【 三次創作 装填騎兵エミカス ダージリン・ファイルズ 】   作:米ビーバー

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 『天才』という定義について、どのようなイメージを持つだろうか?

 ある戦車道乙女はこう答える。
「―――天より与えられた才能、天賦の才。すなわち『天才』です」と


 別の戦車道乙女はこう答える。
「天に愛される才能ね!『天に助けられる才能』!つまりカチューシャ様のことよ!」


 さらに別の戦車道乙女はこう答える。
「才に溺れず己の才を鍛え伸ばし、極めて天に至った者のことですわ。それこそが即ち『天才』だと、わたくしはそう思いますの」


 そして、ある戦車道乙女はこう答えた
 

「―――真に天才が存在するとすれば、それは決して努力では埋められることのない部分だろう。努力で埋め切れるものであれば必ず辿り着けるが、それで天の頂に至れるかどうかというならば、そんなことはあり得ない」





【 まほルート 第十二話 「 もういちど(TRY AGAIN) 」 】

 川に沿って上流へ駆け抜ける二輛の戦車。

先導するように駆ける駆逐戦車(ヤークトティーガー)を後ろから追いかけるティーガーⅠの砲塔は、ジグザグに進む目の前の相手を見据えている。

 ただし車長から「撃て」の命令が来ないため、砲手は気を張り続けているため、ジリジリとした焦燥感をずっと感じ続けていた。

 

「隊長―――撃っちゃだめですか?」

「駄目だ。無駄弾はない」*1

 

 ザックリとした短い拒否にガックリと項垂れて、ややヤケクソ気味に照準を覗き込む砲手。操縦手も目の前のヤークトの一挙手一投足に注意を払っているため、この二人の消耗は特に激しかった。

 しかしそれは相手も同じである。ならば常勝黒森峰のレギュラーであるという自負、隊長西住まほの戦車の乗員であるというプライドが彼女たちを支えていた。

 

 

 

 ――― 一方で、追い立てられる側であるヤークトティーガーの内部では

 

 

 

「撃ってきませんよね!?天翔さん!?これ一方的に撃たれる位置ですよね!?」

「大丈夫大丈夫。狙いを外すように動いてればまほなら撃たない。しっかり狙える状況になったら問答無用で撃って来るし、当てて来るけど」

 

 操縦手の必死な操作と砲手の悲鳴に呑気に応える天翔エミの姿があった。

 

「―――西住まほならば威嚇目的以外で無駄な砲撃はしない。2~3発撃って来るかもしれないけどそれだけだよ。この辺の地理に詳しければ、袋小路に追い込むために砲撃で逃げ場を制限してくるだろうけどさ」

「……信用してるんですね、隊長―――まほさんのこと」

「信用―――ではないかなぁ」

 

 エミは少しだけ考える様な仕草で唸るようにあーでもないこーでもないといった様子を見せた後、やがて合点がいったように砲手へと顔を向けた

 

「―――今のまほは“西住流の西住まほ”だ。そういう意味で言うならこの上なく対処しやすい」

「はぁ……??」

 

 エミの言っていることの意味が分からず、砲手は曖昧な返事で応えることしかできなかった。

 

 

 

*******

 

 

 

 「これは……」

 

 森を抜ける手前で大きく旋回したヤークトティーガーは、木々を挟んでティーガーⅠと向かい合った。第2ラウンドはここだと言わんばかりの態度に、まほは追撃から戦闘に意識を切り変える。

 

「―――(どうやら敵はここを戦場と決めたようだ。油断せず確実に仕留めるぞ。狙うべき場所は分かっているだろうが勿論)敵側面(だが警戒を怠るな)前進!」

 

 脚で旋回移動を刻みながらまほはヤークトから視線を離さぬように上半身を車外に置き、目視で追い続ける。一方でヤークトティーガーは速度を重視したか車長は周囲の確認をせずそのハッチは閉じられたまま。砲塔の旋回ができない駆逐戦車だからこそ視界を捨てているのだろう、とまほは判断した。

 

「―――西住流に、逃げるという文字はない」

 

 勝利のために前に歩を進めるのが西住流。母であり師範であるしほに頭を下げもう一度一から研鑽を積み直した。その西住流としての強さでエミに立ち向かう。

 

 

 ―――【西住流】である【西住まほ】が、【天翔エミ】を倒す。

 

 

 そうすることで去年の惜敗への禊を終える。そうしなければならない。少なくとも―――大人はそう思っている。だからまほは戦っている。

 

 エミの逃亡が西住流内部でのまほの立場を悪くしているというわけではない。エミの今後の立場を慮った場合、まほがエミを抱き込むことこそが最適解であるとまほ自身が思うからこうして行動しているのだ。

 

 

 だがそれ以上に―――

 

 

『―――懐かしいなぁ!エミ!!!』

 

 

 饒舌になっている舌が勝手に言葉を紡いでいた。スロートマイクをONにして、片手で態勢を保持しながら声を上げる。

 

 

 

 

―――オープンチャンネルで。

 

 

 

 

 

『―――昔はずっとこうだった!あの時まで、ずっとこうだった!!』

 

 

 全速のまま、張り出した木の根を踏んで車体が跳ねる。側面を見せまいと信地旋回で動き回るヤークトの射角に入らないように速度を調整しながら、ティーガーⅠが木々の間を駆けまわる。

 

 

『―――あの頃は充実していた!何もかもが!私を何処までも押し上げてくれると信じられた!!』

 

 

 歌う様に、語り掛けるように、まほの言葉は止まらない。

 

 

『―――――やはり私は、君が居ないと駄目だ!!エミッッ!!!」

 

 

 まほの叫びがスロートマイクを介さずとも森の中に木霊している。

 

 

 

 

 

―――繰り返すがオープンチャンネルである。

 

 

 

 

 

『もう一度やり直そう!黒森峰でともに歩もう!!私がエミを護ってみせる!!約束する!!』*2

 

 

 

 

 

 

―――再三にわたるが、オープンチャンネルである。

 

 

 

 

 

 

電光掲示板に映るその様子を遠くから見ていたスーツ姿の女性がやや険しい表情で、内心では頭を抱えていた、らしい。

 

 

 

 

 ******* >> Emi

 

 

 

 

「もう一度やり直そう!黒森峰でともに歩もう!!私がエミを護って見せる!!

 

魂の告白とも取れそうなそれを聞いて俺は―――

 

 

 

「――――――コhuッ」

 

 

 

―――喉元までせりあがった嘔吐感を抑え込み、鉄錆の味が喉奥に広がる中、口からこぼさないように必死に耐えていた。

 

口元を巻き付けたマフラーで覆い、口の端に漏れ出たモノを見せないように必死に拭って抑え込む。

 

 内心「何言ってんだマホォォォォォ!!!」と叫びたくなる気持ちを必死に抑えて装填席でつとめて冷静に振る舞って見せる。

さもなくば同乗しているメンバーがめっちゃイイ笑顔でニヤニヤしているこの状況、言質取ったと勘違いした面々が悪戯半分で周囲に吹聴した結果、言い訳無用な外堀が埋まってしまう可能性がある。

 

 そうなったらもうこの世からひっそりとピロシキするほかない。まぽりんには輝かしいロードがあるべきで、それを俺という路傍の石に躓いて台無しにするなど到底許される所業ではないからだ。

 

 

「みんなちょっと落ち着こう。あれは―――」

 

 

俺がどうにか説明しようと声を上げたタイミングで

 

 

 

“―――黒森峰、マウス!走行不能!!大洗女子、ルノーB1、走行不能!!”

 

 

 

 そんな運営の報告が上がり、俺の反論は有耶無耶になった。運営の人が微妙にやけくそ気味に聞こえたのはきっと気のせいではないと思う。

 とはいえ、状況は大きく動いた。マウスが撃破され、原作と違って撃破されるはずだったⅢ突やヘッツァーが残り、ルノーだけの被害で済んでいる。加えてここに釘づけているのであちらにまぽりんは居ない。

 

 

 

結論:「勝ったな」「ああ……」

 

 

 

 後は勝利のロードを突き進むのみ!!そして大洗廃校を食い止めてみぽりんのメンタルを持ち直させつつ、エリカとわかり合ってもらう!!そのためにも

 

 

 

「―――全員!気ぃ引き締めろ!!まほを何処にも行かせるな!!」

「「「了解!!(Jawohl)」」」

 

 

 

******* >> Side Emi → Side Miho

 

 

 

『こちらカモさん!全員無事!!

 あとは任せたわよ冷泉さん!!約束は守るから!!』

 

 ボロボロの状態で転がるルノーB1と、“砲塔部分が微妙にへし曲がってボコボコにされている”黒森峰の超重戦車マウスの姿。どちらも白旗が上がっている。

 

 みほが立てた作戦。それは可能ならば初手で全てを決める必殺の一撃。

 路地で動きを制限されたマウスへの全方位飽和射撃により、砲塔、或いは砲口への精密射撃による内部破壊。

 

「狭い路地の中では的になる可能性が高いですが、同時にチャンスでもあるはずです」

 

そんな一言ともに始まったみほの作戦は、当人も意外な結末を見せた。

 

 

―――最初は、マウスが登場時に路地の角で砲を旋回させた際、建物に砲をひっかけて旋回できなかった。ただそれだけの話だったのだが―――

 

 

「へー……」

 

 

 それを見ていた角谷杏が意味深に呟いたと思えば、路地の周囲を89式とM3を連れて全開で駆け回り、周囲から散発的に機銃と砲撃で攪乱を始めた。マウスも最初はノーダメージの攻撃を無視していたが、Ⅳ号以外の戦力を削ぐことを考えたか、砲塔を旋回させる。

移動しながらの旋回なので建物への配慮もあまりなく―――再び砲が建物に引っかかったタイミングで

 

 

「―――今だぁ!!」

 

 

 突撃するカメさんヘッツァーにカモさんルノーがタンクデサントしたまま建物とマウスの間を抜けるような位置で突っ込み―――位置を測ってヘッツァーが駆け抜けた。

 当然、カモさんのルノーは―――ピタリと高さが合った砲の側面に真正面から突っ込み、まるでタッグマッチでクローズラインの出待ちをしているとこに振られたレスラーよろしく下から上への円運動でぐるりと反転してヘッツァーの上から投げ出され地面を転がった。車内の園みどり子以下風紀委員メンバーの状況は通信手の武部沙織のところから車内に響くレベルで悲鳴が轟いた点で推して知るべしである。

 

―――幸いにして特殊カーボンのおかげで軽傷で済んでいるのだが―――

 

 

 だが奮闘の甲斐があったか、マウスの砲もまた、ルノー決死の体当たりで壁とサンドされた結果主砲が目で見えるレベルでひん曲がっており、もはや砲撃=暴発のリスクを余儀なくされ―――

 

 

 

―――攻撃手段を副砲のみとされたマウスはポルシェティーガーやⅢ突の砲撃を対応できない方向から受け続け、シュルツェンと履帯、及び転輪部分に次々とダメージを受け続け、そのまま飽和射撃でダルマ状態のまま見せ場もなく路地裏でひっそりと幕を閉じる羽目になったのである。

 

 

 

「無茶苦茶ですよ会長ぉ!!」

「勝ったんだからいーじゃんいーじゃん!」

 

操縦席で悲鳴を上げる柚子に干し芋片手にピースサインでドヤ顔の杏と、報告に唖然とするみほ。その他各車も状況にやや言葉を失っているも、

 

「最大の障壁を撃破できた!勝利は目前だぁ!!」

 

 勝鬨の声にも似た桃の言葉を他所に、みほは独り思案していた。状況からは勝ちの要素しかないのだが―――どうにも嫌な予感が消えない。

 

 

 

 

―――楽に行き過ぎている。

 

 

 

 

 

 そう。黒森峰がまほのワンマンチームであるならばこの結果はおかしな話ではない。だが、大洗が相手にしているのは常勝黒森峰。しかも去年の敗戦の結果より強度を増している状態のはずなのだ。この体たらくで終わるとは思えないし、マウスの撃破も既定路線かのような終わり方だった。

 

 

 

 まだ何かがある。

 

 

 

 西住流の薫陶を受けたみほの脳裏に残る謎の不安がジリジリと思考を苛んでいる。

 

「―――みぽりん?」

 

 沙織の言葉でハッと意識を現実に向けたみほがブンブンとかぶりを振って思考を等速に戻す。試合の中で試合を忘れ思考に没頭しすぎていた自分に反省を少し。

 

「皆さん。当初の作戦通り、一度市街地の外縁部を持ち回りで回って。ウサギさんは高台からやって来る黒森峰の本隊を警戒してください」

「「「了解!!」」」

 

 散開して行動し、周囲の索敵・警戒に努める各車輌の様子を俯瞰して、みほは脳内で市街地の地形を思い浮かべる。沙織や他車輛からの通信を聞きながら、脳裏に浮かべたマップに「クリア」の旗を立てていく。

 

 

 そうしてほどなく市街地エリア内全体の大雑把なクリアリングが終了し、ウサギさんから通信が入る。

 

 

「―――黒森峰の車輛群、来てます」

「では、全チーム集結してください。最後の作戦―――“ふらふら作戦”を開始します!!」

 

 

 みほの号令の後、大通りを進むⅣ号を発見した黒森峰の一団がフラッグを追いかける。その一団を、路地の影から、曲がり角の向こうから、散発的に挑発攻撃を行い、一枚、また一枚と護衛車輛を引きはがしていく。

 Ⅳ号の護衛車輛についていた八九式もポルシェティーガーとともに離れ、黒森峰のフラッグと数輛の護衛でⅣ号を追いかけているという構図に変化していく。

敵フラッグと自フラッグとの一騎打ちによる斬首戦術。それがこの作戦の真骨頂。

そのはずなのに、違和感がぬぐえない。嫌な予感が未だに脳の端っこでジクジクと苛んでいる。どうにも嫌な汗が止まらないみほは、スロートマイクで各車輌と連絡を取り合う。

 

 

「こちらアヒルさん、パンター3輛釣れてます!」

「こちらカバさん、パンター2輛と交戦中」

「ウサギさん、象さん(エレファント)に追いかけられてまーす」

「こちらレオポンー。所定の場所で待機中ー。敵影なーし」

 

 

 自分を追いかけてきているのがフラッグ含めて合計5輛。アヒルさんとカバさん、ウサギさんが合計6輛。エミが相手をしているまほで総合計は12輛―――

 

 

 

―――違和感のピースが繋がった。

 

 

 

「全員!気をつけて下さ――――――!!」

 

 みほがスロートマイクに焦ったように叫ぶよりも前に

 

 

 遠くでドォンと砲撃の音が響く。

 

 

 

「―――不覚」

「―――無念、ぜよ」

 

 白旗を上げるカバさんチームのⅢ号突撃砲。路地に隠れ潜んでいたはずの彼女たちを“さらに後方から狙撃した”パンターが、悠々と路地から現れる。

 

 

“大洗女子、Ⅲ号突撃砲、走行不能―――!!”

 

 

 

 街の外縁部を単独で周回して索敵をしていた間も、気配を殺してエンジンを停止して、音を立てずずっと息をひそめていた。

 

 獲物が単独でフラフラとあたりを徘徊していたというのに。

 

 そこで獲物を食らうよりももっと確実に相手を仕留めることができるタイミングでの襲撃のために我慢し続けていた。

 

 

 

 そのことに気付いたみほは戦慄を禁じ得なかった。

黒森峰車輛の総合計は14輛。しかし各チームが担当している車輛の数の総計は12輛。先の伏兵以外にもみほたちが把握できていない車輛があと1輛いる。

 

 

「こんな作戦―――いったい誰が……!?」

 

 

 脳内でクリアリングしたマップが意味をなさなくなり、作戦前提が徐々に崩れ始めている。一刻の猶予もないままに。

 

 戦の行方に暗雲が立ち込めていくような感覚を、みほは覚え始めていた。

 

 

 

******

 

 

 

『こちら“凶鳥”、伏兵成功せり!』

「そう―――よくやったわ」

 

 通信を受け取り、逸見エリカは静かに口元を緩ませる。

やられっぱなしの戦況に、最高のタイミングで死角から殴りつけることができた。その達成感に酔いしれそうになる頭を軽く拳骨で揺らして気を引き締める。

 

 

「みほ―――アンタのことを間近で観察し続けていたのは、エミ先輩だけじゃないのよ―――!!!」

 

 

 西住みほの強さは終盤にある。それまで蓄積した周囲の地形情報と、敵情報、敵の戦力と自戦力計算。その集大成が現れる終盤戦でこそ、みほの能力は光り輝く。

これまでは天翔エミ、西住まほによって影に隠れていた才能。“前哨戦で大方の決着がついてしまっていた”からこそ黒森峰で見落とされている才能。

 それを誰よりも知っているのは彼女のサポートをしていた天翔エミ―――だけではない。

 

 

 ここに居るのだ、もう一人。

 

 

 西住みほをサポートする役目を受け、中等部のころから彼女の後ろで彼女をずっと見続けてきた―――天敵が。

 

 

「―――アンタの考えることくらいお見通しよ……みほ」

 

 

 西住みほの強さが終盤に在るのだとすれば、それまでのデータを集積して作戦を実施するタイミングにこそ、最適なウィルスのタイミングがある。

精巧に、精密に作戦をはじき出すコンピューターであればこそ、最適に『刺さる』一点で『情報の信用度が損なわれる一手』を打つことができれば―――勝機だって掴むことができる。

 

 

 

 

 

「今日はアンタに勝つためにここに居るのよ――――隊長でも、先輩でもない、この私が―――!!」

 

 

 

*1
駄目だ。この状況下で何をやって来るかわからないエミを相手に無駄弾を撃って、仕留めきれないままいざヤークトと対決する際に残弾が心もとないというリスクを作るべきではない

*2
「もう一度黒森峰で親友としてパートナーとして、ともに戦って欲しい。敗戦の責任を取らせようとする輩からは私が西住の名を使って黙らせてでも守る。約束する。」(翻訳:天翔エミ)




――――――ミシリ――――――ガシャンッッ




ダ「―――あら?カップが……不吉の前触れかしら?」

ペ「あの……ダージリン様……持ち手の部分が指の力で圧し折られたように見えるのですが……」

ダ「気のせいですわ」

ペ「いえ……その……」

ダ「気のせいです」

ペ「――――――そうですね。ちょっと、席を外して替えのカップを用意してきます」


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