメンバーは居たたまれなくなって普通科に転科したか、あるいは学園艦を降りてしまった。隊長と天翔先輩が復帰すれば、きっとこの空気は払拭されるとは思う。その間ずっと最悪の空気を引きずることになるけれど―――
―――これは罰だ。これまで隊長と天翔先輩に頼り切っていた私たちの罰なのだ。
規律を以て皆を引き締める隊長がいない。宴を以て皆を緩和する天翔先輩がいない。間に立って皆を仲裁できるみほがいない。私一人では収まらない。
早く2人に戻ってきて欲しい。そんな弱気な心でいることが、たまらなく屈辱だった。
二人の面会謝絶が解けて、私はまず天翔先輩の住む学園寮の部屋に向かった。
まほ隊長は西住家でみほと母親の西住しほと三人で今後の相談をするのだそうだ。
―――まずは謝らなければいけない。あの時のことを謝って、そうして天翔先輩と話をしたい。
そうしたら次に天翔先輩を連れて隊長のところに行こう。隊長と先輩と、わたしの三人でみほが戻って来れるようにすればいい。学内の空気も、二人が居ればきっと何とかなる。みほが飛び出した時に止められなかったのは私だ。私にだって彼女の責任を背負う義務がある。だって私は隊長と先輩に託されたのだから―――。
けれど部屋はもぬけの殻で
テーブルの上に、書置きと思われる封筒が残されていた。
それを手に取り―――封を開ける。
「―――――――うそつき」
私の呟きは、誰もいない部屋に響いて消えた。
****** After → JK
「―――なにか、御用かしら?」
聖グロリアーナのチームテントへと帰路に就くダージリンの前に立ちはだかるようにして、私は立っていた。黒森峰の陣営からこちらまではかなりの距離があったため、全力疾走した後でハァハァと肩で息をしていて言葉がままならない。
「―――聞きたい……ことが……ある、のよ……!!」
「……答えられない質問も、ありましてよ?」
私の目を見たダージリンは諦めた様な様子を見せた。私が決して退くつもりがないと理解したのだろう。聡い女ね―――少し羨ましい。
呼吸を落ち着かせて、最後にもう一回深呼吸して、その間紅茶を飲みながら待っていたダージリンへと向き直る。
「天翔先輩は―――何故大洗に行ったの?」
「私に分かるわけがないでしょう?私はあの子じゃないのですから」
当然だろうという態度でそう返すダージリンに食い下がる。
「―――貴女の意見を聞きたいのよ。私よりよっぽど聡いし、頭もいいんでしょ?あの人は……なんで黒森峰を捨てたの?」
「ああ――――――そういう意味でしたのね」
私の言葉でなにを理解したのかわからないが、ダージリンは紅茶のカップを傾けて一度長く溜息を吐くように息を吐いて……私に尋ねた。
「―――真実を知ることが、必ずしも幸福とは限りませんわよ?」
「―――それでも、よ」
真実を知りたい。ダージリンが考える理由が、もしも私の考える理由と同じなら……?私の考えた理由と異なっていたら……?その時私はどうしたら良いのだろうと考えると、答えなど出ない。
けれど隊長はきっと自分の見つけた答えを持っている。その答えで彼女と向き合っている。
だから私が同じステージに立つには―――あの子と同じ場所であの子と向き合うには、感情を整理する必要があるのだ。でなければ私は、あの時と同じように見当違いの感情のまま暴走して、きっと今度こそ決定的に、隊長の、先輩の、みほのつながりを断ち切ってしまう。
ダージリンは私の顔を覗き込んでその瞳を見つめていた。その奥底にあるモノを見透かすように、じっと―――。
どのくらいそうしていたのか……刹那であったような、数分間、一時間にも感じられたそれを、不意に視線を外して背を伸ばしたダージリンによって解放された。
「―――あくまで私の予想ですよ?……彼女が、天翔エミが大洗に向かった理由は、『西住みほ』のためです」
―――ああ、やっぱりだ。そう思った。
あの人はいつもみほを特別視していた。みほとわたしに目をかけて、隊長の世話を焼いているのに、みほの世話を焼いているイメージだけが私の中に残っている。
「―――そしてそれは、黒森峰の状況を確認してから動いたものよ」
「……どういう、意味よ……?」
みほが大洗に向かったと聞いてみほのために大洗に向かったという意味なのだろう。けれどダージリンの言い草はなんだか違うような含みを持たせた言い方だった。
「あの子は言っていたわ。『西住みほが放校処分にされる展開は予想していた中でも悪い方にある』と、そしてこうも言っていたわ。『最も恐れる展開は、西住まほが周囲の説得も何もかも振り切って責任を取る形で黒森峰を出奔。野に下ること』だと」
「――――――――」
言葉もない。そんなことがあり得るのだろうか?という疑問よりも前に『天翔エミがそう予感したのならばあり得る』という確信が先に立つくらい私も、きっと他のメンバーも、西住まほという人間について知らぬまま従っていたという事実。
だとしたら―――天翔先輩が残した手紙の意味も変わって来る。
『この手紙を読んでいるとき、私はもう学園艦にはいない。艦を降りて陸に上がっているだろう。もしもこれを読んでいるのがまほであるなら、約束を守れなくて申し訳ない。さよならも言えなくて申し訳ない。けれど悠長にしている時間が惜しい。状況は刻一刻と差し迫っている。最悪の未来だけは避けなくてはいけない。
もしもこの手紙を読んだ人間がまほ以外だった場合、この内容をまほに告げないで欲しい。悪いのは私だ。護ることを約束しながら護れなかった私の責任だ。それこそ、全ての責任を私にかぶせたってかまわない。西住まほの戦車道と、西住みほと逸見エリカの未来が輝けるものであって欲しいと願う。』
私はこれを『逃げ』だと感じた。けれど違う。ダージリンから聞いたあの人の言動と彼女の見立て、そしてこれまでのあの人の行動と、この手紙の内容を加味するならば―――――
「―――あの人が帰って来れなくなったのは、みほが出て行ったから……」
違う。みほを『追い出した』のは私たちだ。
責任のなすりつけ合いをやり始めた西住流の派閥の争いを『きっと先輩たちなら何とかしてくれる』と放置した私たちが、みほの居場所を奪った。居場所がなくなったみほが出て行った。みほを護るために先輩はみほを追いかけることを選んだ。
かつての黒森峰を壊したのは、私たち自身だった―――。
「貴女のことはGI6の諜報で知って居りましてよ、逸見エリカさん。天翔エミが西住みほと同じくらい気にかけていた後輩で、現副隊長」
「―――だから何だってのよ」
今にもその場に崩れ落ちてしまいそうなほど身体が重い。自責の念で潰されてしまいそうだった。ダージリンはそんな私を見下すように、フッと薄ら笑いを浮かべて、言った。
「いいえ。ただ―――私はこう思っておりますの。“天翔エミが黒森峰よりも西住みほをえらんだのは……黒森峰には貴女がいたからではないか”と」
「―――――どういう意味よ……!!」
聞き捨てならなかった。ふつふつと浮かんできた怒りに支配されるままにダージリンに殴りかかりそうになるのを抑え込み、敵意と怒りを込めた目を向ける。
ダージリンはそんな私の様子に溜息をひとつ吐き、どうしようもないものを見るような目を、私に向けたのだ。
「―――劣等感の塊のような娘ね、貴女。天翔エミも浮かばれませんわ」
「―――!!!! アンタに……何が!わかるって言うのよ!!!!」
立ち上がってダージリンの胸倉をつかみ上げた。手から離れたカップとソーサーが地面に落ちて砕けて散った。
ぶん殴るつもりで引き絞った私の腕は、後ろで誰かに止められていた。怒りに任せたまま振り返った私の視線の先に―――――隊長が、いた。
急激に怒りが消え失せていく。同時に深い後悔が私を襲っていた。
なんてことをしてしまったのか。私は何をしようとしていたのか。
そのまま地面に座り込む私を、ダージリンが見下ろしていた。
「―――天翔エミが西住みほを選んだ理由はごく当たり前のことです。
西住みほは一人きりで、西住まほと貴女には、お互いがいたからですわ」
心臓を掴まれたような痛みが走った。胸の内にぽっかりと開いていた穴から、全身至るところまで走ったひび割れによって、身体がボロボロと崩れ落ちていくような錯覚を覚える。
―――私は託されていた。知らないうちに託されていた。
違う。
―――私は託されたままだった。あの時からずっと、「みほのこと」も、「彼女がいない間の隊長のこと」も、託され続けていた。
気づいていなかったのは―――私だけだった。
「―――無粋なことを致しましたわ。謝罪します」
「―――いや、君は悪くない」
頭を下げるダージリンを、隊長が手で制していた。私は身体を動かすこともできずに、ただただ呆然と状況を眺めることしかできなくて―――
「では、ごきげんよう、逸見エリカさん」
―――去っていくダージリンを、見ていることしかできなかった。
******
「大丈夫か?」
「……隊、長……」
身体を起こすこともできずその場にへたり込んだままの私に肩を貸して立ち上がらせる隊長に、情けなくて涙が出てきた。泣きじゃくる私を、隊長はただじっと見ていた。
「―――私には、無理です」
ぽつりとつぶやいた。できるわけがない。何も気づかず、ただ状況が混迷化して、最悪の引き金すら引きかけた。先輩が隊長に行先も何も言わず出て行ったことで、隊長は後を追うという選択肢も無く、黒森峰への責任感と先輩の悪評を封じる意図で口をつぐんだのは分かっていた。けれどそれだけだ。誰も話題に上げなくなっただけ、隊長の真意は理解できていない。
それを私があの人の代わりに伝える?できるはずがない。
「私では、あの人の―――天翔先輩の代わりにはなれません」
「―――違う」
私の泣き言に、隊長が否定を重ねる。顔を上げた私を覗き込む様に、隊長が私を見ていた。顔を逸らさないように、両手で顔を挟み込んで逃がさないようにして、私を正面から見据えていた。
「―――エミの代わりなどいない。ここに居るのは逸見エリカだ」
―――――涙が、溢れた。
止めどなくあふれる涙と、嗚咽が混じって声にならない声を上げて、私は隊長の胸に飛び込んで泣き続けた。子供のように、泣き続けた。
この手紙を読んでいるとき、私はもう学園艦にはいない。
(次のプランのため大洗に向かうために)艦を降りて陸に上がっているだろう。
もしもこれを読んでいるのがまほであるなら、約束を守れなくて申し訳ない。
さよならも言えなくて申し訳ない。けれど悠長にしている時間が惜しい。
もしもこの手紙を読んだ人間がまほ以外だった場合、この内容をまほに告げないで欲しい(まぽりんの言語翻訳が変な方向に走ったらまぽりんが後追い出奔しそうなので)
悪いのは私だ。(みほエリを)護ることを(心の中で)約束しながら護れなかった私の責任だ。
それこそ、全ての責任を私にかぶせたってかまわない(みぽりんがそれで救われてエリカとらぶらぶちゅっちゅな未来へ進むなら思いっきりやってくれ)
西住まほの戦車道と、
(エミカスの意図した内容)