【 三次創作 装填騎兵エミカス ダージリン・ファイルズ 】 作:米ビーバー
その言葉を、黙って聞いていた。
“
同時にこうも思っていた。
―――依存していただけじゃない。
―――私たちは努力してきた。
―――あの人のために、隊長のために、愚直に努力を続けてきた。
―――“
「まほ、ちょっと行ってくる」
「―――任せてくれ*1」
まほに一言確認を取ってから、天翔エミは“翔んだ”。
ひと蹴りでヤークトティーガーの頂上から手ごろな樹の枝へ、枝をワンテンポで踏んで蹴ってそのまま上へ。背中に羽でも生えているかのようなグンと伸びるような飛翔に流石のアールグレイも一瞬呼吸を忘れてしまう。 が、その様子をぽかんと眺めているわけにもいかず、ひとまず通信機に「天翔エミが単身で飛び出した」という報告だけを大声で伝える。やや焦った声になってしまったのはアールグレイの失策と言えるだろう。切羽詰まった様子で声が届けば、曲解してしまうかもしれないと内心で反省を一つ。
そんなアールグレイの前には、
「―――ヤークトティーガーは待機。エミの帰る場所を守れ」
「ですが―――」
反論の声を上げようとするヤークトの車長を「命令だ*2」と短い声で制止して、まほはティーガーⅠだけで前に出た。ほぼ同時に加速を開始したのはアールグレイのクロムウェル。速度を上げて駆けまわるクロムウェルと、最小限の動きで後背への回り込みを阻止するティーガーⅠ。先ほどの焼き回しが再開された。
******
全速で周囲を駆け回るクロムウェルMk-Ⅷ。速度を落とすことなく――いや、正確には“落しているところを狙えないように”上手に立ち回っている。旋回時の減速を時に木の陰で、時にティーガーの旋回速度で追いつけない場所で減速してぎりぎりの速度で旋回、足を止めることなく駆け回って砲撃範囲から逃げ続けている。
“戦い方が上手い”と、まほは素直に感心していた。
同時にこうも思っていた。“なんともいじましい努力だ”と―――。
火力の足りない貧弱な戦車による遠回りな戦術。どこまでも遠い勝利へと、一歩一歩確実に歩を進めてたどり着く。そこまで一切のミスをも許されない綱渡り。
何という遠回りな勝利なのか―――そうまでしなければ勝利を掴めない。だからこそその道を追求し、そのために身を尖らせた。
まほはこの戦いを通じて“疾風”の二つ名の真の意味を理解する。
求めて得た名前というわけではない。だがその名前は
つまりそれは、黒森峰における西住流であり―――
「―――」
たん、と“踏”をひとつ。操縦手がその意味を把握して真意を測りたいとばかりにまほを見上げた。見上げる操縦手の視線とまほの見下ろす視線が交錯する。その瞳に宿る意思を測るまで一秒にも満たない。その短い時間に内心を推し量るなどできない。ただ操縦手の少女には本当は最初から分かっていた。
決定を下した時点で彼女を止められる人間など、知る限りただ一人しかいない。
「―――この勝負の後、どうなるかわかりませんよ?」
「―――西住流に逃げるという文字はない」
いつもの調子の隊長、いつもの西住まほに苦笑を隠せないまま、操縦手はアクセルを踏み込んだ。
******
アールグレイが違和感を感じた瞬間には、状況は加速していた。
全速で駆けまわるアールグレイのクロムウェルに“追いすがるように駆け始めた”ティーガーⅠ。
「――自棄になったの……?」
あんな運転をしていて、小破より中破に近いティーガーが保つはずがない。放っておいても自壊して履帯かエンジンが使えなくなるだろう。
なのに止まらない。車内で軋み続けているであろう内燃機関の痛みの声をそのままに追いかけ続ける。
攻守は逆転した。
逃げ回るクロムウェルと追いすがるティーガー。ティーガーの備砲の攻撃範囲内に入ったら問答無用で砲撃が飛んでくる。衝撃でガタが来ている車体の寿命がさらに短くなるだろうに、止まらない。
アールグレイの頬を冷や汗が伝う。
駆け回り追い詰めるはずの自分が、駆けずり回って逃げ回る立場になっている。
攻撃を繰り返し勝利の糸を手繰り寄せるはずの自分が、“攻撃を避け続け、相手が音を上げるまでを祈る”ようになっている。
あべこべだ。なにもかもが逆なのだ。強者を相手に立ち向かっている自分が、逃げ回る弱者の立場を甘受している。アールグレイはこの違和感の果てに思考を巡らせる。何が問題なのか、と。
答えは単純明快なのだ。
―――『自分はどこまで行っても西住まほを恐れている』
「―――ハッ」
結論を鼻で笑い飛ばし、アールグレイは操縦手に“踏”を送った。送られた合図にクロムウェルの操縦手が目を向いて声を上げる。しかしアールグレイの“踏”は変わらない。何なら声を上げている。
「―――真っ向勝負よ!ティーガーⅠに向かいなさい!!」
知らず好戦的に微笑んでいるアールグレイがそこにいた。
******
―――西住流とは、“勝つための流派”である。
西住まほは幼いころからその教えの中で生きてきた。それを続けてきた。
故に彼女は己をこう称する。『この身は既に西住流である』と。
その幼い心に刻まれた【 勝利 】、その勝利というそのものへの疑問が生まれたのは
―――初めて敗北というものを知ってから だった。
「―――母が見れば『西住流らしくない』と言うのだろうな」
独り言ちて、顔をしかめている母の顔を浮かべて口元を緩ませるまほ。戦闘中に、戦場でこんな考えに耽るのもあり得ないことだった。
西住流として、粛々と勝利を得るのならば迎撃にのみ主眼を置いて相手の速度を見切って砲撃で仕留めるなり、砲撃で徐々に行動範囲を削って仕留めればそれで済む話だった。そのための戦術も脳内で構築しているところだった。
―――だが『それで良いのか?』とまほの頭の中で語り掛ける存在が居るのだ。
まほの人生において、もっとも強く影響を与え、その在り方を歪めたのは天翔エミであるとまほ自身もそう思っている。
エミに敗北し、己の浅慮を反省した。考え違い、間違いを認めてからまほ自身の中に生まれたのは“西住流として考える勝利するということ”への疑問だった。
西住流として勝利を重ね、大きな勝利を得ると言うこと。そのための足跡となる小さな勝利
その“勝利”とは何なのか?何を以て勝利したというのか?どういうものが“勝利”と呼べるのか?
その疑問はその日から絶えずまほの中に存在し、まほ自身の中でグルグルと渦を巻いていた。
それはエミが居なくなってからもずっとずっと、むしろより強く、まほの中でしこりのように残っていた。
何を以て“勝利”と呼ぶのか?“勝利”とは何を指すのか?自分はこれまで【 勝利 】してきたのか?
西住流の言う勝利……これまで重ねてきた“勝利”と、エミと戦ってから己が煩悶する“勝利”は、同一のものではないのではないか?
その燻ったままの“答え”が、今この瞬間のまほを突き動かしている。
―――これこそが、この戦いで勝つことが“勝利”だと。
相手の戦術に合わせてより確実性を求める勝利を間違っているとは思わない。
けれど今この瞬間、この戦いにおいてはきっと―――
ガツンと車体がぶつかり合い、お互いの速度と重量差により互いに弾かれ軽く錐揉み状態に陥った。三半規管のズレを起こさないように回転に合わせ視点を動かすも、ややブレが生じて頭を軽く振って落ち着かせるまほ。だがそれはアールグレイも同じようで、クロムウェルの上でティーガーを見落とさないようにしていた彼女もまたふらついた様子でかぶりを振っている。
だがそれでも互いに闘志が萎えてなどいない。むしろより強く燃え上がっている。
ふらつく視界で合図を出して前進させる。一寸遅れて互いに砲手が回復したか、あるいは目暗滅法か砲撃を外してさっきまで互いの戦車が居た場所を撃ち抜いている。意識を集中して視界を整えながら、次の指示を飛ばす。思考を途切れさせた瞬間敗北するのは自分だと、互いに理解しているからだ。
車上で顔を覗かせる
好戦的な目でこちらを睨みつけている。
ギラギラと野心を隠すことなく、油断なく、隙あらば喉元を食い破ってやるという強い意志を見せる瞳。
―――嗚呼、そうだ。
「―――推して参る!!」
挑戦者の気持ちで口にした言葉に、まほの口元の綻びが止まらない。感情を殺した無表情の下から、熱が鉄面皮を溶かしていく。西住流の教えと、己の内の獣性と相反するものを飼い慣らしながら、まほは前を向いた。
この戦いの果てに、自分はまた一歩成長できると確信して。
二人の戦いに優劣があったとするのならばそれは―――
『
『より高みを目指しどこまでも前を向き前へ征く者』の差だったのだろう。
『ヨーグルト学園チーム! クロムウェルMk-Ⅷ 走行不能!!』
*******
> Emi
俺がヤークトティーガーのところに戻ってきたときには、パイセンとまぽりんの戦いは既に終わりを迎えていた。
白旗と白煙を上げ横転するクロムウェルと、被弾の痕跡だけでなく全身に痛々しい被害痕を残すティーガーⅠ。小破だった状態から中破レベルのダメージを受けたことで、転輪も微妙にダメージを負っているのか、全速が出ないようでややゆっくりと歩んでいる。
『なんでそんなボロボロになってんねん』という疑問も込めてまぽりんの方を見ると、なんか獲物を咥えて飼い主のとこにやってきた時の猫のような誇らしげな瞳を返された件。なんやねんホントにもう……
しかしどーすんだコレ……まぽりん抜きで愛里寿に勝てるのか……??
島田愛里寿を倒さなければ殲滅戦の終わりはない。バミューダアタック三姉妹にいくらか刈り取られたとはいえ、原作では一人無双した怪物であり、みぽりんまぽりんの西住姉妹コンビネーションでも負けそうになった相手でもある。無策で挑むとか無理無理無理無理カタツムリ、俺たちとヤークトなんぞ無謀もいいとこだろう。
「……っはは……全く―――つくづく反則よね……」
そんな嗜好をしているうちにずるずると横倒しのクロムウェルから這い出てきたパイセンが力なく呟く。
だが、悪態を叩きつつもその目はそれでも死んでいない。大体にしてこの結果は見えていたはずなのだから、これ以上の何かをまだ用意していると考えて良いはずだ。正直このパイセンが俺の目の前に現れるタイミングというのは盛大に原作の流れをぶっ壊してアナザー展開突入が垣間見える瞬間でもある。このまま終わってくれるのがベストなんだが……
『サンダース大学付属! シャーマン! 走行不能!!』
『同じくサンダース大付属! シャーマンファイアフライ! 戦闘不能!』
立て続けに撃破報告が響く。同時に通信手の通信機越しに叫ぶような声。
『エミーシャ!マホーシャ!戻ってきて!!サンダース側の小競り合いにエンブレム付きのパーシング3輛!!各個撃破に来てる!』
声の主はカチューシャだった。してやったりという表情のアールグレイパイセンと、納得した表情のダージリン。
「――成程。この戦闘も含めて囮であったと。そういうことですのね?」
「……そ。天翔エミ、西住まほ、この二人が戦場に参加せず私たちのところにやってきた場合、重戦車を中心にこちらを遠距離から撃破できる火力を持つ戦車を各個撃破する。島田の戦術にブランデー入りの紅茶作戦を組み合わせた策よ」
自分の撃破も含めて計算にぶち込み、冷静に勝つための一手を指していってたのだろう。策が成ったことへの安堵と愉悦に悪役じみたニヤリ顔のパイセン。
だがパイセンの目の前で紅茶を傾けているブリカスはそんじょそこいらのブリカスとはワケが違ったのだ。平然と紅茶を飲み干して
「―――では、これで飛車角の交換としましょうか」
そう言ってにこやかに微笑んだ。
『大学選抜チーム! カール自走臼砲 行動不能!!』
「
―――西住みほ。彼女こそ、劣勢において最も頼りにできる存在でしてよ?」
勝ち誇った顔のダージリン。だが実際は本人が言った通り飛車角の交換に過ぎない。おケイさん、アリサナオミを失い、ウサギさんチームの撃破報告はまだ来てないが、3人に追いすがられて逃げ切れるほどあの6人は操縦が上手なわけじゃないし、時間の問題じゃねぇかなぁ……?
だがそれよりなにより聞き捨てならねえ部分がひとつ。
このブリカスぅ、結構前からみぽりんのことロックオンしてた……?……ロックオンしてたんじゃない……?
獅子身中の虫じゃない??今サクッとやっておくべきじゃない??
最悪のタイミングでトンビが油揚げを攫って行く展開がありありとアリアリアリアリアリーヴェデルチなこの状況。
戦況なんぞよりもダージリンを処す?処すべき?で頭がいっぱいな俺がいた。